お伝えしたいことは「運命は改善できる」ということです。
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03/29
心田の草取り
                         澤谷 鑛

 養成講座の2期から4期まで3年間学んだ〇〇科の医師の方が、以前、文章を私のブログに書きました。

 彼は、
「活力が停滞している」
「仕事そのものに対するモチベーションが下がってきている」
「疲れているのもあるであろう」
「どうも仕事ばかりのせいではないような気もする」
「仕事を含め、生活していくこと、さらに言うなら“生きていくこと”そのものに対して、醒めた目で見つつある」
 といい、私にスカイプで話しをしたいと持ちかけてきました。

 亡くなって2年半近く(当時)になる奥さんのことも出てきましたが、すべては心から始まります。まず自分の心になにがあるのかを吟味しなくてはなりません。相手を頑固者と思う心や情けない奴だという思いを見出すとしたら、その思いを変えなくてはなりません。相手だけでなく、自分に対しても然りであろう。サイコジェネシスであり、心の法則といえるのでしょう。
 職場の同僚・上司・部下、お客さんを見る見方を自分の方から変えるということです。

 二日おいて、また彼からスカイプがありました。
「認めたものは現実に実現しますが、認めなければ現れません。現実にはあっても心で認めなければ意識に引っ掛からず見えない、という別のいい方があるかもしれませんね。
 セミナーに参加された男性でこんな人がいましたね。自宅に帰ると、改めて子供の成長ぶりに驚き、奥さんの服装や髪型の変化に気付く。ふとベランダを見ると、美しいチューリップが咲いているのに初めて気付いたと。
 普段から見ていたはずなのに、何も見えていなかったのだと感じたそうです。
 彼は、いきいきとしたフレッシュな現実を初めて認めたのです。次の日からは新しい発見の連続で、会社に通う電車の窓から見える景色さえも新鮮に思えたというのです。
 誰もが日常に知らず知らずに体験していることなのですが、仕事に追われたりすると、心が仮死状態になってしまうことがありますね」
 と私はいいました。続けて、
「人生はまっさらさらの現実を歩んでいるのですから、普段から、喜びや感動を味わえるように心の訓練が大切ですね。
 例えば、禅に『小住為佳(しょうじゅういか)』という言葉があります。ちょっと一服して休憩するのがよいということですね。忙しくしては心を亡くしてしまいますからね。いや、心を亡ぼしてしまうかもしれない。峠の茶屋に腰かけて、まわりの山や川を見渡しながら、一杯のお茶を美味しくいただくというイメージでしょうか。
 ある精神科医は散歩にも効用がある、と言っていましたね。電車に乗ったときなど、目的地のひとつ手前の駅で降りてみるといいですね。歩きながら景色を眺めれば、新しい発見や感動を味わうことができますね
 私の先輩の書いた本のなかに、こんなことが記されています。
田舎に住んでいたころで勤務先まで歩いていき、廃線となった踏切を渡り切ったところに手入れの行き届いた畑があった。そこに来ると必ず立ち止まって眺めることにした。黒ボクの土がゆたかに盛り上がり、青々とした白菜の列が美しく並んでいる。畑の角には、黄菊、白菊、赤いサルビアの花がきわだって咲いていることがある、というのです。
 あるとき先輩は、ひとりの老人が畑にかがんでいるのを見つけ、思わず“きれいな畑ですね”と声をかけたそうです。すると老人は、ちょっとはにかんだ様子で、ゆっくりと“毎日一回、手入れをしてやるだけだがやぁ”と応えてくれたのだと言います。
『心田』という言葉があるそうですが、心の田も毎日一回の草取りが大事で、草を刈り取ることを一日怠ると、いつのまにか習わしとなって草ぼうぼうの荒れ地と成り果てる。一日一回は面倒だからまとめて一年分を刈り取ろうとしても、抜き取りようのない草の山となってしまう。一日一回の普段からの訓練ですね」

 彼は、何か感じた様子でした。それが2日間のブログへの原稿でした。

 彼の原稿に対して、国立大学准教授・理学博士の美崎真也先生(仮名)は、このようなコメントをしています。

【実は僕も同じ感情を。

ご無沙汰してます。昨年暮れのブログで話題にして頂いた、美崎真也です。
お気持ち、大変よくわかります。皮肉ではありません。掛け値なしに、本当に手に取るように、お気持ちがわかります。
まず、次々に医学博士となられていく後輩の方々にも、まったく同じように雑事はあるはずです。もっと言えば、学位をとって、
《教授になったとしても、雑事からは逃れられない》
のです。
ご存知のとおり、私は企業で学位を取得し、その後、国立大学の准教授になりました。
実は、大学って、雑事の連続なんです。自分の研究室を運営するのにしても、
《論文読んだり書いたり、研究の議論をする時間は、1日の執務時間の1割もない》
のが現実です。
研究資材の調査、業者との仕様の打ち合わせ、見積もり、購入、伝票処理。
今年は新入生の学年担任として、ガイダンスがありました。資料つくりから、教室の確保までします。ガイダンスをして、丁寧に対応しても、まったく意に介さない無関心な学生が、必ずいます。そういう学生に限って、クレームだけは華々しい。さらに、そういう時に限って、研究室の学生が大切な実験装置を壊したりしてくれたりする、訳です。
そのようなとき、より大きな大学の教授になっている企業研究者時代の後輩が、准教授、助手、技術職員、博士研究員という、錚々たるフルスタッフを従えて、研究成果を発表しているのを目の当たりにしたり、するわけです。
どうでしょう? 外から私をみる景色とは、かなり違ってませんか? で、私の対応策です。身近なことを大切にします。
天気のいい日は、布団を干します。取り込んだときの、あの太陽の香りが素敵です。
手をかけないけれども、新鮮な野菜を使って食事をします。これ、とてもおいしいのです。
研究室では。おいしいコーヒーを淹れて、ほっと一息ついたら、
《掃除をします。》
研究が煮詰ってきたときも、不要なものを捨て、整理整頓をします。気持ちがスッキリします。
自宅でも、そうです。実際、僕の自宅を訪ねてくれる友人は口をそろえて、
「男の一人暮らしとは思えない」
といってくれます。
将棋の羽生さんも、アイディアに行き詰ったら、整理整頓、掃除をするそうです。きっちりと掃除がなされていると、
《些細と思えることでも見逃さなくなり、それが大きな流れとなっていくことがある》
と、私は経験から学びました。学生には、ちょっとだけ格好つけて、
《神は細部に宿る》
な~~んて言ったりしてます。以上、お役に立てれば、幸いです。】

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コメント

心田の草取り
澤谷先生、御無沙汰しております。
心のゴミを棄て続けてます。見える景色がどんどん変わってきます。不思議な氣もちです。

希望に燃えて新卒で、福祉の仕事に就きました。いのちを預かる現場は。緊張感の強い毎日であり。刻々と人やものや状況が動きます。

ゆっくり待ってはもらえず。
妥協がなく。そしてプロ意識が非常に高く。喜びもまた非常に大きい仕事でした。

もともとマイペースな私は。
頑張って頑張って頑張って頑張って。
荒い性格になっていき。

反面、自分とはタイプの違ういろんな人の氣もちを溶かしこむ経験をさせていただきました。

心が仮死状態になっていた部分も。
今となってはあったなと思います。

ここでは。

職場の人とはタイプの全然違う人。
自分よりさらにペースの遅い人を待つ経験。

自分では体験しないような人生のどん底の体験。そういうものに触れて。

そういう人を自分に溶かし込んでいく中で。自分の心がだんだん柔らかく優しくなり。

そうすると。

仕事でもこれまでみていた筈の毎日会ってる人が。生き生きとしてみえてくる。

家族に対する自分も変わってくる。

他人を変えるのではなく。
自分の心を変えていくことを実践している今ですが。ほんとに心境が変わってきますね!

余裕を持つのは。大事だなと。
改めて感じます。
りん [URL] 2016/03/29(火) 00:30 [編集]

りんさん。

「心のゴミを棄て続けてます。見える景色がどんどん変わってきます。不思議な氣もちです。」
と書かれていますが、心のデトックスがすすんでいるのですね。爽やかさが伝わってきます。
仕事で頑張り、
「反面、自分とはタイプの違ういろんな人の氣もちを溶かしこむ経験をさせていただきました。 」
というのも、心が広がり、深まっている実感が伝わってきます。多角的になってきているのですね。
それも実に自然体にです。みずから人間からおのずから人間の移行を感じます。すばらしいですね。

澤谷 鑛 [URL] 2016/03/29(火) 06:43 [編集]

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