お伝えしたいことは「運命は改善できる」ということです。
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03/06
「和」と「同」

以前、養成講座のなかで澤谷先生に教えていただいた、
「和して同ぜず 同じて乱をなす」
が、今日になって自分なりに繋がった。

もう、かれこれ10年も前のことだが、新築の一戸建てを買った。長男が4歳くらいで、次男が1歳くらいのこと……。

引越し先は新興住宅街だったため、近所には比較的同年代の世代が集まった。引越ししたてで寂しかったのもあり、すぐに友達探しがはじまった。幸運にも、すぐ近くに同時期くらいに引っ越してきた人と、とても気があいすぐに仲良くなった。

クリクリの瞳に、とても人懐っこい笑い方で、その人はたちまち人気になった。
「りんちゃんだけなんだ、私のことわかってくれるの」
そう言われ、単純な私はますます、その人にのめりこんでいった。

家族ぐるみでのお付き合いがはじまり、心底信用していたし、大好きだった。

しかし、ある日のこと、ある人から、
「Aちゃんが、りんちゃんの悪口、言ってたよ」
ときいた。
信頼していたから、そのショックは途轍もないものだった。

一瞬にして彼女への思いは怒りにかわった。

その怒りを知り、彼女は私に泣きながら電話をかけてきた。
「りんちゃんから嫌われたら、私一人になっちゃう!!」

……怒りはおさまらなかった。

それから、Aちゃんが私のことをずいぶんと悪く言ってまわっていたこと。そのおかげで、私は数人の人からかなり嫌われていたということを知った。

Aちゃんをとおしての付き合いしかなかった人からは、
「実際に会って話をすると、りんちゃんって、Aちゃんが言うほどの人じゃないんだね!!」
「Aちゃん、めちゃくちゃ、りんちゃんのこと悪く言ってたよ!!」
「でも、りんちゃんが悪いんじゃなくて、Aちゃんに問題があったんだね!」
「私だって、影ですっごい言われたんだよ!!」
そんな話をきいて、ぐうの音も出なかった。

それから、誰も信じられなくなった。愕然とした。すごく信頼していたのに……。許せなかった。

でも、言われて気がついたところもあったので、全て彼女が悪いわけではないのは十分に理解していた。

数年後彼女は、私と深く和解することなく、離婚したのち実家に帰っていった。

なぜ今、このことを持ち出したのかというと、今、私も、とても仲のよかった友達を傷つけてしまったのかもしれないと思ったから……。実際のところ、本当に彼女を傷つけたのかもわからない。

けれども、私の「勘」が言っている。もしかしたら、と思い当たる節もある。彼女にとってみたら、「信頼していたのに、裏切られた」と思ったかもしれない。10年前の私のように……。
そして、私は、10年前のAちゃんの気持ちを体験しているのかもしれない。これが、「追体験」といわれるものなのか……。

『そんなつもりはなかった』

Aちゃんは涙ながらに言っていた。

「りんちゃんしかいないの……わたしの気持ちをうちあけられるの」
10年前、Aちゃんに言われた言葉が鳴り響く……。
今、大切な友達に対して私は、昔、Aちゃんに言われたとおりの思いでいる。

「本音で話しができて、スピリチュアルなことも、哲学的なことも、何時間も何時間も建設的に楽しく話せるのは彼女しかいなかった。私の全てを認めることを教えてくれたのも彼女だった。大好きで、大切だった」

でも、傷つけてしまったのかもしれない。
いまさら思う。昔のAちゃんに、本当に悪気はなかったのかもしれない。

『和して同ぜず 同じて乱をなす』

私の相手を思って発した言葉に愛はたしかにあった。
しかし、自分の本音と言葉は、自分の中での「和」ではなく「同」だったのかもしれない。
「和せず同じた!」
その結果、
「同じて乱をなした!」

大切な彼女にかけた言葉は、本当に、相手を思っての言葉だったといえるであろうか。答えは「否」であったかもしれない。

「基本を外れずに」といった澤谷先生の言葉が響く……。


澤風 凜(養成講座1期生・2期生)さんのブログは、こちらからどうぞ

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コメント

本当の感情は何なのか
「答えは「否」であったかもしれない」
そう自問されるところに、凛さんの深いご誠実を感じます。

自分と「和する」とは、自分が感じていることを
素直に認めることからしか始まらないのだと思います。
その感情を認められず、また認めても取り合わずにごまかして
表面を取り繕って済ますことが「同じる」ことであり
それが「乱をなす」ことになっていく。

そんなことを、わたくしも
どれほど繰り返してきたことでしょう。

自分とすら調和できないのに、他人と調和することなどできません。
しかし、自分が本当に何を感じているのかを知ることは
本当に難しいことだと思います。
乱をなして初めて自分を偽っていたことに気付くばかりです。

怒りを感じているのなら、その怒りの奥にある感情は何なのか。
悲しみを感じているのなら、その悲しみの奥にある感情は何なのか。
心を澄ませて、見つめ、向き合いたいと感じます。

表面にあふれ出てきて、自分を突き動かす感情は
たいがいもっと奥に潜む本当の感情をカムフラージュして
隠していることが多い。
だからこそ、表面的な感情に従ってしまうと、多くの場合間違ってしまうのですね。

わたしは、本当の自分の気持ちに気付いているのだろうか。
気付こうとしているのだろうか。
それを受け入れようとしているのだろうか。
それとも、本当の感情を責め裁いて、出てくるなと抑圧しているのだろうか。

これからも、そのようにいつもいつも
自分の感情をしっかりと見つめていきたいと思います。
桜 美穂 [URL] 2015/03/06(金) 16:28 [編集]

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