お伝えしたいことは「運命は改善できる」ということです。
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09/16
いのちの教育を考える
澤谷 鑛

 以前、このような事が『産経新聞』に載せられていたのをブログで紹介したことがある。

「なぜ人を殺してはいけないのですか?」
 数年前、ある公開討論会で客席の若者が何気なく発した質問に会場は凍り付いた。子供と正面から向き合おうと思っている大人ほど、その答えに窮した。

 もう10数年も前のこと――黒田恭史さんは小学校の新米教師だった。東能勢小学校(大阪府豐能町)で4年生の児童約30人とブタを飼う「授業」を始めた。
 ブタには「Pちゃん」と名前をつけ、子供たちが体育館の裏に小屋を建て、廃品回収で集めたお金でエサを買い与えた。夏休みや休日も交代で世話をし、排泄物の掃除もした。臭いにおいを嫌っていた子供もいたが、抱きついたり頬ずりするまでになった。Pちゃんはペットと化していた。

 ところが、この話は“美談”では終わらなかった。それは黒田さんが「みんなでPちゃんを食べよう」と提案したからだ。
 日に日に巨大化するPちゃんをめぐり、黒田さんを交えて子供たちは何度も何度も話し合った。それは、彼らの卒業の日まで続く長い長い「授業」でもあった。

 Pちゃんをどうするか? その結論が出るまで、子供たちは悩み、苦しみ、泣きじゃくった。
「私たちが卒業したら下級生が育てたらいい」
「それは無責任だと思う」
「じゃあ殺しちゃうの?」
「ずっと一緒にいられるわけないんや」
「僕らに食べられた方が幸せかも」
「でも私は絶対に食べない」

 黒田さんは、子供たちの議論を見守り、保護者も巻き込んだ大論争が展開した。動物園の園長を招いて意見を聞いたり、子供たちを食肉センターに連れて行き、ブタが食肉になる過程を見学させたこともある。

 ようやく結論に至るのは、卒業式の前日だった。
 Pちゃんは、地元の食肉センターに引き取られることになった。
 これらの模様は、民放TVのドキュメンタリーで放映され、当時すさまじい賛否を呼んだ。黒田さんはPちゃんの問題をきっかけに小学校の教諭を辞めた。現在は京都にある佛教大学で、教師を目指す学生たちと再び「いのちの教育」のあり方を探っている。

「今でもあの授業が成功だったのか、失敗だったのか、わからない。いのちの問題は答えが一つじゃない。その中で、あの子たちは逃げなかった。泣きながらも最後まで踏みとどまって考えていた。痛みを感じながら、Pちゃんの死と本気で向き合った経験は無駄ではなかったと思う」
 と黒田さんは言っている。

 生徒たちは、机の上に散らばる米を一粒一粒、真剣に数えていた。
 東大阪市立長栄中学校の山下文夫教諭(当時63歳)は、米粒を男性の精子に見立て、その中から「自分」を探させる。3億の精子のうち卵子に達するのはたったの1個なのだ。3億という数がどれほど大きなものなのか、ひとりひとりのいのちがどれほどすごい確率で生まれたのか、体感してほしいとのねらいなのだ。

 40人近い生徒が2時間かけて数えたのは3億にほど遠い10万粒――。
 ある男子生徒は、
「自分がこの世にいることが奇蹟だと思った」
 と感想文を読み上げた。山下教諭は、すかさず付け加えた。
「みんな自分のいのちの尊さは分かったと思うけど、隣におる子もそうなんや。自分の前後も、斜め横の友だちも、みんな3億分の1ということを考えてや」
 山下教諭は、数年前に定年を迎えたが、現在も非常勤で保健体育を教える。授業は「生と死の教育」(デス・エデュケーション)と名付けられている。

「生と死の教育」は欧米ではじまり、日本には昭和50年にドイツ人のアルフォンス・デーケン上智大学名誉教授(哲学)が紹介した。当初は、自分や身近な人が死ぬまでの日常をよりよく生きるとの意味から、「死への準備教育」と呼ばれたが、次第にいのちの尊さ伝えることに力点が置かれるようになった。「生」を教える「死」の教育というわけである。山下教諭もデーケン教授の著書を読んだ一人だが、授業の中身はほとんどが我流なのだという。

 米粒を数えさせた次の授業では、自分を中心に家系図を12代までさかのぼって書かせた。
「このうち1人が欠けても、君らはここにおらんのやで」
 山下教諭は言った。

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コメント

答えは一つじゃないが、感じるもの、観えてくるもの
先生、おはようございます。

「いのちの問題は答えが一つじゃない」けれども、子どもたちが真剣に向き合う必要があることだと思います。

答えは一つではないけれども、一つのいのちが尊いと感じたとき、すべての存在が沢山のいのちにささえられて存在していていることに気づくと思います。そして、普段は感じることができていなかった自分自身のいのちが尊い、存在が尊いと感じることができると思います。

そうして、自分自身を中心に、すべての存在を愛おしむことができたら、とてもしあわせなのではないかと思います。

息子もいのちのお話をうれしそうにしています。「お米さん一粒一粒、お野菜さん一つ一つ、おじいちゃん、おばあちゃんも、みんなみんないのちだから、たいせつだね。感謝して、こぼさないで食べるね」などは食事のときに言ったりしています。

息子を中心にした家系図を書いてあげます。きっと、とても喜んで、おもしろい話しを聞かせてくれることと思います。家族とともに生きていることが、とても楽しく、しあわせで有り難いなぁと感じています。

ありがとうございました。
NAO [URL] 2014/09/16(火) 07:06 [編集]

思惟で出会う
NAOさん。

息子さんは四歳だったですかね。
まっさらさらのいのちと思惟(しゆい)で出会うのかも知れませんね。
息子さんを中心とした家系図ですか? 息子さんの反応が楽しみですね。
澤谷 鑛 [URL] 2014/09/16(火) 07:29 [編集]

凄く深いですね。
私自身にも勉強になりました。
篠原 奈美子 [URL] 2014/09/16(火) 08:39 [編集]

まっさらさらのいのちの展開
篠原 奈美子さん。

フェイスブックにシェアしていただいたのですね。ありがとうございます。感謝します。

いのちの教育……まっさらさらのいのちの展開は、人生に何を教えてくれているのでしょう。
澤谷 鑛 [URL] 2014/09/16(火) 08:56 [編集]

尊い命
いつも本当にありがとうございます。

尊い命

生きているのが、当たり前のように、感じ、その尊さをついついないがしろにしてしまっています。

今、命の尊さを振り返るきっかけを、いただいた訳は、何なんだろう。

もっともっと自分自身を慈しみ、次世代へ命を繋ぐことへ意識をむけなさい・・・って、ことなのかな。

授かった命を、無駄にしないために。

感謝を込めて
もも [URL] 2014/09/16(火) 19:55 [編集]

つなぐというむすび
ももさん。

尊いいのち……もっともっと自分自身を慈しみ、次世代へいのちをつなぐ……つなぐ~絆の物語~……ですね。
つなぐというむすびは人生に大事なのでしょう。
澤谷 鑛 [URL] 2014/09/17(水) 07:07 [編集]

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