お伝えしたいことは「運命は改善できる」ということです。
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11/10
「唯だ心だけが存在する」が心は迷う
                        澤谷 鑛

 唯識思想は、紀元三世紀頃にインドで打ち出された古い思想です。
 仏教学者・横山紘一立教大学名誉教授は、唯識思想を「科学性と哲学性と宗教性の三面を兼ね備えた、世界でもまれな思想」といわれています。

「唯だ心だけが存在する」という唯識ですが、心はグラデーションであり、澄み切ったところからどろどろに濁ったところまであります。
 道元のいう「仏向上心(ぶっこうじょうしん)」などは、澄み切った心であり、「仏向上」という完成されたものが完成されたままに拡大向上を遂げるおのずからに出会います。
しかし、心は迷います。迷うと苦しみます。なぜ苦しみが生じるのでしょうか?

 生きていることの苦―「生苦」
 老いの苦―「老苦」
 病気の苦―「病苦」
 死の苦―「死苦」
 この生・老・病・死を四苦といいます。
困難に出会うと「四苦八苦する」といいますが、愛別離苦(あいべつりく・愛する人とも別れる苦しみ)・怨憎会苦(おんぞうえく・会いたくない人とも会う苦しみ)・求不得苦(ぐふとっく・ほしいものが得られない苦しみ)・五陰盛苦〈五蘊盛苦〉(ごおんじょうく(ごうんじょうく)・身心の苦悩)の四つを加えて、八苦となり、「四苦八苦」は仏教用語に由来があります。

 人生には様々な苦しみがありますが、生きていることの苦を考えてみます。それは自分と他の人との対立から生まれる苦しみです。父親との関係、母親との関係、両親をどのようにみているか、をはじめ、憎いと思う人間関係には自分との対立があり、相手も自分も苦しむ結果になります。しかし、自分という意識がまったくなかったら、対立などなくなります。苦しみのひとつは、「自分」への執着からということになります。

 もうひとつの苦しみは、求不得苦に象徴される「もの」への執着からの苦しみです。この「もの」には、財物やお金などの「物」質的なものから、愛する者、憎む者などの「者」、また地位や名誉というものまであります。それらの「もの」への執着は、苦しみを呼びます。
「お金が欲しい」「立派な家に住みたい」「昇進したい」「出世したい」と願う、願いや思いが実現しないとき、苦しみが生じます。

「自分」も「もの」も、心の中にしか存在しませんが、それに執着するところに苦しみが生まれるのです。

 心の中に「感覚」と「思い」と「言葉」で様々な影像が織りなされるのですが、唯識で説く八種類の「識」=「心」があります。八識といいますが、眼識(げんしき)・耳識(にしき)・鼻識(びしき)・舌識(ぜっしき)・身識(しんしき)・意識(いしき)・末那識(まなしき)・阿頼耶識(あらやしき)の八つをいいます。そして、この八識は四つのグループに別れ、それぞれ別のはたらきをします。

① 五識(眼識・耳識・鼻識・舌識・身識)――五つの感覚。それぞれ固有の対象を持つ。
② 意識―― 1.五識と共に働いて感覚を明瞭にする。
      2.言葉を用いて概念的に思考する。
③ 末那識――深層に働く自我執着心。表層の心が常にエゴで汚れている原因になる。
④ 阿頼耶識―― 一切を生み出す可脳性を有した根本の心。
(『やさしい唯識~心の秘密を解く~』横山紘一著・NHK出版)

唯(た)だ心だけが存在する。唯識思想は仏教でありながら科学、哲学、宗教の三面を兼ね備えた、世界に通用する普遍的な思想である。不可思議ともいえる心を、深層から観察・分析し、その秘密を解き明かした唯識。混迷の時代といわれる今、迷いから悟りへ、混迷から平安へ必ずや導いてくれるだろう。
(『やさしい唯識~心の秘密を解く~』横山紘一著・NHK出版)

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コメント

澤谷先生、おはようございます!
今日の先生と入江さんのご記事、表現方法こそ違えど、おっしゃっていることは同じなのですねO(≧∇≦)O
11月28日のジョイント講演会が 楽しみですね。
あいかわ ゆき [URL] 2015/11/10(火) 07:02 [編集]

あいかわ ゆき さん。

おはようございます。
視座・視点を見極めなくてはなりません。こころのあらわれと実在とは、まったく別の位相なのですね。しかし、智慧でみてとれるのでしょう。
11月28日のジョイント講演会がほんとうに楽しみです。
澤谷 鑛 [URL] 2015/11/10(火) 07:07 [編集]

「こころのあらわれと実在とは、まったく別の位相」。
心には、影や闇のように、実際に存在しないものまでつくりあげる力があるのですよね。まだまだ、勉強しないと^^ 
ともあれ、今朝の澤谷先生と入江さんのご文章を拝読したおかげで、著作への「自我執着心」が、ぱ~~~っと晴れていって救われました☆ ありがとうございます*^^
あいかわ ゆき [URL] 2015/11/10(火) 09:12 [編集]

あいかわ ゆき さん。

そうなのですね。入江富美子さんの『へそ道』は、「たま」と「しい」で明確にしていますね。
澤谷 鑛 [URL] 2015/11/10(火) 09:17 [編集]

四苦=36 八苦=72 足して108 
これが煩悩の数といわれてます。
しかしながら、煩悩即菩提でのあり方を気付いていく美学が、あるのが、釈迦も達磨も修行中の中に。
井上暉堂 [URL] 2015/11/10(火) 09:19 [編集]

井上暉堂さん。

面白いゴロ、いやいや数合わせですね。
なるほど。煩悩になる。しかし、煩悩即菩提、ということは、四苦八苦、煩悩というのはもともとなくて、ないから即菩提といえるのですね。
だが、無駄ではない。それは、人生に無駄はないということですね。
澤谷 鑛 [URL] 2015/11/10(火) 09:27 [編集]

なるほど〜。
心の中のバームクーヘンは、何層にも重なって複雑怪奇ですね。

突然ですが…
先生はどうやってバームクーヘンをいただきますか?
普通は包丁で何当分かにカットしていただくお皿にのせてフォークでいただくと思うんですが、私はお行儀悪いですけど、小さい頃から外側の一層目から皮をはがすように少しずつめくって食べるのが好きです(笑)

話はそれましたが^^;

バームクーヘンも実際作ると本当に手間ひまかかるけど、手間ひまかかるから出来上がりは愛おしいし味も格別になります。
心のバームクーヘンもこうして一層一層重なっていると考えると、本当に楽しいですねd(^_^o)

心をバームクーヘンみたいだって仰った山口さん、凄いですね〜!
先生が仰ってた人間の原点回帰も、一層一層めくっていくと真ん中に辿り着けますね。

ありがとうございます(^人^)
はちみつ [URL] 2015/11/10(火) 09:31 [編集]

はちみつさん。

唯識で山口 悟さんのバームクーヘンを思い出すなんて、凄い凄味!(笑)よくよく学んでおられますね。
養成講座の来期は、唯識に迫り、学びを深めますよ。ご主人とご一緒にどうぞ。
澤谷 鑛 [URL] 2015/11/10(火) 09:38 [編集]

ありがとうございます(^人^)

不快な感情と向き合う時、頭の中にバームクーヘンが登場します。
食いしん坊の私にはぴったりの考え方です(笑)。
はちみつ [URL] 2015/11/10(火) 13:59 [編集]

はちみつさん。

不快な感情にバームクーヘンが浮かぶというのは、過食によるデトックス(笑)、というよりも、こころの研究ですね。
澤谷 鑛 [URL] 2015/11/10(火) 14:06 [編集]

一切 唯心造ともいいますね。
井上暉堂 [URL] 2015/11/10(火) 14:16 [編集]

井上暉堂さん。

そうなんですね。
澤谷 鑛 [URL] 2015/11/10(火) 14:27 [編集]

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