お伝えしたいことは「運命は改善できる」ということです。
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03/13
家系のデトックス(最終回)~奇蹟的な思い~
                   真木野 貴子

その後、11月の叔父の命日に、一緒にお墓参りをしようということなり、私と両親、A子ちゃん夫婦の5人で、叔父の墓地のある、兵庫県のH市で会って、食事をしました。
A子ちゃんは、お土産と言って、母には毛皮のベストを、父には地酒を、私にはイヤリングを、更に、5月に会ったときに、昼食をとった料亭の前で3人(A子ちゃん、母、私)で撮った写真を大きな額に入れたものを用意してくれていましたが、なんとなく違和感を感じました。
そして、母だけA子ちゃんの家に泊まりに行くことになりました。
急速に親しくなり、楽しい時間を過ごせましたが、それと引き換えに、深刻な事実も知ってしまうことになります。A子ちゃんの健康状態が、思わしくないということです。

12月になって、牡蠣が沢山送られて来て、A子ちゃんは元気なんだと、両親と安堵していました。

そして、12月27日。
朝6時半に、リビングに置いたままの母の携帯電話が鳴りましたが、見知らぬ番号だったので、出ませんでした。すると、間髪を入れずに、また、電話が鳴り、今度は、A子ちゃんの名前だったので、不安が忍び寄って来るように思いました。
そして、電話に出たら、男性の声。数秒の間に、最悪の事態だけではないようにと祈りましたが、「落ち着いて聞いてください。」という言葉に、もう後戻りができないところに来たと理解できました。その先は「今日の未明にA子が息を引き取りました。」というものでした。
A子ちゃんは、初対面のときからやつれていて、ただならぬ病気だとは気付いていましたが、出会ってから半年と少し、まさか、こんなに早く永遠の別れが来るとは思いませんでした。取るものもとりあえず、母はお通夜、お葬式に向かいました。母は、まさか私より先に逝ってしまうなんて……と言っていましたが、私とて、母の老い先が心配で、A子ちゃんに会わせたかったのに、こんなことになってしまい、驚きました。

私は仕事があり、年が明けて、1月4日に、初めてA子ちゃんの家に行きました。
最寄駅まで、A子ちゃんの夫が車で迎えにきてくださいました。阿品という駅です。多分、澤谷先生は良くご存じの駅だと思います。
そして、少し坂道をあがったところで、
「家は右に曲がるのだけれど、見せたい景色があるから左に曲がるね。」
と言って、家とは反対方向に曲がったのですが、見せたい景色とは、なんと、私の氏神さんと同名の神社、厳島神社だったのです。見せて欲しいとは頼んでいないのに、わざわざ遠回りをして見せてもらえた偶然に、奇蹟的なものを感じました。
この神社こそ、私が澤谷先生のカウンセリングを受けるきっかけになった神社です。
長いような、短いような道のりでしたが、ここまで辿り着けたのは、澤谷先生のお蔭だと、感謝の気持ちで一杯になりました。

A子ちゃんの家に行って、先ず驚いたことは、応接室に、A子ちゃん、母、私の3人で写した写真が、小さな額に入れて飾ってあることでした。初めて会ったときに記念に映したもので、前回会ったときに大きく引き伸ばして額に入れてプレゼントされたものと同じものです。驚いてしげしげ眺めていると、A子ちゃんの夫が、A子ちゃんの寝室の枕元には、もっと大きく引き伸ばしたものが飾ってあると教えてくださいました。
A子ちゃんは、私たちとの出会いを、本当に喜んでいてくれたのだとわかり、感動しました。

その後、A子ちゃんの四十九日に、母と二人で阿品を訪れました。永年果たせなかった、母との旅が、やっと実現しました。
四十九日の翌日は、A子ちゃんの夫と3人で、思い出で話をしながら、観光しました。

2回の訪問で、A子ちゃんの夫から、色々話を聞きました。

・A子ちゃんは年末に亡くなったため、皮肉にも亡くなってから我が家に年賀状が届きました。これは、A子ちゃんが初めて親戚に出したものであったこと。(母方の親戚とは上手くいってなかったようです。肩身の狭い思いをしてきたようで、年賀状すら交換する関係でなかったこと)
・A子ちゃんは、肝臓癌だったが、看護婦長の経験もあり、家族には、ほとんど病気のことは話さず、一人で耐えていたこと。夫が病状を尋ねても、何も答えなかったこと。
・A子ちゃんは、乳癌を患ったことがあったが、そのときも、夫は手術の後で知ったこと。(夫は海外に長期出張が多かったため、何も知らされていなかった。)
・人付き合いが悪く、友達といっても、看護学校時代の2、3人であること。
・夫の親戚の集まりなども避けていたようで、忙しいのを理由にほとんど参加しなかったこと。

夫、子供との幸せな生活ではあったものの、頑なで孤独な面もあったようです。

今、思うと、11月に感じた違和感は、きっとA子ちゃん自身が自分の命が長くないことをわかっていたことによるものだと思います。次に会うことはないかもしれないという思いから、写真を額に入れて、「家に飾って置いて……」と言ったり、一人一人にお土産を持ってきたりしたのだと思います。

欲を言えば、もっと早く会いたかった。もっともっと話したかった。一緒に笑いたかった。一緒に泣きたかった。
30年前、遠方で大学生活を送っていた私は、「従姉妹のA子ちゃんの住んでいる街」と意識しながら、何度も広島を通過しました。あの時、途中下車していたら良かった。
後悔することは、一杯ですが、生きて会えて、本当に良かった。

A子ちゃんの夫が、母と私に向かって、
「1年後にお手紙いただいても、A子は亡くなったのでと言って、私はお2人にお会いすることもなかったでしょう。本当に良いタイミングでご連絡いただけたのは不思議なことです。こうやって3人で食事しているなんて、奇蹟的な思いがします。せっかくのご縁ですので、今後ともよろしくお願いします。」
と言ってくださいました。今もお付き合いは続いています。

澤谷先生、本当にありがとうございました。

澤谷 鑛 のカウンセリングは、コチラ…
澤谷 鑛 のセミナー/講演会情報は、コチラ…
コメント

厳島神社
真木野さん、最終回まで家系のデトックスの連載を読ませていただいてありがとうございました。

胸に迫るような熱いものを感じました。
切ないけれど、とても暖かい何かでした。

A子ちゃんにとって、真木野さんやお母さまとの出会いや過ごした時間というものが、どれだけかけがえのないものだったかが伝わってきます。

もし、A子ちゃんの時間が半年という限られた時間でなかったなら。こんなに凝縮したいのちの時間は。過ごせなかったのかなぁと。感じるところもありました。

私は。子ども時代を広島で過ごしてます。厳島神社もよく行きました。澤谷先生の話される故郷の話しは懐かしく。A子ちゃんもそこに住んでいたんだなと感慨深い思いです。

澤谷先生のカウンセリングを受けることになった神社も。厳島神社だったのですね。

真木野さんに感化されるように。私も心境が変わってくる思いです。本当にありがとうございました。





りん [URL] 2016/03/13(日) 02:13 [編集]

絆とはご縁とは
鳥肌を立てながら
読ませていただきました。

このような体験は初めてでした。
そして、人の絆とは、ご縁とは
このようなことをいうのだ
ということを実感しました。

それにしても
なんというタイミングなのでしょう。
あまり言葉にできません。

ただ言えることは、きっかけは
牧野貴子さんだったということです。

両親のことを想い
祖父母のことを想ったからですね。
相手のことを慮ったからですね。
すべてはそこからだったのですね。
その心が、その暖かさが
人から人へ伝わっていったのですね。

真木野貴子さん
心に深く刻み込まれるお話
ありがとうございます
よし [URL] 2016/03/13(日) 12:13 [編集]

改めて、すべてに感謝して生きようと思いました
生きている間にお会いになれて、本当によかったですね。
拝読しながら、涙が出ました。

あの時ああしていれば、と思い出すときりがないかと思いますが
どなたにとられても、早くも遅くもない、最高最善が起きていたのだと思います。

しかし、不思議ですね。
このような、絶妙のタイミングに私たちはいつも抱かれているのでしょう。

そのことをすぐに忘れて、不平不満を抱いてしまいがちな自分の愚かさを、しみじみ感じさせられました。

感謝は人生を変える、と、よく言われますが
感謝すべきことしか、人生には起きていないのですね。

改めて、全幅の信頼を人生に寄せて
感謝の日々を送って行こうと思います。

ありがとうございました。
桜 美穂 [URL] 2016/03/13(日) 18:10 [編集]

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