お伝えしたいことは「運命は改善できる」ということです。
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10/08
残りの命の使い方(前編)
                   相川 慎吾

「あなたの心臓はあなたが思っている以上に悪い状態です。今より悪くならないように頑張りましょう」
今から9年半ほど前に言われた、医師のこの一言で僕の人生は変わった。

体力には自信があり、大きな病気には無縁、働き盛りの38歳だった僕は仕事が第一だった、
「上へ上へ(出世)」を目指して不眠不休で頑張る典型的な日本のサラリーマンだった。

体調の異変を何となく感じたのはその前年の夏くらいからだった。
重い荷物をもって歩いたり、急ぎ足で歩くと息切れが止まらなくなる。
そのうち、何もしていない状態でも息苦しく感じることが増えてきた。
多くの人がそうであるように僕も「気のせいだ」とその不安に蓋をしてしまった。

年が明けてもその症状は止むどころか回数が頻繁になってきた。
35歳から毎年2月に人間ドックに行くことを習慣化していたことを理由に病院に行くのを先送りにした。
そして2月、人間ドックの問診で対面した医師は、
「あなたの心臓はこんなに大きい!絶対に心臓に異常があるから明日、病院に行きなさい!」
と言われて、受信した病院で言われた医師のひと言が、冒頭の言葉だった。

2週間後、「検査と薬の調整」を理由に入院をした。
様々な検査を繰り返した後、医師から馴染みのない病名を告げられた。

「特発性拡張型心筋症」

病院の売店に置いてある家庭の医学書などには載っていない病名ゆえ、僕は入院生活を前向きに過ごした。
しかし、妻は帰宅後にインターネットで病気について調べて以来、1ヶ月にわたり一睡もできなかった。(と後日、知った)

薬やリハビリの効果も感じられなかったこともあり、1ヶ月で半ば強引に退院した。
帰宅してPCを開き、メールをチェックした後、ふと自分の病気について調べて愕然。
当時の厚労省のデータによれば、5年後の生存率54%、10年後の生存率36%とのことだった。
現在は薬などの質も向上して10年後の生存率は76%に上がっているが、この時には、
「もう自分は死んでしまうんだ。」
と絶望に近い状態だった。
以来、一人で家にいるのが怖くなった。突然死の要因でもある不整脈などで倒れたら? など悪い想像ばかりが頭の中に浮かんだからだった。
このままでは……と考えている時、ふと長期不在をする挨拶に伺った際にあるお客様が話をされていた鍼灸師の先生のことを思い出した。
入院中にたまたま「気功で難病などが奇跡的に治癒した」というテレビ番組を見たこともあり、「現代医学では治せない病気なら、他の方法をダメもとでも試してみよう。」と思い、そのお客様に手紙を書いて鍼灸師の先生を紹介いただくようにお願いした。

そして、2006年4月2日。その妻子とともに鍼灸院を訪ねた。
それが師との初めての出会いだったのです。

中に入り、問診をされた後、早速の鍼治療をしていただいた。
30分弱だっただろうか。治療を終えると師は仰った。
「ちょっと歩いてごらん。」
立ちあがって歩いてみてびっくり! 何だか心臓が軽くなった気がしたのだった。
まるで魔法をかけられたかのようだった。

待合室に戻り、師は私に向かって仰った。
「あなたは治したいと思うの?」
「はい。しかし、大学病院の医師は“もう、これ以上よくなることはない”と……」
と申し上げると、優しく微笑みながら言われた。
「あなたが治したいと思うなら、必ず治る。私はその環境を整える手伝いしか出来ないが、一緒にがんばろう。」

明確な理由はないが、会社を無期限で休職させていただくことにしていたこともあり、週に3日、登院することにした。
きっと師の言葉が私たち家族にとってこの2カ月で聴いた唯一の前向きな言葉だったからだろう。
帰りの車中で魔法は解け、逆に身体がダルくなったが、回数と日数を重ねていけば、この魔法が解けなくなるんではないかと思った。

もちろん、その日から順調に回復したわけではない。
登院しだして2週間後、ベッドに入った後に呼吸困難に陥り、妻に救急に連れて行ってもらったこともあった。それは身体の以上ではなく、「不安」からくるものだった。
その翌日、師にそのことをお話しすると「呼吸とは先ずは吐くことが先で吸うことを先に意識したら誰でも苦しくなる。」と説かれた上で「そういう時は夜中など何時でも構いませんので、私の自宅に電話をしてください。」と言われて、胸の中が少し楽になった。

4月の終わり頃、つまりは登院し始めてまだ1ヶ月にも満たない頃、治療をしながら師は訊かれた
「あれ? あなたはいつから来ているんだっけ?」
「4月2日からです。」と申し上げると
「ええ、じゃあまだ1ヶ月も経っていないのか。そうか、良かったね。あなたは3ヶ月できっと良くなるよ!」
と言われ、涙が溢れてきた。
突然、真っ暗闇に放り出された私たち家族に一筋の光が見えた瞬間だった。

その後も週に3日。片道1時間半をかけて登院した。
しかし、師から勧められた本を読んだりしていたので、苦にはならなかった。
予約制ではない治療院ゆえ、長い時間待つこともしばしば。
しかし、不思議と私の後には患者さんが待っておらず、治療後に師からお話をお聴きしたり、ヨーガの個人レッスンをしていただく機会に恵まれた。
時間と共に私の身体だけではなく、心も変わっていった。

そして6月。
師の予言通り、病院の検査結果は医師も驚くほどに良くなった。
そして、私は職場に復帰する決意をしたのだった。

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コメント

どきどきわくわくで拝見いたしました。
相川さん、こんにちは。ご投稿拝見いたしました。
そんなご体験をされていたとは。
大変なところを、通られたのですね。

不安から呼吸困難になられたこと。
そのご経験も、回復の途上においてなくてはならない過程のひとつであられたのだろうと、
そのようなデトックスを起こさせる相川さんのお命の力に震えました。

人の治ろうとする揺れ戻しの力も、その力が発動することも
なんと凄いのだろうと圧倒される思いがしました。

またそれを落ち着いて解き明かし、相川さんのご病状も、おそらくはご存在そのものも大きく受け取ってご指導くださる、素晴らしい師とつながっておられるのですね。
それも、相川さんに大きなお役目があってこそだと感じます。

後編が楽しみです。

ありがとうございました。

桜 美穂 [URL] 2015/10/09(金) 10:48 [編集]

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