お伝えしたいことは「運命は改善できる」ということです。
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03/17
一瞬一瞬を生きる
澤谷 鑛

 広島県の安芸の宮島で生まれた私は、小学生の時代から「広島カープ」のファンでした。古葉・大和田・興津・備前・長谷川の時代です。

 ところで、戦後初の外国人選手として巨人入りした与那嶺要さんは、85年の生涯をハワイで終えました。
 昭和26年6月19日、巨人入りしたばかりの与那嶺選手は、代打を告げられました。7回裏、無死一、二塁の場面でした。三塁側に転がすまでは、犠牲バントのサイン通りでした。ところが、一塁を駆け抜けた与那嶺選手は、セーフでした。それが与那嶺さんの初ヒットです。名古屋(現・中日)戦でのことだそうです。

 当時は、川上選手と大下選手の赤バット・青バットの時代で、いつの時代も必ずそれはありますが、豪快なホームランが人気を呼んでいました。その一方で、内野ゴロでは全力で疾走しない怠慢なプレーも目立っていました。

 与那嶺選手は、それを何よりも嫌いました。フットボール仕込みの猛烈なスライデングは、容赦なく相手チームの野手を吹っ飛ばすのもしばしばでした。外野手としての守備範囲の広さ、左右に打ち分ける巧妙なバットコントロール、小学生の王貞治さんのボールにサインして、ファンサービスの大切さを教えた人でもあるのだそうです。

 その歴史の積み重ねが、イチロー選手を生んだのではないか、という論もあります。亡くなった与那嶺さんは、生前「イチローのようだ」といわれるたびに、顔をほころばせたと言います。

 話は変わりますが、曽野綾子さんが『自分の始末』(扶桑社新書)という著書を出されています。人生を楽しく畳む知恵が興味深いですね。
「まえがき」には、このように書かれています。

【「自分の始末」の意図するところは、実はたった一つ、できるだけあらゆる面で他人に迷惑をかけずに静かにこの世を終わることである。私たちは一瞬一瞬を生きる他はないのだから、その一瞬一瞬をどう処理するか、私はずっと考えて来た。】

 またまた話は変わりますが、四年前の「しあわせな人生の実現をサポートする人材養成講座」最後の集合講座の、それも一番最後に、ある会社の最高顧問(86歳)を入院中の病院でカウンセリングをした実話を話しました。43歳の若輩者のときの話です。その方は、10日後にお亡くなりになりました。
 その方がポロッと涙をこぼされ、「寂しい」という言葉が口をついて出たのは、カウンセリングをはじめて二時間も経った頃でした。
「今死んでも悔いはありません。覚悟は出来ています。しかし、生きてきた86年を振り返ると寂しくなります」
 少なからず慌てた若輩者の私の対応と、この話の私の講演を聞かれた、その後の様々な人たちの反応を具体的にお話しました。

 三度話は変わりますが、以前、スカイプでカウンセリングした人が、たまたまスカイプをつけていたので、通信してみました。以前、
「あなたの濃ゆい濃ゆい(笑)癖は、毎日私のブログにコメントを書き、皆さんのコメントも読み、自分に溶かし込んでいくことにより、癖が薄まり、個性として昇華していくのでしょう」
 と言った人です。こんなやりとりをしました。

【澤谷】どうですか? 何かありますか?
【Aさん】いやぁ、ブログの記事にコメントしたところなのですが、これが何ともですねぇ(苦笑)。
【澤谷】コメントを書くとき、自分が○で相手が☆だとすると、☆の相手を、○にいくら嵌めようとしても嵌らないのであって、自分の○を一端はずして、☆になってみる。そこに共感が生まれるわけだけれども、それをしないと水と油だね。
【Aさん】そうですねえ。わかっちゃいるんですよねえ。それなのに……。
【澤谷】葛藤っていう言葉があるでしょう? あれは葛と藤が枝がもつれからみあって葛藤ということなんだけれど、道元が如淨禅師に教わったのは、実は、葛と藤の枝ではないというんだね。瓢箪(ひょうたん)のつるは瓢箪に絡み合う、という。
【Aさん】よくわかりませんね。
【澤谷】自分が葛で相手が藤だと思っているけれど、それは実は、自分が葛とか藤とか、相手が葛とか藤じゃなくて、絡まっているものは、同じ瓢箪のつるなんだね。それを解くといったってそのままでもいいんだけれど、いい瓢箪がなるためなんだね。それも確実に瓢箪しかできない。それはコメントを書くということにもつながってくるんだけれど、御主人やお子さんとの縺(もつ)れがあるなら、いったん解いてきれいにしてみることでもあるのでしょう。生活の中で学ぶ訓練、その意識化がコメントなんですね。

 与那嶺選手もそんな毎日を生きたのでしょう。


澤谷 鑛 のカウンセリングは、コチラ…
澤谷 鑛 のセミナー/講演会情報は、コチラ…
コメント

ぞくぞくするほどの楽しさ
野球のことはほとんどわかりませんし
記事の中でいろんなお話が入れ代わり立ち代わり出てくるので
最後の結びのお言葉を拝見しても
結局何が言われているのか、よくわかりませんでした。

それで、よくわからないままに買い物に行く途中
自転車に乗らずに押して歩きながらゆっくり考えることにしました。

今年初めてのうららかな小春日和が本当に気持ちよく
ああ、春が来たのだなあと嬉しく感じました。


歩きながら、与那嶺さんのことを考えてみました。
戦後初の外国人選手だと言います。
敗戦を経験した日本人は複雑な気持ちで彼を迎えたのかもしれません。
アメリカ国籍の与那嶺さんご自身も、複雑な感覚をお持ちだったかもしれません。

そのような状況で、恐れることなく
日本人に体当たりするほどの勢いでプレーされたというのは
自分にはとてもできないことだと感じました。
そうして、ファンサービスも語り継がれるほど大切にされたと言われると
誰にもおもねることなく自分の信じるところを生き生きと貫かれる
屈託のない方、というイメージが膨らみました。

曽根綾子さんが書かれているように、
一瞬一瞬を、おそろかにされることなくしっかりと生きておられたのだ。
何ひとつ思い残すことがないほどに、周囲を大切にされながら
周囲を巻き込むほどに、充実した人生を生きられたのだ。
そう思うと、明るい日差しのぬくもりの嬉しさも手伝って
涙が出てきました。


最高顧問までお勤めになられた方も、どんなにか
素晴らしいお働きをしてこられたのでしょう。
恐らくは、これといった間違いを犯されたのでもなく
人間的に大きな問題があるというわけでもなかったのでしょう。

けれど人生の終わりに寂しいと感じるのか
最期まで喜んで生きられるのか
それを分ける何ものかが、人生にはあるのだと思いました。

それは、わたくしたちが思う以上にわずかな差
本当に微妙な差であるように感じます。
同じことを同じようにしていても、同じように努力していても
同じように他人から慕われ、同じように業績を上げてすらも
そのわずかな微妙な差が、人生の質や結果を
決定的なほどに大きく左右してしまうのではないかと思われ
怖いなと思いました。


猛烈に体当たりをして相手を吹っ飛ばしながらも
人気を博された与那嶺さんは
どこまでも自分とつながり相手とつながっておられたのではないでしょうか。

真似をして、自分も力任せに体当たりをすればいいというものでもないし
体当たりなどできないと怖がって優しくふるまっていればいいというものでもない。

答えは、そんなところには無いのでしょう。
そのどちらでもないところに、自分なりの答え
自分なりの選択、生き方を、見つけていくのだなと感じます。

微細な感覚でそこをとらえようと心を澄ませていく。
張りつめた細い糸が、共鳴して震えはじめる一点を探すように。

自分の思いを調え波動を調え、その整った波動で
目の前の相手の命が震えはじめる一点を探すのだと思います。
ぞくぞくするほどの楽しさです。
桜 美穂 [URL] 2015/03/17(火) 15:29 [編集]

桜 美穂さん。

これで三度目ですが、長いコメント返しを一回目に書き、期限切れで送信できず消えました。長いコメント返しを思い返してもう一度書くことができず、その旨伝えようとしましたが、やはり送信できず、期限切れで消えました。
このコメント返し、フェイスブックのチャットでも伝えますね。
澤谷 鑛 [URL] 2015/03/20(金) 09:04 [編集]

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