お伝えしたいことは「運命は改善できる」ということです。
07 * 2017/08 * 09
S M T W T F S
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
--/--
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
06/22
「ふたつの自分」を楽しみながら生きていく。
                               桜 美穂(養成講座8期生)

師である澤谷先生に、ご相談したいことがありながら、なかなか勇気が出なくて、ぐずぐずしていたら、
「自然体で話してください」
と、メッセージを頂きました。
「自然体で」ということを、澤谷先生はよく言われます。

「自然体」

簡単そうで、改めて考えると難しいと感じました。
それは、何も取り繕わず、何も考えなければいい、というものかもしれませんが、では、何も考えなければ、それが本当に自然体なのかというと、必ずしも、そうとも言えません。
知らぬ間に、鎧を着たり仮面をつけたり、着ぐるみを着ているのに、気付かないということもありますし、そうしたことに気付きたくないから、何も考えずに「これでいいのよ~」と言っているのはただの逃げです。

「自然体」とは何かを知るためには、「自然」という言葉の意味を、もう一度確かめる必要があるような気がしました。
「自」は、おのれのこと。おのずから、という読みにも使われますね。
では「然」とは何か。調べてみると、こんな言葉が出てきました。
【「然(ぜん)」 そのとおり。そのまま。】
つまり「自然」とは、おのれのまま。自らの、そのとおりそのまま。という意味なのですね。
「そのとおり。そのまま。」という言葉をじっと見ていると、その文字が浮かび上がって、命を持って迫ってくるように感じられました。

「自分は、こういう人間である」
「これが自分だ」と思っているその「自分」は、果たして本当のお前なのか?
ほんとうに、生きたい自分が、あるのではないのか?
ほんとうに言いたいことが、あるのではないのか?
お前は、その自分を生きているのか?
お前は、本当に言いたいその言葉を、本当に言っているのか?

骨と身の間に刃を入れられて切り離されるように、「そのとおり。そのまま。」という言葉が、ほんとうの自分とそれ以外のためらいや恐れなど、表層のものをすっぱりと切り離し、自由になったほんとうの自分が、自分の心の奥で、ひとりでに動き出したのを感じた時、
「あ、今なら、なんでもお話しできる」
と心がすっきりと定まりました。

理屈によらず、努力によらず、たくらみにもよらず、ただ、妨げるのを止めるだけで、内側から、泉のように力強く、自然に湧きあがり始める「自分」というものがある。
この「自分」を見失わず、この「自分」の望みのままに従えば、決して間違うことのない、そんな「自分」というものがある。
不思議ですね。ほんとうに、不思議だと思います。
「自分」が、ふたりいるのです。^^

そして、どちらの「自分」が悪いわけでも、劣っているわけでもない。
両方の自分がコラボしてこそ、この味わい深い人生がある。
両方の自分があってこそ、なお、深いところにある本質、「ほんとうの自然体」に導かれていくのですね。

ふたつの、素晴らしい「自分」と楽しみながら付き合いながら、この素晴らしい人生を生きて行こうと思います。^^

澤谷 鑛 のカウンセリングは、コチラ…
澤谷 鑛 のセミナー/講演会情報は、コチラ…
コメント

桜 美穂さん。

「自然」という意味を確認されたのは、すばらしいですね。
【「然(ぜん)」 そのとおり。そのまま。】。しかりとも読みますね。
ところで「自」ですが、【おのれのこと。おのずから。】とふたつのことを言い当てています。【みずから。おのずから。】として考えてみるとわかりやすいでしょうね。みずからは、自分のこと。自分自身。とあらわれの自分を表現していますが、おのずからは、ありのまま、そのままの自分からわきあがるいのちの息吹きのようなものです。
桜さん。凄い凄味を感じさせるところにきましたね。
澤谷 鑛 [URL] 2015/06/22(月) 08:08 [編集]

ふたつの自分
この2週間、体調が悪かったです。
頑張り過ぎると、疲れてしまう躁鬱病になり、9年間悩んでいます。自分を受け入れてはいますが、頑張り過ぎると体が動きません。これには、訳があるのだと、自分で自分の姿を観れるところまで回復しました。振り子が大きいほど、人生は豊かになるそうですが、ふたつの自分を受け入れ頑張りたいと思います。家族や友達も、理解してくれています。
有り難いです。感謝しています。今、ちょうど鬱ぎみなんです。自然体でいたいです。ありがとうございました(⌒‐⌒)
藤 紗登子 [URL] 2015/06/22(月) 09:21 [編集]

澤谷先生
澤谷先生、コメントくださりありがとうございます。
意味を知らずに使っている言葉のなんと多いこと。
調べてみると、たいていの場合、新鮮なみずみずしい驚きを感じます。
ああ、こんな意味だったのかという感動なのですね。

感覚的にわかっているつもりでも、少し違う言葉での表現を見るだけで
すっと腑に落ちることは少なくありません。
これからも面倒くさがらず、調べていきます。

「みずから」「おのずから」、わかってきました。
深い喜びが湧きあがってきます。

そうだ、これを知りたかったんだ。
このおのずからの自分をこそ生きたかったんだと、
思考を超えて、全身全霊、命そのものが喜んでいるような気がするくらい
深いところから喜びが湧きあがります。
ここまで長かった。学び続けて良かったです。
桜 美穂 [URL] 2015/06/22(月) 16:12 [編集]

藤 紗登子さん
藤 紗登子さん

こんにちは。コメントくださりありがとうございます。

9年間ですか、長いですね。
そんな中でご家族やお友達に感謝しておられる藤さんの
豊かなお心が素晴らしいと感じました。

そして、自然体でいたいとおっしゃる藤さんのお言葉が、
心にしみてくるようにも感じられました。
お心の底から、発されたお言葉であるように感じられたのです。

今の自分は自然体でないとの認識がおありなのでしょうが
そのように認識できるということに凄さを感じます。
ご自身の中に完全に健康な本質がおありであるからこそ
今の自分は自然体でないとわかられるのです。

だからこそ、「自然体でいたいです」とおっしゃるそのひとことに
藤さんの溢れるお命、生命力を感じて震えるのですね。

こちらこそ、ありがとうございます。

また、コメントのやり取りをさせて頂けることを
楽しみにしております。

おしあわせを、心からお祈りしつつ。
桜 美穂 [URL] 2015/06/22(月) 16:23 [編集]

桜 美穂さん
ありがとうございます。嬉しいです。
昔は、どうして生まれて来たんだろう…って悩みながら生きて来ました。愛ってなんだろう?って、昨日も考えて泣きました。人は、生きたいからこそ、泣けるんだと思います。自然体の自分ってどんな自分なんだろう?ある人に聞きました。友達といる自分が自然体なんだよ~って教えてくれた人と出会いました。いつも 励ましのお言葉を頂き、ありがとうございます。 これからも よろしくお願い致します(^-^)/
藤 紗登子 [URL] 2015/06/22(月) 16:54 [編集]

こちらこそです。
藤 紗登子さん

「どうして生まれてきたんだろう」
「愛ってなんだろう」
それは、なんと真摯な問いでしょうか。

誰もがその答えを知りたいと
どんなにか願っているのですね。


それもまた、紗登子さんのご本質が
何ひとつ欠けることのない完成されたものだからこそ
湧き上がってこられる問いであるのでしょう。

本当は、その完成されたところを知っておられるからこそ
今の状態が不足していることを、お感じになれるのですね。
コメントのお言葉に、凄まじい命の流れを感じます。


その問いの答えは、自動販売機でジュースを買うようには手に入らないから
多くの人は、考えるまいとしているように私には見えます。

しかし紗登子さんのように、見るまい、感じるまい、考えるまいとしても
その問いから逃れられない方もおられる。

紗登子さんは、人生に、その答えを求めさせられておられるのかもしれませんね。
そのことの重大さ、貴さが心に迫ってきて
震える思いが致します。


それは、厳しい問いで、探しているとつらいこともいっぱいある。
ひとりで泣かれることも限りなくあるでしょう。

でも、求めさせられるのはその人を苦しめるためではない。
見つけられる方だから、答えられる問いだからこそ来ているのだと思います。

紗登子さんの魂の願い、命の息吹であるのです。
どうぞ、求め続けられてください。学ばれてください。
必ず答えを手にされます。


共に学ばせていただきたいですね。
ご縁に感謝です。私も、嬉しくてなりません。

こちらこそ、どうぞよろしくお願いいたします。
桜 美穂 [URL] 2015/06/24(水) 16:16 [編集]

管理者にだけ表示を許可する
 

トラックバック
トラックバック URL

Copyright © 2017 絆の法則 ~ 澤谷 鑛 オフィシャルブログ ~.
all rights reserved.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。