お伝えしたいことは「運命は改善できる」ということです。
09 * 2017/10 * 11
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
--/--
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
09/01
心のデトックスの裏づけ(前編)
                                    澤谷 鑛

 もう彼女に出会ってから、8年が過ぎたのでしょうか? 最初会ったのが、セミナーだったのか? カウンセリングだったのか? それも覚えていません。しかし、いつもフレッシュな感覚で生きている人なのだな、と感じていました。

 彼女にカウンセリングをしたこともありますが、何故か重要なところにくると逃げるような感覚を感じ、はぐらかされて先に進めない感じでした。

 父や母は先祖の入口です。今、生かされている私たちは、まず両親につながっているということを自覚することが大切です。その父母に感謝ができなければ、いのちのつながりである先祖への感謝はできません。それだけでなく、ほんものに出会うことが出来ず、必然的に出会ったほんものを表現せず、論理の上に、例えば、「1+1=2」のような表現にしかなりません。しかし、「1+1=2」のように抽象概念での表現は、論理上は間違いありませんが、ほんものを表現していません。おそらく、ほんものは、「林檎+みかん=青森で育った林檎と和歌山で育ったみかんで、長野で育った林檎とは味がどのように違い、また愛媛で育ったみかんとは味がこう違う」というような表現がありません。

 そう思って私が息子さんと娘さんのカウンセリングを要請したのか? 母親である彼女の願いだったのか? 今では覚えていませんが、カウンセリングしました。
 まず娘さんにカウンセリングしましたが、母親と同じように逃げる感覚に翻弄されました。娘さんのカウンセリングは、当時、中学三年生か高校一年生くらいだったと思います。

 息子さんは、レベルの高い大学に行かれている三年生の学生でしたが、誰とも打ち解けられない、ということが問題だといい続けました。
 驚いたのは、私がカウンセリングしている間に、以前カウンセリングした娘さんが、何度か様子を見にきました。大変心配そうに……。それが母親の指令なのか? みずからの心配なのか? そこらあたりはわかりません。
 息子さんは、いわゆる頭はいいのですが、どういうわけか思い込みの激しい人でした。思い込みの激しさは私自身もありますので、彼の気持ちはよくわかりました。
 しかし、私の気持ちは彼に伝わりませんでした。彼が思いこみを語ることで、無意識に母親のように逃げている、と感じました。

 その後、こんなことがありました。
 母親か二泊三日で名古屋の「ジャーニー」の研修に行き、帰りに名古屋から近鉄で大阪へ向う途中、携帯でフェイスブックに投稿しました。
「ジャーニーの研修は、すばらしいものだった。嬉しさがあふれ、喜びにみたされています」
 というような内容でした。私は、フェイスブックのチャットに、
「あなたが、そんなにのびのびといきいきと感動できるのは、お家にいるご主人や三人のお子さんが支えて下さっていればこそ、ですね。まず、ご家族に感謝ですね」
 というように書くと、こちらは、素直に当たり前のことを書いたつもりですが、彼女には、売り言葉に聞こえたのでしょうか? 
「妻や母親の役割など、大したことではない」
 という、まさに買い言葉の返メールが届きました。
 妻や母親を役割と言ってしまう感覚に、大いなる違和感を覚えました。
 買い言葉なのでしょうから、ほんとうの思いではないにしても、言ってしまって、潜在意識には罪悪感を溜めることになります。すると無意識の罪悪感は、すべての「願い」は現実になるのではなく、無意識の「幽霊」が現実化する、という真逆の引き寄せをする可能性があります。

 その後のことですが、彼女は低血糖症と診断され、低血糖症は精神のバランスを崩す可能性がある、といわれています。その頃、彼女の表現や発言に以前のようなフレッシュな生命力は潜め、大いなる違和感を覚えました。

 そんなことを考えていたとき、戦後70年のTV番組を観て、強い衝撃を受けました。それは、沖縄の少年兵のことでした。(つづく)

澤谷 鑛 のカウンセリングは、コチラ…
澤谷 鑛 のセミナー/講演会情報は、コチラ…
コメント

沖縄の少年兵。主人と一緒に観ました。
息子と同年代の子達が物資の運搬などではなく、有無を言わさず兵士になるための教育をされて戦場の真っ只中にいたという事実を知って、物凄い衝撃が走りました。

先日Facebookをみていたら、この世代の方々が戦争の語り継ぐ事をしなければならないとわかっているけど、ショックが大き過ぎて今まで思い出す事も口にする事ができなかったという事をきいて、70年経った今でもそのような思いを抱えて生きているんだなと心に突き刺さりました。
祖父母が戦争の事を話したがらなかった意味がわかりました。

つづきを楽しみにしています。

ありがとうございます(^人^)
はちみつ [URL] 2015/09/01(火) 08:23 [編集]

はちみつさん。

明日、つづきを掲載します。
それを読まれて、もう一度感想をいただけると嬉しいですね。明日、まとめてコメント返しいたします。
澤谷 鑛 [URL] 2015/09/01(火) 08:35 [編集]

澤谷さんが昔からよくいわれていた「いかに表現するか」のことかな、と読んでいましたが、「ほんものの探求」というものも出てきて、なかなか読み取るまはむつかしいぞ、と思いました。
カウンセリングにおける根本的なベース「親子の絆」も出てきますし、「家族の原点回帰」や「親族の絆」も出てきます。
人生そのものをかたっているのかもしれません。
澤谷さんが何を伝えたいのか? 明日のつづきを読んで、ふたたび考えてみます。
CAMELLIA [URL] 2015/09/01(火) 08:51 [編集]

CAMELLIAさん。

最初に出会ったのは、CAMELLIAさんが高校生のころで、私が学生でしたから、もう40年余りも前のことでしょうか? 長~いおつきあいですね。
是非、明日のつづきを読んで、また考えてみてください。
澤谷 鑛 [URL] 2015/09/01(火) 15:10 [編集]

必ず読ませていただきます。
感想もできる範囲で書かせていただきます。

はちみつ [URL] 2015/09/01(火) 15:14 [編集]

親は祖先と感謝の入り口、ほんものとの出会いの入り口
父母は先祖の入り口であり、まず両親とのつながりを自覚し感謝して初めて祖先に感謝ができるようになる。それができないかぎり、本物と出会うことはない。

養成講座に入ったばかりの時は、親子関係などまったく関係ないような事例の解決にまで、先生がいつも親子関係を持ち出されることに驚かされました。しかし今では、このように拝見していると、真実であると強く深く感じさせられます。

そして、「ほんものに出会うことができない」とはその通りですが、それは、必然的に出会ったほんものから「逃げている」ということなのだと感じられました。私自身の中にも逃げ回る思いがあるから、自分のこととしてそう感じたのです。

続けて、どうして、一般論にしてしまわなければならないのか。どうして、逃げなければならないのか。向き合うと何が起きるのか。を感じていると、そこには恐怖があるのだろうと感じました。

私の場合それは、本当は持っている両親に対する愛情を、自分で裏切ってしまっていた罪悪感を見つめられない恐怖だったのかもしれません。

ありがとうございました。
桜 美穂 [URL] 2015/09/02(水) 14:23 [編集]

管理者にだけ表示を許可する
 

トラックバック
トラックバック URL

Copyright © 2017 絆の法則 ~ 澤谷 鑛 オフィシャルブログ ~.
all rights reserved.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。