お伝えしたいことは「運命は改善できる」ということです。
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07/25
姉の50回忌(3) ~いとこのこと~
エンジェル(養成講座5期・6期・7期)

『姉の50回忌(2)』記事の続きになります≫
 最初から読む

姉が亡くなった時に、一緒に遊んでいたいとこの女の子。
姉と同い年か、1年したぐらいだったと思う。いとこが6年生で私 が1年生。
いとこが小学校を卒業するまではよく一緒に遊んだ。ちょっと、意地悪だった。でも、遊んでほしくて、いいなりになっていた。弟をのけものにしたときは、ちょっとこころがいたんだ。泣いて追いかけてくる弟を 、無視しなくちゃいけなかったから。

いとこはわがままのようだった。いとこのお母さんは、いつもいとこに怒られていて、それでも気をつかって、愛想笑いをしていた。いとこのおとうさんは、いとこを溺愛していた。女王様のようで、うらやましくもあった。

そんないとこのことを、貰い子と知ったのはいつだっただろう。
母から聞いた。おじさんおばさんに子どもができなくて、いとこの産みのお母さんが妊娠中からもらうことになっていたらしい。
いとこが貰い子だということは隠していたけれど、自然と噂で本人の耳にはいったらしい。いとこやおじさんおばさんの気持ちはどうだったんだろう?

姉といとこはよく一緒に遊んでいたようだ。事故当日も。
なぜいとこは、母が姉のことを聞いたとき、なにも言わなかったのだろう? 母はけんかでもしたんだろうと思っていた。

でもその後すぐに、いとこ家族3人で温泉にでかけてしまい、長い時間帰って来なかった。そのことが返って、母に疑問をいだかせることになる。
しかしおじやおばも、いとこがただならぬ状態でかえってきたとき、わが子を守るとっさの判断で、出かけたのではないだろうか? そしていとこを落ち着かせ、事情をきき、いとこになにも問題はない、と言い聞かせたのではないだろうか? 姉が勝手に落ちたのだと。いとこはそれに気付かなかったのだと。
おじとおばは、わが子を守るために必死だったのだと思う。だから、警察に質問されたときに、おじがマンホールを探してみたらとこたえたのではないか。

いとこのこの話で、澤谷先生から『折れた翼がよみがえるとき』(澤谷 鑛著・ジュピター出版)のなかに、よく似た話が載っているから、もう一度、見てみるといいと言われた。
本当によく似た話が載っていて、5歳の男の子が、3歳の弟が川でうつぶせになっているのを発見したとき、怖くなってその場から立ち去ってしまい、母親から弟のことを聞かれて、「知らないよ」と答えてしまった。もし、あの時、川からすぐに弟をひきあげていたら、死ななかったかもしれないと、ずっと罪悪感に苦しみ、贖罪の意識からアルコール依存症で苦しんでいた。
いとこも、そしておじやおばも、そうなのかもしれない、と感じた。

おばは家族の問題から、宗教にはいった。おじも定年後の社会とのつながりを求めて熱心に活動していた。いとこはおじが厳しく、何かあってはいけないと友達との遊び、特にスキーなど危険が伴うものはすべて禁止されていた。

いとこの結婚は結婚相談所にはいって、養子にきてもらった。
男の子がひとりうまれたが、出産の痛みが辛くて、もう子供はつくらないことにした。甥っ子が小さいうちはまだ、我が家とも交流があったが、そのうちだんだんと遠のき、今は一切の近所づきあいをしていない。

おじが入院したときも、誰にも知らせなかったので、おじは寂しい、寂しいと母がお見舞いに行くたびに訴えていたそうだ。結局、亡くなった時も誰にも知らせなかった。おばは施設でお世話になっているようだが、居場所を教えてくれないので、面会に行きたくても行けないと、おばを慕う親戚はさみしがっている。

いとこが誰ともかかわりを持たず、見を隠したように生きているのは、贖罪の意識があるからではないのか? おじもおばも、いとこも、十字架を背負って生きていたのではないだろうか? そんな気がしてきたのだった。

姉の50回忌は、いとこたちの贖罪の意識を解放する、そんな役目もあるのではないか? それはもしかしたら、私に託されているのではないか? 大きな課題を与えられたような気がしてきたのだった。

≪『姉の50回忌(4)~父のこと 1~』へ続きます≫

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コメント

いとこさんがこれまでの人生、エンジェルさんのお姉様のことを
後悔し、反省し、贖罪の意識に長年苛まれ生きてこられ、今も
生きていらっしゃるのだろうと思うと心がとても痛みます。


miyayuki [URL] 2014/07/25(金) 07:13 [編集]

想像もできないですが、大きな課題ですね。
解放に導いてください。
小林 喜美江 [URL] 2014/07/25(金) 09:09 [編集]

エンジェルさんには課題をやり遂げるお力が備わっている
エンジェルさんへ

今エンジェルさんが、大きな課題が与えられていることに気づかれ、全力で取り組んでいかれることは、家系のデトックスとエンジェルさんの業の解消になるのだろうと思います。

お姉さまがお亡くなりになられたことで、たくさんの方々がそれぞれのお心をこんなにも痛められてこられたのですね。エンジェルさんにはご自身だけでなく、皆様のお心を清められるお力が備わっているのだと思います。


人生という時空間の中に起こる出来事には、想像を絶するような深い哀しみを伴うものもあります。
けれども、人間は深い哀しみと向き合いデトックスしていくことで、みずからの業を解消して、愛と信頼の絆を大切に生きるしあわせに目覚めていく、という側面もあります。
そう考えてみると、どんなに哀しい出来事でさえも、裏側にはわたしたちをしあわせへと導いてくれているという事実があることがみえてきます。
だから、人生の中で体験するどんな出来事もすべてが、大いなる存在からの愛なのだろうと思うのです。

人間には、自分の罪を懺悔し、自分の罪を赦す力が備わっている。人間には、相手の罪を赦す力が備わっている。人間に、それができるのは、神が内在しているからなのかもしれないと思います。
人間が赦しを行っているときは、内なる神とつながっているときなのかもしれないと思います。


相手の罪を赦すことよりも、自分の罪を赦すことのほうが難しいのではないかなと思うときがあります。それは、自分の罪の場合は贖罪の意欲が、自分を赦すことを邪魔するから。

いとこさんたちの贖罪の意識を解放するためには、もしかしたら、エンジェルさんのお父様とお母様が、哀しみや罪悪感やいとこさんたちを責めてしまう想いから解放されることが大事なのではないだろうか? という気がしています。
人が相手を赦す想いは、相手につたわり、相手の心を解いて癒していくと思います。

エンジェルさんのご両親が、お心の傷を癒されていかれることを祈っております。
エンジェルさんがご両親やいとこさんたちのお心をこうして深くわかっていかれていることが、すでにご両親のお心の深いところを癒しておられると思います。

お姉さまは、尊いおいのちで、皆様のことをお守りになられているのだと思いました。

ありがとうございます。
NAO [URL] 2014/07/25(金) 10:44 [編集]

手を合わせております。
田村 岩夫 [URL] 2014/07/25(金) 14:36 [編集]

miyatyki様
お読みいただき、コメントをくださり、ありがとうございます。

いとこのことを思いやってくださり、ありがとうございます。

この文章を書いていて、もしかしたらいとこは、おじおばのことを憎んでいたのではないだろうかと、ふと思ってしまいました。そう思わないと、生きていけない苦しさがいとこにあったのではないかと。あくまでも、私の勝手な想いでわかりませんが。もっともっと、相手の立場にたつ必要があるのだと感じます。

わが子を想うあまりのこころが、空回りすることがあるのだと感じます。絡まった絆のようにも感じます。

姉の50回忌がなければ、澤谷先生のお言葉がなければ、いとこ家族に想いを馳せることはなかったと思います。

学びの機会を与えていただいているのだと感じます。ありがたいことです。感謝です。ありがとうございました。
エンジェル [URL] 2014/07/30(水) 22:52 [編集]

小林様
お読みいただき、コメントをくださり、ありがとうございます。

私も想像できません。なぜか、だいそれたことを書いてしまいました。
でもきっと、私の課題なのかもしれません。だから、養成講座に入ったのかもしれません。

ご支援くださり、ありがとうございます。こころから感謝しています。取り組んでいきます。(できるのか、めっちゃ、不安ですが・・・。)ありがとうございました。
エンジェル [URL] 2014/07/30(水) 23:01 [編集]

NAO様
お読みいただき、コメントをくださり、ありがとうございます。

NAOさんの、慈悲深く、力強い導きのお言葉を、何度も何度も読み返しています。ありがとうございます。

NAOさんご自身が厳しい人生と真摯に向き合われて、体験し、自らが導き出されたお言葉なのだと感じます。天からのお言葉のように感じます。感謝しています。

<お姉さまがお亡くなりになられたことで、たくさんの方々がそれぞれのお心をこんなにも痛められてこられたのですね。>

NAOさんのこのお言葉で、改めて、認識させていただきました。姉の50回忌がなければ、澤谷先生のお言葉がなければ、全く気付けなかったことです。

<いとこさんたちの贖罪の意識を解放するためには、もしかしたら、エンジェルさんのお父様とお母様が、哀しみや罪悪感やいとこさんたちを責めてしまう想いから解放されることが大事なのではないだろうか? という気がしています。
人が相手を赦す想いは、相手につたわり、相手の心を解いて癒していくと思います。>

そうなのですね。どこまで両親やいとこたちの想いを深く理解できるのか、感じられるのかわかりませんが、私の大きな課題なのだと感じます。

前世から自己中心に生きてきたわたしの、息子が幾世にも渡り、自己中心からの脱却のために私との縁を結んできてくれたご恩のためにも、逃げずに向き合わないといけないのだと思います。

りきまずに、わかるまで、何度でも、澤谷先生やNAOさんや、皆さんのお力をお借りしながら、向き合っていこうと思います。

どうかこれからも、よろしくお願いいたします。
NAOさんとの出逢いの奇跡に、こころから感謝しています。ありがとうございました。
エンジェル [URL] 2014/07/30(水) 23:43 [編集]

田村様
お読みいただき、コメントをくださり、ありがとうございます。

田村さんの慈悲深いおこころが、じんじんと大きな波動となって伝わってきます。姉のこころにも、両親にも、いとこたちにも届いて、癒されていくのを感じます。ありがたくて、嬉しくて、涙がこぼれます。

本当に私たちは、目に見えない多くの方々に支えられて、導かれて、生かされているのを感じます。感謝しかありません。

私も田村さんのように、人のしあわせを願える人間に成長していきたいと思います。精進します。こころから感謝しています。

私も田村さんのおしあわせをお祈りしています。ありがとうございました。
エンジェル [URL] 2014/07/30(水) 23:59 [編集]

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