お伝えしたいことは「運命は改善できる」ということです。
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12/26
天地をつなぎ時空を超える~赤塚高仁さんのすごいお話~(後編)
                        入江富美子

ところで、我が親友ふーちゃんこと入江富美子さんが、「へそ道」を世界に広げておられる。
私は、ふーちゃんの「へそ道」が誕生する前から知っているし、「へそ道」の出版記念会は東京も大阪も出席させてもらいました。でも、「へそ道」を受けたことはありませんでした。
私は、伊勢修養団の中山靖雄先生のご縁で、神宮の神嘗祭に参列させていただいて以来やまとこころのスイッチがオンになり、「神話を体感する会」を主催させてもらってきました。
今年の12月で、9回を数えます。
1500回ほどある伊勢神宮の祭りの中でも、10月神嘗祭、6月と12月の月嘗祭は3節祭といって、最も重要なお祭りとされています。
人工的な明かりが消え、松明の火に照らされた神職のみなさまの先頭に天皇陛下のお姉さまであられる池田厚子様が歩まれます。
伊勢の神様との対話を奉観させていただくとき、私たちのやまとこころのスイッチがオンになってゆくのです。
夜の神宮の祭りには、全国から300人ほどしか入れてもらえません。
そこに毎年100名以上入れていただけるのですから、尊いご縁に感謝です。

「知る」のではなく、「感じる」ことの大切さを伝えてまいりました。
今年の6月、月嘗祭の「伊勢の風を感じる会」、主催を入江富美子さんにしていただくことになりました。
お互いに、やまとこころを伝える同士として一生、お役を果たさせてもらおうと話しています。
12月の会にも、入江富美子さん来られます。
ふーちゃんと、改めていろんな話をするようになり、そんなこんなで、ついに私もふーちゃんの「へそ道」を受けることが叶いました。私のログハウスで、一泊二日の学びが始まりました。
中山みどりさん、舩井勝仁さん、白駒妃登美さん……魂の兄弟姉妹とともに自分の深いところに降りてゆくのです。
その中のセッションで、「インナーチャイルド」というキーワードが出てきました。
インナーチャイルドは、自分の心の中に小さなときに傷ついたままの子どもがいて、その子が、ずっと自分を守ろうとしがみついているってイメージでしょうか。
例えば、小さいころ一人で家で待っていて、お母さんにご飯を食べてもらおうとお茶碗にご飯をよそっていたとしましょう。
帰ってきたお母さんを喜ばせたい、褒められたいとワクワクして待っていたら、帰ってきたお母さんに、「あんた、なにやってんの! ご飯出しっぱなしにして!!」と開口一番、叱られました。
その子は、「ああ、自分はダメな子や。大事な人を困らせるから、勝手なことせんとこ」と思い込みます。そして、その子はその人が大人になってもずっとそばにいて、何かしようとすると「あかん! やめて」としがみつくのです。
傷ついた子どもがしがみつくのです。命がけで、私を「守ろう」として。もう傷つきたくない、そう叫びながら。
その、小さな子を探しに行きましょうというセッションです。

その子を探して、その子に「もう大丈夫」と言ってあげる。
「悲しい思いをさせてごめんね」
詫びる。
「本当にありがとう」
心からの感謝。
各自、それぞれ瞑想の時間となりました。
……その子にアドバイスしてはいけない……裁いてはいけない……その子は、わかって欲しいだけなのです、本当の気持ちを……
本当はいきたくなかった、本心はつきあいたくなかったあんな奴らと……
お母さんを悲しませたくなかった……けど、お母さんにも腹が立っていた……
インナーチャイルドを探し始めると、その小さな子は、私にしがみついて、「有名な大学に行かないと、お母さんが悲しむよ」と言っていました。
高校時代、絵が大好きだった私は漫画家になりたかった。
「そんなもん、食べていかれへん。くだらんこと考えんと、有名大学にいきなさい。将来つぶしがきくから」
大学卒業をひかえ、音楽業界に進みたかった私は、渡辺プロダクションに内定しました。
でも、小さな子が、
「あか~~~ん! 建築屋にならんとお母さんが悲しむ~~」
と命がけでしがみついてきました。
ゼネコンを何社か面接受けて、飛島建設に入社することになり四国支店に配属され、サラリーマン生活を5年間送ったわけですが、やがて鬱病になった私は、会社を辞め、自殺をし、3日後に目覚め、それから1ヶ月精神病院に入院したのでした。
本心を表に出すことはいけないことだ、まわりの人によく思われていなければいけない、地位や名誉のある人とつきあうことで自分の価値を認めてもらえる、有名な人と知り合えば偉くなったように思われる、自分には価値がないから、だから、僕が命かけて守るんだ、僕を……いったいこの子は、どこで生まれたのか……
あ! この子だ。
バス停で泣いている、8歳のアカツカ少年だ。
発見した瞬間、私は思い出したのです。あの日の少年がどうやって家に帰ったかを。
バス停で途方に暮れて、自殺か、家出かとたたずんでいたアカツカ少年の前に一人のおじさんが現れました。
そのおじさんは、懐かしそうな目をしてアカツカ少年の前にしゃがみ込み、真っ直ぐ目を見てこう言いました。
「お前、大丈夫やで。いややったもんな、あんないやな連中とこ行って。ようがんばったわ。偉かったな。お前は、何も悪ないで。……お前、大丈夫やで。生きてるだけで素晴らしいんや。これからな、オモロイこといっぱいあるで。いっぱい友達できるで、大丈夫やで」
さ、帰ろ、とそのおじさんはアカツカ少年を家の方に連れて歩きました。
そうです、そのおじさんはへそ道のセッションの中で、時空を超えてやってきた未来の赤塚だったのです。
へそが天につながった。
自分が自分を助けに行った。
あの日、へそ道をうけて、小さな子どもを見つけて助けに行かなければ、私は死んでいたでしょう。
始まりも終わりもない、時間も超越した世界にへそがつながった。

8歳のアカツカ少年は、おじさんに会ったことを覚えていました。
おじさんに勇気をもらい、家に帰り、「お母ちゃん、ただいま。面白かったわ」と言えたのですから。
しかし、それが56歳のへそを天につなげた自分だとは思いもよりませんでした。
28歳の時、自殺した血の海のなか、助けに行ったのも私でした。
妻の身体を借りて、3階のマンションの隣の部屋から窓伝いに飛び移り、救いに行ったのです。私は、私をあきらめなかったのです。
今世やらなければならないことに目覚めるまで、通らなければならないことを通していただいたのです。
死んでも死なない命の中を、生かされて、イスラエルを通して聖書を学び、ヤマトの神話から皇の道へと導かれてきたのです。
いま、全てを肯定できます。
生まれてきてよかった。
産んでくれた両親にただ感謝です。
未熟だった両親を神様のように思っていましたが、自分が歳をとってみて、親も一人の迷える人間であったことがよくわかります。
何かにならなくてもいい、そのままでいい。
このままの自分で生きる。
生きてることが素晴らしいのです。
今日ここまでの赤塚高仁の最大の功績は「死ななかったこと」
そして、ここからの赤塚高仁の仕事は「生きてゆくこと」
いじめはいけません。
世界平和や地球環境問題を話すことは誰にでもできること。
でも、大事なことはまわりの人を喜ばせること。
幸せとは、自分の周りが幸せな人で満ちていること。
笑顔の花が咲いていること。
隣の人が悲しい時は、一緒に涙を流す。
生きている限り、いつまでもそうやっていたいと思うのであります。
生まれただけで、すごいんだから。

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コメント

私も入江先生のワークショップで、先生に「死なない命を生きている人」と言われ、22年前に今の自分がどん底にいた自分に呼びかけたことも思い出しました。
江先生、へそ道に出会ってから、考えもしなかった変化、戻りを実感し、経験しています。入江先生、へそ道、グレイトなのです!
森 信仁 [URL] 2015/12/26(土) 14:11 [編集]

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