お伝えしたいことは「運命は改善できる」ということです。
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08/28
過去も未来も時空を超えた愛と絆がある

MIYAYUKIさん☆ 
お読みいただき、メッセージいただきまして、ありがとうございます。
最近(前からか?)、お節介おばちゃんスイッチがONになっているんだけど……(汗)
それを愛情と受け取っていただけて、うれしいです(*≧∀≦*)
いつも素直に受け取ってくれるMIYAYUKIさんに、ほんとうに感謝してます☆.。.:*・ありがとうございます。

わたさとさん☆ 
お読みいただき、メッセージいただきまして、ありがとうございます。
「せっかく生まれ変わったまっさらさらないのちと身体を大切に労わろうと思います(*^^*)」
と書かれた、わたさとさんの言葉に感動してます!!
わたしは、「いのちや、心と身体をたいせつにする」という表現はしていましたが、「労わろう」っていう言葉は使ったことがありませんでした。

「労わる」っていい言葉だなぁと思ってWeb辞書で見てみました。
・物事に取り組んでいる人の支えになるような行動をとること
・弱い立場にある人などに同情の気持ちをもって親切に接する。気を配って大切に世話をする。「病人を―・る」
・労をねぎらう。慰労する。「選手を―・る」
・手当てを加える。養生する。「からだを―・る」
わたしたちが人生を歩み続けることができるのは、身体のお蔭ですものね。
労わりの心を持って、夫や母や息子や周りの人たちをもっと労ろうと思います(*^^*)

澤谷先生のご文章を拝読するようになった頃に、心と身体はわたしたちの本来の存在の道具だということを知りました。

完成されたものが完成されたままに拡大・向上を遂げる「仏向上」の世界を認識できる心を「仏向上心」というのですね。
 もっとシンプルに考えると、私たちの存在が主体であるならば、肉体は客観的な道具であり、心は主観的な道具といえるでしょう。
「仏向上」が本来の私たちであり、現実を創り出す道具として、肉体や心があるのですね。

水は永遠に濁らない』より引用

 
実は、このことを知ってから、「道具」という表現に抵抗を感じていました。
「心と身体が道具って……なんか嫌な言い方だよなぁ……???」
と思っていました。
しばらく経ってから、あぁそうか……わたしはずっと道具を粗末に扱ってきたから、そんなふうに感じているんだなと気づけました。

気づけてから、だんだんと相手の心や物に愛情をもって大切に扱うことが、自分自身にとってのしあわせにつながっていることを感じられるようになりました。
道具や物だけでなく、他人の心も粗末に扱っていたのは、自分自身の心も存在そのものも大切にしていなかったからだと思いました。

昨年の9月頃のことです。
公園の地面の砂利粒が夕日に照らされてキラキラと輝いているのを観たときに、あんまり綺麗で感動して、この砂利粒一つ一つがここにこうして存在しているから、わたしもここに存在していられるんだな……
生きとし生けるものも、無機質な物質も、すべての存在が愛でささえあって宇宙が成り立っていて、過去も未来も時空を超えた愛と絆があって、わたしたちは生かされているのだな……
すべての存在が尊いのだな……
と思ったことがありました。

心と身体の境界線がなくなっていくような、心が開かれて無限に大きくひろがっていくような感覚になり、一つ一つの存在に感謝せずにはいられなくなって、この世界に生まれてきたことに、生んでもらったことに、いま生きていることに、いま生かされていることに対して、「お母さん、ありがとうございます! お父さん、ありがとうございます! おじいちゃん、おばあちゃん、ありがとうございます! 夫に、子どもに、みんなみんなすべての存在に、ありがとうございます! そして、宇宙の一部として宇宙をささえているわたしの存在に、ありがとうございます!」と大声で叫びそうになるのを抑えていました。

この1年位のあいだに何度かこのときのような体験をしてきて、心が開かれているときのわたしが、ほんとうのわたしなのだから、辛いことがあっても、ここに戻ってくればだいじょうぶ。なにも怖がる必要なんてないのだと日に日に思えるようになっていきました。

現実の中で、相手の本来のこころを観て、信頼して純粋な愛を表現しようとして接すれば、愛をいっぱい返してもらえて、本当にもともとすべては愛だったのだと観じられるようになってきました。
恐怖を感じて、現実の中に怖いことがあると思っているのは、わたしのこころなのであって、こころを超えたところでは、すべての存在自体は愛でしかないのだろうと、いま思えています。

わたしのいのちと心と身体を労わることは、無条件の愛に対して、無条件の感謝をすることなのかなと思いました。

昨年から、そのうちブログに書こうと思いながら、できずにいたのですが、
「せっかく生まれ変わったまっさらさらないのちと身体を大切に労わろうと思います(*^^*)」
と書かれた、わたさとさんの言葉に感動した勢いで、つい書いてしまいました。

わたさとさん、ありがとうございます。

お読みいただきまして、ありがとうございます。


NAOさんのブログは、こちらからどうぞ

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コメント

いつも、ありがとうございます。

NAOさんの過去のとらわれをひとつひとつ手放して、そうして、開かれた、輝く世界をみずみずしく見て、感じて、感動しておられるのがとても伝わってきます。

本来の自分にもどって、愛と信頼の絆の結びなおしをするために、今、まさに、学び、生きているのだと思いました。ありがとうございました。
エンジェル [URL] 2014/08/28(木) 19:36 [編集]

みずみずしい
エンジェルさん おはようございます

いつもお読みいただき、こめんとをいただきまして、ありがとうございます。

エンジェルさんのお言葉をみていたら、あぁ…人生って、いのちって、なんてみずみずしいものなんだろう…と思えました。

人の人生を、「あの人はあんなに辛い目にあって、さぞかし不幸な人生だったのだろう」と思ったり、自分の過去を振り返って「わたしって、なんて馬鹿で酷い人間なんだろう」と一括りにしていました。

でも、人は、いつも、ひとつひとつを心と身体で感じて、ひとつひとつを自分でつくりながら生きているんだな。
辛いと感じていることも、うれしいと感じていることも、「自分のことを酷い人間だ」と思っていることも、罪悪感を持ってしまうことも、本来の自分は「やさしく気の利く人間になりたい」と思っていることも、すべてはひとつひとつなんだな。
ひとつひとつの積み重ねを大切にしたいな…と思いました。

ひとつひとつをみずみずしい心で感じて、相手の存在を大切にできる人間に成長していきたいです。

ともに学ぶことのできるご縁に感謝しています。
エンジェルさん、ありがとうございます☆.。.:*・
NAO [URL] 2014/08/29(金) 06:21 [編集]

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