お伝えしたいことは「運命は改善できる」ということです。
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02/09
父との和解
                河合早智子(養成講座8期生)

澤谷先生
いつもありがとうございます。

今日、父が亡くなった場所へ40年たって初めて行ってきました。
自宅から車で、30分ほどのところです。
父が入院していた病院のすぐ近くを流れる大きな川の河原です。

これまでの40年間、そのすぐそばの橋をバスや自分の車で渡る機会は、何度もありました。
でも、そこを見るのは辛くて怖くて、思い出したくなくて、いつも目をそらしていました。

私が、嫁いだ最初の桃の節句の前に、今はもう亡くなっている母が、ひな人形を私に贈りたいと言って、その場所のすぐ近くにあった人形店に母と二人で行ったことがありました。
普通なら、そこへ行ってお参りをするのでしょうが、現場へは行かず、父のことを話題にもしなかったと思います。
母にとっても私と同じように、その場所は辛いものであったのだと思います。

ただ、その頃は、何か変と思いながらも、父が自死であったことを知りませんでした。
母も、です。
親戚の叔父や叔母たちは、知っていたようですが、私たちのことを案じて、言わなかったようです。

私が、その事実を知ったのは、ちょうど1年前。昨年の1月4日のことでした。
先生のご著書『すべての願いは現実なる』(総合法令出版)を読んでいて、ご先祖に自殺をされた方のくだりを読んだとき、ふっと、父もしかしたら、自死であったのではないかと思い、実家の妹に電話して聞き、知りました。
40年、私は、知らなかったのです。
父の亡くなり方が何か変と思いながら、知らずにいたのです。
変と思いながら、そのことにふれてはいけない、ふれたくないという思いがありました。

朝、その場所へ向かうとき、車を運転しながら、泣けました。
40年間、父は、待ち続けていたのだ思うと、泣けました。
父は、私が、目を背け、父のことを見ようとしないことをどんなに悲しんでいたことか。
辛くてやるせなかったに違いありません。
そう思ったとき、その父気持ちは、私が今、息子に抱いている気持ちと同じだと気づきました。
私が、寄り添いたい、力になりたいと思っても、手が届かないもどかしさ。
我が家と息子たちが住むアパートは、車で5分も離れていないところなのに、手が届かないもどかしさ、やるせなさ……。

父も今の私と同じ気持ちだったのでしょう。
それも40年間も……。

「ごめんなさい、お父さん」
心の底から素直に言えました。
待っててね。今行くからね。

「これまでずっと、お父さんの100パーセントの愛だったのですよ、それをわかってあげなさい、感謝しかないですよ」

と澤谷先生に教えていただき、紙に書いてデトックスしたあとは、実家のお仏壇に父の好きだったお酒をお供えして、感謝の気持ちを伝えたりしてきましたが、心のどこかで、まだ何か足りないとひっかかっていました。
それが、これだったのだと思います。
お墓ではなく、お仏壇ではなく、父の亡くなった場所。
そこへ行くことこそが、父のことを100パーセントの愛であったと分かり、父との絆の結び直しになる。

40年たったその場所は、当時とはずいぶん変わっていました。
確か、松林の中と聞いていましたが、あたりは、整備されて、時折ジョギングの人が、通りすぎる河川公園になっていました。
ゆったりとした川の流れは太陽の光がきらきらと映り、とても美しかったです。
川の向こうには、竹林が左右に広がり、その向こうには、低い山がいくつか重なっていました。
そして、私の後ろには、父が入院していた病院が見えました。
病院から出て、父は何を思いながら、この河原まで歩いて来たのだろう。
ここに座って何を思ったのだろう。
父のポケットには、父が好きだったたばこのハイライトの包み紙に書いた遺書が入っていたそうです。
見せてもらったような覚えはありますが、はっきりとは、覚えていません。
おそらく、すまないという謝罪の内容だったと思います。
それを父は、どんな気持ちで、ここで書いたのだろう。

42歳の父。38歳の母、小学校6年生の妹、中学3年生の私を残して、自ら命を絶つ。
どれほど、辛く、切なく、苦しかったことか……。
何も分かってあげられなくて、ごめんなさい。
そんなお父さんの気持ちを考えることをずっとさけてきました。

私もまた、辛くて、怖くて、切なくて、やるせなくて……。

この先、私たちはどうなってしまうのか?
私は父親のいない子になってしまう。
まったく、自分のことばかりです。
そんな私であったことを父に謝りました。

それから、父との楽しかった思い出を父に語りかけました。
私のこと、本当に大事に思っていてくれたんだね、愛してくれていたんだね、と。
私は、父の胸にとびこみました。父の背中をさすりました。
父も私の背中を撫でてくれました。
何かが、私の中で溶けていくような気がしました。
それはまた、のどにつっかかっていた大きな鯛の骨がとれたような感じでもありました。
父と分かり合えた、そんな気がした瞬間でした。

持っていった父の大好きなお酒を河原にそなえました。
父の笑い顔が見えたような気がしました。

帰りには、お墓により、母にも報告しました。
ただ……確かに幸せな時間を過ごしたのですが、これで、父と和解できた! これで、今の状況が変わる! 息子たちの問題が解決す! と見返りを求めている自分がいました。

見返りを求めてはいけない、感謝あるのみと思うのですが、またしばらくすると、期待をしている自分がいます。
これは、どうしたらよいのでしょうか?

いずれにしましても、今日は父と向き合えた記念すべき日となりました。
それも昨日の「スカイプによる座談会」のお陰です。
「3つの目」のお話のお陰です。
「心眼」で見切ることが難しい難しいと言っていた矢先、
「あの場所へ行こう! 行かなくちゃ!」
という声がしたのです。
自分の内からのような、天からのような……。
本当にありがとうございました。

まずは、ご報告まで。

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コメント

与えたものはいつか受けとれる
文章を読んでいて
目頭が熱くなりました。

河合早智子さんが
お父様との絆を結び直されたからです。

息子さんに抱いている気持ちを
お父様も抱いておられた。

人は自分のことを気にかけるもの。
それでいいのだと思います。

相手のことを気にかけること。
それは、自分のことを気にかけないことではない。

自分の気持ちを尊重して
相手のことを気にかけているだけ。

だから、お父様は自分の気持ちを
尊重されていたのだと私は感じています。


見返りを求めている自分がいる。
期待している自分がいるとのことですが、

期待について、ある本でこう言っていました。
『期待とは、誰かに対する要求である』と。

期待が要求であるならば
きっと、それは相手のことを
気にかけていることにはなりません。

では、どうすればよいのか?
その本では、『期待は手放しましょう』
と書かれていました。

要求は受けとることです。

受けとるのではなく
与えてみてはいかがですか。

与えていれば
いずれ受けとれる日がきます。
お父様が受けとったように。

何を息子さんに
与えることができるのでしょうか?

河合早智子さんに伝えているようで
実は、自分自身に言っている感じがします。


河合早智子
気づかせてもらえる機会を
ありがとうございます。
よし [URL] 2016/02/09(火) 11:48 [編集]

絆の結びなおし
澤谷先生と出会われて。
お父様との絆の結びなおしをされたのですね。

心のなかの重いものがデトックスされて。
ずっとそこにあった本来の愛情に心の眼が開かれていくのが伝わってきました。

本当に良かったですね。
読ませていただいて心暖まる思いでした。
ありがとうございます。


あい [URL] 2016/02/10(水) 22:14 [編集]

息子に与えるもの
コメント、ありがとうございます。
”見返りの期待”について、
「受けとるのではなく与える。」
「何を息子に与えることができるのか。」
そうした視点を示していただき、
これまでの私の考えかたを改めて見つめなおしてみました。
自分に対しても、両親に対しても、
夫に対しても、子どもたちに対しても、
家族の在り方についても、仕事についても・・・・
常に何事に対しても、こうでなければならないという強い思いが
私にはありました。
自分の思い通りにならないとその不満や不安を
どんどん心の中にため込み、
心がいつもひきつっていました。
「ねばならない」に振り回されていました。
今、やっと自分をそのように見ることができるようになってきたように思います。
私が、息子に与えられるもの、
それは、息子のすべてをそれでいいんだよと
あなたは、あなたのままでいいんだよ
と、息子のすべてを光とみることではないかと思います。
息子だけでなく、主人や義母、すべての人に対してもです。
「ねばならない」から生まれる作為や操作をすべて手放し、
魂の底から湧き上がってくる喜びや感謝、愛を
感じ取ればいいんだよ、
息子は、それを私に教えてくれたのだと思います。
思いをめぐらせているうちに、
私が与えるというより、
息子から与えてもらった(気づかせてもらった)ことへの感謝になってきました。

私としては、今、何だか幸せな気分です。
ありがとうございました。     

河合早智子 [URL] 2016/02/10(水) 23:04 [編集]

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