お伝えしたいことは「運命は改善できる」ということです。
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03/08
一瞬一瞬を生きる
                   澤谷 鑛

 広島県の安芸の宮島で生まれた私は、小学生の時代から「広島カープ」のファンでした。古葉・大和田・興津・備前・長谷川の時代です。

 ところで、戦後初の外国人選手として巨人入りした与那嶺要さんは、85年の生涯をハワイで終えました。
 昭和26年6月19日、巨人入りしたばかりの与那嶺選手は、代打を告げられました。7回裏、無死一、二塁の場面でした。三塁側に転がすまでは、犠牲バントのサイン通りでした。ところが、一塁を駆け抜けた与那嶺選手は、セーフでした。それが与那嶺さんの初ヒットです。名古屋(現・中日)戦でのことだそうです。

 当時は、川上選手と大下選手の赤バット・青バットの時代で、いつの時代も必ずそれはありますが、豪快なホームランが人気を呼んでいました。その一方で、内野ゴロでは全力で疾走しない怠慢なプレーも目立っていました。

 与那嶺選手は、それを何よりも嫌いました。フットボール仕込みの猛烈なスライデングは、容赦なく相手チームの野手を吹っ飛ばすのもしばしばでした。外野手としての守備範囲の広さ、左右に打ち分ける巧妙なバットコントロール、小学生の王貞治さんのボールにサインして、ファンサービスの大切さを教えた人でもあるのだそうです。

 その歴史の積み重ねが、イチロー選手を生んだのではないか、という論もあります。亡くなった与那嶺さんは、生前「イチローのようだ」といわれるたびに、顔をほころばせたと言います。

 話は変わりますが、曽野綾子さんが『自分の始末』(扶桑社新書)という著書を出されています。人生を楽しく畳む知恵が興味深いですね。
「まえがき」には、このように書かれています。

【「自分の始末」の意図するところは、実はたった一つ、できるだけあらゆる面で他人に迷惑をかけずに静かにこの世を終わることである。私たちは一瞬一瞬を生きる他はないのだから、その一瞬一瞬をどう処理するか、私はずっと考えて来た。】

 またまた話は変わりますが、五年前の「しあわせな人生の実現をサポートする人材養成講座」最後の集合講座の、それも一番最後に、ある会社の最高顧問(86歳)を入院中の病院でカウンセリングをした実話を話しました。当時43歳の若輩者のときの話です。その方は、10日後にお亡くなりになりました。
 その方がポロッと涙をこぼされ、「寂しい」という言葉が口をついて出たのは、カウンセリングをはじめて二時間も経った頃でした。
「今死んでも悔いはありません。覚悟は出来ています。しかし、生きてきた86年を振り返ると寂しくなります」
 少なからず慌てた若輩者の私の対応と、この話の私の講演を聞かれた、その後の様々な人たちの反応を具体的にお話しました。

 三度話は変わりますが、以前、スカイプでカウンセリングした人が、たまたまスカイプをつけていたので、通信してみました。以前、
「あなたの濃ゆい濃ゆい(笑)癖は、毎日私のブログにコメントを書き、皆さんのコメントも読み、自分に溶かし込んでいくことにより、癖が薄まり、個性として昇華していくのでしょう」
 と言った人です。こんなやりとりをしました。

【澤谷】どうですか? 何かありますか?
【Aさん】いやぁ、ブログの記事にコメントしたところなのですが、これが何ともですねぇ(苦笑)。
【澤谷】コメントを書くとき、自分が○で相手が☆だとすると、☆の相手を、○にいくら嵌めようとしても嵌らないのであって、自分の○を一端はずして、☆になってみる。そこに共感が生まれるわけだけれども、それをしないと水と油だね。
【Aさん】そうですねえ。わかっちゃいるんですよねえ。それなのに……。
【澤谷】葛藤っていう言葉があるでしょう? あれは葛と藤が枝がもつれからみあって葛藤ということなんだけれど、道元が如淨禅師に教わったのは、実は、葛と藤の枝ではないというんだね。瓢箪(ひょうたん)のつるは瓢箪に絡み合う、という。
【Aさん】よくわかりませんね。
【澤谷】自分が葛で相手が藤だと思っているけれど、それは実は、自分が葛とか藤とか、相手が葛とか藤じゃなくて、絡まっているものは、同じ瓢箪のつるなんだね。それを解くといったってそのままでもいいんだけれど、いい瓢箪がなるためなんだね。それも確実に瓢箪しかできない。それはコメントを書くということにもつながってくるんだけれど、御主人やお子さんとの縺(もつ)れがあるなら、いったん解いてきれいにしてみることでもあるのでしょう。生活の中で学ぶ訓練、その意識化がコメントなんですね。

 与那嶺選手もそんな毎日を生きたのでしょう。

澤谷 鑛 のカウンセリングは、コチラ…
澤谷 鑛 のセミナー/講演会情報は、コチラ…
コメント

懐かしい!
澤谷先生、おはようございます。懐かしいですね。
このスカイプでのお話は、5~6年前の冬頃のお話でしょうか。

藤の蔓が藤に絡む。瓢箪の蔓が瓢箪に絡む。
自分が自分に絡み。相手が相手に絡む。
お互いよい実をつけるために、絡みをほどいて。
よい絆に結びなおしていく。

そういえば。○を○と主張するのをやめて。
○が☆になってみるところから共感が生まれ。
問題と思っていたことが、どんどん解けだしてます。

自分ひとりの枠組みだけでは。
相手はわからないということ。

澤谷先生とお話するときには。澤谷先生の心に自分がなってみることで共感が生まれますよね(笑)

こういう会話もありましたね。

「先生、この人、こうこうこうゆう展開で、こうこうこうゆうことになっていて。ここに氣づいてなくて云々かんぬん。ここに氣づくように、ああ言ってこう言って云々かんぬん。」

「あなたの反応は、正確で安心しますね(笑) その毒のある思っていることをそのままに、俺にメールしてみてくれる?」

「えっ!? そんなこと。していいんですか?? いや、それは先生といえども。そういうことをあからさまにいうのはですね。。」

「いや、そこからそれを。どう表現したらいいかを考えればいいのだから。」

いまにして思うと。自分のなかにある毒が抜けてくると。みえることが同じでもおのずから、共感の言葉に変わってくるということなんですね。

随分、時間がかかりましたが。やっと、ここの入り口に来ているようです。ありがとうございます。
りん [URL] 2016/03/08(火) 06:11 [編集]

りんさん。

スカイプで以前、お話したAさんは、りんさんだったのですね。そうでしたか。さすがにご本人は鮮明に覚えておられるのですね。

コメントの後半の話もおもしろいですね。
澤谷 鑛 [URL] 2016/03/08(火) 07:22 [編集]

生きるとは、意識化することか
まわりがしているから
自分もそうするのではない。

自分が信ずることをただやる。
コツコツとする。丁寧にする。
人生を丁寧に生きる。

相手に変わることを要求するのではなく
期待するのでもなく、自分のプレーで
自分の信念を表現する。

その姿を通していると
それが見える人は共感する。
その人とはつながる。

そのつながりは
見ている人の血肉となり

時が経ち、また
次に見える人へと伝わっていく。
そうやって受け継がれていくのですね。
いい話を聞くことができました。


ある会社の最高顧問のお話。
人生、悔いはなくても
覚悟ができても、寂しく思う。

その寂しさは
どこからくるものであるのか?
私には、計り知れない。

ただ、想像するに入院している只中に
生きている実感を感じることができないことに
寂しさを感じていたのではないでしょうか。

そのことを曽根綾子さんが
伝えているのだと感じました。

そして、もう一つ。
静かにこの世を終わること。
いかにして死を迎えるか。
そのようなことは
考えたことがありませんでした。

どこか『死』は見ないように
している自分がいる気がします。

でも、曽根綾子さんの文章を読み
しばらく考えてみると
『死』と向きあることで逆に
自分はどう生きるのか
どのように生きたいのかに
目を向けられるのかもしれない
そう感じました。


自分の価値観を持って
人に変わることを要求する。

そうではなくて
自分の価値観をとりあえず置いて
その人の価値観を感じてみる。

そうすることで、共感が生まれる。
それをしないと平行線のまま。

生活の中で学ぶ訓練
その意識化がコメントである。
そう澤谷鑛先生は仰る。

対峙する価値観が
自分の価値観を教えてくれる。
そしてまた、相手の価値観を
自分も持っていることにも気づく。

でも、心がけたいことがある。
コメントは自分の価値観や感情を
ただ書き連ねるのではなく
文章がどのような意図を持って掲載されたのか
その文章から何を読み取ったのか
もしくは読み取れなかったのかを
書き記していきたいと感じます。

それが生活の中で学ぶ訓練であり
その意識化がコメントなのでしょう。

澤谷鑛先生
深い話の数々
ありがとうございます
よし [URL] 2016/03/08(火) 16:06 [編集]

よしさん。

こちらが深く学ばせていただきました。コメントで学ぶ。人生の意義を感じました。
澤谷 鑛 [URL] 2016/03/08(火) 16:26 [編集]

一瞬一瞬を大切に
記事を拝見して、また曽根さんのお話を拝見して
「迷惑」とは何だろう、と考えさせられました。
思い出させられたのは、主人の母です。

義母は何度も何度もがんの再発を繰り返して、声を失っていますが
その状態で更に転移が見つかり、これからアイソトープ治療に入ります。

いつ何があってもおかしくない状態の義母がもし
迷惑をかけないことを第一に、自分の身の始末を考えているとしたら
義母がそんな孤独でいることは耐えられない、という感情が起こります。
 
義母は、わがままを言って面倒をかけるようなことをする人ではありません。
静かにたんたんと、自分のことは最大限自分でされます。
でも、できないことはできないとはっきり言われて
迷いも葛藤も無く爽やかに「助けて」と言える方なのです。
いつも周囲に愛を放射されることが、義母の喜びであり
義母の命を支える原動力になっているように見えます。

そうして愛しながら、また同時に、愛を同じくらい受け取れる人でおられるということは
周囲からすると本当にありがたく嬉しいことです。
変な気兼ねなくのびのびと、こちらの愛を受け取ってくださることで
癒されているのは、周囲の方なのです。
 
義母は、記事で書かれている最高顧問さんのように
無くなる前にカウンセラーさんを呼んで、
このような言葉を言うことは、無いのではないかと感じます。

死にたくない、という思いも、
治療の苦しさを思うと、死んでしまいたい、という思いも
寂しい、怖いという思いもすべて
驚くほど素直に正直に感じ尽して、爽やかなほどに遠慮なく
身内にも、誰にでも言える義母なのです。

初めて義母にお会いしてからもう、24年が経ちました。
私が知る限り、義母の人生は、ずっと
そのような正直さと深い愛情で貫かれていました。
どんな絡まりも葛藤も大きく飲み込んで愛し、生かせる人で
義母のその大きさの中で、たくさんの人が心を溶かされて
ひとつながりに結ばれて行くのを、何度見てきたことかわかりません。

完全な愛の循環の中に、ありのままにおられる義母を見ていると
こんな状況にあっても、義母も、周囲も、
なんと完成された愛の喜びを生きているのだろうと
深い喜びと平安が、ひたひたと満ちてきて、浸し込まれる思いです。

この喜びの中を、自分もまた
心の底から、今しかない一瞬一瞬を大切に、生きよう。
義母の愛に養われ癒され、学ばされてきたひとりとして、
義母の命を受け継ぐようにその愛を生きるものに
これからは自分が成って行く。
それもまた、見事な瓢箪を実らせることなのだろうと思うと
自分が、義理の上だけではなく、魂において、
ほんとうに義母の娘になれるような気がしてきます。

ありがとうございました。
桜 美穂 [URL] 2016/03/10(木) 09:03 [編集]

桜 さん。

「曽根」さんとありますが、「曽野」さんですね。曽野綾子さん。

桜さんは、曽野さんの言葉で「迷惑」ということを考えられ、ご主人のお母さんを思い出され、また最高顧問の話もお義母ならば、ということで考えられています。曽野綾子さんと最高顧問さんとご主人のお母さんとは、別々ですよね。三人三様です。多角的な視座・視点がひつようです。
桜さんは桜さんでいいのですが、桜さんの「曽野綾子」さん・「最高顧問」さん・「お義母さん」であり、それは、桜さんの心の表象であり、そのさんや最高顧問やお義母さんそのもを表現していないことになります。
「自分の感覚や感情に気づく訓練」という文章を桜さんが書かれたとき、ある人が「後の方のトム・ケニオンの部分と前の方の桜さんの考えの部分、同じようで違いがありますね。」とコメントされました。私は、「あなたの〈同じようで違いがある〉というところを教えてください。学びたいですね。」とコメントを返すと、「〈自分の感覚や感情に気づく〉目的が異なっているように思います。たとえば分類すればプレパーソナル、マインド、ソウル、スピリット、パーソナルと私たちはステージをのぼっていくわけですが、前のほうはマインドステージに留まっていてそのためとなっていますが、後のほうはマインドかソウル、スピリット・・・と上っていくためにということになっています。ちなみに、入江富美子先生のへそ道が素晴らしいと僕は思ってテイルのですが、それは、過剰な〈しい〉の思考・感情をはがしはがしてプレパーソナルから抜けマインドへ、〈たま〉と〈しい〉に気づいていき、〈しい〉をつるつるにしていくことで〈たま〉主役のソウルへ、さらに〈たま〉が強くなりスピリットステージへ、で、そこでとまらず、本来の〈たま〉〈しい〉のまっさらさらの自分・パーソナルにいたるロセスになっていると僕は思うからです。」と私にはむつかしい応えが帰ってきました。この人にも、みずからを信じるところがあるのですね。
澤谷 鑛 [URL] 2016/03/10(木) 10:57 [編集]

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