お伝えしたいことは「運命は改善できる」ということです。
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02/23
寒くないか?
             乕澤美香(養成講座8期生)

「寒くない?」と、娘に声をかけた時、そういえば、と、ふと数年前のエピソードを思い出した。
ある企業で製品のサポートをしていたときに、“エンパシーとシンパシーの違い”なんてタイトルで研修が行われたことがあった。
しかし、研修をうけてもその違いがいまいちわからなかった私。
シンパシーは同情、エンパシーは共感、おおざっぱに分けるとそんな風にも区別できるそうだ。
もちろん、エンパシーを使って対応し、ゴールは「満足」を超えた「感動」。
お客様に感動を!! というものだった。
今でもそこでお仕事できた貴重な経験にはとっても感謝している。

しかし、このエンパシー。
思考では理解できるけれども、「あっ、これか」というような本質がつかめそうでスルリと逃げていく感じ。
「私って冷たいのかな(笑)」
そんなことを思いながらも、対応には良いとされる言い回しを使って、顧客満足度、成績は上がっていった。
でも、何か、何か釈然としなかった。

その時、久しぶりに澤谷先生とお話する機会があり、そのことを伝えた。
澤谷先生は、スカイプの向こうで、私の葛藤に微笑んでいるような声をしてた。
「乕澤さん、シンパシーもエンパシーも大事だよ」
それをきいて、ハッとした。
のびのびとした自由なものを感じたからだった。
考える中で、シンパシーはだめで、エンパシーは良いという、 凝り固まったものになっていたことに気づいた。

先生は続けた。
「どう違うのだろうね……例えばシンパシーは、言ってみれば自我意識の延長だから、自分の殻の中から逃れることはできないけれども、エンパシーとは、“無私”という言葉が示す、まさにそういう世界なんじゃないかな?」
「でも、先生、自分からはどうやっても逃れられませんよね。無私って、本当に一体どういうことなんでしょう? いまさらなんですが、何だかわからなくなって……」
「自分から逃れられないというのは、自我意識から逃れられないということだね、自分の自我意識のなかでもがいている。人をしあわせにしないのは自我執着心ともいわれる。その自我意識のなかで、もがき苦しんでいる人は沢山いる。
乕澤さんがいうところのシンパシーとは、いうなれば自分が損をせず得になることを考える感覚ですが、自分を守ろうとするのが自我意識で、エンパシーとは、それを抜け出して、そのままの自分で自在にはたらく心を持つということだね。無私とは私を無くすることではなく、よく自在にはたらく心を得るということ……」
「自在に働く心……」
「そう。すなわち、思惟(しゆい)という世界のことだと思うよ。思考の世界ではない。シンパシーが冷たいとここで表現されているのは、どこまでいっても思考でしかないからだろう。自我意識の中で考えた結果の世界……」
「相手の心に響き、働きかけるのは、ほんものの世界だ。自我を超え、自己の心を自由自在に飛び回らせて、その人のもとに行き、そして、声をかける。
思考をつかって思惟の世界を探ってみても、まるで風船のなかにいるように自我の殻の中にいるのかもしれないね。
心に届くものを伝えるためには、まずほんものに出会い、ほんものにふれなくては……」
 
「愛」
ふと、思いがけずに、最近毛嫌いしてきた言葉が思い浮かんだ。
こんなタイミングでこの文字が浮かぶなんて……。
その文字から伝わってくるものは、ひねくれたものではなかった。
自分の心が自在になっていくと、きっと、同じ事象を見ても沢山の概念が変わり、そして結果自分が変わり、人生が変わっていくのだろう。
スカイプを切った後、ふと最近知った「雪女の銀衣伝説」という物語が思い出された。

・・・・・・・・・・・・・

ある吹雪の夜、家路を急いで雪山を降りていた茂吉という男。
その道の途中、茂吉は髪の長い銀色の衣をまとったとても美しい女性と出会った。

女はすがるような眼差しで茂吉にこう言った。
「足を挫いてしまってもう一歩も歩けません……どうか私の家まで連れて行ってくださいませんか?」
茂吉は女に家はどこか? と尋ねると、女は黙って道のない真っ暗な森を指差した。
「よしわかった」と茂吉は力強く答え、背負っていた籠の中に女を入れて、山の奥へと歩いて行った。  
だが歩いて行けども行けども、雪が深まるばかりで家なんて見えてこない。
茂吉は尋ねた 。
「わしは道を間違っていないか?」
女は無言でうなずく。
女は待っていた、茂吉が疲れ果てて自分を投げ出すのを……。
そう、女の正体は、男を人里離れた山奥に誘い出し、精魂尽きた所で人の魂を喰らっていた雪女だった。

やがて茂吉の歩みが遅くなり、しばらく黙っていた茂吉の口が微かに動いた。
「娘さん……」
女はそれを待っていたかのように、口元に笑みを浮かべて答えた。
「はい……何でしょう?」
茂吉は息を切らせながら絞り出すような声でこう言った。
「寒くないか?」
茂吉の意外な問いに女は戸惑い、言葉に詰る。
茂吉は寒さで感覚の無くなった足を必死で踏み出しながら、さらに続けた。
籠の中はきつくないか?
腹は減っていないか?
もう少しの辛抱だから頑張れ! 頑張れ!!
女は「はい」としか答えなかったが、次第にその声は弱くなり、遂には聞こえなくなった。

心配になった茂吉は足を止め、籠の中をのぞいたら……中には女の姿は無く、変わりに大量の雪が銀色の衣に包まれるように入っていた。
茂吉の暖かい真心が、雪女を本来のあるべき姿に戻してしまったかのように……。

・・・・・・・・・・・・・

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コメント

エンパシーと思惟(しゆい)にあるもの
『エンパシー』という言葉。私は、今回、初めて知りました。
ですので、シンパシーとエンパシーともに辞書で調べてみました。

シンパシー:同情。また、共感。共鳴。
エンパシー:他人と自分を同一視することなく、他人の心情をくむこと。

また、思考と思惟も辞書で調べてみました。
思考:考えること。経験や知識をもとにあれこれと頭を働かせること。
思惟(しい):考えること。思考。
思惟(しゆい):仏語。対象を心に浮かべてよく考えること。
        また、浄土の荘厳 (しょうごん) を明らかに見ること。

調べて心に留まったのは
『心情をくむ』『心に浮かべる』という言葉でした。
心のフィルターに通すことがポイントのようです。

目にした行動・言動を見たまま受け止めるのは
きっと反応なのでしょうね。

そうではなくて、心を通すことで
相手の行動・言動をする動機に
目を向けることができるようになる。

そうすると、条件反射のような反応ではなくて
いくつかある行動・言動の中から
よりその場にふさわしい行動・言動を
選択できるのでしょうね。

そのようなことを
乕澤美香さんとの会話で話された澤谷鑛先生のお話
乕澤美香さんが紹介してくれた
『雪女の銀衣伝説』を読み返して、私は感じました。


乕澤美香さん
エンパシーという言葉
心をくむ、心に浮かべる
大切さに触れる機会を
ありがとうございます
よし [URL] 2016/02/23(火) 10:10 [編集]

同情と共感
同情しようとか共感しようとか思うまえに。
他人の抑圧した痛みや悲しみや怒りを、自分の痛みや感情のように感じてしまうということ。。

相手の詰まりがわかり、伝えると相手はよくなる。
伝えないと自分が浄化装置になってしまう。

これはおそらく。共感ではなく同情で。
同じ波長になってしまっていたのかなと思います。

乕澤さんのいわれるように、そこに愛が入ってくると。相手の想念が入り込んで来ても。自分のところで痛みが消えて。相手には「痛いね。苦しいね。悲しいね。」という共感を返してあげられるんだなと。

そこが。澤谷先生のいわれる同情と共感の違いなのでしょうね。
りん [URL] 2016/02/23(火) 21:54 [編集]

追記
シンパシーも大事というのは何故なのだろう?
と、ふと、立ち止まりました。

つい先日の話だと。あるコメントの件で。

「澤谷先生の対応の意味がわからずに、裏切られたような思いから抜けられないままに放置されるのは辛いし悲しいし嫌だ。」

これは、シンパシーだと思います。
このシンパシーがあり。

自分が澤谷先生の思いや意図がこうだろうと思うことを。相手に伝わるように言葉を選び、愛と智恵をもって伝えようとしてみること。

完全とはいかなかったけれど。
思いは相手に届きました。

過去、伝わらなかったことがあるなら。
また、いま、伝わらないことがあるなら。

そこには。自分自身の自我意識が抜けてないから。
相手に届く共感の言葉に達してないということ。

不調和があるなら。その不調和を自分の中で消化して。相手に対して愛といえる波動に自分がなること。

そうすると。自我の殻を抜けて自在な心を得て。
自分も幸せ。相手も幸せ。周りも幸せになるんだろうと思いました。

雪女のお話。愛ある心をもって対せず。
魂を喰われてしまうこと。物語だけではなく。
現実の人の抑圧感情や抑圧人格は。
まさにそういうものであり。

でも。愛をもって対したときは。
雪の姿となって消えていくもの。

自分の体験からも。随分、雪解けが起きてます。
あと、もう少しかもしれません。

ありがとうございます。
りん [URL] 2016/02/23(火) 22:17 [編集]

自在にはたらくこころ
コメントが大変おそくなりました。
何年も前の澤谷先生とのやりとりを今見返してみると
色んなことがよく見えてきます。

よしさん、りんさん、は探究心も素晴らしくて
本当に様々に理解をされようとして、
自在にはたらく心をもっていらっしゃるのだなあと
いつもいつも感心させていただいています。

どれが本当の自分のこころで、
そしてそれがその自分の想いのままに
自在に働いているか?

そんな事を最近思います。
エンパシーとは、自分なくしては
決して本当には感じられないものであるとそう思うのでした。

美香 [URL] 2016/02/28(日) 19:56 [編集]

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