絆の法則 〜 澤谷 鑛 オフィシャルブログ 〜

お伝えしたいことは「運命は改善できる」ということです。

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話すことは放すこと

福井明美

先日(養成講座5期集合講座)は、車いすで参加の私を、いろいろ気遣って下さり、ありがとうございました。
そして、Mayさん、秋さくらさん、お会い出来なくて残念でした。
Mayさんの感想文を読ませていただいて、参加出来たことが、決して当たり前ではないことに気付かせていただきました。そう思うと、気持ち良く送り出してくれた家族に感謝の気持ちが溢れてきました。ありがとうございます。
またお会い出来る日を楽しみにしております♪

それから、ひとつ聞いてもらいたいことがありました。
講座が終わり、ご都合の会った方々とお茶をしに行きました。
私は、みなさんより少し早くお店を出ました。タクシーに乗って、帰るつもりでしたが
ゴールデンウィークということもあってすごい人の数でした。タクシー乗り場もすごい行列です。道から直接タクシーをひろった方がいいと判断しましたが、内心は不安でいっぱいでした。
そんな時に、後ろから声をかけてくれたのは、ゆうさんでした。
一緒にお茶をしていたのですが、彼も早めにお店を出てこられたようです。
「一緒に行きましょう」
と言ってくれて、お言葉に甘えました。
道路まで車いすを押してくれて、タクシーが流れているのがわかったので、いつまでも甘えていては申し訳ないと思ったので、
「もう大丈夫です。ここまでありがとう」
そう言って、お別れしました。

私はタクシーを止めようと待っていたのですが、タクシーが私に気付いてくれるのか、それがとても不安でした。でも、なんとか気付いてもらって、タクシーは止まってくれました。ホッとして、車に乗り込もうとした時、ゆうさんが、さっと現れて、
「心配だったので、陰から見てました。止まってよかったですね」
そう言って、車いすをたたむのを手伝ってくれたのです。
なんだか、本当の気遣いを見せてもらって、感動で涙が出そうになりました。
ゆうさんは、自分では気付いていらっしゃらないかもしれませんが、なかなか、ここまで人の気持ちを理解し優しく出来ないものだと思います。
影を見たからこそ、人の気持ちに寄り添えるのではないでしょうか。
みなさんにも聞いて欲しくて、長々とした前置きになりました。
この場を借りて、ゆうさん、本当にありがとうございます。

では、感想を書かせていただきます。
今回は、新しく入ってこられた方々の体験談を聞かせていただいたので、初めて聞く内容だったこともあり、大変学びの多い、濃い時間を過ごさせていただきました。
みなさんの体験は、どの方も、かけがえのない、尊いものであり、ご本人から話される言葉の重さは、すごいエネルギーで、私の心を揺さぶって下さいました。
やはり、体験ほど、人の心を動かせるものはないと感じました。
印象的だったのは、やはり、話された後のみなさんのお顔がすっきりされたということです。
思考と感情ははっきり違うのだ、ということも気付かせていただきました。
冷静に話しておられたと思ったら、感情が湧き出て、思わず泣いてしまわれる。
思考では、納得したと判断しても、感情は体の細胞ひとつひとつに刻み込まれているのだなぁと感じました。
私も去年は、何度か多くの方の前で話させていただきましたが、やはり、感情が抑えきれなくて、何度も泣いてしまうことがありました。
話すことは放すこと。実感しています。
私自身、去年考え悩んでいたことが、今はまったく違うことに、驚きと感動を感じています。
この1年で、多くの感情を解放してきたと思います。
そんな中で見えてきたのは、結局、すべて自分をありのままに愛すること。自分を信じること。自分らしく生きること。ここに終結するのではないかと思いました。
状況は変わらずとも、考え方、捉え方を変えるだけで、自分はこんなにも満たされ、幸せだったのだと気付くことが出来ました。
体験談の中でも、考え方を変えただけで、すべて感謝の気持ちに変えただけで、心は幸せを感じるようになりました、と教えていただきました。
以前は、病が治るかどうか、もう一度歩けるのかどうか。そればかり考えている自分がいました。ですが、自分を少しづつではありますが、信じるようになって、なぜか、私は大丈夫。という自信を持つことが出来るようになりました。本当に楽になりました。

まだまだ、心は揺れることもありますが、自分を信じるということは、こういうこと、ということがおぼろげながら、わかってきたように思います。
これから、また1年みなさんと学べることが本当に嬉しいです。
意味があって、ご縁があって、出会うことが出来たと思います。
これから1年、どうぞよろしくお願いします。

 
 

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蝶が運んできてくれた

紅林千賀子

「近くの病院にまた薬を貰いに行ったんだけど、ちょっと話さないとならないことがあるから、今から帰るね」
実家を離れ独り暮らしをしている長女からのメールだった。

むくっと起き上がり、台所に立つ。
娘の好物のお野菜たっぷりの切干大根を作り始めた。

「ただいま」の声がか細かった。
・・・さあ、とにかくご飯だ。
美味しそうに、おかわりをする娘の姿にホッとした。
食事が終わり、お茶を入れると、娘に病院の先生の話を聞いた。
一番下の娘は直ぐに察知して、テレビを見ながら、背中で私たちの会話を聴いていた。

かなり酷くなっていたようだった。
「数値なんて、気にしない方がいいよ」
と慰めながらも、放射線治療という響きにすくんでしまった。

数日後、娘から今度は携帯に電話が入った。
「彼から、言われちゃった。実家に帰って、治療に専念しなさいって……。このままハードな仕事を続けて、自分の身体に向き合わないなら、もう別れるって……。」
付き合っている彼の言葉がやっと娘の胸に突き刺さったようだった。

娘が発病して、かれこれ4年の年月が経つ。
夜の10時から営業会議が始まり、深夜に帰るという過酷な仕事を続けてきた娘に、何度仕事を辞めるように言っただろうか……。
コンビニ弁当は保存料だらけだし、外食も栄養が偏るから止めるように何度言っただろうか……。
駅まで17分の距離がまともに歩けなくなる姿を見て、ホームで、何度隠れて泣いただろうか……。
甲状腺からのメッセージは、きっと、言いたくても言えなかったことなのかも知れない。

ふと、母子家庭生活の頃に、ある人に言われたことを思い出した。
「お嬢さんにしてみたら、向こうは大島と言う感じでしょうね」
それは再婚しても、ずっと続いていたのだろうか。

あまりにも自分の身体を酷使する娘が痛々しくて、何をしていても娘のことが頭から離れない日々が続いた。

買い物帰りに、とぼとぼと歩いていたある初秋の頃……
目の前に、ひとひらの桜の葉が落ちてきた。
その瞬間、
「いいんだ……これで……。時が来れば、葉は落ちるし、時が来れば、必ず花が咲くのだから……。」
桜の葉に教えてもらい、やっと肝を据えた。

神様……私からでなくてもいい……いつの日かきっと……どなたかから……何かから……娘がちゃんと自分の身体と向き合い、自分の身体を大切にする日がきますように……。

やっとその想いが届いたのだろうか。
やっとその時が来たのだろうか。
とても嬉しくて、そして、ちょっぴり悲しかった。

昨日の夜のことだった。
娘からまた、メールが届いた。
「彼から、正式にプロポーズされた。近いうちに挨拶に行くと思う。ちゃんと身体を治す。夏までには仕事も辞める。」

挨拶に来るって……
「お嬢さんをください」
って、言われるのかな……。
そうしたら、主人はなんて答えるのだろうか……。
まず鼻をすするだろう。そうして、
「ふつつかな娘ですが、どうぞ宜しくお願いいたします」
と言うのだろうか……。

今の夫が娘の父親になったのは、娘がまだ7歳の頃だったから、もう21年余りも、ふつつか過ぎる娘だった。まともに、しつけられなかった娘だった。これから躾け直さないとならない娘だ。
「実家とは、いずれ嫁ぐための修行の場」
とどこかで聞いたことがあるが、何の修行もしていないではないか。

料理が得意な彼……。やっぱりどこかで彼女は彼に、実父を求めていたのだろうか……。
とても器用だった寿司職人だった娘の父親である別れた夫を思う。
娘の実父も、祝福してくれるだろうか。

そう言えば、昨年の5月は、娘と一緒に、新幹線に乗り、娘の父親の亡きご両親のお墓に新潟まで初めてお墓参りに行ったのだった。
「大変ご無沙汰してしまい、申し訳ございませんでした。○○家の嫁が務まらず……本当に申し訳ございませんでした。特に、娘のことは、とても可愛がって下さりましたのに……突然、連れ出てしまって、どれ程、寂しい想いをさせてしまったことでしょう。○○さんにも、辛い思いをさせてしまいまして、本当に申し訳ございませんでした。その後、私は再婚し、そして娘は、お陰さまで、もう26歳になりました。これまでもずっとお見守り下さり、本当にありがとうございます! どうぞ、娘のことは、これまで通り、見守ってやってください」

お墓から帰るとき、急に現れたモンシロチョウが私たちを見送ってくれた。
そのモンシロチョウの姿に、亡き義両親を感じ、
「結婚が決まったら、また来ようね!」
と言って、娘と帰ってきたのだった。

別れた夫のご両親が、このご縁を……運んできてくれたのだろうか。

 
 

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対面が一番

谷川和英

この頃、例年になく涼しい日が続いています。
家庭訪問期間は暑くなる日が多く、上着を脱ぎたくなることもあるのですが、今年は上着が手離せません。

家庭訪問のいいところは、対面のコミュニケーションであるということです。

保護者と教師がコミュニケーションする手段には、連絡帳・電話・対面の3種類があります。

今はフルタイムで勤務されているお母さんが増えたので、電話をしてもいらっしゃらないことも多いです。
そんなときは連絡帳に書いて伝えることになるのですが……文章で伝えるって難しいですね。
時折保護者の方から、連絡帳に想いを書いて訴えてこられることもあります。

短い文章ですし、じっくり読むことも難しいので、こちらは「きっと、これはこういうことだろう」と自分のものさしで判断して対応をします。

短い文章の中に、あふれんばかりの思いがこもっていることもあります。
そんなときほどうまく伝わらないものですね。

「先生、あの時連絡帳に書いたことは、実はこうこうこういうことだったんですよ……」

家庭訪問では、以前連絡帳に書いた内容の説明を受けることがあります。
対面だと、どんな想いで書いたのかがよく伝わってきます。

「え〜、そうだったんですか?」

「とてもそんな深刻な悩みだったとはわかりませんでした。」

何年この仕事をやっていても、気づかされ、学ばされることばかりです。

 
 

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PHPの取材を受けました

福井明美

こんにちは。
4月21日、PHP研究所さんの月刊誌、PHPスペシャルで
私のことを取り上げて下さるということで、
編集長、ライターさん、カメラマンの3人で
自宅に来ていただいて、インタビューを受けました。

来られるまでは、緊張でドキドキしていましたが
みなさん、優しさオーラ満載で
一瞬で緊張がほぐれました。

質問の誘導がさすがプロで、
私の思いをうまく引き出してもらったと思います。

しゃべりすぎ?
というぐらい思いが溢れてきて
言葉が次から次に出てきて大変でした^^;

撮影やら、普段、経験出来ないことを
体験出来て、とても充実した時間でした。

今日、校正した原稿を編集部に返します。

まだ何月号掲載か決定していないのですが、
また決まったら報告させていただきますね。

ありがとうございます。

 
 

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いのちや死と向き合う

澤谷 鑛

「大変御無沙汰しております」
 とのタイトルで携帯にメールが届きました。

【先生におかれましては、益々お元気で御活躍の事と聞き及んでおります。
 今になって先生が親鸞の絶対他力の本願についてお話をされていた事に得心を感じ、あの時に受け入れ切れなかった自分の器の小さき事を恥じる次第です。
 息子次男の死から早二年を迎えることになりました。
 その節には、お食事を賜り、貴重なお言葉も賜り、ありがとうございました。
 今も心にしっかりと残っています。実行のために日々の努力をしております。
 近々、お手すきのときにお会いいただければと思います。それではまた。】

 すぐに携帯で彼と話しました。
 彼は、この四月から転勤していました。単身赴任のようです。

 いつ頃、「親鸞の絶対他力の本願」について話したのか、講演なのか彼だけに向けて話したのか、定かな覚えはありません。
 しかし、法然の流刑と親鸞の流刑の二人の受け止め方の違いに興味を持っていました。
 法然80歳、親鸞35歳なのですから、法然は弾圧を柳に風のごとく受けとめて、地方に行く縁を与えられたことに感謝しているのですが、親鸞は流刑の20年後にも憤りを昨日のことのように『教行信証』「化身土巻」に記しています。
 若い頃、法然の態度に理想的な生き方をみてはいましたが、親鸞の人間的な非僧非俗の生き方にも興味を抱いていました。それにしても、きわどい道だと思いました。人は僧か俗かいずれかを歩むしかありません。僧でも俗でもない生き方などありえません。僧籍を剥奪された親鸞は、非僧であっても非俗を生きるのです。

 さて、メールをくれた彼の息子さんが亡くなって二年ということです。
 死と向き合う、いのちと向き合うということは、このたびの大震災で根源的な問いかけを投げかけることになりました。

 法然は、昨年没後800年の大遠忌の年にあたったのだそうです。
 法然は、美作国(みまさかのくに・岡山県北部)の武士の一人息子として生まれます。父親は漆間(うるま)時国という地方の治安維持を担当する任にあったのですが、領地をめぐる敵対関係に陥ったり、恨みを買うこともあったのです。
 法然が9歳のときに漆間邸は夜襲を受けます。幼い法然も弓矢を手に的に立ち向かっています。しかし、防戦もあえなく、法然の目の前で父母が討たれてしまいます。父親は、いまわの際に法然に言い残します。
「これは私自身の宿業で起こったことだ。仇討ちはしてはいけない。お前が仇を討てば、その子はお前を仇とつけねらう。恨みが恨みを呼ぶだけだ。お前は出家して悟りを開き、私の菩提を弔ってほしい」
 法然は出家の道を選びます。

 実は道元は、3歳で父を亡くし、8歳で母を失っています。まぎれもない貴族、政治家の家柄に生まれるわけですが、父の死後、母方の叔父に養育され、政治家としての薫陶を受けます。しかし、13歳の春にひそかに家を出、やはり母方の叔父にあたる良観を訪ねて出家したいと述べます。理由は、亡き母の遺言である「後世を弔い」、祖母やおばたちの「菩提に質せん」がためです。
 道元の母は、絶世の美女であったそうです。木曾義仲に見そめられて側室にされます。木曾義仲が敗れ死んだあとは、政略的に久我通親の側室にされます。その通親を父として道元は生まれました。
 道元は、母の運命を政略的に弄ぶ政治的人間が許せなかったのです。父親も含めてです。

 まっさらさらの人生を目指して充実した日々をおくるためには、いのちや死と向き合うことが出発点になるのでしょう。人生の秘訣を探り、人生を満喫するための入口なのだろう、と思います。

 
 

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