お伝えしたいことは「運命は改善できる」ということです。
09 * 2017/10 * 11
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
--/--
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
08/05
世界を変えるのに魔法はいらない
澤谷 鑛

挫折や苦悩で失意のどん底に陥った多くの方々が、そこから脱出する姿を私は見てきました。
 折れた翼が再び甦るとき、おおしくたくましく、再び大空を舞う鳥のような姿に、私は胸うたれました。
 そこに、人生の秘訣である「運命は改善できる」ということを、垣間見ることができました。折れた翼が甦り、以前よりももっとみずみずしい翼をひろげてはばたいている姿は、力強く、美しく、私を感動させてくれました。


『すべての「結果」は引き寄せられている~運命を決める「牽引の法則」~』(総合法令出版)の「プロローグ 自分の人生に満足していますか?」の中で、私は、このように書きました。

 すると、ある友人のカウンセラーから、こんなメールが届きました。

……折れた翼は甦ることはなく、鳥は死んでいくのだそうです。
 折れた翼は、再び甦り大空を舞うことはできません。傷つくのと折れるのでは大きく違います。では、折れた翼が甦るとき、とは……。
 京都の夏は、相変わらず暑かったですね。
 夏暑く、冬寒い。京都に住めば、日本全国どこでも住めるというジョークも頷けます。
 先日、京都駅ビルの店で、冷たいお酒を美味しく酌み交わしながら、親しくお話しできたことは、大変うれしいことでした。
 店を出てお別れし、私は新幹線に乗るべく12番線ホームに向かいました。少し時間があり、友人への土産を買い、16号車の方へ向かう途中、ひとつ前の「のぞみ」号19時02分発が到着しました。
 すると、14号車の列に美和が並んでいました。ハッとしました。
 彼女は、僕が偶然見つけたことに気づいていません。
 なるほど、人生は思い通りに上手く仕組まれています。
 ご存じのように、彼女は僕の妻だったのですが、彼女を解き放した事が、僕の願いだったのだ、と思いました。あまりにも偶然が重なりすぎます。彼女と僕の隔たりは、たった7分の違いなのだと思いました。
 19時09分の京都発「のぞみ」号に乗りながら、この偶然の舞台をつくってくださった澤谷さんには本当に感謝いたしました。
 長男はグーンと背が伸びていました。次男は、相変わらず、ママの手を離さず持っている甘えん坊でした。
 言葉をかけ、頭をなで、抱きしめたい、という思いに僕は駆られました。
 しかし、三人と偶然にホームで出会い、顔を見ることが出来ただけでも、神様からのプレゼントだと思いました。
 ただ、次男がママの手を離さなかった……。その彼の切ない心も同時にわかってしまった僕は、なんだか泣けてきてしまったのですが……。
『すべての「結果」は引き寄せられている~運命を決める「牽引の法則」~』や『絆の法則』(学研)の実例は、確かに「折れた翼」です。そして、確かに「甦って」大空を舞っています。
「折れた翼」が「甦る」という、ありえない「翼」とは? 「天使の翼」なのかも知れませんね。……


 羽が何本か抜けたり、羽が傷ついたりするのと、翼が折れるのとでは、雲泥の差があるのでしょう。
 とすると「折れた翼が甦るとき」の翼とは? 彼のいうように「天使の翼」なのでしょうか? 目には見えない「天使の翼」は、「魔法の翼」のようなものなのでしょうか?

 魔法といえば『ハリー・ポッター』ですが、その著者であるJ.K.ローリング(Joanne Kathleen Rowling)氏は、ある年のハーバード大学の卒業式の演壇に立ち、特別講演をしました。
 彼女は、世の中に出る若者たちに「人生の教訓」を語りました。

「自分自身が卒業してからの二十一年間、にどんな重要な教訓を得たかなど、自問してもみた」
 といいます。
 その結果、彼女は二つの答えにたどり尽きました。それは、「失敗の効用」と「想像力の持つ重要性」だといいます。
「皆さんの心のなかには、成功したい欲求と同じぐらい、失敗したくないという不安が渦巻いているかもしれません」
 と彼女は言います。そして、自らの体験を語るのです。
「私の場合、卒業からわずか七日で重大な失敗を犯したといえるでしょう」
 といいます。
「おそろしく短かった結婚生活の破綻、仕事もないままのシングルマザー、貧しさは、ホームレスを除けば、現代の英国における最低レベル、まさに、人生の漆黒の闇の中にいた」
 といいます。
 では、何故、彼女は「失敗の効用」を語ろうとするのでしょうか? 彼女は、こう言います。
「それは、失敗が不必要なものをすべて取り去ってくれたからです」

 失敗……それは彼女にとって、まさに浄化でありデトックスであったのです。それは、いままで「むすんでいた」ものが絡まっており、それを「ほどく」ことだったともいえます。いままでの価値観を洗い流す作業だったのです。
 彼女は続けます。

「私は、等身大の自分を認め、自分を大きく見せようとすることをやめたのです」
 おそらく、良くみてもらいたいという虚栄心を捨てることにより、自我の殻が破れ、自然のリズムに則った自分、自然体の力まないそのままの自分があらわれたのでしょう。すると、
「自分のすべてのエネルギーを本当に重要なことに注ぐようになりました」

 みえてきたのです。自分の本当にやりたいことが……。自己実現といってもいいのでしょう。ほんとうのもの、ほんものとの「むすび」です。

「もしも私が何か別の形で成功していたとしたら、“本当に私の道だと思える分野で成功したい”という決意を持つことはなかったかもしれません」
 と彼女はいいます。
 成功とは、自分の道、すなわちミッションだと思える人生を満喫することなのでしょう。
 そのためには、拙著『絆の法則』(学習研究社)で指摘した「勝他」「利養」「名聞」という、自己主張という自己限定の思い上がりを見抜かなければなりません。自信の正反対にある自己限定……地位やお金や名誉に縛りつけられる大変見苦しい自己限定を、です。

「私は失敗によって解き放たれたのです」
 と彼女はいいます。
 その失敗の最中には、人生の漆黒の闇の中にいる、と彼女は感じていたのですが、その失敗によって解き放たれた……。もし、その人生の漆黒の闇の中に、失敗によって解き放たれる「未来からのメッセージ」を受け取ることができるならば、漆黒の闇の中でも人生を満喫できることになります。彼女は、そこまでは言っていないのですが……。

「つまりどん底にまで落ちたからこそ、それが人生を立て直す強固な基盤となったのです」
 これが彼女の「人生の教訓」なのです。
 人生における体験を「呪うべき不幸」と感ずるか、はたまた「飛躍への教訓」と感ずるかで、大きく違ってきます。教訓が読み取れなければ、その「呪うべき不幸」は、手を変え品を変えて繰り返しやってくる、という話はよく聞きます。いわゆる追体験や業の流転といわれるものです。しかし、教訓とすることができるならば、向上し、次のステージが約束されるのです。人生における体験は、たとえ、悲しく、切なく、やるせなく、苦しいものであっても、自らに教えるものであり奪うものではありません。

『ハリー・ポッター』の著者であるJ.K.ローリング氏の特別講演のタイトルは、「世界を変えるのに魔法はいらない」というものでした。
「天使の翼」は「魔法の翼」のようなものなのかも知れませんが、J.K.ローリング氏は、魔法の話『ハリー・ポッター』を書きながら「世界を変えるのに魔法はいらない」というのです。
 彼女は、「人生の教訓」を語りながら、「想像力の持つ重要性」=「魔法の話」(「天使の翼」=「魔法の翼」)と「失敗の効用」=「世界を変えるのに魔法はいらない」(「未来からのメッセージ」)を指し示しました。
 ここに「浄化のほどき」と「愛のむすび」があるのです。


澤谷 鑛 のカウンセリングは、コチラ…
澤谷 鑛 のセミナー/講演会情報は、コチラ…
コメント

ネガティブな出来事はある意味ギフト
読ませて頂きました。
涙が出ました。なんだか切ない気持ちになりました。

わたしの周りでも『離婚』が多く、悪いことだなんて決して思いませんが、子どもさんの気持ちを考えたら……

離婚した友人たちも、心の傷をなんとか癒し、強くたくましく生きています。

確かに、ネガティブな出来事はある意味ギフトかもしれません。
田中 絵里 [URL] 2014/08/05(火) 06:52 [編集]

本当にやりたい事が見えてきた
澤谷先生、おはようございます。

失敗はデトックス効果があるのですね。

何回も失敗している経験から学ぶことが多いです。それから本当にやりたい事が見えてきたように思います。

素晴らしい投稿、ありがとうございます。
山村 真代 [URL] 2014/08/05(火) 08:22 [編集]

絆という愛と信頼のつながり
田中 絵里さん。

涙を流し、切ない気持ちになられたそうですが、田中絵里さんの娘さんとの絆の体験があるからこそ、離婚に関して子どもさんの気持ちを考えるというところにもくるのでしょう。

離婚された友人たちは、心の傷を癒し、強く逞しく生きておられるのですね。それは、みずからに人生を学び、友人である田中さんにも、人生を学ばせてくれているのでしょう。縁なき衆生は度し難し、ですが、絆という愛と信頼のつながりで学びを深めておられるのでしょう。

人生はすべてがギフトなのでしょう。


澤谷 鑛 [URL] 2014/08/05(火) 08:35 [編集]

にまっさらさらのいのちの世界が活性化
山村 真代さん。

人生における失敗とみゆるものは、デトックスの効果があり、浄化のはたらきがあるから、失敗とみゆるものも失敗ではなく、成功なのですね。

何回も失敗した経験から、ほんとうにやりたいことが見えてきたようですが、失敗した経験からよみがえるのは、その経験の奥にまっさらさらのいのちの世界が活性化しているからですね。失敗にも感謝できますが、デトックスできるその奥の世界と出会うべきなのでしょう。

山村さんは、出会っているからこそ、このように感じておられるのでしょう。
澤谷 鑛 [URL] 2014/08/05(火) 08:43 [編集]

人間に内在している魔法のような力
澤谷先生 こんにちは

いつもありがとうございます。

せつなさ、やるせなさを感じ、胸がしめつけられ、溜め息がでました。
人間への愛おしさを感じて、涙がこみ上げました。

息子もこれから、たくさんの失敗や哀しみや苦しみを経験していくのでしょう。でも、息子の将来をすがすがしい気持ちで、あたたかく見守りたいと思えました。
わたしも、親として一人の人間として、みずからの人生を精一杯生きていこうと思いました。

【もし、その人生の漆黒の闇の中に、失敗によって解き放たれる「未来からのメッセージ」を受け取ることができるならば、漆黒の闇の中でも人生を満喫できることになります。】
というのは、仏教的な悟りの状態なのだろうか? と思いました。
悟るというのは、失敗したり、思い通りにならなかったり、苦しむことが無くなってしまうことではなくて、その苦しみを俯瞰してみて「飛躍への教訓」ととらえて、今ここに情熱をそそいだり、あるいは、ただ今を生きていくことができるようになる状態なのだろうか? と思いました。

「想像力の持つ重要性」=「魔法の話」であり、
「失敗の効用」=「世界を変えるのに魔法はいらない」のですね。
わたしたち人間の折れてしまった翼を甦らせるのは、魔法の力ではなく、わたしたちは、みずからがみずからの心を浄化しほどき、愛でむすぶことができる。それは、みずからのまっさらさらのいのちが一瞬一瞬に生きているからなのであり、まっさらさらのいのちの息吹は無限に愛をあふれさせながら進化向上を遂げ続けているからなのだろうと思いました。

わたしたちの心には、美しくたくましい「天使の翼」を想像し、みずからを律することで、みずからの心を蘇らせ、みずからのいのちを生き生きと輝かせることのできる想像力が備わっているように思いました。
この美しくたくましい心は、仏向上心なのだろうと思いました。

わたしたち人間は、苦しみをありのままに受け入れながら生きていくだけにとどまらずに、自力でみずからの人生を無限によりよい人生に展開していく力を引き出していくことができるのだと思います。
世界を変えるのは、ひとりひとりに内在している魔法のような力なのだと思います。
今こうして生きていることが、ご文章を拝読できることが、とてもうれしくて、しあわせだなぁと感じます。

感動で身も心もふるえました。
拝読でき感謝しております。

ありがとうございました。
NAO [URL] 2014/08/05(火) 13:18 [編集]

ありがとうございました(^^)
コメント読みました。

そうそう、クラリネットの若い子と、ピアニストとわたしとでユニットを組みました。

ユニット名は『絆』です。

わたしがつけました(^^)/
田中 絵里 [URL] 2014/08/05(火) 13:44 [編集]

翼が折れるからこそ生まれるもの
「翼が折れる」とは、J.K.ローリングさんが言われる
不必要なものがすべて取り去られる体験、
いままでの価値観が洗い流されることであり、
それはまさしく、夜明け前の最も暗い恐ろしい暗闇のことなのでしょう。
それまでに頼っていた価値観も手段もすべて奪われて
また、役に立たなくなり、飛べなくなる状態…

そのように書くと、感じることも考えることも
理解することも思うようにならなくなってしまい、
養成講座の学びから離れた時期のことが思い出されます。
それからの自分を支えていたのは、
傷付くと感じる時、本当に傷くのはエゴの方であり
それはむしろ、エゴの殻が壊れて砕ける助けになる良いことなのだという認識でした。

「これが自分だ」と思っているものがいくら壊れようが
そんなものをいくら壊そうが、本当の自分にはかすり傷ひとつ付くものではない。
むしろ、必死に守っている自分が壊れて初めて本当の命が立ち上がるのだということを
何も見えない闇の中でも知っていられた。
苦しみが深くても、時に取り乱すことがあっても
最終的な平安を失わずにいられたのは、だからなのだと思います。
本当の自分が壊れてしまうものでない限り、必ず立ち上がれる時はくる。
その確信だけは、決して失われることがありませんでした。

鳥にとって翼とは、生きるために欠かせない道具。
今まで生きるための道具として頼っていた感覚を失って歩けなくなってしまうというのは
翼を折って飛べなくなる鳥の姿と似ています。
生きるために欠かせない(と見える)道具を失うことは、大変な恐怖であり人生のピンチです。

しかしそれも、エゴが砕かれるチャンスと見るならば
今まで「これこそ生きるために不可欠な手段」と見ていたものなど、さっさと捨ててしまうほうが良い。
そんなものは一刻も早く砕かれて、さっさと不安と恐怖のどん底を経験した方が良いということになる。
使えなくなった壊れた道具を修繕して、なんとかもう一度使えないかと苦心する。
そんな努力などいらない。
壊れた道具など捨て置いて、本来の可能性に満ちた自分に立ち戻り
その自分をこそ新しく生きていけばいい、ということになります。
壊れるのは、あくまでも道具でしかないということなのですね。

成長し続けていれば、洋服のサイズが合わなくなってくるように
必要な道具も変化していきます。
自分は成長し続けているのに、いつまでも過去必要だった道具を使い続けようとすれば
それは、生きている自分の命を制限し、縛り付け、命を殺すことにもなりかねない。
成長の大きな節目において翼を折るような出来事が起きることは
もしかしたら必要なことなのかもしれません。
生き物が本能的に皮を脱ぐ時期を悟って、脱皮をし始めるように
人も、自覚していないだけで本当は、その時期や、必要をちゃんとわかっていて
翼を折るような出来事を、自ら選んで引き寄せているのかもしれません。

折れた翼が甦る、というのは、
新しい成長のために、古い体を火に焼いて新生する不死鳥のように
古い翼を捨てるように古い心を自ら捨てて
自在に働かせることができる、新しい心を得るということ。
そうしてその、どのようにでも自由にのびのび生き生きと働かせることができる
新しい心を翼のように張って、力強く人生を謳歌して飛び回っていくということではないでしょうか。

今、そのように感じるのです。

ありがとうございました。
桜 美穂 [URL] 2014/08/05(火) 15:42 [編集]

「失敗の効用」・・・なぜか、ピンとこない私がいます。

離婚もしたし、現在、就職して、2回めの長期休業中。そこから、何を得たというのだろうか?

離婚は確かに、辛い経験であったし、学びもあったと思います。でも、だからといって、次のステージへとはつながっていないような気がします。

2回目の長期休業中。働くことへの、社会に復帰することへの勇気がわかず、いやのことを避ける隠れ蓑になっているような気がします。

中途半端なぬるま湯につかっているのが、自分の生き方なのだと思いました。本当の意味で、どん底だという認識ができないから(したくないから)、あまちゃんでふらふらしているように思いました。自分と向き合うことから、逃げているように思います。(変に?運がいいので、なんとなく生きてこられた。)

でも今、この御文章を拝読しているということは、せっかく、多くの失敗を経験してきたのだから、今までの価値観を洗い流して、浄化し、本当にやりたいこと、「ほんもの」を見出し、自らが結びをむすんでいかねばならないときなのだと感じます。

養成講座とご縁ができたということは、今まさに、そのプロセスにいるということなのかもしれませんが。

・・・・。やっぱり、私は運がいいので、今、養成講座で集中して学んでいる最中なんだと思います。「天使の翼」で大空を舞うために・・・。こういうことでいいんかな?

いつもわけがわからず、ごめんなさい。ありがとうございました。



エンジェル [URL] 2014/08/05(火) 17:44 [編集]

バームクーヘンの中空に超入する
NAOさん。

《【もし、その人生の漆黒の闇の中に、失敗によって解き放たれる「未来からのメッセージ」を受け取ることができるならば、漆黒の闇の中でも人生を満喫できることになります。】
というのは、仏教的な悟りの状態なのだろうか? と思いました。》
と書かれていますが、「悟り」という言葉があります。
「悟り」とは何なのでしょうか。「悟り」とは「差取り」であり、差を取りなくすことであり、悟りとは差のないこと、とある禅のお坊さんに教わりました。

この時空間での展開である心や身体のことではなく、道元のいう「仏向上(ぶっこうじょう)」であり、私たちのほんものの存在なのでしょう。beingといってもいいでしょう。そこと出会うことが悟りなのでしょう。

そのためには、澄んだ心いわゆる仏向上心(ぶっこうじょうしん)が大事なのですね。唯識の八識いわゆる阿頼耶識も越えたバームクーヘンの中空に超入することなのでしょう。そこらあたりをNAOさんは、将に正鵠を得ているのですね。

澤谷 鑛 [URL] 2014/08/05(火) 18:09 [編集]

愛と信頼のつながり
田中 絵里さん。

声楽家の田中さん。クラリネット奏者とピアニストの方とユニットですか。そのユニット名が「絆」というのも愛と信頼のつながりをあらわしていますね。すばらしいですね。
澤谷 鑛 [URL] 2014/08/05(火) 18:18 [編集]

見極め
桜 美穂さん。

エゴの殻が壊れるのは、まっさらさらのいのちの息吹きを活性化させることなのでしょう。それは、いらないものだからデトックスする、浄化することができるのは、まっさらさらのいのちのはたらきがあるからなのですね。

話は変わりますが、変わらないのですが、悪業は浄化でき、デトックスできるのですが、善業はデトックスできません。なぜなら、ほんものの存在に共鳴し、同化し、溶け込んで積まれるからです。

道具とそれを使う主体との見極めでしょうか。
桜さんはよくわかっておられるのですね。
澤谷 鑛 [URL] 2014/08/05(火) 18:33 [編集]

運がいい
エンジェルさん。

運がいいのですね。
だから、数々(?)の過去の失敗をぼやくのですね。ぼやくのは、失敗を思い出しているだけで、思い出していることがゆとりで、実は、ぼやくのはしあわせな場所にいるからなのですね。そのしあわせな場所が確認できれば、よろこびや感謝があふれてくるのでしょう。
やはり、運がいいのですね。
澤谷 鑛 [URL] 2014/08/05(火) 18:40 [編集]

折れた翼がよみがえるとき
お世話になっております。

「折れた翼がよみがえるとき」再生するのではなく、新生するような気がします。
感覚ですが・・・。

日頃の感謝を込めて
もも [URL] 2014/08/05(火) 19:06 [編集]

きらめいています
ももさん。

よみがえりは、再生ではなく、新生ですか。なるほど。いわゆる蘇生ではなく、まっさらさらに生まれるというわけですね。きらめいていますね。ももさんの言葉。
澤谷 鑛 [URL] 2014/08/05(火) 20:12 [編集]

管理者にだけ表示を許可する
 

トラックバック
トラックバック URL

Copyright © 2017 絆の法則 ~ 澤谷 鑛 オフィシャルブログ ~.
all rights reserved.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。