お伝えしたいことは「運命は改善できる」ということです。
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03/11
家系のデトックス(3)~祖父母のこと~
                  真木野 貴子

両親のことで、違った面から見ると、発見があり、澤谷先生との会話を思い出しながら、祖父母にも思いを巡らせてみました。

先ず、祖父、父の父です。
私が幼少期まで存命でしたので、私はこの祖父からかわいがってもらった記憶があります。
祖父は、多分40代のころには半身不随になっていて、私の知る祖父は寝たきりでしたが、優しく話しかけてくれたり、絵本を読んでくれたり、絵を描いてくれたりしました。絵はすごく上手だった記憶がうっすらあります。隣家にすんでいたので、毎日顔をあわせていて、一緒にいる時間は多かったと思います。
祖父については、良い思い出が断片的にあるだけで、祖父がどんな思いで毎日を過ごしていたか、そして「心配」について、考えたことはありませんでした。
しかし、頭の良い人でしたし、頭脳明晰のまま、何十年も寝たきりで、家族の介護を受け、父の姿、兄弟との確執を見ているのは、どれだけ辛く、心配の毎日だったことと思います。多分、自分の身体さえ健康なら……と思い、日々過ごしていたことと思います。

次に祖母、父の母です。
この祖母も孫の中で私を一番かわいがってくれました。しかし、皮肉なことに、そのことに対する嫉妬心から、叔父叔母達が私達親子に対して、辛くあたったのだ、と母は言います。ですから、私達を不愉快な目に合わせた人……という印象を持ってしまっていました。
子供のころは隣家に住んでいたので、3歳のころに母方の祖母が亡くなってからは、働く母にかわって昼間は私の面倒を見てくれていました。子供のころ、相次いで母方の祖母、父方の祖父を亡くしたので、両親と旅行に行ったりする度に、帰ってきて、“もしお祖母ちゃんが死んでいたらどうしよう”と思うくらい、お祖母ちゃんに長生きしてほしいと思っていました。しかし、大人になるにつれ、祖母には浅はかなところがあり、7人の子供に対して、場当たり的な対応をするのに気付きました。そして、それが父の兄弟姉妹の仲がおかしくなった一因だと思うようになり、だんだん信頼感が持てなくなり、冷たい目で見るようになってしまいました。

晩年、同居していた父の弟の家を追い出されるようにして、我が家に住み付きましたが、自業自得だと思っていました。そして、私の育児に口出ししたり、特に赤ん坊だった私の次女を絶えず抱くので、それが嫌でたまらなく、更に父の弟に対する恨みつらみを繰り返し言うので、良い感情を持てませんでした。
しかし、今振り返ってみると、祖父(夫)が半身不随で、経済的にも肉体的にも大変な思いをしてきたと思われるのに、それに対する愚痴は一切聞いたことがありません。祖父のことは、いつも「良くできた人」と褒めてばかりでした。
祖母は勝手な人と思ってきましたが、「心配」は沢山あったはずです。
他の祖父母と比べて、一番一緒に過ごした時間が多かったのに、その「心配」について、尋ねることもありませんでしたが、もっと話を聞いてあげれば良かったなと思いました。

次に母の父です。
祖父は母から、「知らない人」と聞いていたので、申し訳ないことに、私の中では「無」に近い状態でした。しかし、澤谷先生に祖父の話をしたら、
「お祖父さんは、子供を3人も残して、しかも乳飲み子まで残して、この世を去るのは、さぞかし心配だったことでしょうね?」
とおっしゃったので、その言葉にはっとしました。
初めて、祖父は「この世に生きて死んでしまった人」という捉え方ができました。決して「無」などということはないのですね。祖父の存在があってこそ、今の私がここにいる。祖父にも心配があったということが、この世に祖父の存在があったという気付きになりました。

最後に母の母です。
この祖母には3歳くらいまで育てられました。
父方の祖母が「とても躾の厳しい、怖い怖いおばあさんで、おまえが可哀そうでならなかった。」というので、私自身も「怖い人」と思っていたのですが、今回、思いめぐらせてみて、父方の祖母が、自分は「優しい方のおばあちゃん」という意識を植え付けたくて、大袈裟に言ったのを信じてしまっていたのか、と思いました。
この祖母についても「心配」のことは考えたことがなかったのですが、夫を亡くして子供3人を抱え、相当の苦労と「心配」をしてきたことと思います。
自身に持病があったことも、心配の種だったことと思います。

こうやって振り返ってみると、先祖の心配を全くしらず、毎日くよくよしていたものだなあとあきれました。情けなくも思います。
でも、これがデトックスというものでしょうか? とてもすっきりした気持ちになりました。そして、このデトックスが思わぬ奇蹟へと導いてくれます。(つづく)

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コメント

真木野さんへ
まっさらで天真爛漫で純粋な子どもにとって。
ある日から、大人の人間関係のドロドロがみえてしまうのは、ショッキングなことですよね。

また、家系の浄化の役割を負う子どもは。ご先祖様のあらゆるネガティブな念や毒を、受け取って自分の心や身体を使って浄化してしまう役割があるのでしょうね。

突然、自分の中に入ってきて抜けなくなる自分のエネルギーではない、怒り、憎悪、悲しみ、そういう感情は。子どもにとっては消化しても消化しても消えない重いものですよね。

それを発する人を嫌いになってしまう氣もちが。よくわかるような思いです。

澤谷先生の言葉から。真木野さんご自身の立場やお氣もち、周りの家族の立場や想いを、ちょっと俯瞰されるようにしながら。

だんだんと、その時その時の御先祖さまひとりひとりの心に寄り添い共感され。暖かい氣もちになっていかれている過程が。つぶさに伝わってきて感動します。

続きを楽しみにしてます。
ありがとうございます。
りん [URL] 2016/03/11(金) 21:25 [編集]

糸口は慮ること
真木野貴子さんの文章を
興味深く読ませていただきました。

両親の祖父母について
事細かにご存知なのにびっくりしました。

そして
真木野貴子さんが抱いていた
感情が赤裸々に綴られており
まるでドラマでも見ているかのような
臨場感を感じました。

そして何より
自分から見た祖父母の印象ではなく
祖父母の立場から見ることの大切さを感じました。
自らではなく、自ずからなのですね。

デトックスが引き起こす
思わぬ奇跡が気になります

真木野貴子さん
家系のデトックスのお話
ありがとうございます。
よし [URL] 2016/03/11(金) 21:33 [編集]

鏡に始まり、鏡を超えて行く
自分の両親、親戚、祖父母の気持ちを感じてみる。
それも、ともすれば自分の体験してきたことや
自分が抱いている価値観、考え方、信条、思い込み
また、自分が抱いている痛みや、やり場を求めている感情
そうした色眼鏡で見てしまいがちになるところを超えて感じてみる。

一般的には、相手を鏡にするからこそ自分の本当の姿が見えるのであり
それは本当に感謝なこと。
そして、そうして自分の本当の姿に気付いて
自分の佇まいを直せたら、その次には
相手を鏡にするのではなく、
相手をデトックスの道具にしない、という次元が待っている。

相手を鏡にして、自分の見たいものを相手の中に見るのではなく
自分の感情や事情はいったん脇に置いて、
まっさらさらな目で客観的に俯瞰する。
そうしてこそ初めて見えてくるものがある。

その時こそ、人は初めて
相手の本当の姿を、初めてそこで見ることができるようになるのでしょう。
真木野さんが見せてくださっているのは、まさにその次元なのだなと感じました。

いろんな方々をまっさらさらにたんたんと
ご自身の感情にも価値判断にもひっかかることなく
見つめておられる誠実なご姿勢、そのシンプルなお美しさに、
こちらの心まで澄み渡る思いです。

素敵なシェアを、ありがとうございます。
桜 美穂 [URL] 2016/03/13(日) 12:48 [編集]

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