お伝えしたいことは「運命は改善できる」ということです。
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03/21
家族の『絆』~心をわかちあう勇気をもちましょうね~
              目の学校 本厚木校 河岸利佳

家族やパートナーや友だちや周りの方たちとの『絆』が 深まっていたらいいな と思います。
ということで 今日は 『家族の絆』に ついて考えてみたいと 思います。

『絆』という 漢字の成り立ちは

糸と八と牛からできていて、いけにえの牛を真ん中で二つにして糸で絡めることを意味しているのだそうです。
『絆』は昔、犬や馬など動物を繋ぎとめておく綱のことをいいました。
『絆』はそういった離れないように繋ぎ止める綱から、人と人を離れがたくしている結びつきのことを言うようになったのだそうです。
また お互いが 糸を半分づつ 出して1本の強い糸にするという話も あるようです。

しかし、私は 『絆』とは この漢字を 観たまま
『お互いが 結びつきを強くするための 心のわかちあいをしなければ お互いを思いやり 共に これからも 歩もうとする気持ちを育まなければ もともと 糸の半分の強さでしかないので すぐ 切れてしまうもの』
だと感じたのです。

家族だから 何もしなくてもいい。
家族なら 傷つけても好き勝手なことをしてもいい。
家族なら 自分の気持ちがわかって 言うことをきくはずだ。
いいえ。 そんな都合のいい話はありませんよね。
そして そのように 我を通そうとする家族に振り回されて 辛い思いをしている方も多いと思います。
本当は いやだ、できない! と言いたいのに 言ったら嫌われてしまう、見捨てられてしまう 周りに迷惑をかけてしまうという不安と恐怖でいっぱいなのです。
本来は 家族だからこそ ちゃんと 本音で ぶつかりあって わかりあってほしいのです。
今、その勇気が持てない方が 本当に多いです。
おそらく 以前 このブログで書いた
『無理心中をしようとして 自分の子ども3人の首に 手をかけてしまい 2人は亡くなったが 自分と長男だけが生き残った』
という痛ましい事件を 起こせざるをえなかった 厚木市のお母さんも そうだったんだと思います。
自分の理想と夫や夫の両親や周りからの期待に応えなければ……!
しかし、本当の自分を偽りつづけることは いずれ 自分が 壊れてしまうのです。
私は そんな人たちの『自分を観つめて 大事にする』ことのお手伝いができたらいいなと いつも思います。

私は 小学生の時に 近所に聞こえるくらいの 夫婦喧嘩を よくしていた両親に
『家族なんだから 仲良くしてよ!』
と 怒ったことがありました。 
それに対して私の母が 言った言葉をお伝えしますね。
『家族だから いつも仲良しなんて ありえない。家族なんて 首の皮1枚だよ。だから毎日 顏を突き合わせて 言いたい事言って 戦うんだよ。 それで すっきりして 前へ進む。お前みたいに キレイごと言って 逃げてばっかりいて どうする。自分で 生きられないよ!』
それを聞いた子どもの私が 無力感を 感じ、さらに キレイごと言って 逃げるようになったのは言うまでもありません。
つまり、あまりにも 厳しすぎて 逆効果だったということです。
しかし、8年ぐらい前から 血のつながらない いろんな人に 助けてもらいながら 私なりに 自分を観つめて
『できない自分、ダメな自分 だけど これでいいという自分』
を 少しずつ 受け入れられるように なってきました。
ですから 母の言葉の真意を つかめたのです。
『本音(キャラ)と建前(パーソナリティ)を使い分けていたら いつまでたっても 自分らしく生きられないから 誰のための人生なのか わからなくて 苦しむだけですよ。
そして本当に 生きていてよかった! と思える絆に出会えませんよ。』

みなさんが 生きていてよかった! と思える絆に 今日も 出会えますように。
いつもみなさんを応援してますよ

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コメント

父と母
河岸さん、こんにちは。河岸さんのご両親が近所に聞こえるくらいの夫婦喧嘩をされていて、「家族だから仲良くしようよ」とお母様に伝えられて。お母様から、家族なんだから本音を言えないでどうする!と返されたお話。

自分の体験ととても重なります。

河岸さんの場合は、逆効果でさらに綺麗ごとで本音と建前を使い分けるようになられたということ。

私の場合は。どうしたら両親が仲良くできるのかな?何がうまくいってないのかな?と。父と母の徹底観察と徹底分析に走り。その分析の結果をどう表現すれば伝わるのかを日夜考え抜き。実行して本人に伝えることを続けてきました。

もちろん。父からも母からも、「あんたには関係ないでしょう!私たち夫婦の問題!口出しをするな!!」と、ばっさり拒絶されたことはいうまでもありません。

その無力感や無価値感。自分が愛されてないような大切にされてないような悶々と渦巻く氣もち。

そういうようなことを、半ば笑いながら話せる自分がいるんだなぁ。と思います。

母はあれで良かったんだ。
父はあれで良かったんだ。

父と母は、本音をぶつけあえる仲のよい信頼関係のある夫婦であり。両親であったんだ。

それをみている私が不安だっただけであり。
不安だったから、相手を変えようとしてただけだったんだなぁ。という心境です。

絆という字は。牛を真ん中で半分にして糸で繋ぎとめる意味があるということ。家族だから自分の思い通りにしていい訳ではない。お互いに心を通じあい伝えあうことが必要なこと。

ほんとにそうですね。

その過程のうまくいかない部分というのも。
心の修行であり学びなんたなぁと思います。

通じあえる絆を、家族でも仲間でもつくっていきたいですね。

河岸さん、ありがとうございました。
りん [URL] 2016/03/21(月) 10:07 [編集]

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