お伝えしたいことは「運命は改善できる」ということです。
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05/02
孫兵衛の話
                                  山口 悟(養成講座8期生)

引き寄せの法則にしても、絆の法則にしても、学んだからといって幸福になるものではないし、またどのような状態を幸福ととらえるかは、その人次第と云うこともある。だから、反省や感謝、賛嘆や赦しや解放という心の状況を生活に現し出すことこそが、最重要な視点であり、行動であるのである。出来ているかは、“汝の心に聞き、汝の行いを知れ”と云うことになる。

さて、澤谷先生もよく仏教的観点からその学ぶべき悟りを禅問答などの紹介から論点を導き出されることがあるが、江戸時代の次のような物語がある。

ある日のこと、十年来山に籠もって修業をするが、ついに得るところなく、修行をあきらめ江戸へ帰ろうとした僧があった。木曽の山中は起伏があり、その上慣れない山道、馬に乗ることにした。馬引きをする馬子は、孫兵衛という者。馬子だからいつしか誰いうとなく孫兵衛となっただけのこと。

この孫兵衛、険しい道になると馬の荷物を三分の一ほど自らが担ぎ、「親方。昨日の雨で今日は道がぬかるんでいるから気をつけておくれよ」そう馬に声をかけるのだった。何度もそのようなことがあったので、僧がわけを聞くと、「わしら家族は、この馬と一体です。この馬に食わしてもらっております。だから、親方と思っておるのです」ということだった。

なるほどと思いながら山道をいくと、今度は「お坊様、この先に清水がわいているところがございます。そこで一休みしてもよろしゅうございますか?」特別急ぐ旅でもない。僧は大きくうなずいた。その清水で孫兵衛は手水(ちょうず)を使い、たっぷりと馬に水を飲ませ、馬の前脚、後脚を洗った。清水の冷たさが気持ちいいのだろう。馬は、心地よさそうに目を細めた。

この間、孫兵衛はほとんど休まなかった。何のことはない。一休みというのは馬の一休みだったのである。

こののち、山道も下りとなり、そして街道沿いの粗末な藁葺きの孫兵衛の家の前にくると、馬の足音でわかるのか孫兵衛の女房が飼い葉桶を抱えて小走りにでてきた。そして、「親方、ご苦労さんでしたねぇ」と馬を撫でたのち、孫兵衛とともに僧に一礼した。その一礼を受けて、僧は孫兵衛以上に深々と頭を下げた。
僧は、10年修行して学び得なかったものを、一日にして学んでいた。
(『日本史泣けてしまういい話』より)

この物語、皆さんはどう理会し、どのように生活に生かすことが出来るでしょう。江戸の話のこと、“古い”といえばそれまでですし、現在のような便利な生活では学ぶべきことはなく“あわない”というのも良いでしょう。

しかし孫兵衛の“馬と一体”という言葉の心地よさや、自分はちっとも休まず“親方”に清水をたっぷり飲ませ、前脚、後脚を、汗を拭い、喜んで洗う姿が見えてくようです。私には、荒野を歩み、弟子たちの足を香油で洗うキリストのように見えてくるのでした。

僧は、孫兵衛夫婦に何を見たのでしょう。信・善・美とは毎日の生活にあるのでないか、そのような事を私は感じるのです。私たちが〝生きている〟ということ、そのこと自体が本当に尊く、楽しいことであり、誰かのためになることなのではないでしょうか。孫兵衛のように肩の力を抜いていきたいと思うのです。

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