お伝えしたいことは「運命は改善できる」ということです。
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04/01
満開の桜に爛漫の春
             澤谷 鑛

 四年前に、こんな文章を書いていたのを見つけました。

   ☆ ☆ ☆

 京都は桜が満開です。

 3月31日~4月5日までの6日間、わが家に滞在した孫二人(小学校2年生になったお兄ちゃんと3歳2ヶ月の妹)を家内の運転で送っていきました。

 4月3日に京阪電車に乗って、宇治神社と宇治上神社に4人で参拝に行きましたが、まだ桜は蕾がやっとふくらんだ感じでした。
 4月5日の朝は、リビングから見える中学校の桜が7分程度に咲いていました。
 孫の家に着くと、以前のマンションから近くの新しいマンションに引っ越していました。
 近くの公園に行こう、と孫二人にせがまれて行きました。木曜日なのに春休みなのか家族連れや老人たちが花見をしていました。携帯の椅子や机を持参の人、敷物に輪になってすわっている人たち……。話したり、食べたり、飲んだり……。お酒は見当たりませんが、楽しそうです。
 ふと、孫のお兄ちゃんが生まれた頃のことを思い出しました。

 8年前の春爛漫の日曜日のことです。
 嫁いだ娘と孫がわが家に来ているので、家内の妹夫婦と娘、それに孫にとっては曾祖母の家内の母親が孫に会いに来ました。わざわざ岐阜からです。

 生まれて4ヶ月と19日の孫を中心に、娘・曾祖母・妹夫婦にその娘・私達夫婦の8人で桜が満開の宇治塔の島に足を運びました。見事な満開の桜です。
 ところが当の孫は、娘の胸に抱かれてスヤスヤと眠り始めました。孫が括られているのは、おんぶひもでなくだっこひもなのでしょうか。

 私は、まばゆい光りの中で孫の寝顔を見ながら、遠い昔のことを思い出しました。

 小高い山には、朱塗りの五重の塔がライトに照らされていました。夜桜が綺麗、と若い叔母が言ったのを思い出します。私がまだ小学校にあがる前のことです。叔母ふたりにぶらさがって階段をロープウェイのようにあがりました。朱塗りのぼんぼりの淡く鈍い光りが、幼い私には、幻想的というよりも畏れという感情をかきたてたように思います。
 しかし、家族的なあたたかい眼差しに護られた子供には、畏れという感情が消え、楽しさあふれる感情にひたっています。そう言えば、小さく生まれた私を祖父は、着物の胸元に入れて安芸の宮島のあちこちを見せて廻った、と聞いたことがあります。

 そんなことを思い浮かべていると、孫は眠ったままニコッと笑いました。
 満開の桜に爛漫の春は、孫あればこそのように思いました。
 私が小さかった頃の二人の祖父は、こんな気持ちをあじわっていたのかも知れません。

 5年前の春爛漫桜満開の季節にも、孫と娘はやってきました。
 当時の住居の傍の小川沿いの桜並木を3人で歩きました。孫は桜を見て歩くというよりも、走り回り、はしゃぎ回っています。
 娘は写真を撮ろう、とデジカメを出しました。私は孫をだっこして「桜をとって」というと、右手をいっぱいに伸ばして孫は桜をとろうとしました。

 二人の嬉しそうな顔が満開の桜と共に、今、私の机の上に、その写真が飾られています。

 その年は、小学校2年生になるお兄ちゃんと3歳になったみーちゃんと二人で、じいじとばあばの元にいました。あいだで妹のみーちゃんは、パパとママがいないので寂しくなることはありましたが、お兄ちゃんとじいじとばあばで楽しく盛り上げました。
 孫の家から帰るとき、じいじとばあばは帰っちゃいけないと泣いてばあばにかぐりついていましたが、ママに説得されて、納得したのでしょう。ベランダからママに抱かれてバイバイをしていました。
 お兄ちゃんは友だちが誘いに来て、桜の公園ではなく、すぐそばの広い公園で遊んでいましたが、家内が車を止めて呼ぶと、バイバイと手を振って、またすぐに友だちと遊びはじめました。

 帰りの高速からも、あちこちに桜の花が咲いているのがみえました。

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コメント

15歳になりました
澤谷先生へ

澤谷先生、こんばんは☆彡
いつもありがとうございます(^人^)

満開の桜に爛漫の春。
もう数日で、千葉も桜が満開になります。
淡い花の色、香り、花に寄ってくるミツバチ、遠目から観たのどかな風景、春限定のお菓子やケーキや飲み物などなど…

花も団子もいいものですね(*^^*)(笑)

息子が生まれた時に記念樹として植えた桜も、息子と同い年で15歳。
息子は身長175センチ、桜の木の枝も電線につくほどになりました。
植えた当初は一つ二つの花でしたが、今は周りの木と共にたくさんの花を誇らしげに咲かせ、坂道を彩っています。
桜の木を植えてくれた母も、きっと高校受験で桜が咲いた息子と重ね合わせながら満開の桜に爛漫の春を感じているのでしょうね(^^)
やっぱり孫の存在があってこそなのかな。

そんな事を思いながら拝読していたら、私の中にもなんだか爛漫の春の光と暖かい日差しがふりそいできました。

ありがとうございました(^人^)
はちみつ [URL] 2016/04/02(土) 00:40 [編集]

はちみつさん。

おはようございます。
息子さんの誕生とともに、桜を記念樹として植えられたのですね。15年ですか。息子さんが生まれたことを毎年桜の花とともに思い出すというのも、オツですね。
おばあちゃんが植えられたのですね。
私も、はちみつさんと同じように「爛漫の春の光と暖かい日差しがふりそいできました」。

澤谷 鑛 [URL] 2016/04/02(土) 09:55 [編集]

満開の桜 春爛漫
澤谷先生、はちみつさんのコメントが素晴らしい!
と思うと、自分が書くこと。どっかに飛んでいきました(笑)

基本は家族なんですね。
今日はいまから家族で花見に行きます(*^^*)

満開の桜。春爛漫です\(^-^)/
りん [URL] 2016/04/02(土) 11:57 [編集]

りんさん。

はちみつさんは、家族の原点回帰をとげられたみたいですよ。
澤谷 鑛 [URL] 2016/04/03(日) 09:46 [編集]

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