お伝えしたいことは「運命は改善できる」ということです。
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06/17
夏至観世音菩薩
澤谷 鑛

 洞窟の階段を小走りに駈け上がりました。
「もう人が一杯じゃよ。下の方がよう見える」
 凛とした声が洞窟内を響きました。声の主は、箒をもった作務衣を着た老人でした。
「そうですか」
 と言いながら階段を登り切ると、大きく左に曲った薄暗い洞窟内の道を進みました。
作務衣の老人の傍を通りましたが、何事もないかのように洞窟内の道を掃いていました。すぐに階段の登り口の上に出ました。そこは鈴なりの人でした。とても見ることは出来ません。
作務衣の老人の言った通り、下に降りようと振り返ると、老人の姿は消えていて見えませんでした。

 急いで石段を降りました。作務衣の老人が下に集まった十数人に説明をしていました。
“ああ、ここの住職なのか”
 と思い、耳を傾けました。
「冠が見えてきましたな」
「杖が見えますか?」
「目を細めて……でないと見えません」
 六・七人の人が息を切らせて駆けつけました。
「ああ、丁度よい時に来なさった。今が一番よい」

 ここに来ることになったのは、ある新聞の6月6日の朝刊を読んでのことでした。「チャイム」というコーナーにこのように載っていました。

◇…香川県・小豆島の小豆島霊場一番札所「洞雲山」(内海町)で五日、この時期だけの「夏至観音像」が現れた。暗い洞穴に入り込んだ光が、身の丈約三メートルの観音像に見える。◇…霊場内の洞穴「仙霊窟」で、夏至を中心に約一カ月間、午後三時ごろ約五分間だけ発生する現象。梅雨と季節が重なるため、光と闇が織り成すありがたい観音様を見られる日は少ない。◇…石川県かほく市からきた自営業、坂井久美さん(54)は「遠くからきたかいがありました」と声を弾ませていた。わずか五分間の拝観時間。お願い事は、事前に決めておいて


 日天尊(太陽)の権化観世音菩薩の光現と言われる「夏至観音像」。夏至観音岩壁陽現とも言われている。
 南へ10度の天空を太陽が通るのは、夏至のころ。この時期に午後三時と言うのは、西へ45度傾いた位置。この瞬間に「洞雲山」境内の岩壁に三メートルの観音立像が光現する。刻々と観音様のお姿が輝きはじめ、完全な容姿を拝する事が出来る。この時間は、3~5分間。光現から光彩に輝き光り、光散する姿図は圧巻。この時、太陽はインドのガンジス河の河口カルカッタの真上に位置するのだという。

「観音様とご一緒に写真に写っていただけますか?」
 作務衣の老人は、私の声にゆっくり振り向きました。
「まだ観音様はおいでかな」
 老人の笑顔に笑顔で応えました。
「はい」
 写真に収った後、
「ご住所を教えて下され。オルゴールをお送りしよう」
 と老人は言いました。住所を書きながら“オルゴール?”と思いました。霊場とオルゴールが結びつかないのです。

 次の日の朝のことでした。ホテルをチェックアウトするとき、フロントから呼び止められました。
「澤谷様、三番札所の観音寺のご住職からお預かりしました。本日、朝早くお越しになりました」
 白い封筒の表には、私の住所と名前が達筆で書かれていました。封筒の裏には、

 香川県小豆郡内海町坂手
  第一番霊場 第三番霊場
  一願観音
  洞雲山 本坊 観音正寺
          奥之院 隼山

 と書かれています。
“そうか、一番霊場は山の中の洞窟で、お寺はないのだ”
と思いました。それにしても、どこに泊まっているのかも知らせていないのに、作務衣の老人は探したのだろうか? そうでなければ届かないだろう。狭い島のこと、何かで分かるのかも知れません。
 封筒を開けると「エリーゼのために」が聞えてきました。「福徳」「開運」「祈商売繁昌」「一番洞雲山」と焼き印された木の札から聞えてきます。お守りなのだろうか。木の札の裏が光に感応するセンサーがあるようだ。
「エリーゼのために」を聞きながら、三番札所の観音寺を出て一番札所の洞雲山に行き、洞窟の清掃をし、夏至観音の説明をするすがすがしい作務衣の住職が思い浮びました。

 今年は、6月21日が夏至ですね。


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コメント

夏至観音像
夏至観音像を通して、自分自身のなかの観音様と対峙される。

その清らかな場所で住職の清らかな心と共鳴し、オルゴールと伴に永遠の幸せへの祈りを手にされる。
私まで、心が清められました。

ありがとうございます。

今年の夏至は、瞑想会と蛍祭りに参加します。

明るい心で展開するよう心がけています。
澤谷鑛先生が紡いでくださっているご縁のおかげです。

本当にありがとうございます。

日頃の感謝を込めて
もも [URL] 2014/06/17(火) 06:19 [編集]

人が生きる人生のすばらしさ
ももさん。

お元気でお過ごしですね。

夏至観世音菩薩を通して、みずからの観世音菩薩と対峙する。なるほど。

観世音って世の音を観じる。縁(えにし)の糸をむすぶ愛と信頼の絆に起因していると考えられますね。

清らかなご住職との縁は、清らか場所で、将に神が生きるのでも、仏が生きるのでもない、人が生きる人生のすばらしさを感じました。

もう10年近くになるのでしょうか。今でも印象深くなつかしく思い出します。
澤谷 鑛 [URL] 2014/06/17(火) 06:54 [編集]

すがすがしい
澤谷先生 おはようございます

今年も『夏至観世音菩薩』を拝読でき、とてもうれしいです。このお話はわたしにとりまして、澤谷先生のご文章の中で最も好きなご文章の一つです。

「どうして、わたしはいつもこんな言動をとってしまうのだろう」
と自責する度に、一年を通して、このお話しを思い出していました。そうして月日の経つのは早いもので、もう、一年経つのですね。

「時間は待ってくれないから」
と澤谷先生が先日のスカイプ座談会のときに言われました。
当たり前の言葉なんだけれども、わたしたち人間は、刻一刻をこの相対的な時空間の中で人生を生きているんだなと実感しました。

人間であるわたしたちが夏至観世音菩薩をリアルに眼で排することができるのは、限られた時空間の中だけれども、自分の内にある光の世界を観じるとき時空を超えた絶対的な世界の中で夏至観世音菩薩と一つである自分の存在を観じていこうと思いました。

近頃は太陽が夕方まで強い光を注いでくれるので、子どもとのお散歩は夕方の遅い時間に出かけています。ご近所の方が子どもに話しかけてくださり可愛がってくださって、子どももとてもうれしそうにしていたのですが、最近は時間帯が遅くてお会いできないので、なんだかさみしいものです。
わたし自身も、人の何気ない言葉やあたたかいお心に触れ、かたくなだった心が日に日に解け明るい気持ちになり、周囲の方々の存在に自然と感謝の想いがでてきていました。明るい心は、人との愛と信頼の絆によってつくられていくんだなと思いました。
暗い心にもなることがあっても、螺旋階段を上り続けながら求道し続けられる人生って、あぁすばらしいなぁと思いました。

ありがとうございました
NAO [URL] 2014/06/17(火) 08:52 [編集]

不完全な自分がみえるのは、それをみている自分が完成されたものであればこそ
NAOさん。

「どうして、わたしはいつもこんな言動をとってしまうのだろう」
と自責の念に駆られるというNAOさん。そんな不完全な自分をみている自分があるから、実はその変化を進化にできるのですね。
不完全な自分がみえるのは、それをみている自分が完成されたものであればこそ、欠けた不完全な部分がみえるのですね。不完全が不完全をみても、それは当たり前のことで不完全などみえませんし、当たり前ですから、そのままにしているでしょう。

人生という神が生きるのでも仏が生きるのでもない人が生きる人生の意義というものを、NAOさんは、感じ始めておられるのですね。そしてそれが、道元のいう「仏向上(ぶっこうじょう)やみずからの存在である「being」につながる予感から確信への道を歩まれているのでしょう。
澤谷 鑛 [URL] 2014/06/17(火) 09:41 [編集]

素敵なお話ですね♫
私も夏至観世音菩薩にお会いしたいです(=^x^=)♡
天森 早苗 [URL] 2014/06/17(火) 15:49 [編集]

ご縁があれば
天森 早苗さん。

私もご縁があれば、もう一度、夏至観世音菩薩を拝見したいですね。
澤谷 鑛 [URL] 2014/06/17(火) 15:52 [編集]

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