お伝えしたいことは「運命は改善できる」ということです。
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08/21
気づき
miyayuki(養成講座7期生)

今朝、HさんがBさんに、(〇〇さんとは呼びたくない私の感情があります。)書いているコメントをみて、私は、
「はぁ⁈ 何がかっこいいいの? 確かに素晴らしい1面もあるけど、あんなふうにIさんのことを表現してる部分にはふれてないやん」
と思いました。

絆のブログでも他の方のコメントを拝読して、
「いいことばかり書いて臭いものには蓋をして本音で書いてないやん」
と感じてました。

でも先生のコメントを拝読して、両面をみていないのは私だ、と気づきました。

「本音で」とか「正直」を求めるのは私の課題だと思います。
そして先生がエンジェルさんに書かれているコメントを拝読して、私は思考で考えすぎなのかな? とも思いました。

私がコメントを書けなくなったのも、Skypeも、文章も避けていたのは、言葉を語ると自分を語るからイヤだ、と感じたからだと思いました。
自分ではいつも本音をいってるつもりですが、本音をだしてないのは私だから、本音を知りたいと思うのでしょうか?


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コメント

おはようございます!
人の思考は面白いなと思いました。
私は本音丸出し人間です(笑)。本音の文章に魅力を感じます。
濱田 幸代 [URL] 2014/08/21(木) 09:09 [編集]

まっさらさらのいのちを尊重しあう
miyayukiさん こんにちは

「自分ではいつも本音をいってるつもりですが、本音をだしてないのは私だから、本音を知りたいと思うのでしょうか?」

と仰ることについて思ったことがあります。

不特定多数の人に向けて自分の思っていることを表現するのとは違って、コメントのやり取りは一対一なので、「書く側の心のありかた」と「相手に対しての想い、恕の心など」の両方が含まれてくると思います。

相手に対して自分の想いを表現する場合には、様々な想いを持つと思います。

この想いをつたえたとしたら、相手を傷つけてしまうのではないか? 相手に嫌われるのではないか? という恐怖心だったり、相手はいま懸命に自身の心に向き合っているのだから余計な口出しをしないで見守りたいという思いだったり、今はわたしがどんなアプローチをしても相手が受け入れられる状態ではないから他の方のサポートにお任せしようとか、色々とその人なりに考えたり、あるいは、その人のそのときにできる表現しかできないのだろうと思います。


もしかしたら、自分が本音で言っていても、受け取る側には「本音で言っていない」と受け取られていることもあると思います。
人と人とのやり取りには、お互いの想っていることや感じていることが100%伝わっていない、ということが頻繁に起きているとかんじています。

このような視点でみると、本音で言っているかどうかはあまり問題ではないのかもしれない? と思いました。

人間は、お互いに、お互いの立場に立ち、思いをくみ、まっさらさらのいのちを尊重しあうことで、わかり合うしかない、ということなのかもしれないな…という気がしました。

そして、重要なことは、すべての人とすべての時空間の中で、わかり合う必要はないということなのかな? と思います。
その時点では、そうなのだから、わかり合えない自分のことも相手のことも責める必要はないのだと思います。



「NAOさんのコメントの裏にはどんなお気持ちがあるのだろう…」
とmiyayukiさんが桜さんへのコメントに書かれたように、今のわたしは、ご文章を拝読して感じたことや思ったことをすべて表現する必要性を感じていません。

筆者の表現に不完全なところが沢山あると感じられたとしても、そのときの筆者の想いを最大限に汲み取った上で、筆者のまっさらさらのいのちを信頼し、わたしの思いを誠実に素直につたえていきたいと思っています。



miyayukiさん自身が本音をだしているのに、相手が本音をだしていないことをさみしい、と感じられているのかな? ということについて考えてみました。

相手が本音をだしていないことが問題なのではなくて、
「相手が本音をだしていないことをさみしい、と感じられている」のは何故なのか? 
ということが重要な気がしました。

そのさみしさが心の中にあるから、相手やご自分を責めてしまうのではないだろうか? と思いました。

子どもの頃のご家族との関係から生まれた想いを追体験されている可能性もあるのではないだろうか? という気もしました。


人間には、人とつながりたい、わかり合いたい、認め合いたい、絆をむすびたい、というあたたかい想いがあるものなんだな…と思いました。
これは、神でも仏でもない、人間が人生を生きていく上でのデトックスすることができない、デトックスする必要のない自我からの基本的な欲求なのだろうと思いました。


メールでのやり取りと重複しているところもあったかもしれません。
長くなってしまって、ごめんなさい。
お読みいただきまして、ありがとうございます。
NAO [URL] 2014/08/21(木) 10:09 [編集]

人それぞれの、視座や視点、考え方があるのだと思います。

自分は、本音で正直に生きる。相手の生き方も尊重する。お互いに認め合うことが大事だと思うのです。

受け入れられない部分や納得いかないことは、必要があれば、話し合ったり、交渉したりすればいいのだと、何かの本で読んだことがあります。

miyayukiさんが、自分の本音や感じたことを正直にいえることは、自分に自信があることでもあるし、強いのだと思います。自分軸があるということでもあるのだと思います。

私は真逆で、自信がないのと、私の判断基準が正しいか正しくないか、まちがっているのかということに、つい捉われてしまって、自分の感じていることは、どうなの?と不安でなにも言えない、考えられなくなるのです。自分軸がないのです。(そのことにも無自覚ですが)

自分自身に向き合えない理由は、私の中に、私がこうあるべきもの、それが正しいというものと、自分自身が感じていることと違っているからだと思うようになってきました。

なにが正しい、正しくない、間違っているなんて、この世にひとつの答えなんてない(らしい)のに。人と違っていて、変だと思われることに怯えているのだと思います。(めっちゃ、思い込みだと思います。捉われています。)

miyayukiさんの素晴らしいところは、常に、学ぼうという一貫したお気持ち・姿勢があるところです。だから、気づきが多い。

私はなによりも、「気づき」が大事だと思っています。自分で気づかないと学べないし、気付けないと成長できない。気づきは、一種の才能?もしくは、徳がないと気づけない!とさえ、思っているほどです(めっちゃ、思い込み?)

正直にこうしてシェアしてくださることが大事だと思うのです。
miyayukiさんが何を見て、何を感じ、どう思っているのか、何を考えているのか、知ることができるからです。情報は多いほうが、多角的に考え、見ることがお互いにできるし、わかりたい、もっと知りたいと関心も湧いてきますよね。(私は、ですけど。)

こういう、共に学びあえる場があるっていうことが、最高にしあわせなのだと感じています。嬉しいのです。ぶつかりあわないと、本当には分かり合えないのかな?いや、ぶつかりあって、お互いを理解しあっていくのかな?人間関係未発達の私は、そんなことを感じ始めている今日この頃です。

人生って、ひとと関わるからおもしろいのかも?!かなあ~?
以上。ありがとうございました。
エンジェル [URL] 2014/08/21(木) 19:22 [編集]

濱田 幸代様
コメントありがとうございました。
私と似た部分があるのですね。
もしかして、関西人ですか?関西人は本音が好きですよね。
やしきたかじんさんや、上沼恵美子さんも関西での活動でしたね
やしきたかじんさんの番組が視聴率が高く、関東では受け入れられないのは
やはり本音を語るからでしょうか…
私も関西から出れません(笑)
miyayuki [URL] 2014/08/21(木) 20:37 [編集]

NAOさんへ
コメントありがとうございました。

養成講座内で学びとしてこの課題に取り組んだのは1ヶ月前ですが、私には随分前に感じています。あの時、そして1ヶ月の時間の中で私が正直に、本音で生きたいとしても、人に求めるのは間違っていること。正直や本音ということにこだわる私の問題であることはすでに重々感じており、向きあっているつもりです。

筆者の気持ちに寄り添い、恕の心で光にのみ焦点をあててコメントされることはすばらしいことだとも思います。私には到底できることではありません。
ですが、時には仲間であればこそ真摯に向き合いコメントをすることも必要だと思っています。



例えば料理人がいます。
その料理人は料理に何か足りなくていまいち料理の味が
美味しく作れずに店が流行らないことを料理人自身が気づいている時…
そんな時は自分で試行錯誤しながら人に美味しいと喜んでもらえる味をみつける
ことが必要だと思います。そんな時にはあれが足りないとわかっていても教えてあげることがその人の為にならないかもしれません。

ですが、その料理人が料理に対して、何ら問題があることを気づいていない時には
料理が美味しくないこと、だから店が流行らないことをハッキリと教えてあげることが必要だと思っています。

私はNAOさんのコメントを約1年読みつづけてきて、最近はNAOさんの真意が
何なのかわからないときがありました。
NAOさんを知らない方はコメントだけを読んで誤解されるのではないでしょうか?

光と影は一体です。
光だけを表現したい、しようとする心には何があるのでしょうか。



ありがとうございました。


miyayuki [URL] 2014/08/21(木) 21:24 [編集]

エンジェルさんへ
コメントありがとうございました。

私は常に敵がいたので(笑)たしかに嫌われることが怖くないかもしれません。
すべての人に好かれようとも思わないし、正直に生きたい、本音で生きたいと思うことは同時に嫌われる覚悟も必要だと思うので、そういう点では私は強いし、そんなものをPowerに変えれるものが備わっているのかもしれません。

ですが、他の養成講座の方よりも少しだけ多くの時間をエンジェルさんと共にさせていただくなかで私よりも強い部分があると感じたこともたしかです。

私とエンジェルさんは強さの中身が違うとは思いますが、エンジェルさんも強い心があると私は感じています。
自分軸がないのではなく、「人にどう思われるか」ということに囚われているだけではないでしょうか。
私はただ嫌われることに、叩かれることに、戦うことに慣れているだけです。

ありがとうございました。
miyayuki [URL] 2014/08/21(木) 21:38 [編集]

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