お伝えしたいことは「運命は改善できる」ということです。
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08/13
姉の50回忌(4)~父のこと 1~
エンジェル(養成講座5期・6期・7期)

『姉の50回忌(3) ~いとこのこと~』記事の続きになります≫
 最初から読む

今、父は82歳、要介護5で施設にお世話になっています。
脳梗塞を3回して、左半身麻痺、言葉がしゃべれません。
簡単なことなら、こちらのいうことはわかります。

2年前の夏、3回目の発作を起こしました。
朝早く起きて、いつものように家のまわりを掃除し、朝食を食べているときでした。

その日は日曜日で、実家でお世話になっている息子を、兵庫県にある寮まで送っていく日でした。車で実家まできて、いつもならすぐに出てくる息子がその日はぐずぐずして、なかなかでてきません。

仕方なく家の中に入ったところ、父の様子がなんかおかしいのです。

よく見ると、丼に手を突っ込み、手も口も体中、ご飯粒をいっぱいつけていました。
「おじいさん、何してんの!」
と声をかけて、私の顔を見た父の鼻水をたらし、口を開け、惚けた顔に息を飲みました。体をゆするとそのまま倒れていきます。失禁もしていました。
慌てて母と弟を呼び、救急車を呼びました。

入院してからが大変でした。認知症状がでて、チュウブをつけているのに夜中に動き回るのです。昼間は母と義妹が食事介助に交代で行き、夜は弟と私が交代で病院に泊まり込みました。

夜中になると父は、きょろきょろと宙を見るのです。私はあの世からお迎えがきているんじゃないかと不安になり、
「おじいさん! おじいさん! 何みてんの。お迎えがきても、勝手に行ったらあかんで! あかんで!」
て、泣きながら何度も訴えていました。
「おじいさん、感謝してるで! おじいさんのおかげで、まさき(息子の名前)と私はこうして生きてられる。死んだらいややで!」
父の手を握ると、父もようやく私を見て、涙を流し、初めて素直に父とむきあえたのでした。

≪『姉の50回忌(5)~父のこと 2~』へ続きます≫

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コメント

感謝の気持ち
先日のSkypeでいまの私は澤谷先生に出会う前よりは両親に感謝できているのに
行動や気持ちがついていかないのは、やはりまだ感謝が足りないんだと
感じました。

それは感謝している人には思いの丈を伝えたい自分がいたから。
逆に両親に素直に言えないのはまだ感謝が全然足りていないことを認識しました。

そしてエンジェルさんの今日の記事を拝読させて頂いて、確信しました。
やはり感謝の気持ちは溢れてきて、伝えたくなるもんなんだろうな…と。

エンジェルさんの心にはたくさんの感謝の気持ちが溢れてきたのですね。
お父さんの涙はどんな気持ちだったんだろう。
言葉が話せなくても、どれほど嬉しかったんだろうと思うと涙が溢れます。
エンジェルさん、素直に大好きなお父さんと向きあえてよかったですね。


そしてエンジェルさん
お誕生日おめでとうございます。
楽しみの1年になりますね。
生まれてきてくれてありがとう。

miyayuki [URL] 2014/08/13(水) 07:46 [編集]

miyayukiさんへ
お読みいただき、コメントをくださり、おまけに誕生日までお祝いしてくださり、本当にありがとうございます。

両親への感謝に気持ちは、溢れてくると言うより、勇気を出していったら、溢れてくるのかもしれません。

子どもって、愛されているのが当たり前だから、当たり前でないときを強烈に覚えていて、それがすべてのように勘違いしてしまようです。
私も今になって、あれもしてもらった、これもしてもらった、愛されとったんや~、と気づいている有様です。忘れているんですね。

親に感謝が足りないって、こだわらなくていいと思います。素直になれないだけかもしれません。いや反対に、親の愛情に気づいてしまったからこそ、今まで気づけなかった自分を責めて、素直になれないだけかもしれない。(やばい!妄想・暴走族、発進し始めています!)

父は、仕事場でも、家庭でも、邪魔者扱いされて、辛かったんだと思います。でもいつも、はははーんって笑いとばして、一人奥の部屋ですごしていました。寂しかったと思います。

私は働き始めて、父の気持ちがようやくわかり、父が動けなくなって、いかに父が家族のために動いていてくれたかに、家族みんなは気づきました。父の後を引き継いでやっている母は、とくに実感しているようです。

だから私は父にいつも、「感謝してるで。おじいさんはりっぱやった。おじいさんの子どもでよかった。」といっぱい伝えています。ほかの話をしても反応がありませんが、ほめるとめっちゃ照れて喜ぶので、嬉しくなって、どんどん言っちゃいます。

父にこうして感謝の気持ちを伝えることができるので、めっちゃ、しあわせです。

でも最近、父に対して、ムカつく?ときがあります。今まで私に一番反応していたのに、最近は母のほうばかり見るんです。「私のこと、忘れたらあかんで!」って、いうんですが、子どもより、やっぱり妻のほうがいいんかな。母には勝てないんかなあと焼きもちをやいている今日この頃です。余計なことばかり書いて、すみません。

ありがとうございました。
エンジェル [URL] 2014/08/13(水) 15:58 [編集]

しあわせな涙
エンジェルさん こんばんは

いつもありがとうございます

お父様、ほんとうに、ほんとうに、うれしかったですね。

素直に、気持ちを伝えることができて、エンジェルさん、ほんとうに、ほんとうに、うれしかったですね。

親しくしていただいているとは言え、他人のわたしでさえも、すっごく、すっごく、こんなにも、うれしいのですから!!

ほんとうに、ほんとうに、よかったなー!! とおもいます。

わたしは、父に「ありがとう」の一言も、たったの一言も感謝をつたえることができませんでした。

だから、毎日、毎日、できるだけの愛と感謝を素直につたえていくことが、すごく大事なんだな!! 
とエンジェルさんのご文章を拝読していて、今また再確認できました。
エンジェルさん、どうもありがとうございます!!


余計なことなのですが、お父様のことをエンジェルさんが「おじいさん」と呼ばれていることが、心に引っかかりました。

エンジェルさんが、家にいらしたとき、息子が夫のことを「ゆうくん」と呼んでいるのはおかしいから、「お父さん」て呼ばないとね、と言ってくださいました。
それから、エンジェルさんが仰るのだから! と、息子に「お父さん」と呼ぶことを教えてあげたのです。
でも夫が息子に対して自分のことを「ゆうくん」と言い続けているので、息子はいつも迷っていたり、適当に呼んでいます。
夫が自分のことを「お父さん」と言えないのは、心の中にある様々な想いが影響しているのだろうなとかんじられています。


一年前に「お父さん ありがとう」というブログを書くことができました。
生きているうちにはできなかったけれど、やっと、伝えることができました。
ほんとうにしあわせでした。
今も、「お父さん ありがとう」と心の中でつぶやくたびに、しあわせな涙がこぼれます。

エンジェルさん、ありがとうございます☆.。.:*・
NAO [URL] 2014/08/13(水) 17:55 [編集]

NAOさんへ
お読みいただき、コメントをくださり、ありがとうございます。

父に対して素直になれたことを、私以上に喜んでくださり、本当にありがとうございます。

喜びをともに感じて喜んでくださる方がいてくださる。そういう友や仲間に巡り会えた喜びに、こころから感謝しています。養成講座にはいって、私の人生は180度の転換をしているのかもしれない!嬉しいです。NAOさん、ありがとうございます。


「おじいさん」の件ですが、私は両親のことを、「おとうちゃん、おかあちゃん」とずっと呼んでいて、自分が親になったときに、憧れていた、「おかあさん」って、子どもに呼ばせて、両親は、「おじいさん、おばあさん」になりました。いまさら、「おとうちゃん、おかあちゃん」というのは恥ずかしくて、おじいさん、おばあさんが馴染んでしまったのです。でも、まわりからみたら、変ですよね。
人それぞれの想いがあるのかもしれませんね。ご主人にも。わかりませんが。

NAOさんも、お父様に、ありがとうって伝えることができて、よかったですね。想念は伝わるので、お父様もこころから喜んでおられると思います。

親はありがたいですね。今日はイメージをしたので、子どもに対する強烈な愛情も湧き出てきて、びっくりしました。こんなに愛しとったんやーって、思いました。

愛は巡回していて、愛は満ち溢れているのですね。気づけないだけなんだなって思いました。

NAOさんのしあわせな涙は、とてもあたたかくて、清らかなのだと感じました。その波動はあたたかく、清らかなまま広がって行ってるのだと思いました。ありがとうございました。
エンジェル [URL] 2014/08/13(水) 22:39 [編集]

本当の自分と向き合い、出会うということ
人は認知症になると何もわからなくなると言われていますが
本当は、それまでずっと心の中に抱いていたものが
正直に表に表れ出るのだ、と言われた方がおられました。
わたしも、そうだろうと思います。
そうでないはずがない。

うろうろと目を宙に彷徨わせられるお父さまは、何を見ておられたのでしょう。
お姉さまの死を受け入れることも、その死に向き合うこともなかなかお出来にならなかったと
エンジェルさんが以前書かれていたお言葉が甦ります。
家族にもご自身にすらもお認めになれず置き去りにされたまま封印されていた
恐ろしいほどの孤独や自責、様々な思いの中をお父さまは
夢の中を彷徨うように歩いておられたのだろうか。
その救われない闇の中で、お父さまはかつてない確かさと深さにおいて
エンジェルさんと真に出会われ、真にお心を通じ合わせられたのではないでしょうか。

想像に過ぎませんが、だからこそお父さまは涙を流されたのだと思われてならないのです。

そのように自分の夢の中をさまよい歩いていながら
そうしていると気付くこともできずに
心を閉ざして生きているのは、お父さまだけではないと思います。
たとえ認知症という病を通してであってもご自身や周囲とそうして真のふれあい、向き合いに到れるということは
人としてこれ以上ないしあわせではないでしょうか。

認知症とは、自分のことや身の回りのことがよくわからなくなる病気であり
自分や周囲に対して向きあえない、見たくない、という思いを強く抱いている人が
なりやすいのだと聞いたことがあります。

エンジェルさんのお話を伺っていると、認知症すらも素晴らしいのだと心から思いますが
できることならば、認知症にも他のご病気にもなられずに済むように
全ての方に、お元気な間に、
勇気を持ってご自身と向き合っていただきたい。
心からそう、切に切に願います。

自分が今やろうとしていること
四方八方から多くの情報や人との出会いが押し寄せて
だんだん明らかになり実現に向かっている夢は、まさにそれを願ってのこと。

このタイミングで、記事を拝見出来たことに心から感謝いたします。
よく、書いてくださいました。
ありがとうございます。

桜 美穂 [URL] 2014/08/15(金) 10:07 [編集]

桜さんへ
お読みいただき、コメントをくださり、ありがとうございます。

桜さんが書いてくださった父のこと、「恐ろしいほどの孤独や自責、様々な思いの中」で彷徨い歩いていたかと思うと、胸が苦しくなりました。

父のあの惚けた顔が、脳裏に焼き付いて、思い出すと悲しくなります。
父の声や想いを聞くことができないのも、とても悲しくて残念で仕方ありません。でも、今、生きていてくれる!そのことが、嬉しくてうれしくて、ありがたいことだと感謝しています。

父は認知症がありますが、家族のことはわかるのです。それが、嬉しくて仕方ありません。

父が笑ってくれると、嬉しくて嬉しくて、とっても嬉しいのです。

父から元気をもらい、父の子どもでよかったと、いつも思うのです。

父を喜ばせたくて仕方ありません。めっちゃ、ほめて、感謝して、ついでに私のことを忘れないように、自分のことも、しっかり、めっちゃ、売り込んでいます。母はそばであきれていますが。

父が元気なときから、そうできていたらよかった。でも、今、そうできること、父が生きていてくれることが、嬉しいのです。

「おとうちゃん、生きててくれるだけでいい。だから、私とまさきのために長生きしてや。」というと、涙をうかべて、「うん」って、うなづいてくれる父。それだけで、私は嬉しくて、安心して、しあわせを感じるのです。

桜さんは、これからどんどん夢を実現されて行かれるのですね。
益々のご活躍を応援していますね。ありがとうございました。
エンジェル [URL] 2014/08/15(金) 21:05 [編集]

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