お伝えしたいことは「運命は改善できる」ということです。
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05/25
どうする必要もないのです
                                 桜 美穂(養成講座8期生)

思い通りに行かない時、困ったことになった時、私たちはよく「どうしたらいいんだろう」と呟きます。
現状が何か、間違ったことになっているから、変えねばならない。なんとかしなければならないと当たり前のように固く信じて、疑わないのです。
でも、ここで考えてみて欲しいのです。当たり前のように信じておられることを、疑ってみていただきたいのです。

もし、何も、間違ったことなど起きていないとしたら?
すべて、最善なことだけが最善なように起きているのだとしたら?
なんとかしなければならないことなど、実はひとつも起きていないのだとしたら?

心がすべてを展開するというのなら、「なんとかしなければならない」という前提のもとに、「どうしたらいいんだろう」と呟き続ける限り、どうにかしなければならない現実が展開し続けるのです。
「どうしたらいいんだろう」「なんとかしなければ」と、呟くことでなんとかしなければならない状況を終わりなく作り続けながら、自分が展開し続けている状況の中で困った困ったと苦しみ続けている。
すべては、自作自演。言葉を変えて言うならば、すべて自分が好きで選んで体験していることなのだということに、私たちは、そろそろ、気付いてもいいのではないでしょうか。^^

人生の中で困ったことは、いろいろと起きてきます。
私も子宮筋腫の病気を持っていますし、主人の母は、今年、がんのために声帯を取りました。
私も義母も、自分で望んで病気になったわけではありません。しかしそれは、顕在意識での話であり、潜在意識は、顕在意識とは全く別に働いているのです。

声帯を取ってしまった義母を見舞った私の娘が、こんなことを言っていました。
「病室に入ったら、じいちゃんがおってばあちゃんの弟さんがおって、お母さんがおって、みんながばあちゃんを取り囲んで、手や足や背中をみんなでさすってる。なんか、いいなと思った。ばあちゃん、お姫さまみたいやなって思った。ばあちゃんは、“助けて”って言われへん人やから、あんなしてみんなに助けてもらわんといかん体になったんは、ばあちゃんのために良いことやったって思うねん」
私も答えました。
「そうやよね。最初から“助けて”って言えてたら、もしかしたらばあちゃんは、こんな病気にならなくて済んだかもしれんよね。でもこれも、ばあちゃんの人生なんだよね」

昨年の8月21日、友人らと梅田で遅い夕食を食べて別れた後で、面白い体験をしました。
終電に間に合うように駅に向かって歩きながら、私は道を間違えて逆方向に歩いていたことに気付いたのです。
その日は、朝から用事が重なり、一日中重い荷物を持って歩き続けていた日でした。もう、一歩も歩けないほど疲れ果てていました。
間違った道を引き返す間、暑さで汗だくになり、重い荷物を持ってふらふらで、でも、時間は終電ギリギリで、泣きたい思いでした。
ようやく駅に着いて無事電車に乗った時の嬉しかったこと!
ああ、ありがたい!
これで寝てても目的地へ連れて行ってもらえる! と思って目を閉じたとき心の中に、声が聞こえたのです。
「ようやくわかりましたか?」
その時、わかったのです。先ほどまで、重い荷物をしょって、泣きたい思いで必死で歩いていた自分。あれは、それまでの自分の人生の姿そのものだった。

筋腫を持ってはいてもなまじ体力があり、頑張ろうと思えば頑張れたから、それで私は頑張ってしまった。良かれと信じて疑いもせず、的外れの道をひたすらに歩んでいた。
誰かはわからない。しかし、私の心に話しかけてきたその声の持ち主は、私の自由意思をあくまでも尊重して、自分の判断や思いを手放して任せれば、すべてうまく行くのだと私が気付くまでずっと黙って待っていてくれていた。
苦しみに負けてはいけないと頑張り、抗い、どれほど戦ってきたことか。とことん限界まで苦しんで、もうだめだ本当に降参するその時を、エゴを手放すその時を、ずっとずっと待っていてくれていたんだ。と、だから、私はあれほどまでに苦しまなければならなかったのだと、そうしたことが、一気にするすると悟られたのでした。

どんな時にも、すべて必要なことが必要なように起きている。問題など、実はかつて一度も起きたことがなく、今もなく、これからも、起きることなどない。「なんとかしなければならない」ことなど、実は何一つないのです。
でもそれは、病気やトラブルに対して何の手も打たずに、ただ放っておけばいい、ということではありません。そんな話をしているのではないのです。

パソコンはすべて「0」か「1」かの信号で書かれますが、人生は、そのようなものではない。
「どうしたらいいんだろう」と言っている間は、白黒の世界しか見えない。しかし、「どうする必要もないのだ」とわかれば、そのトラブルから、学びを引き出すことができる。その課題を解決するだけではなく、人生そのものを、しあわせに向けて大きく大きく好転させる最大のヒントをそこから得ることができる。
そして、その時こそ、何をどうしたらよいのかがほんとうに見えてくる。その時こそ、白と黒との間に存在する無数の色、「0」と「1」の間ある無数の数の中から、最適な選択ができるようになる。

それを、お伝えしたいと思うのです。

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