お伝えしたいことは「運命は改善できる」ということです。
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03/03
桃の節句にデトックスを想う
             澤谷 鑛

 2度にわたって掲載されたことのある“人生をより楽しく生きるヒントをお届けする情報誌”『はぴとび~ハッピーへの扉~』(パナソニック エイジフリーショップ発行)の3月号が届きました。その巻頭言に、このようにありました。

【冬のモノトーンの景色に、梅が咲き、桃が咲き、野山がぽつぽつと赤く色づき始めると、いよいよひな祭りです。
 三月三日は、古代から「けがれを祓う」節句でした。
 災厄を人形(ひとがた)に移し、川や海に流す「流しびな」の風習が、今も残っている地方もあります。
 一方、平安時代、貴族の子供達の間で盛んになったのが、神の着せ替え人形遊びでした。
 これらが結びついて、次第に豪華なひな飾りになり、健康や幸せを願うお嫁入り道具として、母から娘に受け継がれてきました。
 金屏風におひな様、三人官女、五人囃子が並ぶはなやかなひな壇からは、楽しげなおしゃべりや音楽が聞こえてきそうです。
 そして、白(冬の大地)緑(芽吹き)桃(命)色のひなあられや菱餅を食べながら、あたたかな春への期待をふくらませてゆくのです。】

 もともとは、不浄すなわち罪や穢(けが)れを祓う節句だったのですね。浄化すなわちデトックスの節句だったのです。

 なぜ、私たち人間には、罪の自責の観念が起こるのでしょうか?
 罪が罪をみて罪とは思いません。それで当たり前だから、罪のままでそのままにしているでしょう。罪を影とすると、影が影をみて影とは思わず、影が影をみるのですから当たり前で、そのままにしてアクションを起こさないでしょう。
 罪の自責の観念が起こるのは、影が影だとわかる光が判断する側にあるからです。影が不完全なものとするならば、光は完全なるものです。影とわかるのは、そのように判断する側に光すなわち完全があるからです。完全を識っていればこそ、不完全を認識できるのです。
 罪や穢れの意識、すなわち不浄の観念は、心に入れて蓋をせず、明るみに出してしまえば自然に消えていきます。だから、デトックスも成り立つのです。

 私たちの手に墨がつくと、手が汚れたから手を洗おう、とします。手を洗うと墨が落ちてきれいになります。手に墨がついて手を洗いたいと考えるのは、手は自分のものですが墨は自分ではないからです。だから、自分に罪や穢れの不浄なるものが付着すれば、洗いたくなるものです。人間は、光を識っており、完全を識っておればこそ、影とみえるものや不完全とみえるものをデトックスしたくなるのですね。
 古の日本人は、よくよく知っていたのですね。このことを……。

『歎異抄』に「善人なをもて往生とぐ、いわんや悪人をや」という、いわゆる悪人正機説(あくにんしょうきせつ)がありますが、これは「善人が往生できるのだから、悪人が往生できるのは当たり前」という説ですね。
 悪人だから救われるのは当たり前? と疑問を持ちそうですが、悪人の方が救われる心になりやすいということではないでしょうか? 自覚ある善人は、自力の善に誇っていて、これだけ善いことをしたらその善い行いによって自分が救われる、とかその資格があるとか、いわゆる自力の善に誇りを持っているということです。
 完全を識っていればこそ、善を識っていればこそ、不完全な現れやその意識に対して、デトックスが必要なのですね。

 達磨と武帝の話(「碧巌録 ~辰年に龍を考える~」)を以前書いたのを思い出しますね。
http://blog.goo.ne.jp/sawatani77/e/99d1f3579cedb68fd2cf8f61da689b2f#comment-list
 確かに、武帝の行いは立派であり、功徳のある行為です。しかし、功徳を求めての行為は、禅といわずこの世の正しいものの中にはないのではないでしょうか? 人生には、目的と手段の乖離があっては、そのズレは罪悪感を生まないとは限りません。正しい目的のためには、正統な手段を取るべきでしょう。

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コメント

祝詞のはらいたまえの、言葉のような浄化が、必要なのかな。。。。。。
漠然と、悪人すら、善い心根があったと、想ってましたね。😅
只、蜘蛛の糸ほど細くですが、強い蜘蛛の糸です。
これもご縁(((^_^;)どう幸いするかな😅
くるみ 景崎 [URL] 2016/03/03(木) 06:48 [編集]

くるみ 景崎さん。

本来清浄だから手が汚れると洗うのですね。本来清浄だから洗う必要はない、との理論も成り立ちそうですが、それはちがいますよね。浄化、デトックスというのは、ちょっと面倒ですね。でも、そこにも人生があります。
澤谷 鑛 [URL] 2016/03/03(木) 06:50 [編集]

悪人と善人
人間関係は、表にみえる善人に抑圧したシャドーがあり。それを肩代わりする人がいることがあり。

悪人とみえる人は。肩代わりした毒を外しているだけ。或いは。

中学校のときの体験では、生徒に荒れた数人がいて。悪人かというとそうではなくて。クラスに溜まっている膿をその人たちがデトックスしてくれていて。善人の自分は何もいわず動向をみている。

善人の自分は、他人からどう見られるかを氣にして。善人をしているが。悪人とみえる人は。剥き出しのそのままの心を顕していて。

かえって裏表なく純粋であり。
善くなるときは芯から善くなる。

心屋ぢんのすけ先生が。
暴力のおこる仕組みを書くと。
たくさんの批判コメントがついたりしますが。

その通りのことがその通りに書かれているのに。
なぜ、あんなに反応する人が出るのだろう?

誰かを善人と思うのも、悪人と思うのも。
結局は、観る人が決めているだけだなぁ。

と感じました。
りん [URL] 2016/03/03(木) 07:19 [編集]

ブログの世界
ブログの世界は、背景となる人間関係がみえない世界で。文章だけが判断される世界だということを。
経験から悟ります。

また、普通の人は。普通にトラブルが起きずに氣もちのやり取りができて。

それは普通だから。当たり前であり。
その当たり前が実は凄いと感じもします。
りん [URL] 2016/03/03(木) 07:42 [編集]

澤谷先生と私
澤谷先生と私は。裏表のところがあります。
私の大事な人、大事なこと、大事なものを。
なぜか先生は。外してしまうところがあり。

澤谷先生の大事な人、大事なこと、大事なものを。
私が外してしまうところがあります。

蜘蛛の糸が細く繋がっている。
けれど。確かな糸というなら、それは。
先生と私との信頼関係の糸そのものなんでしょう。
りん [URL] 2016/03/03(木) 08:43 [編集]

日々新しい命を喜び祝うことを選んでいく。
デトックスの行事として始まった流しびなが
今は、命や誕生を祝う行事として定着している。

古いものは手放して流し去って行く半面
真新しい命が絶えまなく展開しているということを
そのまま表しているような移り変わりだなと感じます。

ネガティブな感情が噴き出したり、
トラブルを引きよせるデトックスをしていても
真新しい命の側面を見続けたり、生き続けたりすることは
長い間、なかなかできませんでした。
ネガティブな状態になることを責めたり
悪いことだと、自覚しないうちに、感じてしまっていました。

今は、デトックスが起きても、落ち込むよりも
そこから始まる新しい命を見て喜べるようになりましたので
信じられないくらい、人生が楽になりました。
楽になって初めて、どれほど自分を責めていたのかわかりました。
 
自責や悲しみ、怒りは何の力にもならない。
人生を好転させ、自分も他人もしあわせにしていく力は喜びにこそあるのであり
喜びは、感じさせてもらうから感じるのではなく
自分から感じることを選択していくことなのだ、ということも
ようやく腑に落ちてきました。

ならば、毎瞬毎瞬生まれては展開して行く新しい自分の命も、目の前の人の命も
今日からすべて力いっぱい喜んで、祝って行くと、改めて決めました。
周囲がどうあろうとも、自分が、今ここから波動を変えていくのだと。

ありがとうございます。
桜 美穂 [URL] 2016/03/03(木) 08:59 [編集]

デトックスとは何ぞや
とても情報量の多いお話でした。
そして、どれもが深い内容でした。

時代が進むにつれて
進歩していると感じることが多いです。

でも、古くから伝わるものには
深い意味があることを感じました。

と同時に、形や表面だけにしか
目を向けていなければ
ほとんど何も学んでいないことを感じました。

形や表面だけではなくて
その内側にある本質に
触れる必要性を強く感じました。

そのためには、外側にあるものを
ひとつひとつ取り除く必要があります。

それは、澤谷鑛先生が仰っていた
デトックスと同じなのですね。
手に付いた墨であったり
自力の前の誇りであったり。

ですが、心に引っかかることもあります。
今の自分にとって、不都合であったり
不快に感じる人やできごとが現れた場合
それらは自分を成長させるために
現れたと捉える方法があります。
マイナス面を見るのではなく、プラス面を見ることです。
そうすることによって、あらゆるものを有り難いものにする。
『自由は、自分に由る。』もこれに含まれると思います。

一方では、デトックスがあります。
自分ではないものが身についた時に
罪や穢れを祓うことをします。
この場合、不都合であったり
不快に感じるものを排除します。

この二つは、相反するもののように
私の目には映ります。

では、どう整合性を取ればいいのでしょうか。
そこで考えてみました。

きっと、ものごとのプラス面を見る時も
不快の感情は出てくるのだと思います。
ただ、そのまま不快の感情を引きずって
行動をしない選択をすることなのでしょう。

その際、不快な感情に蓋をするのではなく
不快な感情が起こったことをそのまま受け入れる。
それが、デトックスに当たるのだと思います。
そして、感情を感じた後のフラットな状態で
起こったものごとのプラス面を見るのでしょう。

でも、デトックスと言っても吐き出してはいません。
起こった感情をそのまま受け入れただけです。
これでは、自分の中に不快な感情を
残したままになるのではないでしょうか。
さらに考えを深めてみました。

そこで、今の所、スッキリする解釈が出てきました。
それは、自分を切り離すことです。
どういうことかと言いますと、身体の自分から抜け出して
ちょっと上から眺めている状態を想像することです。
魂が身体から離れた状態と言えるもしれません。

そして、身体を見るのです。
『今、身体の自分は不快な感情を抱いているな』と。

上から眺めているので魂から見ると
不快な感情は直接感じていません。
この状態は、見ようによっては
外に吐き出した状態にも見えます。

だから、感情をそのまま受け止めるという行為は
今の状況を客観視することを言うのでしょう。
そうすることで、デトックスができることになります。
そして、デトックスして空いている心のスペースに
プラス面で満たしていくのだと、私は感じました。


澤谷鑛先生
デトックスを考える機会を
ありがとうございます
よし [URL] 2016/03/03(木) 11:55 [編集]

九頭龍さん
昨日、九頭龍さんが夜中にきました。
以前のように切りつけてきたり、エネルギーを喰らって破壊的な念を植え付けていくことはなくて。

絡んでこちらの首を締めて。
そのまま紅蓮の炎をあげて燃えていきました。
奥で泣いているのがわかりました。

人格の統合が起きてると感じました。

九頭龍さんも頭の数も減り。
影もうすくなってご本人の姿がみえました。

そこまでは純粋なエネルギー。
そのあとに。敵意、排除、無視に変わり。
これを書きながら、ようやく咳が止まります。

抑圧人格のエネルギーは。
ひとりで流せる枠を越えてますから。
ご本人のみえるところに置き。

他人に流しているエネルギーに氣づいて
統合していただくこと。

綺麗も穢いもなくて。
ただ、受け入れて本来あるべき場所に帰すこと。

ありがとうございます。

りん [URL] 2016/03/03(木) 16:51 [編集]

デトックスと愛のワーク
無視という対応をすると。その人のグラデーションの最下層のデータを丸ごと相手に渡してしまうことになりますよね。依存してなければ大丈夫ですが。

澤谷先生の凄いところは。「すべては自分の心の展開。みずからの冷暖自知。」を人に腑に落とさせるための指導の天才ということ。

ただ。すべては自分の心の展開はいいのですが。
他人を自分の心をみるための刺激として扱ってしまうと。自分のデトックスが完了して楽になったらおしまい。

人は本来清浄であり。完全を控えているからこそ。
穢れを祓うことができるのですが。

いまの自分の状態が完全だと思っていると。
不完全を完全とみているから外せない。

これは。自分に対しても向ける言葉です。

澤谷先生のFacebookで。
「恩は、人に因る心。」とありましたね。

恩のある人には。その人のしてくれたことの意味がわかり。その人の氣もちがわかり。自分がその人に与えた感情がわかり。

ひとりで冷暖自知できたら。
その人に直接、ごめんなさいを言い。
感謝を伝えること。

恩は人に因る心ですね。
法則の使い方を教えられたのは、先生よりもむしろ相手。その生き様からたくさんのことを学ばせてもらっているから感謝。本人にちゃんと伝えることがベストですが。いまの段階では、これでOK。

相手もその時その時の状態で。
美醜のグラデーションの中では確実に、こちらのためを思ってのこともあったのだろうから。
それを。ひとつひとつ拾いあげてみます。

ひとつひとつ拾いあげて。
心の中でありがとうを伝えることにします。

無かったことにされている虚しさは。
自分が相手にいまできる段階のことを表現すると。
消えていくような氣がします。

すべては自分の心の展開がわかり。
自他一体を感じる。

相手の状態やいまの心をそのままトレースして。
不調和をデトックスして調和していく。

変幻自在の透明な水の心は。
自分が濁っても濁ってないことをしること。

これがわかるための体験と思えば。
すべて感謝。そうして。相手を祝福してあげることができると。自分が幸せになりますね。

人の間とかいて人間。
糸が半分とかいて絆。
絆は、「ほだし」を解いて「きずな」にする。

ありがとうございます。
心快晴\(^-^)/
りん [URL] 2016/03/03(木) 19:42 [編集]

澤谷先生
いま、私の力を本当にわかってくれているのは。
澤谷先生だけかもしれませんね。

相手もわかっているのかな。
表現しないだけで。

ありがとうはちゃんとある。
ごめんなさいもちゃんとある。

そう思えてきました。




りん [URL] 2016/03/03(木) 21:21 [編集]

自分の心の供養
絆の友達で、雰囲気の優しい友達がいる。
普段の雰囲気は優しいが。怒ると。
「明日、来やがれ!」という(笑)

こっちに向かって暴言を吐いているけれど。
怒らせるこちらの方が。
凹で陰であり根が深い。

相手に向かって暴言を吐けば。
さすがに言い過ぎたかなとか。
ちょっと相手にも悪かったかなという氣もちがわく。罪悪感がわく。

でも。この罪悪感、実は大事じゃない?

自分は相手に暴言を吐かない。
自分は相手と同化しない。
自分は凛々としていたい。

ここには。お互いを調整する心は育たない。
罪悪感もない。罪悪感がないから。
そのままにしている。

たいていのことは。
裏の1対1のやり取りで、かたがつく。

それが出来ない人には。
その人が受け取れる言葉や間が大切。
そこをできたら良かったねということだけれど。

数年前、先生以外の一般の人に対して、
あまりにも。

先生のように間をとってくれて。
先生のように受け取れる言葉で対応してくれて当然。そうじゃない相手に対して。法則でぶった切ったり。無礼者扱いしたり。目に余るものがあったよね。

不安だったんだよね。

誰も真正面から、あなたに言う人いなかったよ。腫れ物に触るように扱われていた。

「あの人はあの人のタイミングで。自分で氣づくときが来るよ。」

そう言って。距離を取るか。
そのままでいいんだよか。。

澤谷先生は。愛と智恵をもった対応だったけど。
激しいブロックと抑圧で指導に埒があいてなかったよ。いつかの記事でも、先生、そう書いていたね。

ブログの世界は。無視するも常套手段だけど。
そうしている人も。ちゃんと1対1のやり取りや調整はできる人多いんじゃないかな?

澤谷先生は。無視する指導をされたけど。
1対1で関係をちゃんと納める。
これを私を相手にして学んで欲しかった。

相手にわかって欲しいとかじゃなくてね。
どういう背景があったかを話しているだけ。

自分も未熟だったから。
いまの自分なら。もっと違う対応できたと思う。
それぞれがそれぞれに学んだと思う。

いまが幸せなら良かったね。
こうして話をして。私は私の氣もちを。
供養してあげようと思う。
りん [URL] 2016/03/04(金) 00:54 [編集]

氣もち
「無視すればいい」この対応は。
それぞれがそれぞれの問題だから冷暖自知しよう。そういう指導であり、因縁の法則を落とし込むためには。一番、理不尽なところ、自我意識を越えさせるための指導としては。最高のやり方ではある。

でも。私は同時に。先生が。
養成講座生で先生を一番心から慕う人を。
ビジネスで成功させたい。そのために。
この人を踏み台にしていい。

この世界を知らない人が批判すればするほど。
批判する方に非難が集中し。黙って文章を書き続ける人が勝利できることわかっていたんだなと。

もちろん。先生は私にもちゃんと指導してくれていた。心を整えた方が勝利だと。何回も何回も指導してくれて。わからない私に残念だと言った。

それでも私は。どうしても。
自分の信念があり。譲れなかった。

人格をちゃんと統合して欲しい。
私の真意をちゃんと理解して欲しい。

批判する人が批判される場で。
それでも批判し続けるということが。

どういう氣もちなのかということ。
自分が自分をちゃんとわかってあげて。
お疲れさまと言ってあげたい。

相手の心を壊してしまっても罪悪感を微塵も感じない。人格特性に書いてあったんだけど。呆然とする氣もちで。相手に使った自分の時間。向けた情熱。負うことになった犠牲。呆然とする氣もちで受け止めるけど。

いい経験をさせてもらった。
感謝しようと思う。ありがとうね。

りん [URL] 2016/03/04(金) 07:31 [編集]

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