お伝えしたいことは「運命は改善できる」ということです。
09 * 2017/10 * 11
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
--/--
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
03/15
身心脱落 脱落身心
                 澤谷 鑛

 DVDで「ZEN」をみました。道元の物語です。
 思い出したのが、この原稿です。

 道元は、天童山におよそ1年いましたが、求める師が得られず、正師を求めて中国の諸山を巡りました。そんなとき、道元は如浄(にょじょう・1163年~1228年)の名声を聴きます。
 ところが、道元が天童山を去った直後に、如浄は天童山徳禅寺に入りました。道元はふたたび天童山に戻ってきました。
『正法眼蔵』面授の巻には、大宋の宝慶元年(1225年)五月一日に、道元ははじめて如浄に会ったことが書かれています。

 道元は如浄禅師についてひたむきな坐禅修行を続けます。
 夏安居(げあんご)の最中、大勢の僧が早朝に坐禅をしていました。すると一人の雲水が坐禅中に居眠りをしました。如浄は、大きな声で叱りつけ、居眠りする僧に警策(きょうさく:禅宗で、座禅中の僧の眠けや心のゆるみ、姿勢の乱れなどを戒めるため、肩などを打つ木製の棒)を加えました。
「坐禅の修行をすることは、心塵(しんじん)脱落のためなのに、おまえはひたすら居眠りばかりをしているではないか。そんなことで参禅の目的である、おまえの本質をあらわすことができるのか」
 と如浄禅師は言ったのです。
 その如浄の言葉で道元は悟りを開いた、と言われています。
 如浄は“心塵脱落なるべし”と語ったのですが、道元は“身心脱落なるべし”と聴いたというのです。
「坐禅とは心の塵を払うこと」と言った如浄に、道元は「坐禅とは身も心も超えて真実の存在に出会うこと」と聴いたのです。聞き違いなのですが、それで悟りが開けたのです。

 道元は如浄の部屋におもむき、焼香礼拝しました。
「なんのための焼香か?」
 と如浄が問います。
「身心脱落し来(きた)る」
 と道元が答えます。
「身心脱落、脱落身心」
 と師の如浄は言い、弟子の道元の悟りを認めました。
 しかし、道元はこのように言います。
「師よ。これはほんの少しの間(暫時)の手並み(伎倆:ぎりょう)です。私をみだりに認め(印可)ないでください」
「わしはみだりに印可したりはしない」
「では、そのみだりに印可しないところのものは、何なのですか?」
「脱落、脱落」
 如浄は、そのように道元の大いなる悟りを認めました。

 居眠りする僧には「心塵脱落」といい、道元には「身心脱落」という如浄禅師は、一体どこをみていたのでしょうか。

 弟子の道元は26歳、師の如浄は63歳の夏のことです。

澤谷 鑛 のカウンセリングは、コチラ…
澤谷 鑛 のセミナー/講演会情報は、コチラ…
コメント

ありがとうございます! 
来月より金沢は兼六園の南、曹洞宗天徳院近くに住まうことになります。
澤谷先生のご投稿をずっと拝読させていただき、天徳院にて座禅の日々を暮らそうと思っております。ありがとうございます。
森 信仁 [URL] 2016/03/15(火) 08:29 [編集]

森 信仁さん。

またお会いしたいですね。
金澤ですか。若い頃、何度か講演に行きました。
澤谷 鑛 [URL] 2016/03/15(火) 08:31 [編集]

身心脱落 バームクーヘン
心塵脱落。私が私の心の塵を、一生懸命デトックスしようとしていて。

そうではなく。

身心脱落。自分があーだこーだ思っている心そのもの。問題と思っている関係性そのもの。これまでの経過そのものが無い! 最初から無い!

何をやってるんだろ?私(笑)

いま氣づいた訳ではなく。
そういうことだとわかっていて。

心塵が落ちていって軽くなって。
ああ、そういうことだなぁ。
と表現できたという感じです。

身も心も超えたところにあるものを観る。
ということ。

澤谷先生が、いつかバームクーヘンの中心の話をされてましたが。バームクーヘンの中心に入った後に。もう一度、外側から左脳を使って人に伝えるということ。

問題は無いのだけど。バームクーヘンの外側に戻ると、過去から連続した人間関係がそこにある訳で。

そこでいかに。自分が幸せであり周りが幸せな生き方を表現できるのかなというところかなと感じました。

ありがとうございます。
りん [URL] 2016/03/15(火) 18:39 [編集]

りんさん。

感覚が冴え渡っていますね。凄い凄味ですね。わかっていたのですね。
澤谷 鑛 [URL] 2016/03/15(火) 19:27 [編集]

求道行の厳しさ
如浄は道元に
「国王、大臣に近づくことなかれ、ただ深山幽谷に居せよ」といったと聞きます。都のそばや俗世的な場所で求道したり、この道を広めてはいけないとのことだったと。

道元伝記を見る機会があったのですが、

「修行のプロセスと悟りの証覚は一如であり、
永遠に求道し座禅することが、み仏の性そのものの顕現」といわれる禅は、
果て無く厳しいという印象と先入観があります。

道元は、門弟達にも数より質を求めたと。
その質の高さを求めるなら死んでもいい、とのほどまでだったと聞きました。

弟子が栄養失調や厳冬の寒さで死んでいくこともあり、
ある時、見るに見かねた玄明という弟子が鎌倉で賛同者を募った。

時の幕府の執権北条時頼は、食料供給の田畑となる土地二千石を与えたのですが、
これを知った道元は大変にお怒りになり、玄明を破門。
そして破門しただけでなく、玄明が修行に使っていた畳を捨てさせて、その下の地面の土までも捨てたといいます。

親鸞聖人であったなら、と自ずと考えてしまうのは私の致し方ないところですが、
ここまでの厳しさが求められるものなのでしょうか。

天成 光 [URL] 2016/03/15(火) 20:02 [編集]

厳しさということ
食を断つ。栄養失調で死ぬ者がでる。
愛を断つ。理解を断つ。愛に飢えて理解に飢えて暴走する者がでる。欲しいと騒いでいる餌を与える勿れ。

空腹の状態が空腹でなくなり。
みずからのうちに満たされるものがあると氣づく。

俗世の中では。人がなぜそうなるのか。
その人がどうなったら幸せなのか。
を教え導くものでしょうか。

永平寺にて修行僧の姿をみせていただいたことがあります。生活を整え食事を整え。すべての余計なものを削ぎ落としたような清涼というか清浄な修行僧のお顔をみせていただきました。

神仏と繋がり神仏の波動をそのままみずからの心として瞬間、瞬間を生きていくということは。

人間本来のほんとうの悦びの姿なんでしょうね。
本来の禅の修行というのは。そこまで厳しいものなのでしょうね。

神と偕に生きる。みずからの神性仏性を生きるというとき。我を放ち去り。赤子のように素直にみ仏に抱かれ。その心をもって生きていくということになるのでしょうか。

澤谷先生の説かれる、神が生きるのでもなく仏が生きるのでもなく人が生きるということ。

人が生きるということは。濁りを残している部分をゆるすということでもあり。濁りを残している部分を本人が自分で氣がつくのを待つということでもあるのかなと思ったりします。

澤谷先生は、その厳しさというのが。書いてくださっている禅の師匠さんのようにわかりやすい厳しいさではなく。ちょっと澤谷先生独特なの部分は感じます。

なぜ、この人に甘いのですか?
自分で氣づくのを待つといって。それはいつ、氣づくのでしょうか。このままにしておいていいのですか?なぜ、いまの状態のこの人にオッケーを出すのですか?

澤谷先生に対して、散々、疑問に感じた部分でもありましたが。そうしたことで結果が出ている部分があり。自分で氣づくのを待つが故に。周りがイライラさせられる部分があると思います。

なぜ、このコメントを書かれたのかなと。感じるものがありましたので。大変すみません。私も葛藤してきたことを書いてみます。💫
りん [URL] 2016/03/15(火) 21:59 [編集]

脱落、脱落
「身心脱落、脱落身心」

短い言葉なのですが、とても深くて
どのように受けとめていいのかしっくりきません。

特に、「脱落身心」には
深い意味が込められている気がします。
でも、ここの部分がよく分かりません。

別のサイトを見てみました。
そこには次のようなことが書かれていました。

悟りの境地に
とどまることは禅の本旨ではない。
身心脱落の悟りから
さらにそれをも脱落させたところが
「脱落身心」でなければならない。

如浄は、道元が「心塵脱落」を「身心脱落」と
解したことそのものを見ていたのだと思います。

意図したことを受け止めるのではなく
さらにそれを超えることを気づくことに
道元の「身心脱落」を見たのでしょう。

そして、「みだりに認めないでください」と
悟りの境地に執着しない道元を見て
「脱落、脱落」と感心なさったのでしょう。

幼虫がさなぎになり
さなぎから蝶になったようなイメージでしょうか。


澤谷鑛先生
身心脱落 脱落身心のお話
ありがとうございます
よし [URL] 2016/03/16(水) 00:06 [編集]

追筆
コメントを読んでくださる方に、書いた趣旨を説明追筆させて頂きます。

厳しい修行に励むことによって救いに至る「難行道」に対して、
仏の慈悲にすがり、ただ信じて念仏を唱えるのみによって救われると説く「易行道」が、私どもが専職する浄土真宗です。


浄土論にいはく、
「われ修多羅真実功徳相によりて、願偈総持を説きて仏教と相応せり。ひとたび往生を得れば、すなはちよく一切の諸悪を改変して大慈悲を成ぜんこと、かの香樹の伊蘭林を改むるがごとし」
念仏成仏はこれ真宗なり、といいます。

禅というものを独自の説法で書かれていらっしゃる、澤谷さんの流儀に関心興味を抱いています。

先生のご見解を賜りたくコメントさせて頂きました。
天成 光 [URL] 2016/03/16(水) 06:45 [編集]

澤谷鑛様
「無言のところに答えを悟るべし」という、禅的趣向の諭しありましょうか、
もしくは「和して同ぜず、同じて乱をなす」を思われたのでしょうか。

させて頂きましたコメント、み仏の世界の、より真実性を、純無垢なまでに求めるがための問いかけ。
私は「和して同ぜず」の空気感を逸しない心で書かせて頂きました。

一極に曼荼羅な世界を進めるだけでは、この時代の衆生には仏心を浸透し辛いもの。
「和光同塵」をもって、にぎにぎしく説法するのも、また一興ある功徳ですよと、
せめて、そんなお返事をいただきたかったですな。

それでは、失礼致します。
天成 光 [URL] 2016/03/18(金) 17:53 [編集]

天成さん 澤谷先生
「難行道」と「易行道」があるんですね。
如浄が道元に、国王や大臣に近づくのではなく、山幽にてひたすら座禅をすることを説いたのですね。

ひたすらみ仏の慈悲にすがり念仏をとなえるのが、天成さんの専職される浄土真宗なのですね。

禅にしても浄土真宗にしても。天成さんがコメントされる中で伝えてくださるものは。一貫して「み仏の心、み仏の慈悲」なのだろうなと感じてます。禅にしても浄土真宗にしても。本来はみ仏の心を一心に求道する一途さあってのものなんだなと感じる次第です。

こういうことを感じるのは。私が自力の限界を感じるが故かもしれません。おそらく。端からみても。感じるもの多々あることでしょう。

先にコメントしました「神が生きる仏が生きる」ことと。「神が生きるのでもなく仏が生きるのでもなく人が生きる」ということ。私は、澤谷先生に数年にわたり問い続けたことなんですよ。。結局、答えはいただけないままとなっております。

答えをいただけない中で、こういうことなのかなと思うことを書いてみます。

例えば。私という衆生がおりますね。
彼女は、何年も何年もかかって。彼女のもっとも弱い部分、変えがたい性格をどうにかこうにか、やっといま、自分で乗り越えようとしてます。乗り越えようとしてはまた、戻ってしまいます。

先生は。長い時間を経て、やっと絞り出した彼女の言葉を。いまは大事にしてやりたいんだと思います。それは神が生きるのでもなく仏が生きるのでもなく。彼女が人として生きて人として葛藤して。人として乗り越えて幸せになろうとしていることへの共感でもあるのかなと思います。

信じて待ってくれている。それがいまはわかるから。感謝してます。

純無垢な心からコメントを書いてくださっていることに感謝です。

自力の限界の先にある、ひたすらみ仏の慈悲にすがる心というもの。書いてくださっているコメントから少しずつ感じてます。ありがとうございます。
りん [URL] 2016/03/18(金) 23:34 [編集]

天成 光さん。

失礼しました。今、あなたのコメント、拝見しました。

禅の修業を、もちろん本格的になどしたことのない私ですが、何か表現しようとするときに、禅は、まっさらさらの表現にいざなってくれるように思います。

天成 光さんは、学びを深められているのですね。
澤谷 鑛 [URL] 2016/03/19(土) 09:40 [編集]

よしさん。

悟りの境地にとどまるのではなく、百尺竿頭進一歩を禅は示しているのでしょうか。
おもしろくも興味を引く世界です。
澤谷 鑛 [URL] 2016/03/19(土) 09:46 [編集]

管理者にだけ表示を許可する
 

トラックバック
トラックバック URL

Copyright © 2017 絆の法則 ~ 澤谷 鑛 オフィシャルブログ ~.
all rights reserved.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。