お伝えしたいことは「運命は改善できる」ということです。
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11/12
イヤイヤ心とダンスを踊る
                   佐原幹春

みなさん、こんにちは。
今日は、誰の心の中にも存在するイヤイヤ心との付き合い方についてのお話しです。

先日、夕食の後に小5になる娘が「あ~。もう嫌や~」と唐突に言い出しました。
「ん? どうした?」
と聞くと、
「明日も学校やろ、帰ったらすぐ宿題やろ、その後ピアノやろ。チャレンジやろ。もうなんか全部嫌や~」
とのこと。
詳しく聞くと、特に学校やピアノで嫌なことがあるわけではなく、スケジュールに追われる日々に嫌気がさしてきたようです。
「そっかー」と、ちょっと感慨深く思いました。
5年生でこういう感覚が出て来るのか。
あと数年したら盗んだバイクで走り出したり、校舎の窓ガラス割って回ったりするんやろな……。とはもちろん冗談ですが(笑)。

「そっか~。嫌か~。分かるわ~。それやったら、ととも、もう仕事嫌やわ。」
「のんも嫌やわ。もう行かへん。もう全部やめたい。ぜ~~んぶ。嫌になってきた。」
「おう、そうか~。それやったら、ととも、もう明日から仕事辞める。もうぜ~~んぶ辞める! あ~。嫌や嫌や。」
ちょっと悪ふざけしてみました。
「そんなんやったら、ちゃ~ちゃん(お母さん)もやめる! もう御飯作るのやめる。掃除とか嫌や!」
嫁も乗ってきた……(笑)。

娘はまだ続ける。
「あ~嫌や。嫌や。嫌や。嫌や。」
しばらく3人で、嫌や嫌や、と言い合いました。
「じゃあ、のん、寝よか。布団にゴロンとなろ」
布団に入るように促す。
下の娘は特に嫌なことが無いようだが、一緒に3人で横になる。

「のん。その嫌な気持ちと一体化して。思いっきりここで表現してみ。ええか。ととがやってみせるからな。見とき。」
そう言って横になったまま心を静かにして、自分の中の嫌だと言っている感覚に意識を合わせ、そしてそのエネルギーに身体を使わせる。
「……。う~~~。しゃ~~~。ふぁぁ~~。」
身体を力ませて、顔をしかめて、ぐぐぐぐぐとイキんで、
「いやや、いやや、いやや」
そう言って布団の上をゴロゴロ~と転がりました(40歳、父です……(笑))
すると娘も「嫌や~。」と言って、ゴロゴロし始めました。
「シャ~~」と怒ったケモノみたいな声を出しながらお互いに戦ったり噛み合ったり。
そしてしばらくして、バカらしくなって寝ました(笑)。

それから数日が経ちましたがその後、娘の口から「嫌や」は出てきておらず、機嫌よく学校にもピアノにも行っているようです。

【フレッセンエネルギーの運用について】

私達の心には様々な自分がいます。
学校に行って宿題して良い子でありたい自分。友達と楽しみたい自分。ピアノを上手くなりたい自分。秩序を守りたい自分。
そういった社会の中で認められる自分もいれば、「もう全部嫌だ!」というような社会化されていない獰猛な自分も存在しています。
それも真実の自分です。

そういった社会化されていないエネルギーを心理療法家のS・ギリガンは『フレッセンエネルギー』と呼びました。
要するにロックミュージックやパンクが代弁しているエネルギーですね。
「もう全部嫌だ。行きたくない。全部止めてやる。全部壊してやる!」
そんな気持ちが誰しも時折、腹の底からムクムクと湧き上がり、何かへと駆り立てます。
その気持を我慢して抑圧して頑張るのが良いことだと思われるかもしれません。
みんなそれを我慢してやってるんだ。それこそが努力なんだと、そう思われるかもしれません。

ですが、この戦略はあまり上手く行かないのです。
自分の中の生命力の現れであるフレッセンエネルギーを、理性と我慢で抑えて頑張るので、
フレッセンEーー→☓←ーー理性と我慢
とぶつかり合うことになります。

衝動を抑えることに大半のエネルギーを使い果たし、その残りのエネルギーで勉強や仕事をすることになります。
ですので使えるエネルギーが小さいのですね。
人生の旅も、あまり遠くまでは行けません。
下手すると心が固まって無感覚になったり、うつになったりします。
では、どうすれば良いのか?

フレッセンエネルギーに表現を与えて、変容させるのです。
今、子供とのやり取りで見てきたように、まずその衝動は「嫌だ~!」と言葉に表現され、そして受け止められました。
更にお互いが「嫌や!」と言い合うことで、それは冗談に変わっていきました。微妙にエネルギーの変容が起こっています。
そしてゴロゴロしたり戦ったりすることで、身体表現に変わっていきました。
そのようにして、フレッセンエネルギーは抑圧されることなく表現が与えられ、一通り暴れると発散されてまた秩序が取り戻されていきました。
これは自分の扱いをマスターする上での大切なポイントです。

私たちは大人になると義務や責任をたくさん引き受けることになります。
そんな中でも心が死ぬことなく、活き活きとご機嫌に自分自身でいられる人達がいます。
子供のようなフレッシュな生命力を余すこと無く仕事に注ぎ込める人がいます。
そういう人はフレッセンエネルギーを我慢で抑圧したりしないのです。
フレッセンエネルギーに豊かな遊び心を加え、表現を与え、エネルギーの質を変容させて自分の仕事に再利用していくのです。
これが、エネルギーの運用の勘所です。

ギュッと身体を固めて真面目に我慢して進むよりも、フレッセンエネルギーに歌を謳わせダンスを踊らせ、仲良く一緒にご機嫌で進んでいく。
長期的に見ると、人生の旅はこちらの方が遠くまで行けます。
それは、自分の内側の真実と外側の役割とが調和した道です。
抑圧の無い素の自分自身でいながら、社会的でもいられる。
そういうことがどの程度まで可能であるかは今その人が生きている社会の枠組みによるかもしれませんが、フレッセンエネルギーという自分の中の真実を、出来る限り隠さずに生きようとする中に、我慢とも諦めとも違った第三の道があります。

【大人になるということ】

私達(1970年代生まれ)の青年期には、フレッセンエネルギーを抑圧して我慢して責任を果たすことが大人になることだと思われていましたし、教育とはそういうものでした。
でも、それは違うのではないか、と私は思っています。

実際に大人になって社会に出てみると、フレッセンエネルギーの抑圧を頑張ってきた真面目な人たちほど、
「創造性が無い!」
「もっと主体的に!」
「もっとクリエイティブに!」
「もっと雑談力を!」
と、これまでと違ったものを求められることに戸惑いを感じて、人生に躓いているように感じます。

工業社会の人材育成のための教育を受けてきたけど、いざ社会に出てみると高度情報化社会(知価社会)だった。ルールが違った。
なのにまだ教育は新しい「大人像」を示せていないのではないかと、私はそう感じています。

新しい時代の大人像。
それは、子供たちの中に今元気よく暴れているフレッセンエネルギーを抑圧するのではなく、そのエネルギーと器用に遊び、更に豊かに、更に巧みに、表現を与えていくことで、それを仕事を通じて社会に還元していく力を持った人間のことです。
自分の中から立ち現れる衝動と巧みに戯れ、それをユーモアや遊びや芸術やアイデアやモチベーションに変容させて社会へ価値として与えていける。
そのようなエネルギーの運用をマスターしている。
心に抑圧が少なく、自分の全体性を生きている。

それが新しい時代の大人像であり、私はこれからの子供たちにそうあって欲しいと思っています。

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<自己紹介・佐原幹春>
私、さはらは現在10才と7才の娘を持つ父親であり、心理カウンセラー(心理療法家)です。(公式ホームページはこちら http://kokoro33.com/)
心理カウンセラーとしての経験から、子育てに役立つ心理学の知識やスキルを提供することを意図して立ち上げました。(そこに避けがたく親バカ日記が割り込んでくるのですが、それはまぁ、ご愛嬌……)
心理カウンセラーという職業柄、私は日々様々な方の悩みや心の問題と向き合います。そのプロセスで当然、親との関係にも行き着きます。
どのような育てられ方をした結果、この人の性格や生き方があるのか。
どのような教育の結果、この人の悩みや苦しみがあるのか。
思えば心理カウンセラーとは、子育てや教育の数十年後の結果を見ることができる珍しい立場の職業なのかもしれません。多くの教育学は、教育のその後の結果を追跡しません。
でもカウンセラーは毎日毎日、その人の心の構造と親との関係を直視します。
だからこそ伝えたいことがあります。
私が見てきたこと。子育てに本当に大切なこと、役立つことなどをお伝えできればと思っています。
それが、あなたの子育てのヒントとなれば幸いです。
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澤谷 鑛 のカウンセリングは、コチラ…
澤谷 鑛 のセミナー/講演会情報は、コチラ…
コメント

おはようございます。
異論をとなえるかもしれないけど。
フレッセンエネルギーの捉え方って、妥協してうまいこと抜け出せれば、それでいいんでしょうか...?!
フレッセンエネルギーの姿って本当はもっと違うところにあるのであり。
だから、子供達にその真実の解釈をしてあげて
心の底からフレッセンエネルギーが化けの皮を脱いで、本当の姿になることを教えてあげるのが本当の教育ではないでしょうか。

それって、大人になっても老人になっても、障害もってる人も、みんな同じ事だと思う。

ロックやパンクがフレッセンエネルギーというのも偏見なのでは...?!
反社会っていう反骨のエネルギーは、本当は「真実はもっと違うとこにあるんだぜ!!」って叫んでるのであり。
それって、みんながいう人の本来の姿を知ってるから...なんではないでしょうか。

尾崎豊さんのその歌詞もそう...

学校のあり方、社会のあり方、子供へのあり方、老人へのあり方、日本のあり方、世界のあり方、時代のあり方が...違うじゃねーか!!!って叫んでる。
だって尾崎豊さんは真実って言葉を、歌詞にいっぱいちりばめてたよ?!

心から真実を知ることが、大切思います。
(∪o∪)。。。


山本和子 [URL] 2015/11/12(木) 07:07 [編集]

山本様

澤谷先生からご連絡頂きまして、執筆した当人(佐原)からお返事させて頂きます。

>フレッセンエネルギーを妥協して上手く抜け出せば、それでいいんでしょうか?

>心の底からフレッセンエネルギーが化けの皮を脱いで、本当の姿になることを教えてあげるのが本当の教育ではないでしょうか。

まさに仰る通りで、それを可能にするのが今回の介入です。

誤魔化して無かったことにするのではなく、フレッセンエネルギーをサポートして、フレッセンエネルギーを生きることを教えたのです。

決して誤魔化したり発散させて終了!ってわけではないです。

社会化せれていないフレッセンエネルギーは隠されたリソースですから、サポートして身体を使って表現をさせてあげると、真実を生きることができ、それは真実の表現(尾崎豊のように)に向かうこともあれば、「このように生きよ!」という内なる声や内なる衝動(コーリング)として出てくることもあります。

いずれにせよ。それは自分自身を生きる上で、向き合うべき大切なエネルギーなのですね。

だから、抑圧するのではなく、むしろサポートして表現の自由を与える。そしてそれを生きる。それを教えたのが今回の介入です。

ですので以下のご指摘、ごもっともです。

>心の底からフレッセンエネルギーが化けの皮を脱いで、本当の姿になることを教えてあげるのが本当の教育ではないでしょうか。

それをするための方法が今回行った方法、つまり、否定せずにそのエネルギーに乗っかり自由な表現を与える、です。

その結果、今回みたいにグネグネ動くだけで消失するのであれば、それまでのものです。

ですが、この増幅の過程で違う言葉やイメージが出てくることがあれば、それが真実であり向き合うべき、あるいは生きるべきヴィジョンですね。

ですので、

>フレッセンエネルギーの姿って本当はもっと違うところにあるのであり。

というのは、どちらとも言えません。

違うところにあるもっと本質的な何かであることもありますが、単なる日々の残余エネルギーであることもあります。

>反社会っていう反骨のエネルギーは、本当は「真実はもっと違うとこにあるんだぜ!!」って叫んでるのであり。
>それって、みんながいう人の本来の姿を知ってるから...なんではないでしょうか。

仰るとおりです。皆深いところでは知っていて、その叡智がフレッセンエネルギーとし獰猛に出てくる。いろんな表現を方法を借りて。そしてそれは時代を新しく変える、革命のエネルギーでもあります。

だから社会化されていないフレッセンエネルギーと付き合って、表現して社会に役立てていく必要があるわけです。

ただ、60年代〜90年代までのカウンターカルチャーのように、その獰猛なエネルギーと自分を同一化しすぎたり、社会ー反社会や大人ー子供というような二項対立のなかに自分を閉じ込めるのではなく、

自分の中の社会性も反社会性も全て表現し、それを役立てていく道を、新しい時代の大人像として提示させて頂きました。

もう一度その部分をコピペしておきます。
山本さんのおっしゃることとそう違わないと思いますよ。

***新しい時代の大人像***

それは、子供たちの中に今元気よく暴れているフレッセンエネルギーを抑圧するのではなく、そのエネルギーと器用に遊び、更に豊かに、更に巧みに、表現を与えていくことで、それを仕事を通じて社会に還元していく力を持った人間のことです。
自分の中から立ち現れる衝動と巧みに戯れ、それをユーモアや遊びや芸術やアイデアやモチベーションに変容させて社会へ価値として与えていける。
そのようなエネルギーの運用をマスターしている。
心に抑圧が少なく、自分の全体性を生きている。

それが新しい時代の大人像であり、私はこれからの子供たちにそうあって欲しいと思っています。
さはら [URL] 2015/11/12(木) 13:07 [編集]

わたし一人のコメントに、一記事になるくらいのお返事ありがとうございました。
m(__)m

お返事を読ませて頂き思ったのですが、なんというか
ドラッグストアへ行くと一つの症状に、たくさんの色んなお薬が並んでますよね。
心理学というのもきっと、色んなやり方と処方があって...

心理学もストアのお薬と同じように、使用上の注意書があると良いかなぁ。
副作用とか説明書きがあると、それを使う人は納得できたら購入すると思います。

仰いますこと、エネルギーを転換してプラスにするというとこまでは解ります。
そこから本題に直接ふれてるともっと解るかなぁ思うのですが...
母親の立場としては、子供に処方(教育)するのには、やっぱり慎重に考えるんですよね。


わたしからのお返事しめくくりに、尾崎豊さんの曲の中で、
わたしの大好きな曲♪♪紹介させて下さい♪♪

知ってられる人もいらっしゃると思うけど、
さはらさん、澤谷先生、皆さんも是非♪♪
見てみて聞いてみて下さい♪♪
o(^-^o)(o^-^)o
https://youtu.be/WUL2tXHDxM0



山本和子 [URL] 2015/11/12(木) 21:13 [編集]

遊びながら、踊りながらのデトックス。
何十年苦しんでいるようでも、それが完全な満喫にならなければデトックスにはならないのだということを、自身の体験からも、周囲の方々を見ていても強く感じます。

それは自責でもなく罪悪感を募らせたり確かめることでもない。

そこを間違ってピント外れの動機で行っていてもだめなのでしょうが、わたしもそこにひっかかって抜け切れずに、本当はただ、満喫するというシンプルなことが長い間わかりませんでした。

「フレッセンエネルギーに豊かな遊び心を加え、表現を与え、エネルギーの質を変容させて自分の仕事に再利用していく」。
素敵な方法ですね。

思考から命への転換ですね。
内側から、何事によっても損なわれず傷付けられないまっさらさらな命が噴き出すような気がします。

ありがとうございました。


ありがとうございます。
桜 美穂 [URL] 2015/11/17(火) 07:38 [編集]

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