お伝えしたいことは「運命は改善できる」ということです。
07 * 2017/08 * 09
S M T W T F S
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
--/--
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
04/13
家系のデトックス(4)~母と姪と私~
真木野 貴子

『家系のデトックス(3)~祖父母のこと~』記事の続きになります≫
 最初から読む

両親、祖父母の心配に思いを馳せた私は、両親に何かできることはないかと思いました。

そういえば、母について、ひとつ気がかりがありました。母には長年会いたくても会えない人がいたのです。
また、母は以前から、一度2人で旅行に行こうと言っていたのですが、果たせないままでした。行きたくもなかったので、忘れたふりをしていたのです。
そこで、旅行を兼ねて、母の会いたい人に会いに行ってみようと思いました。

母が会いたい人……というのは姪の「A子ちゃん」です。

母には兄(20年前に死亡)がいて、母が中学生の頃の家族構成は、母、祖母、母の兄一家(兄、兄嫁、姪)の5人でした。
母の兄は戦争から帰ってきて多くは語らなかったのですが、シベリアに抑留されていたようで、戦後ずいぶん経ってから帰ってきました。帰ってからお見合い結婚をして、子供もできました。戦争のせいか、とてもすさんだ性格になっていたそうです。そのせいか夫婦の仲は良くなかったようで、ある日、兄嫁は子供を連れて田舎に帰ってしまったそうです。どういう事情か詳しくはわからないのですが、母にとって兄嫁はとてもできた人で、自分には温かく優しく良いお姉さんだったので、出ていくほど思い詰めたのは、兄のせいだと思っているようです。
その後、兄も家を出ていき、音信不通になり、放浪の末、何年か後に別の女性と結婚していることがわかりました。

母は、赤ん坊の時に別れた姪のことが、時間が経つにつれ、気になるようになったようです。
姪がどこでどうしているのか、気にかかるようで、20数年前に田舎の親戚筋を頼って、姪の嫁ぎ先の住所を調べていました。旅行の際に立ち寄って、家の前まで行ったこともあります。
自分が赤ん坊の時に父親を亡くしているので、赤ん坊の時に父親と別れ別れになってしまった姪のことが、自分の姿と重なるようで不憫に思っていたようです。姪は嫁いで子供にも恵まれて幸せに暮らしているらしいと知って、ほっとしていましたが、名乗り出ることはしませんでした。それは兄嫁に不愉快な思いをさせたくないという思いからでした。自分の兄が酷い仕打ちをしたと思っているので、妹である自分は、加害者的な立場にあると思っているようでした。
いつごろからか、私は一人っ子で、父の親戚とは疎遠でしたので、このA子ちゃんという10歳年上の従姉妹には、とても興味を持つようになりました。母との会話の中で、何度となく、「A子ちゃんってどうしているのかなあ?」と言いあうことがありました。

両親、先祖の思いを振り返ってみて、是非、母にA子ちゃんと再会させてやりたいと思うようになりました。母は70代後半になりましたので、A子ちゃんは60代前半のはずです。「いつか」と思って待っていても、母の年齢からして、生きて会うことは叶わないかもしれないと思うと、急に気が焦りました。
そこで、母に手紙を出してみるように勧めました。手紙だったら、もし相手が不愉快だと思えば、破って捨てられるだけ、嫌だったら私が書くと言いました。躊躇していましたが、何とか母が書いて投函しました。澤谷先生にお会いしてから3か月ほどが経った、5月の末でした。
すると、“もう着いたの?”と驚くほどの早さで、電話がかかってきました。そして、
「今度の日曜日、始発に乗って、朝8時半に京都駅に行きます。」
とのことで、更に驚きました。
A子ちゃんは、一刻も早く会いたいと思っているということが伝わってきました。本当は母と2人で、旅行を兼ねてA子ちゃんを尋ねるつもりだったのですが、折角の申し出なので、京都で会うことにしました。

午前中は3人で自己紹介や近況などを話しながら観光し、料亭で昼食をとりました。
A子ちゃんは、母親から父親のことは一切聞かされておらず、私たちの存在は全く知らなかったそうです。
昼食後、母は用事があったので、一旦席を外し、午後は2人で観光しました。A子ちゃんが知りたいだろうと思って、祖父母のことなど、昔の話しをしました。A子ちゃんからは、もっと質問があるかもと期待していたのですが、何故か上の空のようで、一方的にこちらが話すという感じで、私としては物足りなく思いました。
A子ちゃんは黙って遠くを見ているような感じがして、このときはその理由がわかりませんでした。
母と夕食をとるために、時間待ちで喫茶店に入ったとき、A子ちゃんから質問がありました。
「実は、私は小学校5年生のときに、父の姓から母の姓にかわったので、そのとき、両親は正式に離婚したのだと思うのですが、籍を抜いた理由は、父が再婚したかったからでしょうか?」
というものでした。
私にはわからないことだったので、後で母に聞いて、もし知っていたら必ず報告すると約束しました。

家に帰ってから、母に確かめると、
「私も良くは知らないけれど、多分、兄嫁さんの方から籍を抜いて欲しいと頼んできたように思う。」
とのことでしたので、すぐに電話してA子ちゃんに伝えると、なんだかほっとしたような感じでした。
一緒にいるときは気付かなかったのですが、後で考えてみると、A子ちゃんは、このことを確かめるために、私達に会いにきたのではないか思いました。だから、その質問を、なかなか切り出せなくて、遠くを見ているような雰囲気だったのではないかと思います。
A子ちゃんが、自分たち親子が捨てられたのではなく、母親の意思で別離を迎えたということで、少しは救われたと思ってくれていたら、会った甲斐があったと思います。
会った数日後に来た手紙には、
「お父さんには会えなかったけれど、おばさんに会えて、本当に良かった」
というようなことが書いてありました。

≪『家系のデトックス(最終回)~奇蹟的な思い~』へ続きます≫

澤谷 鑛 のカウンセリングは、コチラ…
澤谷 鑛 のセミナー/講演会情報は、コチラ…
コメント

私の従姉妹は6歳になったばかりの元気いっぱいの女の子と、3歳の
若年性骨髄単球性白血病と戦う男の子がいます。
3月に宮島に出かけ会いに行ってきました。
従姉妹は病院でずっと男の子と生活をしており
6歳になったばかりの女の子は平日は従姉妹の両親(私の叔父、叔母)で
過ごし、週末だけお父さんと暮らしているそうです。
私はたった6歳の女の子の心を思うと胸が張り裂けそうでした。
女の子にもたった1人のお母さんである従姉妹の存在が必要なはず…
宮島で会った時も、何度もその女の子をみて胸が張り裂けそうでした。
でもそれは自分が子供の頃に感じていた気持ちを重ねていたんだなぁ…と
真木野様のお母様がA子さんを思う気持ちを拝読させて頂いて気づきました。

昨日の真木野様のコメントを拝読させて頂いて涙が溢れました。
ご先祖にご両親に思いを馳せて、涙を何度もながしてデトックスされ、
文章にするためにまた涙を何度もながしてデトックスされ、
そして文章を掲載して頂き、皆さんのコメントで涙をながされ
デトックスし、清々しい気持ちになられる…
なんて言葉にすればいいのかわからないですが、
いいですね。やわらかい気持ちになりました。
ありがとうございます。

私が澤谷先生にカウンセリングをして頂いたときに
「両親に感謝しないといけないのは頭ではわかっているんですが、
身体で感謝できてないんです」と申し上げました。
まだまだ感謝できてないんですが、でも逆にいうとほんものの自分は
感謝したいからこそ、こうして澤谷先生に巡り合え、教えて頂きながら
一つずつ階段をのぼってるんだな…と昨日、ふと思いました。
ここに出会う皆様は「感謝したい」ことを気づいて、求めているからこそ
こうして澤谷先生に辿り着けた気がしました。

真木野様との共通点も偶然ではなく、必然なんですね。
ありがとうございます。


miyayuki [URL] 2014/04/13(日) 08:25 [編集]

再会おめでとうございます!
真木野 貴子さまへ

戦争から生きて帰られた方にとっても、戦後はとても辛い日々だったと知りました。真木野さんの伯父様も、心に深い傷を負って苦しまれていたのでしょうか。

兄嫁さんとA子ちゃんも、さぞ悲しく寂しく辛い思いをされたことでしょう。

せっかく帰還されたお兄様と生き別れることになってしまわれたお母様も、さぞ辛かったことかと思います。

真木野さんが、ご両親に何かできることはないかと思われて、お母様とA子ちゃんの再会を果たされたこと、ほんとうにすばらしく胸がいっぱいになりました。

真木野さんも、お母様も、A子ちゃんも、とてもとてもうれしかったのですね。よかったですね。ご先祖様もさぞお喜びのことと思います。ほんとうによかった!

すばらしい体験談を拝読できて、感謝の想いでいっぱいです。ありがとうございます。


この5月の連休、母と夫と子ども(3歳)と一緒に、祖父に会いに行けることになりました。祖父は戦争から生きて帰りましたが、祖父の兄(母の兄の父)は戦死しています。祖父は入退院を繰り返しながらも頑張っています。きっと曾孫に会えるのを心待ちにしてくれていると思います。

「家族に何かできることはないか」と思える家族がいることは、とても、とてもしあわせなことなんですね。

ありがとうございました
NAO [URL] 2014/04/13(日) 08:46 [編集]

感謝
連続して、拝読できた事に、心から感謝致します。

大切なお母さんの姪っ子さんとの絆の結びなおしができた事を本当に良かったと思います。

拝読できた事に心から感謝致します。ありがとうございます。
もも [URL] 2014/04/13(日) 12:02 [編集]

お母様は、A子さんとご自分を重ねあわせ、寂しさや、悲しさが痛いほどわかるから、とても気になっておられたのですね。

お母様にとって温かく優しく良いお姉さんだったので、余計に姪であるA子さんのことを心配しておられたのですね。それだけ、お母様も辛い人生を生きてこられたからなのでしょうね。

真木野さんがお母様のためにA子さんに会わせてあげたいと、お母様に働きかけ、すぐに行動をおこされたこと、本当に素晴らしいと思いました。

真木野さんのおこころが180度変わられたことに、家系のデトックスの凄さを感じます。

固くなっていたこころを次々と解き、本来あるべきありのままの姿に戻っていくような感覚です。それは、誰もが、お互いに愛し愛され、相手の喜びが自分の喜びとして感じられる、愛と信頼の絆なのでしょうか。
誠実に行動されている真木野さんは本当に素晴らしいと感じます。

お母様にとっても、A子さんにとっても、もちろん真木野さんにとっても、おふたりが再会できたことは、本当に夢のようで、奇跡ですよね。どれほどの喜びでしあわせなことでしょうか。胸がくるしくなるくらいです。

家系のデトックスでこころを解きほどいていくことが、どれほどの力を放ち、しあわせへの道へと導いていくことなのか、驚きを隠せません。圧倒されています。

本当に真木野さんのご文章を拝できるご縁にこころから感謝しています。ありがとうございました。
エンジェル [URL] 2014/04/13(日) 20:56 [編集]

感謝!
毎回、コメントをいただき、ありがとうございます。
皆さんのコメントに癒されます。
家系のデトックスをして良かったなあ……とは思っていたのですが、皆さんのコメントが、私への励ましとなって、一層思いが強くなりました。
実は1週間前から母が入院していて、今日一時重篤な状態になってしまったのですが、危険な状態は脱し、またこのことで父との関係が以前より良いものに変化したように感じました。
自分では、家系のデットクスをして、下準備ができていたからかなあと思っています。

miyayukiさんの従姉妹さんは宮島にいらっしゃるのですね。明日は宮島にご縁のある話です。偶然に驚いています。偶然ではなく必然なのですね。

私は、まだ、100%両親に感謝できているかというと、そうでもないのです。まだまだ負の面もあります。でも、それも、だんだん許せそうな気持になっています。
「子供を持って、はじめて親の有難さがわかる」とよく言われますが、私の場合は、ダメな自分の親より、もっともっと良い親になりたいと思って生きてきました。しかし、最近は、そういう頑なな気持ちが、子供に良くない影響を与えてきたのかと反省しています。
デトックスをしてから、日々前進しているように感じていましたが、自分のことを文章にして、皆さんのコメントよ読ませていただいていると、前進が加速しているのを感じています。
ありがとうございます。
真木野貴子 [URL] 2014/04/14(月) 00:07 [編集]

管理者にだけ表示を許可する
 

トラックバック
トラックバック URL

Copyright © 2017 絆の法則 ~ 澤谷 鑛 オフィシャルブログ ~.
all rights reserved.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。