お伝えしたいことは「運命は改善できる」ということです。
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04/22
感動は伝えたい
                                           入江富美子

感動や経験、体験のために、本当は人は人生の時間を費やしていると思うのです。
でも、そのことよりも、その感覚を呼びおこしてくれる「わかりやすい」ものやことに、焦点を当てて、欲してしまうけど、本当に欲しいものは、心に感じる感覚だと思っています。だから、物質ではないけれど、そういう感動することを聞くと伝えずにいられないのですよねー。
へそは一度湧いたら、終わり、ではなくそこから、どう磨くかですから、私も一緒に磨かせていただく仲間ができて、最高にうれしいのです^^
カウンセリングやコーチング、セラピーなどの実際のスキルを通して、言葉にできない、なんとなくすごい世界を体感しながら共に共有し、自分に違いを生み出すことになると思っています。
同じ行動でも、仕事でも、理念、意図の「でどこ」でエネルギーは違うからです。
株式会社ニチイ(現・株式会社マイカル)の創業者である夫の西端行雄氏とともに商いの道を歩まれた、西端春枝さんは現在94歳ですが、やはり、そのお仕事に対する思いのでどこが素晴らしく、生き方の見本だと尊敬しています。ハァラでの講演もお願いしています^^
その西端さんと、先日夜9時まで一緒に食事をさせていただいたのですが、その後、原稿を書く、とおっしゃっていました。原稿用紙に5枚くらいっておっしゃっていましたが、そのパワーは、商い道のひとさまのために、という熱い思いから来ているのだと思います。
ニチイの理念は、社長自らの魂によって生み出されたものです。その理念とは、その信念に基づいたものでした。
「お客さま第一の精神のもと、店舗・商品・接客応対を通して、お客さまの願いを満たし、幸せな生活をしていただくために私たちが存在する」
自らのあり方を、明確にもち、それを自分や、仕事、会社の規律にされているのですから、理念には、西端さんという人間そのものの、思いが、会社の香りとなるのだと思います。
そして、その香り通り、良き方向に進んでいく。香りは、「縁」だと感じています。「縁」は自分ではよくできないし、作れないものなのです。
でも、あり方、生き方で、よい縁が与えられていき、開き、どんどんよくなる。へそで生きるとは「縁」という自分では扱えないものが、よくなっていくのだと今更わかってきたのです。それをどう使うか。。。。
「自分の夢(目標)だけのためなら、みたまは目覚める必要はない。自分の夢なら……それくらいならみたまが働かなくてもいい」
この自分の……というのが、「しい」だけの自分なのか、「たま」通り生きようとする「しい」である自分なのかで違います。まだまだ探求中です。
素晴らしい生き方の方から、これからもいろいろ学ばせていただきたいと思います。
私なりの学びを、こうして発信させていただきますね^^以下、とても素敵な記事がありましたので、こちらのブログより抜粋させていただきました。
http://www.kanjuku-hiraku.com/interview/116.html

株式会社ニチイ(現・株式会社マイカル)の創業者である夫の西端行雄氏とともに商いの道を歩まれた、西端春枝氏にお話を伺いました。著書「縁により縁に生きる」にも綴られる夫婦二人三脚で歩まれた歴史は奥深く、慈愛に満ち溢れるものでした。
「教育の場に必要なのは、子供たちの心に残る “言葉”を一言一句でも多く語り聞かせてあげることだと思います」。
ご主人とともに商いの道を歩むよりも前、教職に就かれていたこともある西端氏は、さらに「名言に導かれ、引き出しが増えることで、人はより強く、優しくなれる。そして日々出会いに感謝し、より有意義な人生を送れるのではないでしょうか」と話してくださいました。このお言葉には確かな説得力があります。

☆行商の日々に培われた絆☆

主人と2人で商売を始めたときは、間口1間、奥行き1間半の、それはそれは小さな店でした。場所は、今の天神橋筋四丁目辺りになります。
ご縁あって、叔母の寺から比較的近い場所にある小さな店の前をお借りすることができました。
それまでは夫婦2人で行商に出ていたのですが、毎日歩けども歩けども品物はさっぱり売れませんでした。
そんな状態が続いていた年末に、ある村を訪れたときのことです。
それぞれが商品を入れた風呂敷包みを抱えて2時間後、正午を期して二手に分かれたのですが、村は餅つきで一軒も相手にしてくれず、私はあきらめてすぐ戻りました。主人は2時間断られても断られてもまわっていたらしく、正午に戻ってきました。降り出した雪の中、分かれたときのままの荷物を持った主人は、傘を差し出す私の身軽な姿に売りつくしたと勘違いし、何ともいえぬすまなさそうな顔をしました。今も目に残る愚直そのままの主人に、心から尊敬の念を篤くして、「二度と主人にこんな顔をさせては妻の恥だ」と思ったのでした。その思いは、私の人生を大きく支えてくれました。

☆誇り高き商人であれ☆

「モノを並べれば売れるだろう」くらいに思っていた私たち夫婦は、今思うと商いに対してはまったくの素人でした。
朝は始発前から夜は終電が過ぎ行くまで店を開けてはいたものの、相変わらず物が売れない日々が続くばかりです。
そんなある寒い時季のことでした。
裸電球が大きく揺れていました。
終電から降りてきた仕事帰りのオジサンが、私たちの店の前でふと足をとめ、
「オッサン、わい、この灯見たら、ホッとするわ。明日もつけといてや」と言うのです。
そして、店の中でパッキンケースの中で眠っている2人の幼い子どもを見て、
「はよう寝させてやれ! 風邪引くやないか」と言いながら、新聞紙に包んだふかし芋を目の前に出してくださいました。
こうして私たちは、別に品物を買ってもらえなくても、温かい人情に囲まれ育てられていったのです。
そして、「お客様に喜んでいただかねば」と思いながらも、どうすることが喜んでいただくことかわかりませんでした。
そんな中、主人は商売に対する不安や悩みを、いつしか毎日のように隣の店の人に相談するようになっていました。
そしてあるとき、勉強会への誘いを受けます。
それが、商業界の礎を築いたといわれる倉本長治氏、新保民八氏、岡田徹氏らが講師を務めたゼミナールでした。
倉本氏は「店は客のためにあり、店員とともに栄える」との言葉を使い、商人倫理を説かれ、世の多くの商業者に多大な影響を与えた人です。
そして、夫は岡田氏の「小さな店であることを恥じることはないよ。その小さな店に人の心の美しさを一杯に満たそうよ」という言葉に、当時、深く感銘を受けたと申しておりました。
またこのゼミにはジャスコの創業者で現在のイオングループの基礎を作った岡田卓也氏、ダイエーの創業者である故・中内功氏も参加されていたのです。
私たち夫婦は無知がゆえに、思わぬ回り道をしてしまったかもしれません。
それでも主人は純粋に生きたいと強く願う気持ちがとても強かった人ですから、
「これからの日本を救えるのは、地域に密着した商人である」
「店に足を運んでくださったお客様に、私たち商人は無償の愛をもって接するべきだ」
という教えに強い感銘を受けたのでしょう。
涙をぽろぽろこぼしながら、ゼミで教わったことを夜を徹して私に話して聞かせてくれました。
その姿を前に私は、わずか2泊3日のゼミであれだけ人の心が動かせる……それこそが教育のあるべき姿なのだなと、感心させられたものです。

☆尽きない探究心と粘り強さが実を結ぶ☆

それからも日々、積極的に商売のヒントを探し求めていた主人はある時、
梅田の旭屋書店でお客が自分で商品を選んで手に取り、レジで清算してもらっている光景を目にしてピン! ときたといいます。
「これこそが、新しい時代に求められる商店のスタイルだ!」と。
後のセルフサービス導入のきっかけとなった出来事でした。
また、中崎町に行列のできる店があると聞き、駆けつけたところ、満面に笑みをたたえた特価買いを楽しむ多くのお客様を見て、よい品を安く提供する、当たり前の大切さをしみじみ気づかされたのです。
そして、日本にレジスターを広めたことで知られる日本ナショナル金銭登録機という会社(現・日本NCR株式会社)の功績を耳にした主人は、3ヵ月通いつめて懇願し、セルフサービスの原理やノウハウなどを学ばせてもらうことができました。
こうしてタオルやシャツやパッチなどを売る小さな衣料品店が、国内ではまだ未開拓だったセルフサービスを導入したとして、大いに世間の注目を集めることになったのです。
また私たちは、デパートなどを中心に美しい下着が出回るようになると、その商品価値に着目します。
そして、「世の女性に、美しい下着を身につける喜びを知ってもらいたい。一人でも多くの人にその魅力を伝えたい」との思いから、下着のショーを開こうと思い立ちます。
当時下着といえばメリヤスが主だったのをトリコットの生地で作ることで、格段にお洒落にもなりました。
当時、私たちのような商店街の片隅にある小さな一個人商店が一般のお客様を前に下着のショーを開くなど、誰が想像したでしょう。
当然、地元警察などの許可を得るのにも一苦労でしたし、モデルの調達から彼女たちの食事の手配などにも頭を悩ませました。
でもその結果、ショーは思いのほか大盛況でしたし、私たち夫婦にとってもいい思い出となり、大きな自信にもつながり、店も飛躍的に伸びていくのでした。

☆火にも焼けず・水にも流されず残るもの……それが、信念☆

ご存知のとおり、株式会社ニチイ(現・株式会社マイカル)は当初4社で合併し、後に38社の合併を経て成長した会社です。
私もゼネラルカウンセラーの職をいただき、社員の思想統一のために全店をくまなくまわったこともありました。ゆうに5年もの歳月を費やしたでしょうか。
生まれも育ちも違う者が合併することは、大変なことです。
主人はまず、今は亡き、元大阪府知事の左藤義詮氏に教わった言葉を己に厳しく言いきかせていました。
「我必ずしも聖にあらず、彼必ずしも愚にあらず。ともにこれ凡夫(ぼんぶ:普通の人。凡人のこと)のみ」。
凡夫に徹する、否、自覚することの大切さこそ、合併の成功へと導く精神であると信じていました。
主人は幼い頃に母親を亡くしていますが、祖父母や近くの人に温かく育てられてきました。
また、逆に生母を恋うる気持ちが強く、少年時代に優しい継母との仲を苦しんだ時期もあったようです。
こんな人生体験により、「“個”がしっかりさえしていれば、たとえ異質であってもそれらが集まったときに大きな力が出せるはず」との信念を抱いていました。
常に謙虚であること。そして、個を尊重することを大切に生きた人でした。

教育の現場に立つ先生方にも、ぜひ、信念をもって大切な教えを説き続けていただきたいと願います。
薫習(くんじゅう:習慣的に働きかけることによって、他のものに影響や作用を植えつけること)ですね。
今、目の前にいる生徒さん一人ひとりは、ご両親がこれまでどんな思いで育てられてきたのか……想像力を働かせてください。
その大事なお子さんをお預かりしているという意識を、なくさないでいただきたいです。
先生も一人の人間です。決してむやみに飾りたてたり、奢ることなく、もっと人として当たり前の姿・赤裸々な人間像を見せていいと思います。
そして、「いのち賜った喜び」、生きる価値、強さ、人生のロマンについて語り合える場を提供してあげられたら素敵だと思います。(失礼なことを言ってごめんなさい)
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