お伝えしたいことは「運命は改善できる」ということです。
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04/14
家系のデトックス(最終回)~奇蹟的な思い~
真木野 貴子

『家系のデトックス(4)~母と姪と私~』記事の続きになります≫
 最初から読む

その後、11月の叔父の命日に、一緒にお墓参りをしようということなり、私と両親、A子ちゃん夫婦の5人で、叔父の墓地のある、兵庫県のH市で会って、食事をしました。
A子ちゃんは、お土産と言って、母には毛皮のベストを、父には地酒を、私にはイヤリングを、更に、5月に会ったときに、昼食をとった料亭の前で3人(A子ちゃん、母、私)で撮った写真を大きな額に入れたものを用意してくれていましたが、なんとなく違和感を感じました。
そして、母だけA子ちゃんの家に泊まりに行くことになりました。
急速に親しくなり、楽しい時間を過ごせましたが、それと引き換えに、深刻な事実も知ってしまうことになります。A子ちゃんの健康状態が、思わしくないということです。

12月になって、牡蠣が沢山送られて来て、A子ちゃんは元気なんだと、両親と安堵していました。

そして、12月27日。
朝6時半に、リビングに置いたままの母の携帯電話が鳴りましたが、見知らぬ番号だったので、出ませんでした。すると、間髪を入れずに、また、電話が鳴り、今度は、A子ちゃんの名前だったので、不安が忍び寄って来るように思いました。
そして、電話に出たら、男性の声。数秒の間に、最悪の事態だけではないようにと祈りましたが、「落ち着いて聞いてください。」という言葉に、もう後戻りができないところに来たと理解できました。その先は「今日の未明にA子が息を引き取りました。」というものでした。
A子ちゃんは、初対面のときからやつれていて、ただならぬ病気だとは気付いていましたが、出会ってから半年と少し、まさか、こんなに早く永遠の別れが来るとは思いませんでした。取るものもとりあえず、母はお通夜、お葬式に向かいました。母は、まさか私より先に逝ってしまうなんて……と言っていましたが、私とて、母の老い先が心配で、A子ちゃんに会わせたかったのに、こんなことになってしまい、驚きました。

私は仕事があり、年が明けて、1月4日に、初めてA子ちゃんの家に行きました。
最寄駅まで、A子ちゃんの夫が車で迎えにきてくださいました。阿品という駅です。多分、澤谷先生は良くご存じの駅だと思います。
そして、少し坂道をあがったところで、
「家は右に曲がるのだけれど、見せたい景色があるから左に曲がるね。」
と言って、家とは反対方向に曲がったのですが、見せたい景色とは、なんと、私の氏神さんと同名の神社、厳島神社だったのです。見せて欲しいとは頼んでいないのに、わざわざ遠回りをして見せてもらえた偶然に、奇蹟的なものを感じました。
この神社こそ、私が澤谷先生のカウンセリングを受けるきっかけになった神社です。
長いような、短いような道のりでしたが、ここまで辿り着けたのは、澤谷先生のお蔭だと、感謝の気持ちで一杯になりました。

A子ちゃんの家に行って、先ず驚いたことは、応接室に、A子ちゃん、母、私の3人で写した写真が、小さな額に入れて飾ってあることでした。初めて会ったときに記念に映したもので、前回会ったときに大きく引き伸ばして額に入れてプレゼントされたものと同じものです。驚いてしげしげ眺めていると、A子ちゃんの夫が、A子ちゃんの寝室の枕元には、もっと大きく引き伸ばしたものが飾ってあると教えてくださいました。
A子ちゃんは、私たちとの出会いを、本当に喜んでいてくれたのだとわかり、感動しました。

その後、A子ちゃんの四十九日に、母と二人で阿品を訪れました。永年果たせなかった、母との旅が、やっと実現しました。
四十九日の翌日は、A子ちゃんの夫と3人で、思い出で話をしながら、観光しました。

2回の訪問で、A子ちゃんの夫から、色々話を聞きました。

・A子ちゃんは年末に亡くなったため、皮肉にも亡くなってから我が家に年賀状が届きました。これは、A子ちゃんが初めて親戚に出したものであったこと。(母方の親戚とは上手くいってなかったようです。肩身の狭い思いをしてきたようで、年賀状すら交換する関係でなかったこと)
・A子ちゃんは、肝臓癌だったが、看護婦長の経験もあり、家族には、ほとんど病気のことは話さず、一人で耐えていたこと。夫が病状を尋ねても、何も答えなかったこと。
・A子ちゃんは、乳癌を患ったことがあったが、そのときも、夫は手術の後で知ったこと。(夫は海外に長期出張が多かったため、何も知らされていなかった。)
・人付き合いが悪く、友達といっても、看護学校時代の2、3人であること。
・夫の親戚の集まりなども避けていたようで、忙しいのを理由にほとんど参加しなかったこと。

夫、子供との幸せな生活ではあったものの、頑なで孤独な面もあったようです。

今、思うと、11月に感じた違和感は、きっとA子ちゃん自身が自分の命が長くないことをわかっていたことによるものだと思います。次に会うことはないかもしれないという思いから、写真を額に入れて、「家に飾って置いて……」と言ったり、一人一人にお土産を持ってきたりしたのだと思います。

欲を言えば、もっと早く会いたかった。もっともっと話したかった。一緒に笑いたかった。一緒に泣きたかった。
30年前、遠方で大学生活を送っていた私は、「従姉妹のA子ちゃんの住んでいる街」と意識しながら、何度も広島を通過しました。あの時、途中下車していたら良かった。
後悔することは、一杯ですが、生きて会えて、本当に良かった。

A子ちゃんの夫が、母と私に向かって、
「1年後にお手紙いただいても、A子は亡くなったのでと言って、私はお2人にお会いすることもなかったでしょう。本当に良いタイミングでご連絡いただけたのは不思議なことです。こうやって3人で食事しているなんて、奇蹟的な思いがします。せっかくのご縁ですので、今後ともよろしくお願いします。」
と言ってくださいました。今もお付き合いは続いています。

澤谷先生、本当にありがとうございました。


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コメント

感謝
導かれたようなご縁の結びなおし。

ご縁がある方々皆が待ち望んでいたものだったのだろうな・・・と思いました。

ご縁というのは、本当に尊いものなのですね。

貴重な体験をわかちあわせてくださった事に心から感謝致します。

ありがとうございます。

心からの感謝を込めて
もも [URL] 2014/04/14(月) 00:40 [編集]

真木野様がお母様の背中を押してあげてA子さんにお手紙を出されて
受け取ったA子さんはどれほど嬉しい思いで電話をとり、ドキドキしながら
電話をされ、皆さんでA子さんのお父様のお墓参りを果たされて、
お父様もさぞ嬉しかったでしょうね。

出会ってから半年という短くも感じる時間ですが、A子さんにとっては
一生分の嬉しさが半年の中に凝縮されていたのではないでしょうか。
病状も話さず、1人で抱えて頑ななA子さんの一面をみると
もっと甘えたらいいのに、もっと頼ればいいのに…と思いますが
そうやって自分自身を支えて生きてこられたんだなぁ〜と思いました。
でもいちばん避けていたものをほんものA子さんは求めていたからこそ
真木野様を引き寄せ、しあわせな半年を過ごされ、思い残すことなく
旅立たれたのですね。
半年という時間、巡り合え、共に時間を過ごされ
共に笑い、共に泣いて同じ時間を過ごされ良かったですね。

私が3月に叔父に送ってもらった駅が「阿品」でした。

今回、真木野様の文章を拝読させて頂いて
澤谷先生が何故このブログをされているのが理解できました。
真木野様のおかげです。ありがとうございました。
そして真木野様のようにやわらかい心でいなければいけないと
思いました。ありがとうございました。
miyayuki [URL] 2014/04/14(月) 08:30 [編集]

本当に良かった
号泣(;_;)
生きて会えて本当に良かったですね。
Youko Tateyama [URL] 2014/04/14(月) 15:49 [編集]

わざわざ遠回りをして見せてもらえた厳島神社。

真木野さんを澤谷先生に巡り会わせ、A子さんとお母様を引き合わせたきっかけになった厳島神社。A子さんがどれほどの喜びと幸せを感じ、満足し、感謝しておられるかを、この神社を通して真木野さんにお伝えしたかったのでしょうね。

それほど重要な役割を真木野さんは担われていたのでしょうね。

「愛が動くとき、不可能は可能となる」という言葉を思い出しました。

お母様のA子さんに会いたいという想い、A子さんの父のことを知りたいという想い、それは即ち家系代々のご先祖様の想いで、悲しみの流転を止めなくてはならないという切実な願い。

その願いが、真木野さんを引き寄せ、家系のデトックスへと導き、固くなっていたこころを次々と解きほどき、本来の愛をめざめさせたとき、奇跡がおきた。

初めてこのご文章を拝読した時、「一人出家(家系のデトックスを)すれば九族天に生まる」といわれていたことは、本当なんだ!と感動しました。

家系のデトックス、ご先祖様の誰か一人でも欠けていたら生まれてこれなかったこの命。どんな想いでご先祖様は生き、命の絆を紡いでこられたのか、その想いに気づくとき、私たちは愛と感謝に満たされて、愛と信頼の絆を結び直していけるのかもしれません。そしてそれは、自分を中心に九族にまで及び、しあわせな人生を広げていくのでしょう。

真木野さんのご文章で、家系のデトックスの意味と意義を教えて頂いたように感じています。

私もはやく家系のデトックスのできる人間になりたいと願っています。

真木野さんとの出逢いに、ご文章を拝読できたご縁にこころから感謝しています。

そしてますます、真木野さんのご家族、ご親戚の方々のおしあわせとお母様のご病気のご回復をこころからお祈りしています。

ありがとうございました。
エンジェル [URL] 2014/04/14(月) 18:25 [編集]

一瞬一瞬をたいせつに生きていきたい
真木野 貴子さまへ

奇跡的な体験のすばらしい連載を拝読できたことに感謝しています。

人の中にある純粋であたたかいものを丁寧にちゃんと感じ続けること、そして希望を持ち続け、自分やたいせつな人たちがしあわせになることを決して諦めないで生きていくことが大事なんだと教えて頂いた気がします。

せつない気持ち、やるせない気持ちを感じられるのは、愛と信頼の絆があればこそ。たいせつな人と共に生きた時空間には、永遠に消えることのないしあわせが詰まっていますね。

真木野さんのご文章に出会えて、ほんとうによかった。真木野さんをはじめ、ご家族ご先祖様があたたかいしあわせに包まれているのを感じています。

ご両親と過ごされるかけがえのないしあわせなときを満喫なさってください。

ありがとうございました
NAO [URL] 2014/04/14(月) 21:20 [編集]

最後までお読みいただき、ありがとうございました
皆さんからいただく、暖かいコメントが、日々楽しみを増してきましたのに、今回で最終回となり、寂しく思っています。
最後まで読んでいただいて、ありがとうございました。
私自身は、まだまだ、皆さんからお褒めいただいているような域には達しておらず、毎日未熟さを痛感しています。
しかし、今の私は、澤谷先生にお会いする前の私とは違う、少はステップアップしていると思います。
今回、ブログに掲載していただいている数日の間に、色々なことが起こりました。
様々な事情が重なり会い、A子ちゃんと私の祖母の実家について詳しい方と出会うことができ、祖母の実家の話や、A子ちゃんと私の祖父母のお墓にまつわる話を聞く機会に恵まれました。
また、母の病気については、不運なことではありますが、「死なないで欲しい」と心の底から思っているのは、デトックスできたからだと感謝しています。以前の私だと、もっとドライに対応していたと思います。きっと回復してくれるものと信じています。
皆さんに私の拙い文章を読んでいただけて、感想をいただけたことで、私の家系のデトックスが進んでいるように感じています。
ありがとうございました。

最後に、このような機会を与えてくださった、澤谷先生、ありがとうございました。


真木野貴子 [URL] 2014/04/15(火) 00:47 [編集]

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