お伝えしたいことは「運命は改善できる」ということです。
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01/12
『スカイプによる座談会』
                    NAOKO

『スカイプによる座談会』では、毎回澤谷先生がテーマを提供してくださいます。そのテーマに則って先生が資料を読み上げてくださり座談会のスタートとなります。

今日は、座談会に参加されているAさんのある話題からテーマが「稲荷神社」となりました。澤谷先生のお話で「稲荷神社 」が日本全国にどのくらいあるのかお話されたところを聞き逃してしまったので座談会終了後ネットで検索をしてみました。
32000社という数字が記載されておりました。その数の多さには驚きです。
先生のご解説にもありましたが、「稲荷神社」は日本古来から穀物・農業の神であり、現在は産業全般の神として信仰されているそうです。その数の多さから〔広がっていく〕〔成長していく〕と捉えて今回のテーマの元となられたAさんのご成長についてのお話となりました。
この展開がとっても新鮮で「面白い」と感じました。稲荷神社から個人の方のご成長に話が広がっていくのです。紙にポタリと落とした一色のインクがフワ~ッとグラデーションのようにきれいに滲んでいくような感覚でしょうか。
この「面白い」という表現が気になりますので本日の感想から少し脱線します。
「面白い」は先生がいつも使われるお言葉です。
最初に聞いた時から何故か心のどこかに残るお言葉でした。
そして、座談会の何回めかには何故気になるのか考えておりました。
このお言葉に救われているような不思議な空気になるのですね。
先生の「面白い」のお言葉には温かく赤い血が脈々と流れているのではないかと感じられます。
「面白い」を辞書で引いてみると、〈興味深い〉〈愉快〉〈新鮮〉〈趣がある〉とあります。蔑むときにも使うかもしれないと思っておりましたが、それに使われる時は「おかしい」という言葉でした。
「面白い」と「おかしい」は似ているようでそのニュアンスは微妙に違うのですね。
先生は「おかしい」とは仰いません。
今回辞書で引いてみてわかりました。先生は「あなたの発言に興味があります。あなたのこれからの発展に興味が湧きます。この展開が楽しいです。」という意味を含んでいるから心地よさを感じるのですね。狭かった世界が広がっていくようです。
それはそれはありがたいお言葉です。

話を元に戻します。さて授業のような雰囲気の座談会ですが、今日のテーマから学んだことがあります。
途中、「稲荷神社」の由来から神様にお願い事をする話に変わっていきます。神社での参拝方法です。神前では「私はこうして生きて行きます。」と神様に決意を伝え、また成就した暁にはその報告と感謝の意を伝え合掌するのが本来の参拝であるとのことです。
どれだけの方がこのような参拝をされているのでしょうか。そして私は、これまで何十年欲深い神頼みをしてきたのでしょう。そしてその欲深き願掛けが成就しなければ神様を恨むことになるのですね。そこで神様のせいにするという心の汚れが浮上するわけです。このように無意識にしてきた習慣を文字にしてみるとなんとも恥ずかしいやら恐ろしいやら。
それは、日頃の生活の中でも同じことが言えるのではないでしょうか。
恨み節を神様のせいから人のせいに変えたら先のこと同じですね。
更に人のせいにすると、恨み、イライラ、怒りの感情が増幅します。人のせい→愚痴→怒り→そこに苦しみ悩み罪悪感に苛まれる。これの繰り返しです。このサイクルの中に感謝の心が湧く余地はありません。
澤谷先生は、悩み・苦しさを人のせいにした話題になるとそれを「依存している。」と仰います。
依存を続ける限り、そこに気づくまで悩ましい状況が繰り返し現れるのです。そのような生き方の人々を「みずから人間」と言い、自分にばかり気持ちが向いている状態を言うのだそうです。
その状況は苦しいです。この状況を克服したいです。澤谷先生はそこを心理学だけではなくさらに深いところで体系的に教えてくださいます。本物の深い自分と出会えた時「みずから人間」が「おのずから人間」に変わり、感謝の気持ちが湧いてくるそうです。そして、「おのずから人間」になれたとき問題が問題ではなかったことにようやく気付くことができるのだそうです。問題は初めから無いのですね。
「自ら(みずから)」「自ずから(おのずから)」同じ漢字なのにその道は似て非なり。
「みずから」が「おのずから」に変われることを体感したい。
感謝をするではなく感謝の気持ちが湧くのを沢山味わいたい。
神頼みはもうお終いです。
そして、もう一度人生仕切り直し。
神社の話はこれで終わりにいたします。
この後は、普段のスカイプによる座談会で感じてきたことを一つ書いてみます。
「カウンセリング」の言葉のイメージについてです。
「カウンセリング」とは、悩みを聞いていただき暗くて重たいエネルギーが淀んでいるようなものと思っておりました。クライアントは苦しい気持ちを先生の前で吐露します。
参加させていただいている座談会では時にオープンカウンセリングの場となることもありますが、どういうわけか毎回その場は淀んだ空気にはなりません。「共鳴して浄化されていくような感覚」と申しましょうか。
一週間に一度『「まっさらさら」になって… よっしゃ!!!今週がまた始まるぞ!!!』という感覚を味わわせていただいております。
つまり、悩み=暗い ではなく座談会の中で浄化し、誰かが見えない力で引っ張り上げてくれているような感覚なのです。
と書いてきて気づきが一つありました。これは澤谷先生がいつもおっしゃる「初めから悩みなんてない。」に繋がるような気がします。自分がそう思い込んでいるだけなのですね。
それからこの3か月使えなかった言葉「まっさらさら」をこの記事に使ってしまいました。もう自分をごまかしたくないので、感覚でわからない単語は使いたくありません。それが「まっさらさら」の言葉の定義が頭では理解できていないのに今日使えてしまいました。心の奥から使ってみたいお言葉に変化。
いや~本当に面白い展開になってきました。

ここまでうまく纏められないながらも文字にできた自分をよしよしと味わっておりますが、ここも澤谷先生は、本日の私の問題としてあげてくださいました。
「起きたことを味わうこととは自分の中での展開であり、それは『みずから人間』の状態である。」と。私は意識が自分にばかり向いています。
そこで先生から一言。「味わうことは過去に十分してきたはず。もう卒業の時期に来たのではないか……」と先の先を見越して光を当ててくださいました。
もう同じところで足踏みしていなくてもいいのに、なかなか先に進めず自分のしっぽ目がけてグルグルと回っている犬のようです。でも見えてきました。私の苦悩の理由の一つは本日も出ました「依存をして生きていること」です。
「自立」・「自律」を考えてみようと思います。

本日もありがとうございました。

澤谷 鑛 のカウンセリングは、コチラ…
澤谷 鑛 のセミナー/講演会情報は、コチラ…
コメント

私は『自ずから人間として生きていきます』
心に響く言葉がたくさんありました。
目から鱗状態ですっ!

・神頼みではなく、決意表明。そして、報告と感謝を伝える。
・人のせいにする感情のサイクル
・『自ら人間』と『自ずから人間』
・感謝をするではなく、感謝の気持ちが湧く。
・初めから悩みなんてない。自分がそう思い込んでいるだけ。
・起きたことを味わうこととは
 自分の中での展開であり、『みずから人間』の状態である。

言葉でうまく伝えられないのが歯がゆいのですが
NAOKOさんの文章を読んでいますと
心にすぅ〜と入ってきます。

一つ前の記事で澤谷先生が書かれていた言葉を使わせていただくと
説得させられるのではなく、納得させられます。
たくさんの本質に触れることができました。

NAOKOさん
どうもありがとうございます。


いっぱい神頼みをして
どっぷりみずから人間。

自分の現状が分かったことは収穫です。
これからどうしていけばいいのか分かっているのですから。

それにしても
記事の掲載の妙を感じます。

よし [URL] 2016/01/12(火) 11:58 [編集]

今まで落ちるように上ってきた階段から転げ落ちないよう踏みしめていきたいです。
よし様

 拙文にコメントくださり恐れいります。

また、ヨシ様が要約してくださったことで、自分の中に渦巻いている言葉がシンプルに生まれ変わりました。

澤谷先生からは「書いてみると心の中の事が意識化できるのでやってみるといいよ。」とアドバイスを頂戴しておりました。

昔と違って、今はパソコンがあるので文章を削除しては書き直しが容易にできるのですね。
それ故に、何度も自分の理解できないとろこが浮上してきて時間がかかり過ぎてしまいます。
しかし、書くことでこのようなありがたいコメントを頂けて、予想外の展開があること、このようなご縁がいただけることも今わかりました。

また、書いてみることで自分が腑に落ちてないことが明らかになります。「記事を書いたから私は知っているのよ。」と傲慢な態度になりがちな自分が、なんと書くことで小さく萎んでしまいます。

一つ前の澤谷先生のご記事『説得』と『納得』の違いは私も大きくうなずくところがありました。その言葉をいただけるなんて嬉しい限りです。

でも、謙遜ではなく、改めて自分はわかっていないことがいただいたコメントでわかったことは大きな収穫です。

よし様の他の方へのコメントの共感が深く柔らかく、そこも説得させられている感覚ではないことが心に響きます。

ありがとうございました。
NAOKO [URL] 2016/01/13(水) 12:29 [編集]

「みずから」と「おのずから」 「説得」と「納得」
学びの新鮮なワクワク感が伝わってきます!

問題が問題でないと腑に落ちること。
そのときに、問題と思っていたことが消える。

「みずから」から「おのずから」への移行。

「ゆるそう」と思うときはゆるせてないとき。
おのずからゆるせたときは感謝がわいてくる。

ゆるせるというよりも。

ただ、こういうことがこういう展開で、
起こっていたんだなと納得し。

自分の心が展開していたなと。
ただ、俯瞰する氣もちになるのかもしれません。

咄嗟に、「危ない!!」と止めることは。
きっと。説得させられるように感じるのかなと思いました。

それは。体験から。
その場は、誰かが咄嗟に止めた方がいいと。
感じるからなのですが。

止めなくていい。
相手を変えなくていいのかもしれませんね。

仕事では、瞬時に説得させられ。
あとからその理由を納得することが多いな。

また、子育てでは。瞬時に説得して。
あとから、その理由を話す傾向があるなと思い。

そういう自分の傾向というか、癖を、
みる思いがしました。

勉強になりました。
ありがとうございました。






[URL] 2016/01/13(水) 18:59 [編集]

厘様

はじめまして。

お名前を「りん」様とお呼びしてよろしいのでしょうか。

コメント恐れ入ります。

厘様の体験に基づかれた貴コメントでこのたびの投稿から新たな面が浮かび上がってまいりました。

こちらこそ勉強になりました。
ありがとうございました。

NAOKO [URL] 2016/01/14(木) 10:41 [編集]

パッと掴む情報 意味を解読する情報
はい。りんです。よろしくお願いいたします。

数日、感じていることです。
説得させられるというのは。
支配されるようで嫌なんですよね!

みんな。自分で真理を見つけたい。
自分で発見して喜びたいから。

だから。自分が止めないことで。
説得しないことで。

その人が苦しむ体験ができる。
弱者で居続けたい。本当は居続けたくないんだけど。
弱者でいる方が慣れ親しんだ安心な世界であり。

弱者を外す世界は。空中の板を歩いて。
そこから空を飛べ!!というくらい怖い。

抜けてしまうと。
こうやったら抜けられるよと。
説得したくなるのだけど。

それは。余計なお世話かもしれませんね。

また。人から説得されることというのは。
瞬時にたくさんの情報をもらっていると思うのですよね。

ぎゅっと圧縮ファイルをもらうみたいに。

その体験があった後に。
それを納得できるような言葉に出会って。

ああっ!! って繋がる。

だから。全部、感謝なのかなと思いました。
ありがとうございます。




[URL] 2016/01/14(木) 17:46 [編集]

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