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お伝えしたいことは「運命は改善できる」ということです。
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01/04
厳島神社
澤谷 鑛

 1950年2月1日、私は厳島神社のある安芸の宮島で生まれた。今年で64歳になる。

 57歳から著書を書き始めて、7年経ったが、今まで6冊を出版させていただいた。最初の1冊を出版したのが2007年7月のことだが、その年のお正月のことを思い出すようになった。

 2007年の元旦、宇治神社に初詣に向かった。
 それまで平等院の近くに住んでいて、観光地の中で暮らしているようで、小さい頃に宮島に住んでいた頃の雰囲気と同じような風を感じて、心地好かった。
 2006年12月4日に三室戸に転居したが、宇治神社へはさほど時間はかからない。
 なだらかな坂を下ると正面に宇治橋、右手に京阪の宇治駅があり、京阪宇治駅の正面の道を宇治川づたいに歩く。ほどなく宇治神社だ。たくさんの人々が参拝している。私も参拝をすますとすっと心がすんだように感じた。

 宇治神社から宇治上神社に向かった。参道の鳥居の扁額が縦長でなく、横長なのに趣きがある。その扁額には「雅宮」とある。
 宇治上神社もたくさんの参拝者だった。本社の向かって左横に「厳嶌社」があった。
本社・厳嶌社・稲荷社・春日社・住吉社・香椎社とそれぞれに参拝した。
 お受所に神官がおられたので聞いてみた。
「本社の左隣の厳嶌社は、宮島の厳島神社の分社ですか?」
「市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)のわけみたまをお祀りしていますが、分社というわけではありません」
 宮島の厳島神社は市杵島姫命が祀られている。

 私は、宇治の厳嶋神社に行ってみたくなった。逆に住居を通り越して行かなければならない場所にある。昔ながらの落ち着いた家並みと安養寺というお寺に囲まれるように厳嶋神社の入り口があった。そこから入ると神韻とした世界が展開していた。参拝者は誰ひとりとしていず、私が孤絶してあった。
 本社には、市杵島姫命をはじめ、熊野大神・菅原大神・稲荷大神が祀られていた。

 帰ろうとすると老婆が参拝に来られた。
「こんにちは」
 と声をかけると、
「どちらからおいでですか?」
 という。
「この近所です」
「そうですか。私は広島から……。娘がこちらに嫁いできてますから……」
「それは奇遇ですね。私は宮島の生まれなんです」
「宮島ですか。そうですか。私は五日市なんですよ。ご縁ですかね」
「どうしてここに厳島神社があるのか、不思議でしてね」
「ああ、娘に聞きましたが、宇治茶を栽培するのに海神である市杵島姫命を祀るのは、祈雨の対象として崇めたのであろう、という話でした」
「お詳しいですね」
「今聞いて来ましたからね」
 老婆はうれしそうに笑った。その笑顔に腑に落ちたように思った。
「本当にご縁ですね。この出会いが縁(えにし)の糸がむすばれた“絆”になるのかも知れませんね」
 老婆は何も言わず、笑顔のままだった。
「それでは……」
 私は、また明日もお会いするかの如く、お名前も何も聞かずに別れを告げた。
 少し歩き、振り返り老婆を見ると、笑顔のままジッと私を見送っていた。もう二度と再び会わないだろう、と思いながら軽く会釈をした。
 涙が滲んだ。


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コメント

繋がり、通い、見守る心(*^^*)

澤谷先生へ(^^)


澤谷先生、おはようございます。
こういう和み系のシンクロのお話は、ほっこりとしたおばあちゃん達の笑顔を思い出せて、こちらの心にまで程よい温度と柔らかさが伝わってきます。
ありがとうございます(^人^)

すごいですね。宇治神社→宇治上神社とお参りするたびにすっと心が澄み、研ぎ澄まされ、そしておばあちゃんと先生の「何故ここに市杵島姫命が祀られているの?」という疑問が繋がり、先生を厳島神社に導き、今娘さんにその事を聞いてきたというおばあちゃんが、疑問を説いてくれたのでしょうか?
おばあちゃん、まるで神様の御使いみたいですね(≧∇≦)

それから、おばあちゃんは先生と挨拶を交わした後、直ぐに「どちらからおいでですか?」と先生に声を掛けたということは…
一人で京都の宇治にある厳島神社にお参りに来た先生を、「この方はもしかしたら、広島の人なのかもしれない」と、ピピっときたのかもしれませんね。

言葉を交わし心を通わせたあと、お見送り・お見守りくださったおばあちゃんも、きっとこの出愛いが嬉しかったのでしょうか。先生のお役に立てたことが嬉しかったのでしょうか。名残り惜しかったのでしょうか。
お年寄りならではの謙虚で優しい姿、見習わなくてはいけないなと思いました。
何も言葉はないけれど、背中を見守ってもらえる事って無償の愛情を感じますからね(*^^*)

私も小さい頃、「ばあちゃん、見ててね!すぐお家入っちゃダメだよ!私がお家に着いてバタンてドアを閉めるまでここに居てね」って、ばあちゃんのいる本家から庭続きのたった20メートルくらいの直線を見守ってもらっていたことを思い出しました。家に着いて一旦ドアを閉めてからもう一度ドアを開けて、ばあちゃんの顔を確認してOK!(笑)

先生のお宅にお孫さんが遊びに来られて帰る時、きっと先生もこのおばあちゃんと同じような眼差しをされているのでしょうね(*^_^*)

ありがとうございました(^人^)
はちみつ(^^) [URL] 2014/01/04(土) 02:48 [編集]

一期一会
一期一会を大切にされている澤谷先生の人柄がわかります。
藤岡真有美 [URL] 2014/01/04(土) 10:37 [編集]

十人十色
はちみつさん。

「なごみ系のシンクロ話」ですか。なるほど。それにしても、次にコメントされた藤岡真有美さんは、「一期一会」をみているのですね。感じ方も様々でおもしろいものです。将に十人十色なのでしょう。
澤谷 鑛 [URL] 2014/01/04(土) 10:46 [編集]

一期一会
藤岡真有美さん。

人生は、一期一会ですね。
澤谷 鑛 [URL] 2014/01/04(土) 10:48 [編集]

本年も宜しくお願い致します。

神社内でお逢いした老婆とはご縁があり、絆が結ばれたからこそ、記事をとおして、そのご縁を皆様に伝えていらっしゃるのだな・・・と思いました。

私も、縁を絆にかえて、思いやりをもって繋がっていきたいと思います。

ありがとうございます。

心からの感謝を込めて
もも [URL] 2014/01/04(土) 12:14 [編集]

ももさん。

あなたは「絆」をみたのですね。縁(えにし)の糸をむすぶ愛と信頼の絆なのでしょうか。
澤谷 鑛 [URL] 2014/01/04(土) 13:18 [編集]

縁の絆は時空を超えて存在している
澤谷先生 こんにちは

年のはじめにすばらしいご文章を拝読でき感謝しております。今年も、どうかご指導のほどよろしくお願いいたします。

おばあさんのうれしそうな笑顔! 人と人とのご縁って、いつも心をあたため続けてくれる宝物なんだなぁと思いました。袖振り合うも他生の縁、袖振り合うも多生の縁なのだな…と感じていたら、なぜか涙があふれてきました。人生のなかでのたくさんのご縁は、すべて偶然ではなく必然なのですね。永遠の時間のなかで、過去と未来につながっている今、この空間に確かに存在している自分のいのちがとても愛おしく感じられてきます。

心が荒んで、冷え切っていたときには見過ごしてきた、あたたかい縁をこれからは大切に生きていきたいです。あたたかな心で、立ち止まることができたならば、出会いを縁(えにし)の糸がむすばれた“絆”にしていくことができるのでしょうか。世界は愛に満ち溢れているのですね。人生のなかで、大きな愛をリアルに実感していけたらいいなぁ! と楽しみになりました。とてもあたたかくて、大きな大きなハートを感じられるようになったしあわせを、どうしたら伝えられるのかな…とワクワクしている今年のはじめです。

ありがとうございます

ありがとうございました
NAO [URL] 2014/01/04(土) 13:52 [編集]

時空を超えて存在する
NAOさん。

縁(えにし)の糸をむすぶ愛と信頼の絆は、「時空を超えて存在する」というわけですね。前世やそれを越えた過去世でむすばれた絆が時空を超えて存在するわけですね。
澤谷 鑛 [URL] 2014/01/04(土) 15:30 [編集]

何か神秘な、神聖な世界というか空間というか、異次元的なものを感じました。

過去世で老婆の方と先生とはご縁があったのだと思いました。先生はその過去世で、気づいてはおられないけれども、その老婆の方のおこころに灯をともされたのだと思います。老婆の方は、いつかもう一度先生におめにかかり、恩返しというか、感謝の気持ちを伝えたかったのだと思います。その思いを叶える時がきた、その瞬間が、厳島神社での出逢いだったように感じます。

どんなにか老婆の方は、しあわせであったろうかと思います。幾世かを越え、ようやく想いが叶ったのですから。先生も、しっかりと受けとめられたのですよね。

胸の奥からじんじんと熱いものがこみあげ、大きくひろがっていくのをかんじます。涙がこみあげてきます。表現できないほどの、喜びでありしあわせであるようにかんじます。苦しくなるほどのものです。動悸がしてくるほどです。

当たり前を当たり前に生きる中に、ひとのこころに灯をともし、世をこえて縁はつながっていくのだとおもいました。

わたしもそのように生きていきたいとおもいました。

ありがとうございました。
エンジェル [URL] 2014/01/04(土) 15:52 [編集]

三時業
エンジェルさん。

神秘で神聖で異次元的なものですか。過去世だとか来世というのは、そのように感じますね。

「三時業」ということばが仏教にあります。業があらわれる三つの時期を言います。
この世(現世)の業がこの世であらわれる場合「順現法受(じゅんげんぽうじゅ)」が一つ目です。
この世の業が、次生という次の来世にあらわれる場合「順次生受(じゅんじしょうじゅ)」が二つ目です。
三つ目は、この世の業が次生の後の来世にあらわれる場合「順後次受(じゅんごじじゅ)を言います。
澤谷 鑛 [URL] 2014/01/04(土) 19:52 [編集]

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