お伝えしたいことは「運命は改善できる」ということです。
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大道無門
                     澤谷 鑛

悟りの境地をいう「彼岸(ひがん)」に対して、「此岸(しがん)」というこちらの世界を示す言葉があります。

人間の精神の幸福を問う作品を著し続けた、といわれるヘルマン・ヘッセの『シッダールタ』を思い出します。シッダールダは、悉達太子という釈尊の出家以前の名を借りて、悟りに達するまでの求道者の体験の奥義を探ろうとしたものだ、といわれています。ヘッセにとって思想や言葉ではなく、救われる体験の秘密が問題だったのです。あくまでもヘッセ自身の宗教的体験の告白なのです。
シッダールダが渡し守となり、釈尊の話を聞きに行く人たちを船で渡すのが、「此岸」から「彼岸」への象徴のようにも思えますし、川の流れに「ゆくかわのながれはたえずして しかももとのみずにあらず」というような悟りを見出しています。

「型」にはまれば固苦しい。「型」がなければ形なしになる。「型」を学んで「型」を越えるのが型破りである。――学生時代に禅のある老師からお聞きした話です。そのとき、一休禅師の逸話を思い出したのを覚えています。

「門松は 冥途の旅の 一里塚 めでたくもあり めでたくもなし」
と歌って、元旦に髑髏を竹竿にぶらさげて街中を歩いたといいます。幼い頃、「一休さん」の伝記を読んだのが強く印象に残っていたのでしょう。

 この一休禅師の破天荒な行為は、果たして「型破り」なのでしょうか?

昭和を代表する日本の曹洞宗の僧侶である澤木 興道(さわき こうどう 1880年6月16日~1965年12月21日)は、その著『禪談』で前述した一休禅師の歌をとりあげ、

「一休という親爺さんは、
“元日や冥途の旅の一里塚目出度くもあり目出度くもなし”
 と言ふ縁起の悪いことを言いよる。もうちつとあつさり目出度いと言へんものか、斯う念の入つた頭を持つと正月も何にもならん。成程考へて見ればさうにも違ひないが、又世の中はさうでもない。
 私の友だちの本派本願寺の僧侶が、私に年賀状を寄越した。『貴宗師に於ては目出度くもあり目出度くもなしと存じ候へども先は凡夫並にて謹賀新年』と書いてある。是は一休さんの歌があるもんぢやから、この男も、澤木のやうな男には唯眞直ぐに『お目出度う、謹賀新年』位では後で皮肉を言はれるとでも思つたのだろう。
 禪と言ふものはそんなものだろうか。そんなに皮肉つた念の入つた、けつたいなものなのか。どんなに目出度いことでも悲しくなり、どんなに悲しいことでも目出度くなる。一寸の要領で悲しいことも目出度くなり、目出度いことも悲しくなる。
 道元禪師の御著述『正法眼蔵』の中に『有時』と云う巻がある。其中に『目出度いも時なり、悲しいも時なり、美味いも時、味無いも時、嬉しいも時、暑いも時、寒いも時、嗚呼時なり』とかいてある。」

 私は小さいころから「型破り」を目指していたように思います。「型破り」を目指していたのだから「型破り」ではなかったのです。「型破り」であったなら、あえて「型破り」を目指す必要はないからです。多分「固苦し」かったのです。だから、いつも衝動的に「型破り」でありたい、と思ったのでしょう。

「大道無門」という言葉がありますが、ひろさちや氏の『親鸞と道元』にこんなことが書かれています。

 仔猿も仔猫も放れた場所に行くときは、ともに母親に運んでもらうのですが、仔猿の方は母親のおなかにしっかりとしがみついています。そのしがみつくという自力が必要です。仔猫の方は母親が仔猫の首をくわえて運んでいきます。完全に母親にまかせきりです。こちらが他力です。しかし、仏教であるかぎり、基本的に仏の力が加わっています。人間の力だけで生きられると考えるならば、もはや仏教ではないということになります。仔猿や仔猫にとって母親が仏です。自力も他力も神髄はひとつです。
「大道無門」は、ここらあたりの経緯を抜きにしては語れません。

 仏教でいう自力の聖道門にしても、他力の浄土門にしても、どの善き宗教にも共通のほんものが宿っているからこそ、宗教の門に入って救われるのでしょう。門だけ潜って奥の院とも言うべきほんものに到達しない人は、門の形はそれぞれに異なるから、他の門の排斥や他の門との争いすることになりかねないのです。門の形に執着していては、ほんものの救いの奥の院にはなかなか到達できないでしょう。
 時代は将に、世界中の民族・国家・宗教のそれぞれ異なる門をして大道に開かしめることにあるのです。

「型破り」は、所謂メチャクチャな羽目を外したところにはないと言えます。当たり前の日常生活にこそあるのでしょう。日々是好日であり、至道無難であり、平常心是道です。

『無門關』の第七則「趙州洗鉢」の公案は、ご飯を食べたら茶碗を洗え、というものです。それは、禅というものは上手に理屈を言うところにあるのではなく、日常茶飯事が行き届いて不注意なことがなく、バランスのとれた安定した姿で生きるところにあるのです。自分で食べた茶碗は自分で洗うということです。当たり前のことが当たり前に出来るのが悟りだといいます。字義に精通し、少しでも解釈が仏教上と相違すると、他を軽蔑したり誹謗したりするのが悟りではないのです。

 さて、髑髏の一休禅師は、果たして「型破り」であったのだろうか? 何ものかに拘ったがために「型破り」の姿をとったのではないのだろうか? 若き一休さんの一断面なのかも知れません。

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コメント

有り難うございます。
勉強になりました(^_^)
竹本晃代 [URL] 2015/12/29(火) 07:22 [編集]

竹本晃代さん。

嬉しく思います。
澤谷 鑛 [URL] 2015/12/29(火) 07:23 [編集]

此岸から彼岸へ、津葬と葬儀のことを言いますが、ちょうど、4年前の今日、父の津葬~葬儀をした日でした。一超直入如来地ですね。
井上暉堂 [URL] 2015/12/29(火) 10:23 [編集]

井上暉堂さん。

この岸からあの岸への移動ですね。
人がこの世での生涯を終えると、魂の「たま」=「みたま」だけが天に帰っていくのだそうですが、天とは彼岸なのですね。「しい」という心を捨てて、天に帰っていくのだそうです。
澤谷 鑛 [URL] 2015/12/29(火) 10:25 [編集]

津(しん)葬とは、まさにその「しい」も含んでのことでしょう。
井上暉堂 [URL] 2015/12/29(火) 12:29 [編集]

井上暉堂さん。そうなのですね。
澤谷 鑛 [URL] 2015/12/29(火) 12:32 [編集]

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