お伝えしたいことは「運命は改善できる」ということです。
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02/16
絆を想う
                    澤谷 鑛

 絆に関して、以前、桑名正典さんが私にインタビューしたものの録音筆写が私の手元にあります。一部紹介します。

     ☆     ☆     ☆

桑名 澤谷先生の一冊目の本は、『すべての「結果」は引き寄せられている~運命を決める「牽引の法則」~』(総合法令出版)という引き寄せ関係の本だったんですが、二冊目の本が『絆の法則』(学研)じゃないですか。それでオフィシャルブログもGOOブログも『絆の法則』という名前で、「絆」っていうのを非常に押してらっしゃるのを感じているんですけど、「絆」の大切さみたいなものとか、何故そういう「絆」を押されるのかな、というところをお聞きしたいんですね。

澤谷 「絆」っていう漢字ですけどね。「糸」という字と半分の「半」という字を書いて「絆」って読むんですね。半分ずつの「糸」と「糸」を結んで、まあ「絆」とするわけですけども、「絆」は「きずな」とも読むんですけど、「ほだし」とも読むんですね。「ほだされる」というのは「縛られる」とか「繋がれる」とか「つまされる」とか「ひかされる」などの意味があるんです。これは、人と人の断つことのできない、まあ繋がりであったり、離れがたい結びつきをいうわけですよね。どうも、「縁(えにし)」だとか、「枷(かせ)」だとかっていう言葉を連想させますね。でも、面白いことに煩わしいんですよね、この「絆」っていうのは……。この人生において、本当は人がたくさんいても、ひとりで生きていく方が楽なんですね。ひとりで生きていく方が楽なんだけれど、本当にひとりで無人島で生きてたら、楽しいかというと、これは楽しくないわけですね。本当の孤独を楽しむというのは、大勢の人の中にいて、孤独を楽しむということなんです。孤独には、まわりの人とつながっていることが前提なんですね。孤絶ということになると孤独とはちょっと違ったものになりますけれども……。実は、その「絆」って言うのは煩わしいんでね。その縛りながら解き放つ働きに解放される……。縛られるから解放されたいと思うんだけれど、最初から解放されていて、無人島にひとりでいたら、解放される喜びなんてないでしょうね。だから、この人生で面白いのは縛られながら、解き放つ……解き放たれる……その働きに多くの人々が愛情を感じてきたり、人生の面白さを感じてきたり、或いは人間の素晴らしさを感じてきたりしてきたわけですね。それが人生なんじゃないかな、というふうに思うんですね。それで、その「絆」っていうのが近頃また、流行っているんですね。

桑名 そうですね。

澤谷 もの凄く流行ってるわけだけれども、まあ、夫婦の絆、親子の絆、友人、友達の絆……。さまざまな絆があるわけです。人間同士だけでなく、大自然と人間、動物・植物と人間、という関係も含めて、「絆」っていうのがあるわけだけれども、この「絆」って言うのは、元々あったものが、どこかで、壊されたのか、崩されたのか……それはおそらく、人間が近代的になってきたところ、近代合理主義が拡がるところから、始まるんだろうと思うんだけれども……。例えば、映画で「ALWAYS」とかいうのがあって、「三丁目の夕日」ですよね。何かそういうのがあって、何か非常に人間と人間の結びつきの強い映画をやって、たくさんの人が見て、まあ懐かしがった、(笑)と。じゃあ、それを今の時代に持ってくるといけるのかなというと、そうでもない。そういう風には蘇らせられない。でも、どうも、最近の親殺しだとか、子殺しだとか、虐待だとか、いじめだとか、自殺だとか、そういう殺伐とした事件をマスコミで知るたびに、何かこの「絆」っていうものが本当は大切なんじゃないか、そういうものが無視されているんじゃないか、ということを、煩わしい「絆」の割には、煩わしいことがわかっていながら、実はどこか心の中で求めていると……。それがまたね、先ほどちょっと前に話したように、それが人生の面白いところをあらわしているんじゃないか、ということですね。だからこの「絆」というのも、人生を感じさせる何ものかなんじゃないのかな、っていうのでね。「絆」っていうのを意識するようになったんですけれどもね。

桑名 実際カウンセリングで、いろんな人間模様を見て来られたと思うんですけど、あの『絆の法則』の本のところに、帯で書いているのが、「絆を結び直した9人の真実のドラマ」って書いてるんですけど、「絆」が壊れたというか、ちょっとこんがらがっちゃった「絆」を結び直すことによって、本当にたくさん見られてきた中で、それが重要だと感じられているんですかね。

澤谷 そうですね。結んだということがですね、実は、これね、結んだ記憶ないんですよね。親と自分は「絆」を結んで生まれてきたと思っていないんですね。でも、既に結ばれているわけですよね。そこから始まるわけなんだけれども、その「絆」をどういう風に理解していくのか……ということですよね。だから、例えば、何故この人が父親で、この人が母親なのか、解らないですよね。永遠に……。何で自分が結婚して、桑名さんもお子さんが生まれたけれども、何故この子が自分の子どもとしてあらわれたのか、解らないですよね。解らないけれども、でも、その解らないことを仏教では「縁(えにし)」だと、いうわけですね。それは、どこか縁がある形で結びついているから、だから面白いことに、そう言う人とその「絆」を結んで、この人生を満喫していく……。袖振り合うも他生の縁、などと言いますね。憎んでみたり、まあ、憎むというのも愛の裏返しなんだけど……憎んでみたり、愛してみたり、それから、隣の子どもだったら怒らないけど、自分の子どもだと怒ってみたり、(笑)いろんなことがあるますよね。そういうものって、もしかしたら、何か前世の因縁とかね、(笑)仏教では言うけれども、そういうことがあるのかもしれないなと思っちゃうほど、面白いですよね。

桑名 その経験則で、その壊れたというか、まあ、いざこざがあるというのは「絆」が見えづらくなっていると思うんですけど。その「絆」を結び直すというか。

澤谷 そうですね。だから、一回ほどかなくてはならないんですね。ほどく手立てって言うのが、一冊目の本に書いた『すべての「結果」は引き寄せられている」のデトックスなんですね。それが、今まで結んでいた結び目が綺麗でなくて、どうも、不揃いでね、その結び目を一度ほどいて、綺麗に、それを羽織の紐のように美しく結びなおそうと……。それがやっぱり、ひとつは自分の心の中に溜まっているマイナスの想念を吐き出すことによって、心のデトックスをすることによって、結び直すというものですね。その先には相手の気持ちを本当に理解して、そして恕の心を持つことによって、ほんとうに結び直すことが出来るっていうのが、まあ、一冊目の論理ですね。その後に出てきたのが、その「絆」っていう問題だったんですね。

桑名 繋がってるんですね。

澤谷 鑛 のカウンセリングは、コチラ…
澤谷 鑛 のセミナー/講演会情報は、コチラ…
コメント

きずなとほだし
澤谷先生、こんばんは。

絆は糸が半分と書き、ほだしとも読むのですね。
人になぜ関わってしまうのか。

関わると面倒なことにはなるし。
感謝はされず反発されて終わりになることが
多いこともわかっているのに。

それはたぶん。

その面倒くさい絆を、若い頃の職場の先輩が、
結んでくれて嫌だと反発しながらも、
後から思えば大事なこと学ばせてもらったこと。

或いは。

その面倒くさい絆を。何もわかってない私に対し。
澤谷先生が結んでくださって。
反発しつつも感謝していたりするから。

昔の自分をみるような状況になると。

言葉は足りないし結局、伝わらないのだけれど。
それがわかっていても関わらずにはいられない。

そういう何かが。デトックスされる何かでもあり。
きずなでもあり。ほだしでもあるのかなと。

いったんほどいて結び直すこと。
いろんな関係においてまさにそうであり。

その過程にあるんだなと思います。
ありがとうございます。
[URL] 2016/02/16(火) 00:29 [編集]

厘さん。

お元気ですか? 人生をまっさらさらのいのちで、満喫していることと思います。今は、奇跡の一瞬一瞬なのですね。

その人生を、出会い、つながり、むすぶ、愛と信頼の絆は、大きく前進させてくれます。おのずからの社会化の第一歩に「絆」があるように思います。まず親子の絆でしょうか?
澤谷 鑛 [URL] 2016/02/16(火) 07:00 [編集]

孤独の前提がつながりと知ったインパクト!
孤独の解釈が目に留まりました。
孤独は、まわりの人との関わりがない
イメージを持っています。

でも、『孤独の前提は
まわりの人とつながっていることである。』と
澤谷鑛先生は仰いました。

その一言を見たとき
訳もなく安堵する自分がいました。

『前提はつながっているんだ〜』と。

『孤独が嫌なら
 またつながりに戻れるんだな〜。』と。

可能性の是非ではなく
選択するかどうかだけなんだと
いうことに可能性を感じ
きっと、私は安堵したのでしょう。

『縛られながら、解き放つ・解き放たれるという働きに
 愛情を感じ、人生の面白さや人間の素晴らしさを感じたりする。』

分かるようで、よく分からない。
でも、この言葉の中に深淵さを感じます。

そして、今の自分で表現してみると
『自分が与えられた世界の範囲内を有効活用しよう。』

イメージは部屋。
色々なものが部屋の中にあるけれども
すべてが今の自分に必要なものではありません。

不要になったものもあるだろうし
そもそも必要なものじゃないのに
衝動買いしたものもあります。

そのようなものを断捨離して
今必要なものだけを残します。

すると、気付くのです。
意外と必要なものが少ないこと。

そして、部屋は意外と広いこと。
広い空間にいるだけで、心が落ちついてきます。

少ないものに囲まれると、ひとつのもの対しての
愛着・思い入れが強くなります。

その存在が際立ってきて
今まで見逃していたことに気づくようになります。
今の私は、このようなイメージを抱きます。

そして、絆を結び直す方法を教えてくださいました。
心に溜まっているマイナスの想念を吐き出す。

今、ふと思ったのですが、マイナスの想念を吐き出すのは
マイナスの想念を吐き出すのが真の目的ではない気がします。

マイナスの想念を吐き出すことによって
その対極にあるプラスの想念が前提として
自分自身に備わっていることを知覚させるのが
目的だと感じました。

孤独が、まわりの人とつながっていることが前提と同じように。

それで分かりました。
澤谷先生がジョイント講演会で話された言葉
『「罪悪感を持つ自分」を見る自分が
 完成された自分だから罪悪感を感じられる。』の意味が。

このことが本当に腑に落とすことができたら
本当の気持ちなど理解できるのかと疑問を抱いていましたが
相手の本当の気持ちを理解できる可能性を私は見ました。

あと、『恕』の漢字の成り立ちを調べてみました。
素直でおとなしく人の言うことをよく聞く女性の意味と
神に祈る素直な女性の意味と、心の意味から思いやりの心を
意味する『恕』という感じができたそうです。

漢字に表している『口』は
人に対して口にしているではないのですね。
神に対しての祈りを表しているのですね。
『祈り』なのですね。
そこには自分はないのですね。

澤谷鑛先生
深い気づきにつながる
絆に関するお話を
ありがとうございます
よし [URL] 2016/02/16(火) 10:23 [編集]

よしさん。

心理学を超えて、フロイトもユングも学んだという唯識思想を学ぶと、よくわかるでしょう。養成講座の9期生の来期(3/1~)は、ここらあたりの学びになります。
澤谷 鑛 [URL] 2016/02/16(火) 14:44 [編集]

社会化の第一歩
社会化の第一歩が絆で。親子の絆なんですね。
実家の両親とは、過去が嘘だったようにすっかり仲良くなりましたが。その関係性の感情の癒しが。目の前の人間関係に顕れるのでしょうね。

自分が他人をどうにかしてあげないといけないとみると。自分も他人からどうにかしてあげないといけない人と見られる。

両親の夫婦仲を、私『が(我)』どうにかしないといけない。

母の投影の人をどうにかしないといけない。
父の投影の人をどうにかしないといけない。

その人に理想をみて。
その理想と違う相手をみて反発する訳ですね。

実際、実の父親との和解も、投影の父親との和解も。
理想の父親ではなく。人間としてのありのままの父親を。ゆるしそのまま受け入れたときに。

自然と絡んでいた絆がほどけていったというか。
相手の側の氣もちがわかってくるというか。
そうする理由がわかってくるというか。

それで。過去の私に向けていうなら。
先生を変えようとしなくて良くて。
先生に依存する必要なんかなくて。

あなたはあなたの理想を生きて良くて。
強い信念を持ち真っ直ぐで理想が高く。
情が深くて優しくて。

どんな言葉であったとしても。
あなたの存在そのものが愛であり。

周りはそれをわかっているし。
実は、先生もそれわかっているし認めているんだけど。本人はそれ信じてないというか。

ただ。先生というのは。
カウンセラーとして相手の発してるエネルギーの、
そのまま鏡として立ち。

相手が自分で氣づいてくれるの待つしかない訳で。

抗議のコメント書き続けたり。縁を切ってみたり。
待つ方にしてみれば。やっぱり人間だから。
面倒くさいと思うし嫌気もさす訳で。

すると。そっちの気配だけ感じ取って。
ほら!やっぱり!! とやってた訳です。

現象に顕れてくる人間関係が実は。
こういう親との絆の結び直しで起きてくることを知り。自分の心のなかをデトックスしていくというのは。

常識的なこれまでの価値観や。
これまでの人生の成功達成そういうものが。
却って邪魔したりしますから。

なかなか時間がかかってしまいました。
縛りを解き放つと。楽になります。
ありがとうございます。
[URL] 2016/02/16(火) 18:51 [編集]

京都びとさん
澤谷先生。私は仲間に対しての情が深いです。
ともに学びたいと思います。もう少し書かせてください。すみません。

「あなたは心に障害があるから、多目にみてあげないといけない。」

本質からの言葉に直してみると。

あなたの本質というのには。
どこにも障害なんか無いのだけど。

いま、現象的に顕れているあなたは。
そういうふうにみられるだけのものがあるのは。
自分でわかっていた方がいいと思う。

それが自覚できるということは。
完全なあなたが不完全をみているということで。
それは。デトックスして外せるということだと思う。

こういうこと言う人というのは。
情が深い人であり。

ちゃんと氣づくべきことに氣づいて。
ちゃんとやりや。そういうヒントをくれている。

福祉の現場において。
仕事ができる人であり。
職員、利用者含めて全体をみれる人であり。
弱い立場の人、つまづいている人に。
さっと必要なことをできる人。

そうして人の氣もちというのがよくわかる人。

ただ。法則の視点というか。
法則の落とし込みができてないから。
この場の学びは素人だから。

惜しいとしか言いようがないし。
コメント削除されたり。
排除されたように感じてしまうのをみてて。

歯がゆいし悔しい。

確かに。心に障害がある(敢えてこう書く)私に。
こんなこと言われるの悔しいだろうし。
なんであんたに、上からものいわれなあかんねんと思うかもしれないけど。

ここは。ぐっと堪えて。話を聴いて欲しい。
私は。きっとあなたの役に立てる筈。

あなたにとって残念な人かもしれないけど。
こういう人は。他はダメでも突出した何かは。
持ってるもんだと思うから。

私の経験と思考を取り入れて使って欲しい。
一緒に学んでいきたい。

氣もちは伝えた。
澤谷先生、すみません。
返信はいいです。

感謝してます。
ありがとうございます。
[URL] 2016/02/16(火) 21:21 [編集]

別れ
ありがとうね厘ちゃん。

あんただけやった。ちょっとだけでも通じあえたんわ。。。




さようなら。




京都びと [URL] 2016/02/17(水) 07:34 [編集]

京都びとさん
京都びとさんは。
私が現場で最も尊敬するタイプの人。

インターネットやメールの世界は。
一次元の情報しか伝わらないから。

声や表情、雰囲気。
生身のつきあいを大切にし。
生活をともにする中で人をサポートする人の理想は気高いと思います。

それに誇りを持って欲しい。

ただ、それを他人に求めても。
インターネットの世界は正直、難しいと思う。

それを。私はよくよくわかっているし。
よくよくわかったうえで。

自分は自分でいい。相手は相手でいいと。
納得した今があってコメント書いてます。

常駐している訳ではないけれど。
私に向けて聴いてくれれば、答えられることもあると思う。

本当は。
いま精神世界全体があまり振り向いてないこと。
佐原幹春さんの記事や京都びとさんのいうこと。

私は大事やと思うよ。

私は何度も。
ここから縁を切って出ていった身だし(笑)
また縁があるなら。繋がったらいいと思う。

またな。みゆきさん(^_^)v
元気でな。
[URL] 2016/02/17(水) 19:30 [編集]

澤谷先生
澤谷先生、こういうこと書かせてくれてありがとう。縁というのは。不思議なものですね。返信要らないです。感謝です。
[URL] 2016/02/17(水) 20:41 [編集]

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