お伝えしたいことは「運命は改善できる」ということです。
07 * 2017/08 * 09
S M T W T F S
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
--/--
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
10/03
ジーザス・クライスト=スーパースター

お楽しみさまで~~~す☆
昨日は、一人時間を作って、ミュージカルをみに行ってきました♪
劇団四季ミュージカル「ジーザス・クライスト=スーパースター エルサレム・バージョン」
もう……すごかったです。
みにいって、本当に良かった。

この作品に始めて出会ったのは、私が高校生の時でした。

部活の海外遠征で、ありがたいことにアメリカの全米高校演劇祭に出演するという経験をさせていただきました。(演劇部でした)
そこで出会った作品で、印象的なものがふたつあって、その一つが「Jesus Christ Superstar」でした。(ちなみにもうひとつは「Children Of Eden」です)

英語は全くわからないまま作品を見て、何を言っているのかはわからないのにそのエネルギーに圧倒されました。
同じ高校生が演じていたんですよ(^-^) 両作品とも。

ずっと再会したいと思っていた作品が、地元に劇団四季の公演でやってくると知り、何ヶ月も前から楽しみにしておりました♪
今度は日本語でしたから(笑)歌詞の意味もよくわかり、胸が震えました。

ジーザス・クライスト(イエス・キリスト)の最後の7日間を描いた物語なのですが、「人間としてのジーザス」が描かれている物語です。
死やユダの裏切りを前にして揺れる心を歌い上げるジーザスは圧巻でした。
また、ユダとマリア(マグダラの)が、それぞれに人間的にイエスに対する愛を歌います。こちらも心臓を捕まれたように感じました。

どう言葉を尽くしても、自分が感じた感覚(感動、と言うのでしょう)を説明できる気がしません。
そんな体験ができたことが、ものすごく嬉しいのです。

そんな中でひとつ思ったこと。
ジーザスも、ユダも、マリアも全て困難な状況の中いろいろな感情を抱えていたのですが、その中でジーザスが一番「主体的」であったのだということは、分かりました。
ユダが一番「反応的」でしたね。

「人間は刺激と反応の間に選択の自由を持っている」
という「7つの習慣」に紹介されている言葉を思い出しました。

2000年前に、ここまでの状況を生ききった人間がいる。(ストーリーですから真偽のほどはわかりませんが、そう信じたいと思います)
自分も自分の置かれた場所で、最大限の努力の人生を歩んでいきたいと、そう思い直すきっかけになりました。

お読みいただきありがとうございます。


秋さくら(養成講座3期・4期・5期)さんのブログは、こちらからどうぞ

澤谷 鑛 のカウンセリングは、コチラ…
澤谷 鑛 のセミナー/講演会情報は、コチラ…
コメント

素晴らしいミュージカルですね♪
観に行きたくなりました(*^^)v
中村 弘美 [URL] 2014/10/03(金) 11:03 [編集]

感動しました!!
秋さくらさん こんにちは

おひさしぶりです

ご文章を拝読し感動しています。ありがとうございます。

「どう言葉を尽くしても、自分が感じた感覚(感動、と言うのでしょう)を説明できる気がしません。
そんな体験ができたことが、ものすごく嬉しいのです」
と仰る深い喜びに共感しています。

ひさしぶりに高校時代や若いときの体験が鮮明によみがえり、ゾクゾク鳥肌がたちました。今、記憶をひきだしてきて感動しているわたしは、実体験していた当時よりも深く感動していることに気づき、とてもおもしろいなぁと思いました。
「主体的」に生きているかどうかが、感動するという真我につながる状態に影響をあたえている気がしました。

人間は皆、こころの深い部分での生涯色褪せることのない感動を人間にあたえることのできるすばらしい存在なのだと思います。
人間に生まれてきた人生のなかで、わたし自身や周りの人たちの内にも無限の可能性があるのだと信頼して生きていきます。

秋さくらさん、ありがとうございます☆.。.:*・
NAO [URL] 2014/10/03(金) 11:49 [編集]

素晴らしいミュージカルだったんですね。秋さんの感動が伝わってきます。

人間って、感動することって大切ですよね。私もいつも感動することに触れていたいなあと思います。感動するこころを磨きたいなあと思います。

「主体的」という言葉の意味を調べてみました。

ある活動や思考などをなす時、その主体となって働きかけるさま。他のものによって導かれるのではなく、自己の純粋な立場において行うさま。

「自己の純粋な立場」の「純粋」にこころを惹かれましたが、これはいつも自分と向き合い、自己と対話をしていないと、流されてしまうものだなあと思いました。自分は出来ていないなあと、あらためて考えてみて、そう思いました。

ユダのように「反応的」に生きてしまった場合、後で必ず?後悔してしまう?

いつも何かあれば、基本にもどれる自分軸?信念?そんなものを、しっかり持つことが大事なのかなあとあらためて感じました。

いったい、自分軸、自分の信念ってなんだろう?本当に自分の軸になる信念なのか?じっくり、秋の夜長に自分自身と向き合ってみようと思いました。

今、このタイミングで、秋さんのご文章に出会えたことに、意味を感じています。大切にしたいと思います。ありがとうございました。
エンジェル [URL] 2014/10/03(金) 18:30 [編集]

中村弘美さん

はじめまして!
コメント、ありがとうございます☆
是非、ぜひ! 観劇オススメします!


★*…*☆*…*★
NAOさん

ご無沙汰しております(^-^;)
コメントくださり、ありがとうございます!

人間は、感動を人に与えることのできる存在。
なるほどな~、と思いました。
そういえば、そんなことをできるのは、おそらく人間だけですね。(受け取り側が人間である場合は、動物でもできますが)
NAOさんは無限の可能性を、更に広げていらっしゃるのでしょうね。

これからも、のびのびと、ご活躍ください。


★*…*☆*…*★
エンジェルさん

秋の夜長に、こんばんは☆
コメントありがとうございます!

澤谷先生がよく「心は主体的な道具である」と教えてくださいました。
(ちなみに「体は客体的な道具である」だったと思います。先生、間違っていたら横やり入れてください!)

自身の本質からの視点で、心を選んでいるかどうか。心の使い方を決めているかどうか。
主体的とは、そういうことではないかと、私は理解しています。

「自分軸」を選んでいる、その自分、ということですね。

エンジェルさんの秋の夜長が素晴らしい時間になりますように☆
秋さくら [URL] 2014/10/03(金) 22:31 [編集]

管理者にだけ表示を許可する
 

トラックバック
トラックバック URL

Copyright © 2017 絆の法則 ~ 澤谷 鑛 オフィシャルブログ ~.
all rights reserved.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。