お伝えしたいことは「運命は改善できる」ということです。
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つなぐ(2)
               はちみつ(養成講座4期・5期・6期)

広島と長崎の原爆資料館や県内にある国立歴史民俗博物館では、戦争に関しての書物や資料は観たことがある。

「このお米一粒が日本の明日の力になる」というようなことが書いてあるポスター。
兵隊さんが実際に担いで戦っていたという銃の重み。
原爆投下時間に止まったままの柱時計。
沖縄戦で女性や子供が自決する写真。
闇市の模型で靴磨きをする息子より小さい子の人形。

これだけ悲惨なモノや資料を目の当たりにしても、私は酷いなと思いつつどこか他人事のような感覚があって、本当の意味では感じとれていなかった。

シベリアに出兵して辛い苦しい体験をしていた人が身近にいたんだとわかって、初めて危機迫るものがあった。

平和ボケもいいところだ。

そんなことを考えていたら、ふと思い出した事が……。
おじいちゃんがおばあちゃんに、戦地から送ったラブレターの事を。
そのラブレターはおばあちゃんが亡くなった時、おばあちゃんのベッドの下の隅っこの方にあったそうです。誰の目にもふれないように……
おじいちゃんとおばあちゃんだけの秘密のお手紙のように。

ラブレターは切れてる所もあって、おばあちゃんは何回も何回も何回も読み返しては心の支えにしていたのでしょう。

ラブレターを読んだお母さん。残念ながら内容までは教えてくれなかったけど……
「あの世にいるおじいちゃんとおばあちゃんは、今もラブラブかね~。読んでる私が恥ずかしくて赤面してきたよ(笑)」
「だろうね。ラブラブじゃなかったら、9人も子供つくらないんじゃないの?( ̄▽ ̄)」

お母さんは“ラブレター”と表現していたけど……実際、いつ自分の身に何が起こるかわからない人が、
「みんな元気か? 俺も元気でやってるぞ」
みたいな社交辞令的な手紙を書いて送るわけがない。
書いても届くかどうかもわからないし、書いた相手が無事かもわからないし、一番に自分の命がこれから先、無事なのかもわからない。

自分の全てからしぼり出す、命の叫びの声だったのでしょう。

寂しい思いをたくさんしてきたお母さんだけど、青空の向こうにいるおじいちゃんとおばあちゃんの愛情を再確認できて、嬉しかっただろうな~(^^)

おじいちゃんが出兵する時は、たしか鉄工所を営んでいて、既に3人子供がいて、身体もそんなに強くなかったと聞いていました。
そんな状態で戦地に向かわなくてはいけなかったおじいちゃん。どれほど心苦しかっただろう。最後の別れだと思っていたんだろうね。
子供3人抱えて、おばあちゃんは生きていけるのだろうか心配だったよね。
おばあちゃんだって同じ。
伯父さん伯母さん達だって同じ。
出兵する時を想像してみるだけでも、私の胸も張り裂けそうだよ。

お母さんの話によると、おばあちゃんはめっちゃ美人さんでおじいちゃんが亡くなってからも再婚話もあったみたいだけど、おじいちゃんへの愛を貫いたんだね。
きっと、戦場からのラブレターを読み返しながら……。

お互いに生きているのか、死んでしまっているのかわからないような中でのお手紙。
お手紙が手元に届いた時の安心感。
おじいちゃんとおばあちゃんは、どれだけ涙を流したのかな?

そうか。出てこないように心にがんじがらめに鎖をかけて、カギをかけていないと、生きていけなかったのかもね。
辛くて辛くて、辛さも限界を超えそうになるけど、でも頑張らなくちゃいけなくて。
そんな限界を超えた思いで書いたお手紙。

おじいちゃんとおばあちゃんに心の底から、私の全部で、
「頑張ってくれて、本当にありがとう。命を繋いでくれて、本当にありがとう。」
って、伝えたい。

おじいちゃんはシベリアから家族の待つ家に戻って来られたんだけど、たしかおばあちゃんから小さい時に聞いた記憶がある。
「おじいちゃんは戦地から帰って来られたんだけど、申し訳ない気持ちでいっぱいで帰って来たんだよ」
って。 その時は小さくて意味がわからなかったから、
「何で? みんなに会えてうれしいに決まってるよ、おばあちゃん!」
なんて思っていたけど。
勿論、うれしいに決まってる。生きている事さえ奇跡なんだから。だけど生きることの意味さえもわからないくらいの環境と精神状態だったのでしょうね、きっと。

そんなことを思い出したら……おじいちゃんがどんな思いで生きて生きて生きのびて命をつないでくれたのかが知りたくて、同じ境遇にあった方が書いた「シベリア拘留者体験記」をネットで拝読したよ。
想像を絶する世界なんて言葉さえも軽々しいくらいの体験。

おじいちゃんやおばあちゃんが、戦争の悲惨さを自分達の体験を次の世代に伝えなくちゃとわかりながらも思い出すのが辛くて苦しくて、伝える事ができないという思いがショックと共に伝わってきた。

戦争って、なんなんだろうね。(つづく)

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コメント

澤谷先生、絆の法則のブログをご覧の皆様、おはようございます!

昨日に引き続き『つなぐ』をお読みいただきありがとうございます(^人^)

うちは主人と息子と私の母親と4人家族です。
今朝も無事に家族を送り出すことができました。

この“当たり前”ではなく“有り難い”朝が迎えられたことに、そして“当たり前”ではなく“有り難い”平和な日常を送れていることに、心から感謝致します(^人^)

明日も『つなぐ③』を掲載していただきますので、宜しかったらご覧ください。

ありがとうございます(^人^)
はちみつ [URL] 2015/10/29(木) 09:04 [編集]

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