お伝えしたいことは「運命は改善できる」ということです。
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10/08
もうひとつの物語 ~いのちの絆の物語~
澤谷 鑛

 以前、京都で開催されたセミナーに参加された吉安清美さんのカウンセリングをしました。
「オープンカウンセリング」のとき、
「母の腹違いの姉の事で、大変気になることがあります。私は、直接会ったことはなく、母から話を聞いただけなのですが、ズッと気になっています。母の姉は、20歳のときに妊娠し、その人との結婚を親から反対されて自殺しているのです」
 と彼女は言われました。
 家系のデトックスも含めて、これらの“念”が抜くことが出来ることをお話しました。
 もっと詳しく、ということで、カウンセリングを後日受けられました。

 カウンセリングの終了後、メールをお送りしました。

吉安清美さま
こんにちは。澤谷 鑛 です。
よく勉強されていましたね。やはりオープンカウンセリングのときから、デトックスがはじまっていたのでしょう。これからが楽しみです。
もの凄く不安なところから、今、解放されているところまで、詳しくしりたいものです。
これからのご報告を待ちます。


 ここからは、吉安さんのメールをご紹介します。

昨日、澤谷先生からいただいた返信を読んで、心がふわっと温かくなり満たされました。今までずっと押し込められ、気付いてほしいと叫んでいた感情たちが、喜んでいるように感じました。
今日は今回、もう一度供養をしようと思った経緯について、ご報告したいと思います。
セミナーのあと、セミナーに参加されていた方とお話する機会がありました。
その方は、今養成講座に通われているMさんで、とても話しやすい雰囲気で、すぐにうち溶けて話をしていました。その中で、私の公開カウンセリングの内容になり、なぜおばさんのことが気になったのですか? という質問をうけました。
私は思い切って、実は、私は中絶した経験があり、そのことがきっかけで、おばさんのことが、気になるようになった、とお話しました。そして、公開カウンセリング中に何度か言おうとしましたが、言えなかったことも……。
するとMさんが、
「すべて言えるとよかったですね。でも今私に話せているし、澤谷先生にも話したらきっと大きなデトックスになりますよ」
ということを言って下さいました。そして、
「澤谷先生のご著書『いのちの絆の物語』(池川明・澤谷鑛 共著 南方新社)にも似たようなことがでていましたから、ぜひ読んでみたらいいですよ~」
と言って下さいました。
私は、セミナー前に購入していた本を帰りの電車の中ですぐに読み始めました。
読み進めて行くうちに、これは自分のことが書いてあるんじゃないかと思うくらい同じような苦しみや悲しみ、葛藤を抱えていました。
そして、やっぱり私とんでもないことをしてしまったんだ。小さな命を自らの意志で絶ってしまったんだという自責の思いが、襲ってきました。さらに、その子の存在を受け入れることが出来ずにいた昔の思い、もうこんな苦しい思いは忘れてしまいたいというなんとも身勝手な思いを当時、持っていたことにも気がつきました。
しかし、そんな苦しい感情を感じた後に、初めて感じる温かく優しい感情も芽生えたのでした。
それは、私を成長させるために、自分のところにやってきてくれたんだ、なんて愛しいんだろう。名前をつけてきちんと存在を認めて、ずっと忘れずにいたい。私の所に来てくれたことに感謝したい、そんな思いが溢れてきたのです。
そして、Mさんの後押しもあり、澤谷先生に感謝の気持ちと今の私の素直な気持ちを伝えたいと思い、次の日、澤谷先生からメールをいただいたときに、私の思いを告白することができました。
またインターネットで、水子供養の出来るお寺を探していたところ、大阪○○市にある○○○○寺という素晴らしいお寺に巡り合うことができ、火曜日に供養に行きました。
続きは、また次回ご報告します。


澤谷先生。
昨日は返信をいただきありがとうございました。今まさに私の人生が大きく動き出しているんだなと感じ嬉しくなりました。
今日は供養の時の気持ちをお伝えしようと思いましたが、昨日メールを送ったあとに、ふっと浮かんできた中絶したときのことについて書かせて下さい。
当時付き合っていた彼は大学は違いましたが、同級生でした。実は初めて付き合った男性で、付き合ってもなかなか本音が言えず、体の関係も半年くらいできませんでした。半年たってようやくいいかなと許せるようになり、やっと結ばれて1~2ヶ月たったころ、妊娠が分かりました。
しかし、その時も避妊はしていたので、何で!? どうして!? という感じでしたが、うまく装着できていなかったようです。
しかし、妊娠が事実だとわかった以上、時間は待ってくれません。
当時、本当に浅はかで、妊娠するなんて夢にも思っていませんでした。そして、その事実を受け入れることができずにいました。
大切な命より私にはまだやりたいことがある。本当に身勝手でした。そんな私の中には、彼と一緒になり、産んで育てるという選択肢は、残念ながらありませんでした。
どうにかしなくちゃ、そんな焦りと不安でいっぱいでした。
そして親には、絶対話せないと思いました。
本当に堅い考えの家でしたし、特に母は、心配したり、相談にのったりしてくれるどころか、軽蔑される、がっかりさせる。そんな恐怖でいっぱいで話すことはできませんでした。
そして、彼に妊娠のことを話したのですが、彼は事実を受け入れることができなかったようで、赤ちゃんがいると言われても困るといいました。
この話を聞いてから何かと理由をつけて会いにこなくなり、電話にも出なくなりました。本当につらく、心ぼそかったのを覚えています。
私達はきちんと向き合って話をすることもできず、結局私が中絶を決め、相手が費用だけはだすと言い、お金を渡され、書類にサインをし、なんの言葉もなく帰っていってしまいました。
それから手術の日も手術が終わってからも、顔を見せませんでした。
当時、大切な命を授かったにもかかわらず、私は彼ときちんと話し合う勇気も自分の気持ちを伝えることもできませんでした。それが後々自分を苦しめていくことになりました。
幸い、友人には、状況を話すことができました。
手術前日、子宮口をひろげなければならないため、病院に行くと伝えたところ、友人がバイトを休んでついていこうか、と言ってくれました。けれど、私は大丈夫だといい一人で病院に向かいました。
そして、子宮口を広げるために、体の中に異物を入れているため、病院から帰る途中、激痛が襲い、やおやさんの前で動けなくなってしまい、やおやさんの休憩室で、休ませてもらいました。お腹の痛さと吐き気、不安、悲しみ、寂しさ色んな気持ちが溢れ、涙が止まりませんでした。そして動くことができず、友人に迎えにきてもらいました。
タクシーで、友人宅までいき、その夜は とめてもらいました。あのときの友人の優しさは本当に忘れることが出来ません。救わる思いでした。
そして痛みが続く中、一夜あけ、友人とともに病院に行き、手術を終えました。
手術は、本当にあっという間で、殺風景な所で目が覚め、もういなくなってしまったんだよな……という思いと命を絶ってしまった罪悪感で、なんともいえない気持ちで部屋を出てきたことを今でもはっきり覚えています。
また次回に続きます。今日もありがとうございました。


澤谷先生。
ブログも拝見しています。皆さんの意見を読ませていただくだけて、心が震え、癒されていくのを感じています。
私も「天使の代理人」ちょくちょくみていました。特に今日の主人公磯野貴理さんと重なる部分が多く、涙無しには、みることが出来ませんでした。
当時は、相手を信頼する事も出来ず、自分のことしか考えることが出来なったので、もし心から愛し合い信頼関係が築けていたならば、新しい命を産むという選択肢もあったのかもしれないなと思いました。
妊娠、出産、育児がこんなにも尊く、幸せなことだとは認識出来ていなかったのだと思いました。
さらにこれが分かっていなかったからこそ、今まで子育てが辛いものになっていたことが、最近一気に分かってきました。色んな感情に繋がりだして、自分自身が大きく変化していることがわかります。そうか、そういうことだったのかと深い部分で気づかせていただくことが多く、本当に感謝しております。
今日もありがとうございました。


澤谷先生。
今日は少し間があきましたが、中絶後の心境を書きたいと思います。
手術が終わり、友だちに送ってもらって家に帰りました。(当時は一人暮らしでした)
手術後、無理しないように安静にして下さいと言われたので、布団で横になりました。
すると押さえていた感情が爆発し、悲しみ、苦しみ、悔しさ、罪悪感、怒りなどが溢れてきました。私がこんなにもがき苦しんでいるのに、彼は知らん顔で、ひどすぎる、無責任、
心も体も傷つくのは、女の方じゃないか……。男なんか大嫌い。
しかし、怒ったり、叫んだりしたところで、事態は変わらない。すると急に虚しさと寂しさにおそわれました。ひどい無力感でした。こんなに苦しいならもう終わりにしたい。忘れてしまいたい……
次第に感情を麻痺させ何も感じられないようになっていきました。
つらくつらくてたまらないけれど、誰かに頼ってしまうと自分が自分でいられなくなるような気がして、友人にさえももう平気だよというような顔をして、日々過ごしていきました。
1ヶ月くらいたち、なんとか心が落ちつき始めた頃、突然彼から連絡がありました。
そこで、今までの思いをぶつけ、きっぱりと別れていれば、良かったのですが、なぜだか会いたいという思いもあり、会ってしまいました。
私をいたわってくれるような優しい言葉を期待していたのかもしれません。
しかし、実際は、手術に一緒にきてくれなかったことを謝るわけでもなく、つらかったねといたわってくれるわけでもなく、ずっと忙しかったと言い訳をされ、何もなかったように体を求められました。
さすがに、私はこんなに傷ついたから無理だと、それは拒否しましたが、そんな愛のないひどい仕打ちをされても、なお、はっきりと自分の気持ちを伝えられず、別れることが出来ないことが嫌でたまりませんでした。
誠意もなく、大切にされず、もうすっかり愛も冷めていて、付き合っていても喜びも成長も感じられないのに、そんな関係をそれから二年も続けてしまいました。
改めて振り返ってみると、なんて自分のことを大切にしてないんだろうと、悲しくなってしまいました。
当時の私につらかったね。と言ってあげたいです。そして、自分のことを大切にするようにと、小さな命をかけて、私に教えてくれようとしていた我が子に、今それがようやく分かったよ。その時、あなたの存在を認めてあげられなくて、気付いてあげられなくて、あなたの命を守ってあげることができなくて、ごめんね、と謝りたいです。
今生かしていただいている命を精一杯生きること、幸せに過ごすことが、あの子が望んでいることでしょうし、おばさんやおばさんの赤ちゃんの願いでもあると感じました。
今日もありがとうございました。


澤谷先生。
先日は返信、ありがとうございます。
どんな私でもありのままに表現でき、それを温かく受け止めていただける喜びをかみしめています。
昨日、今日は子どもたちのリクエストに答え、昨日は、プールと温泉、今日は近くのアスレチックに行きました。久しぶりに何もかも忘れて、ただ子どもたちと遊ぶことだけに集中して、とても楽しい時間を過ごすことができました。
子どもたちの笑顔と笑い声が心地よく、また露天風呂からみた空の青さ、流れる白い雲、林の緑、頬をなでる爽やかな風……。夜になり、聞こえてきた虫の声、月明かり……。
こんなにのんびりしたのは、久しぶりで心穏やかに、今ある幸せを五感で感じることが出来た 素敵な休日でした。
また明日から自分自身のデトックスを再開したいと思います。


澤谷先生。
返信、ありがとうございます。私が家族と一緒に喜んだり、楽しんだりすることが、そのままご先祖さまたちの喜びに繋がり、それもまたデトックスになるのですね!
すごいです。
悲しみや苦しみをデトックスしていくこと、日々喜び感謝して過ごすこと、どちらも大切なんだなあと改めて実感しました。



澤谷 鑛 のカウンセリングは、コチラ…
澤谷 鑛 のセミナー/講演会情報は、コチラ…
コメント

わたしをほんとうに大切に生きるには
先生、おはようございます。

カウンセリングメールをご紹介くださって、ありがとうございます。共感するところが多々あり、拝読できたことがとてもうれしく、感謝しています。

心が洗われ、心があたたまるのを感じています。あぁ…人生には何一つ無駄なことがないのだな…とあらためて、しみじみと感じられます。

人生のなかで寂しくて不安で苦しい体験をしても、こうして人間本来のしあわせな気持ちを思い出して、いきいきと生きていく姿を拝見すると、ほんとうに人間はすばらしい存在だなと感じます。人間には本来、仏性があるのだなと思います。

「久しぶりに何もかも忘れて、ただ子どもたちと遊ぶことだけに集中して、とても楽しい時間を過ごすことができました」
と仰るような、のびのびとまっさらさらのありのままのしあわせを感じることが大事なんだなと感じています。まっさらさらのいのちの息吹があふれでている時空間を大切な人達と共有することを積み重ねながら、絆を深めながら生きられるって、とってもしあわせな人生だなと思います。

どんなときも、ご先祖様に見守られて生きてきたこと、生かされてきたことに感謝し、これからも感謝しながら、すべての今をたいせつにして生きていこうと思います。

ありがとうございました。
NAO [URL] 2014/10/08(水) 07:13 [編集]

人生学校のように学びを深めるもの
NAOさん。

「人生には何一つ無駄なことがない」
そうなのですね。人生は、神が生きる「神生」でも、仏が生きる「仏生」でもなく、人が生きる「人生」なのですね。

だから、相対的な中に生きるため、人生そのものが人生学校のように学びを深めるものとなるのでしょう。

そしてまた、相対的な世界の中でまっさらさらのいのちの世界という絶対的な世界に出会うのでしょう。
澤谷 鑛 [URL] 2014/10/08(水) 08:44 [編集]

吉安さんのメールで、リアルな過去の経過を拝読し、自分自身のことを思い出し、辛くなってしまっています。

吉安さんが、家系を含めた今までの「念」を抜き、悲しみや苦しみをデトックスをされ、まっさらさらな命の息吹を感じ、今あるしあわせを喜び、感謝されておられることに本当によかったなと思いながら、自分自身のこころが晴れずに、重く感じています。

そんな自分を感じていたら、このことに関して、デトックスできていないことに、今、気づきました。

人には面と向かって話せることではなく、水子供養はしているということで、解決しているものと自分で思い込んでいました。

今の今まで、なんでこんな感情がでてくるの?供養してるのに、なんで?って、自分を責めているのか、子どもを責めているのか、わけがわからなくなってしまっていました。自分がしてきたことを認めたくないんだな、なかったものにしたかったんだなって思います。涙がでてきます。学んできたことなんか、吹っ飛んでしまっています・・・。

今一度、こころを澄まして、考える?感じて?みようと思います。
まだちょっと、苦しいけれど・・・。この苦しさを感じきるといいのかな・・・。どうなんだろう?動揺してる?

・・・ありがとうございました。

エンジェル [URL] 2014/10/08(水) 20:43 [編集]

デトックスそのもの
エンジェルさん。

「辛くなってしまっています」
「こころが晴れずに、重く感じています」
「涙が出てきます」
「苦しい」
といわれていますが、それは、
「デトックスできていない」
からだと書かれています。

しかし、それがデトックスなのですね。デトックスできていないのではなく、デトックスそのものなのです。
澤谷 鑛 [URL] 2014/10/08(水) 22:31 [編集]

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