お伝えしたいことは「運命は改善できる」ということです。
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04/04
依存
         桜 美穂(養成講座8期・9期)

「依存って、別に悪いことじゃないんですよね」
以前、ある方とお話していて人の心理の話になり、依存ということに話題が及んだのでした。
「依存は悪いこと」と思う気持ちこそが、逆に、依存から抜けられない状態を生む。
だから、いたずらに悪いことだと自責で自分をがんじがらめに縛るよりも、いったん全部認めて受け入れる方がいいのだ、という逆説的な意味で、私は言ったのでした。
たいていの人は、「依存は良くないこと」と思っておられるので、私が「悪いことではない」と言うと、ぽかんとされます。
固定概念が壊れる時は、新生の素敵な素敵なチャンスですから、時々わざと、そんな言い方をして、みなさんをびっくりさせることが、私は好きです。
しかし、その方の反応は意外なものでした。
「そうですよね。悪いことじゃないですね」
と少しも動じられずに、にこにこして言われるのです。
私の方がぽかんとしてしまいました。

どうしてそう思われるのか? 教えて欲しい! とお願いすると、その方は言われました。
みんな依存されたらいやだとか、危ないとか言うけれど、自分はそんなふうに思ったことがない。
頼ってくれるのは嬉しいし、話をしていても別に嫌じゃない。
話を聞けない時にはダメだっていうし、おかしいと思ったらおかしいと言う。
依存されることの何が問題なのか、よくわからない。と言われるのです。

セラピストやカウンセラーですらも、依存されるのは嫌だという人が多いものです。
それはもちろん、クライアントを思ってのことなのでしょうが、それだけではなく、依存されたら面倒だとか、厄介だとか、また、自分の中に依存的なものがあるから、相手の依存的な部分に生理的な嫌悪感を感じて、受け入れられない、というようなことも少ないとは言えないと感じていました。
プロでさえそうなのに、何の恐れも屈託も無く、のびのびとためらいなく依存を受け止められるこの人は、凄いと思いました。
共依存からそう言われているのならわかる。同じ波動の者同士は、一緒にいて楽ですからね。でも、そういうわけでもない。
その方は、まったく自然に1人で立ち、一人を楽しめる人なのです。
ああ、この方は、自分と異なる波動の相手でも、ためらいなく受け止められる人なのだ。素晴らしいなと思いました。

これは、昨日聞いた話ですが、斎藤一人さんは、霊がついてきたと思ったときに、怖がったり、早く落とそうとしたりしないのだそうです。
「これから、美味しいもん食べに行くから、一緒に来るか? 安心して、気が済むまでゆっくり憑いてたらいいよ。」
と、声をかけるのだそうです。
「この間なんか、写真を撮ったら、俺の後ろに骸骨が映ってるの。そして、こともあろうにその骸骨が、俺の頭をかじってるの。で、一人さん、どうしますか? って周りは言うんだけど、俺は、そのまんまにしときな。て言うの。かじってんじゃないの、離れたくないの(笑)、楽しくしてるといなくなっちゃうからね、成仏するからね、って。浮遊霊は、寂しくて憑くんだ。それだけのことだから、怖いことでも何でもない。こちらが楽しくしていれば、自然と波動があがって、波動の低い霊は、一緒にいられなくなって勝手に離れて行くんだよ。それか、安心して光になって行くかどっちかだ。『幸せだなあ』とか『今日はこれからうまいもんでも食おう』って言ってると、蛍みたいに、ピューって成仏する。それで、ピューって上がるたんびに、それが今度は守護霊みたいに護ってくれだすの。だから、怖がるようなことなんて何にもないんだ。」
なーーんて、一人さんは言われるのですね。面白い方です。
そんなやり方があるのですね。^^

どこか似たところがあるからご縁がつながるのです。で、つながって、そのまま魅入られてしまうか、こちらが波動を上げて相手も一緒に上げるかは、こちら次第。
よく、人生を変えるには、付き合う相手を変えるべきだ、という意見があります。
それも、自分が勢いをつけるまでは、間違いなく効果的な適切な方法です。
でも、怖がって関わらないように、嫌がったり逃げ回っている間は、本当に「人生が変わった」とはいわないんですね。

そういえば「批評とは斬る念である」と言われた方がおられました。
斬りたい人には、斬られたい人がやってくる。
斬られたい人には斬りたい人との出会いが訪れる。
この世は、うまくできています。
枯草が火に近付くと、燃え上がらずにいられないように、違うと思うと、斬らずにいられない心があります。そして、斬られたい、という心理もまた、あるのです。
そのままでは輝けない宝石の原石を、切り出してほしい。持っている不自由なものを切り落とされたいという心がそれです。

意識していようがいまいが、潜在意識がそのように願い、働いている。
顕在意識では、どうしてこんな人に出会うのかと思っていても、実は潜在意識では、その人を本当の姿に成長させるように、最高最適の、人生の執刀医と出会わせてくれていたりするのです。
人生に、誰にも同じように正しい絶対の答えなどない。
誰もが、その時々に、最高最善のご縁で出会い、その時にしか、その人を相手にしか得られない、その時だけの最高の答えを手にするのでしょう。
そのご縁を、貴いなと思う。
人の潜在意識は、すごいなと思うのです。

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コメント

普通のこと
最近、精神世界に全くご縁なく、日々の仕事に生活に明るくいきいきと邁進されている同僚や上司、子どもの先生方や、友達の保護者の方に意識が向くようになってきてます。

プロでもそうなのに。といわれますが。
なになに、そうではないと感じます。

精神世界を必要としない人の中に。
無名の普通の人の中に。そういう大きな器の人は。
結構、たくさんおられるんじゃないかと感じます。

職場にしても、いろんな人がいます。
自分とタイプが違う人もいます。そういう人と毎日、コミュニケーションを取りながら意思疏通していかないと仕事はまわりませんから。

やっぱり、自分の器を広げるしかないんだと思います。あなたにしてもそうです。なんだかんだ言うのも、結局は、誤解をとき一緒に生きて行こうと思うからであり。

誹謗中傷や悪口としかみれない人がいるなら。
それはとても残念なことだなぁと感じます。

相手を変えるんじゃないんだよ!
という人もいるかもしれないけれど。

人と対峙するということは、自分を変えていく覚悟を持つからこそできることであり。

直接、私に対峙することなく、あれやこれやと思う人がいるなら。それもまた残念なことだなと感じます。

斎藤ひとりさんの話も、ほんとにそうだなぁ。
さすがは、斎藤ひとりさんだなぁ!と思いました。

自分が明るく優しくなればいいだけの話ですよね。

マイナスの念を向けられることがあるなら。
その人がどうか幸せでいられますようにと。
祈ればいいですよね(^_^)

りん [URL] 2016/04/04(月) 03:25 [編集]

思うこと
複数の友達に思うことがあるんですよね。
本当は。あなたに対峙してきた私がいたからこそ。
あなたが自分のしていることに氣づいて、あなたがほんとに変わってこれたこと。間近でみてきていて。知っているんですよね。

でも、先生があなたに無視しなさいと言ったことで。そういわれる通りにあなたが私を無視していく過程をずっとみている中でね。

先生の方針に反して、場の雰囲気に反して。
ほんとうはこう思うということを表現せずに。
だんだんと。体制の方に流れの方に従っていくことになったのかなと思うところがあるんですよね。

自分の身を護るためには仕方ないことだっただろうと思ってます。

佐原幹春さんの記事にも。いじめが起こったときの周りの心理として。体制上から不利な方の味方することは。なかなかできるものではなく。

リーダーの采配に従う動きをするのが。
集団心理だといわれてました。

けれど。その中で一番、私を心配し思いやり。
私が立ち上がれるために動いてくれた友達に対して。私は。どうしてわかってくれなかったの!と。
言い放ってしまったんですよね。

他の誰にも。そんなことは言える筈がなくて。
その人には唯一、甘えが出ました。

本当にごめんなさい。
という氣もち。

そして。やりきれない氣もちを出させてくれてありがとうという氣もち。

あなたは。先生に庇護されて勢いをつけさせてもらったということ。そして。私は私で。先生に庇護されて勢いをつけさせてもらっているということ。

場に。桜さんより先輩の養成講座生が、いま、誰ひとり残ってないのは。昔は。あなたに対して感じることを、愛と智恵をもって言える先輩が数多くおられて。私が、あなたに対して言ってきたことは。

少なからず同じことを感じている人たちも多くいて。人を変えるのではないからと。いま、私に対して多くの人が我慢してくれているように。あなたに対して相当の我慢をしてくれていたように思う。

私があなたにストレートに言う姿をみて。
先生があなたに私を無視しなさいという対応をみて。離れていった人がたくさんいるように思う。

そして。無視するというやり方がほんとに良かったのかどうか。先生も場も見直しを迫られているんじゃないかと思う。

なぜなら。桜さんと私のトラブルは。先生ご自身が自分の心の展開であり。他者の総和で解決する問題といわれていたことだから。

あなたのいわれる通り。無視したり問題を回避することは、本当の解決では有り得ないですよね。

自分の感情だけをみつめるのも違う。
きちんと相手と向き合い。誠意をもって愛と智恵をもって。ちゃんと思っていることを伝え。
腹を割って話をすることだと。私は。思ってます。

先生から返信はなかったけれど。

その時その状況で、その人にとって何が最善なのかを。自分のハラに聴いて自分のハラに従っていくことをやっていく中で。

自分の我を削り。他者との調和をはかっていけるといいのかなと思いました。ありがとうございます。

りん [URL] 2016/04/04(月) 05:55 [編集]

依存って悪い事ではない。ということは、良いことなのか。
しかし、【「依存は悪いこと」と思う気持ちこそが、逆に、依存から抜けられない状態を生む。】と筆者は書いているから、依存は、良いものとは思っていないのだろう。
頼るということと依存ということも、辞書の上ではイコールだが、まったく違うものに思える。頼る・頼られるという関係には、お互いに「たま」「しい」の確認があり、依存には、そのようなものがみあたらない。(「たま」「しい」の確認とは、入江富美子さんの著書『へそ道』を読んでください)
となると、依存とみえているだけで、もっと先の価値をみつめている場合もなきにしもあらず、ということもあるのでしょう。
CAMELLIA [URL] 2016/04/04(月) 09:10 [編集]

わかるように伝える
桜さんへ。CAMELLAさんのコメントを読ませていただいて。自分の書いたコメントを読んでみながら。

桜さん、自覚なくやってる。悪気がない。
桜さんの眼の中に入って私をみる想像をしているけど。

桜さん。自分の感情にしかフォーカスは向いてない。共感関係をとりたいと思って。私は自分の氣もちをそのまま伝えているけど。

自分の心をみる情報としてしか。入力されてない。

それをいわれても。わからないんだよね。。
自分から相手を大事と思わないと。

私が血の滲む思いで伝えた情報も。
自分の心をみるための刺激であり情報でしかないんだね。

自動反射的にそれをやってるから。
悪気がないし罪悪感も無いね。

善い悪いじゃなくてね。
悪気がないのは。わかったよ。

でもね。それ、されると悲しいのよ。
心と人格が傷つくの。

だから。怒るんだよね。

わかるかな?

わかるように伝える言葉を。
探すことなんだなと思う。


りん [URL] 2016/04/04(月) 23:24 [編集]

なるほど〜。
さくらみるくさんへ(^^)

さくらみるくさん、こんばんは☆彡

今回の記事、自分の中のカラクリがわかって読みながら「なるほど〜!」と参考になりました。

ありがとうございます(^人^)

私は本とか専門書は読みとれないので、いつも体感で落とす方が先です。専門的な知識についてはいつも後付けです。
だから私の依存体験を見事にわかりやすく説明してくれた感じで、またまたスッキリサッパリです!

言葉に表すのは難しいんですが、摂食障害で薬に依存していた時も周りの人に依存していた時も依存だという自覚はあったんです。
でも必ずその先には光があり、今は依存する時なんだ、今手放す時じゃない、手放す時は必ず来ると思い依存している自分をもう一人の自分が観ていました。

【意識していようがいまいが、潜在意識がそのように願い、働いている。
顕在意識では、どうしてこんな人に出会うのかと思っていても、実は潜在意識では、その人を本当の姿に成長させるように、最高最適の、人生の執刀医と出会わせてくれていたりするのです。
人生に、誰にも同じように正しい絶対の答えなどない。
誰もが、その時々に、最高最善のご縁で出会い、その時にしか、その人を相手にしか得られない、その時だけの最高の答えを手にするのでしょう。
そのご縁を、貴いなと思う。】

まさにココがドンピシャなんです!

さくらみるくさんは養成講座を何期受けているのかわからないけど、私のような者の為にもこれからも伝え広める事をしてくださいね!

ありがとうございました(^人^)
はちみつ [URL] 2016/04/05(火) 00:21 [編集]

嫌悪するものの奥にあるのは
自分の心が凍りついてた時期にね。
自分は麻痺してしまって感じてない痛みを。
身近な誰かが、出してくれていたこと。

ありませんか? 暴力や。暴言。
なんか嫌な形で。。

肩代わりしてくれていた人が。
耐えられなくなって離れていったり。
或いは、向こうが昇華してくれたりしたかもしれないけれど。

その人の痛みを。感じられていますか?
必要なものを見せてくれた有り難い。
それはそれでいいけれど。

それはまだ。相手を刺激として扱っていませんか?
嫌悪するものの奥にあるのは。何ですか?
りん [URL] 2016/04/05(火) 01:03 [編集]

蓋しているもの
あの人はなぜ、あなたにあんな言葉を投げつけたのだろう? そういう人だったから。それは本当?

暴言の奥にある心というのは。

「なぜ、自分をそんな人とみるのか!!」
そういう叫びと違うのかな?

喉元を通り過ぎて幸せになってしまうと。
わざわざそこを、見なくても生きていける。
幸せでいることができるけど。

ふとしたきっかけで。
蓋が開きそうになるんだよね。

その奥にある感情というのは。
どす黒い感情でもあるから。
見たくないんだよね。
りん [URL] 2016/04/05(火) 01:11 [編集]

集団の浄化
暴力や暴言、悪口。それがそんなに嫌なのは。
それを思い出させる相手への感情がまだ、冷たいからじゃないかな?

相手に寄り添うというのは。
目の前にその相手が生々しくいる場合。
憎くて憎くて仕方ないという反応として出てくるよね。

それができていれば。目の前の臭いものに対して。
暖かくなれるんだと思う。

他者の総和。ひとりひとりが。一番、痛い部分のエゴを越えていくことなんだと。数年前、澤谷先生が言ったんだ。個人の幸せだけをみていくのではなく。集団の浄化をするというのは。

そういうことなんじゃないかな?
りん [URL] 2016/04/05(火) 01:27 [編集]

残念ながら
残念ながら数年前、澤谷先生が他者の総和を説かれたとき。ある方が、集団に対して暴言を吐き続けるという形で。集団を浄化してくれていたんだけど。

集団は結局は。その人を他者の総和で取り込むことなく。その人が去るという形で幕を降ろした。

なぜ、ここまで集団ということを言うのかというと。私は、そういうことをみるプロだから。利用者さんひとりの問題行動というのを掘り下げていくと。

必ずひとりのをではなくて。集団の人間関係のどこかに。無意識の排除があったり痛みがあったりする。個人の冷暖自知で思考停止してしまうと。

そこは。みえて来ず。結局は。佐原先生がいわれるように。変えられるのは自分と未来だから。になってしまうんだ。そうじゃなくて。

集団においても。自分とは関係ないと思うことに。実は、それをそのままにゆるすという形で。状況に加担している、排除に加担しているということがある。

佐原先生の記事の宿題の続きと。なります。
りん [URL] 2016/04/05(火) 07:01 [編集]

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