お伝えしたいことは「運命は改善できる」ということです。
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12/16
今即永遠・永遠即今
澤谷 鑛

 これは、昨年12月の話である。
「人生をより楽しく生きるヒントをお届けする情報誌」と銘打った『はぴとび~ハッピーへの扉~』という毎月出されている12月号が届いた。パナソニック電工エイジフリーショップス(株)のもので、私も2ヶ月連続で取材を受け、掲載していただいたことがある。この会社は福祉用具すなわち介護のための道具を扱う会社である。

 巻頭には、「日本の美しいしぐさ 餅つき」と題して書かれている。
 福祉用具との関係なのか、時代的になつかしい昭和の香り立つ感覚の文章だ。

 歳の暮れが近づくと、新しい年を迎える準備が始まる。餅つきもそのひとつ。
 大きな臼に蒸したもち米を入れ、杵を振り上げペッタンペッタンと音を立てて搗くのが餅つき。伝統的な日本の年末行事である。
 餅は古代から神の力が宿る食べ物とされ、餅を食べて生命力の再生と補強を願った。
 鏡餅は、神聖なものとされた鏡にみたてて形づくったもので、お正月に飾っておくと、訪れた年神さまが宿ると伝えられてきた。
 そんな縁起のよい餅をつくる餅つきは、家族やご近所の協同作業だった。
 杵のつき手ともち米返し手の絶妙のタイミング、テンポのよいリズム。つき上がった餅をみんなで丸める楽しさ。こんな風景もほとんど見なくなった。
 幸せをみんなでつくって、分け合っていただく……。餅つきは、人と人との「つきあい」を強める大事な行事なのだ。

 とある。この人生劇場では、つきあいには別れもくるのだが、人生劇場で別れてもつきあい、すなわち縁(えにし)の糸をむすぶ信頼の絆は、永遠なのだろう。今即永遠・永遠即今、ということなのだと感ずる。

 12月末に松下龍二代表取締役社長が退任さるというので、ご本人がご挨拶をされている。
 この中で、「最後に私の好きな松下幸之助の言葉を皆様にプレゼントし、お別れの挨拶とさせていただきます。これからも皆様に雪崩の如く良いことが起こりますように!」ということで、「道」という松下幸之助氏の言葉が掲載されている。

 道

自分には自分に与えられた道がある。
天与の尊い道がある。
どんな道かは知らないが、ほかの人には歩めない自分だけしか歩めない、二度と歩めないかけがえのない道。

広いときもある。せまいときもある。
のぼりもあればくだりもある。坦々とした時もあれば、かきわけかきわけ汗する時もある。この道が果たしてよいのか悪いのか、思案にあまる時もある。なぐさめを求めたくなる時もある。

しかし、所詮はこの道しかない。
あきらめろというのではない。
いま立っているこの道、いま歩んでいるこの道、ともかくこの道を休まず歩むことである。

自分だけしか歩めない大事な道。
自分だけに与えられているかけがえのないこの道。他人の道に心うばわれ、思案にくれて舘すくんでいても、道は少しもひらけない。

道をひらくためには、まず、歩まねばならぬ。
心を定め、懸命に歩まねばならぬ。それがたとえ、遠い道のように思えても、休まず、歩む姿からは、必ず新たな道がひらけてくる。
深い喜びも生まれてくる。

松下幸之助



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コメント

永遠のいのちに誠実に生きる
先生、こんにちは。

母は、わたしを出産する2~3日前に、
「おばあちゃん(祖母)に『少し動かないと生まれないから、餅つきしなさい』
と言われて、杵を持ち上げたけれど、お腹が苦しくて一回しかできなかった」
と話していました。

祖父母にとって、わたしは初孫で、里帰りしていた母や家族たちのしあわせな光景が目に浮かびます。
ほんとうに生まれてきてよかった。生んでいただいて感謝です。

家族、ご先祖様との縁で生まれてきたいのちをたいせつに、いつも今のわたしの最善をつくして生きてゆこう。
これまでのすべての方々との縁、今わたしを生かしてくれているすべての縁に感謝して、ひとつひとつ誠実に取り組んでゆこう。
きっと、ひとつひとつの努力が、よい種を蒔くことになるだろう。
そうやって、よい縁をむすびながら、わたしの道をひらいてゆこう。
と思います。

ありがとうございます。
天沼 直子 [URL] 2014/12/16(火) 12:24 [編集]

道はひらける
まっさらさらのいのちが両親や祖父母、先祖の縁でみずからとして生まれてきた。ということをひしひしと感じておられるのですね。

出会い、つながり、むすび、そして、愛と信頼の絆で新価値を創造していくのが人生なのですね。だから、道はひらけるのですね。
澤谷 鑛 [URL] 2014/12/17(水) 11:32 [編集]

<自分には自分に与えられた道がある。>

自分自身の螺旋階段をのぼりながら、それぞれに、その時々の波長やご縁で繋がったり離れたりしながら、愛と信頼の絆は結ばれていくのでしょうか。

今即永遠・永遠即今も拡大向上を遂げていくのでしょうか。

<道をひらくためには、まず、歩まねばならぬ。>
とにかく、しっかり歩んで行くことなのだと感じています。

ありがとうございました。
エンジェル [URL] 2014/12/18(木) 19:14 [編集]

個を生きる喜び。調和を生きる喜び。
近所のイベントで、一度だけ杵と臼でついたお餅を食べたことがあります。
餅つき機で作ったお餅は冷めるとみるみる固くなっていくのに
杵でつきあげたお餅は覚めてもやわらかく、しかも水っぽくなくて弾力に富み
なんと味が違うことかと驚いたことをよく覚えています。

たくさんの人が総出で力を合わせて
和やかににぎやかに、楽しく心をあわせ力を合わせながら
真っ白なお餅をつきあげて、できたそばから真ん丸に丸めていく。
大きく丸く仕立てて鏡餅にする。
みんな一心に作業をしながら、みんなの心もお餅のように
真っ白に、まんまるになっていく様子が目に見えるようです。


鏡は神聖なものとして昔からお祭りされていましたが
鏡を礼拝しようと相対してそこに映るのは自分であり
「かがみ」から「が(我)」を取れば「かみ(神)」になるのだとよく言われます。

古代の日本人は、どの人の存在の奥底にも神性が宿っていることをよくよく知っていて、
お餅つきやお餅を通しても、人の中にあるけがれない清さや調和を
象徴し、祝い、表し出そうとしていたのかもしれないと感じられてきます。


餅つき機を使ってつくるお餅つきですらも、実家では家族総出で
とても片手間ではできませんでした。
お正月を迎えるわくわくの中で、時間を忘れて夢中で手伝った時の気持ちが
懐かしく甦った時
ああ、あのような真摯さで自分の道を歩めばよいのだと
ふと腑に落ちたように感じました。

我を忘れて周囲との調和の中に完全に溶け込み溶け合い
共にひとつのものを作り上げるわくわくの中、力を合わせる。
それは、自分の意志でそうしている喜びと
もっと大きな、自分を生かしているものの意志に自分を投げ込み
そこでこそ真に生かされる喜びが混ざり合ったものなのかもしれません。

どちらか片方ではだめなのですね。
個を生きる喜びと調和を生きる喜びが合わさるところ、
なんと大きな大きな喜びが満ちることでしょう。
なんと、命が生き始め、流れ、あふれ始めることでしょう。

大きな学びを頂きました。ありがとうございます。
桜 美穂 [URL] 2014/12/19(金) 14:58 [編集]

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