お伝えしたいことは「運命は改善できる」ということです。
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09/22
葛藤
                                    澤谷 鑛

年末(2007年12月27日)に 当時の澤谷 鑛 オフィスの事務局の桑名正典さんと打ち合わせをしました。
席上、桑名さんが、
「ブログのコメンテーターをやらせて貰っていて、自分の意見と食い違う場合があるときに言いたいと思うのですが、それは自らを押しつけることになるのかな、とも思うのです」
と言いました。
「桑名さん、その“葛藤(かっとう)”は大切です。皆さんと共に歩みながら自らの道を歩む、という自覚を持ったということですよ」
と私は言いました。

道元禅師の『正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)』には「葛藤の巻」があります。

聖者たちは、煩悩(ぼんのう)=迷いが藤蔓(ふじづる)のように絡み合っている心を浄化し、その根源を断ち切るために学ぶのですが、葛藤によって葛藤を断ち切ることを学びません。葛藤の本質がまつわりつくものであることを知らなければなりません。葛藤をもって葛藤につながるということを知る人は少ないのです。師と弟子がつながり続くことは葛藤なのです。では、葛藤とは何なのか。
先師如浄禅師は「瓢箪(ひょうたん)の蔓は瓢箪に絡み合う」といわれました。仏祖が仏祖に参究(さんきゅう)し、仏祖を悟るのです。仏性が仏性に共鳴し、以心伝心して、仏心が仏心を伝えるのです。

「葛藤の巻」のはじめには、このようなことが書かれています。
因縁因果を説く仏教にあって、因縁因果を超えた世界を示しているように思います。

どうもこれは、経験や知識をもとにあれこれと頭を働かせる「思考」の方法ではなく、浄土の荘厳(しょうごん)を明らかに見る「思惟(しゆい)」の方法を知らなければならないのでしょう。

例えば、「流れる不動」という言葉で「思惟」してみましょう。
「流れる」は動いていることですが、「不動」は動かないことです。正反対のもの、矛盾するものが心にひっかからないで理解されることです。「流れる」と「不動」がそのままひとつとして理解されるということです。
昔の日本の哲学者が「絶対矛盾の自己同一」という言葉だった、と記憶していますが、使いました。『維摩経(ゆいまきょう)』によくある「不二門(ふじもん)」といわれるふたつがふたつでなく、不二である、ひとつである、と理解されるものです。

芭蕉の俳諧の研究に使われる「不易流行(ふえきりゅうこう)」「流行不易(りゅうこうふえき)」なども近いのかも知れません。
不易流行――永遠に変わらないものを求めると次から次へと新しいものを創造する――風雅の誠を責めるものは新しみを求める、と言います。
流行不易――新しいものを求めると永遠に変わらないものにつきあたる、と言います。「不易流行」の句と「流行不易」の句があるわけですが、表現はまったく別の経緯でなされます。しかし、「不易」と「流行」は不二であると言えます。

さて、『正法眼蔵』の「葛藤の巻」は、ブログのコメンテーターの本質を浮き彫りにする達磨(だるま)大師と門人四人・慧可(えか)・道育(どういく)・尼総持(にそうじ)・道副(どうふ)の問答に入っていくのですが、そのことは説明せずに桑名さんにはコメンテーターの本質を伝えました。(つづく)

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コメント

葛藤がほどけ(仏)る
葛(あなた)と藤(わたし)の絡みが仏(ほどけ)ることは。対極が何の引っ掛かりもなく理解できること。

引っ掛かるというところに。
自分に溶かし込めない何かがあることが浮き彫りになってくる。

あなたはあなたでいいんだけど。
あなたがあなたでいいように。
自分は自分のままでいうんだ。

ということ。

自分のままでいいというのは。
我儘でいいのではなくて。

相手を溶かし込もうと葛藤し
調和を探ろうとする過程がそのままでいいということかなと思いました。

朝の座禅を丁度、終えたところでした。
皆様も素晴らしい1日をお過ごし下さい。















葛(あなた)と藤(わたし) [URL] 2015/09/22(火) 06:24 [編集]

愛と自由
自分が愛になると、葛藤って自分の中から無くなって、自由になりますね。

わたしの経験です(^^)v
丹前華子 [URL] 2015/09/22(火) 07:34 [編集]

葛(あなた)と藤(わたし)さん。

最近、「光を聴き 風を観る」ということをよくいうのですが、現実に、光は聴けないし、風は観ることは出来ません。しかし、人生という時空間は、その一歩奥と出会うことによって、大いに学びを深めるのだとも思います。
葛(あなた)と藤(わたし)さんも学びを深化させておられますね。
澤谷 鑛 [URL] 2015/09/22(火) 08:48 [編集]

丹前華子さん。

その通りですね。よくわかります。
体験されたことを通して、学びを深めておられますね。
澤谷 鑛 [URL] 2015/09/22(火) 08:51 [編集]

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