お伝えしたいことは「運命は改善できる」ということです。
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04/08
敵は味方だった(第二回)
            澤谷 鑛

 奥さんは大変だったので、まだまだ心のデトックスが必要なのだろう、との上から目線からの同情だった。だがセミナー終了後、奥さんから、私の師匠の師匠である師匠、もちろんその方を私の師匠だとも私は思っているのだが、「ご著書に体験をお書きいただきました」と聞いて、「もう心のデトックスは出来ているのだな」と感じた。
「敵は味方だった」というタイトルで、冒頭はこんな書き出しだ。

【いうまでもなくこの人生には様々な出来事が起こってくる。思いもしなかった「人生の転機」が、突然訪れるという場合もある。しかしこれも自分の心がいつとはなしに、長年月かかって作り出してきた環境や運命であるから、神のいたずらでもなく、仏様の怠慢でもない。】
【「現象」という“創作ドラマ”の筋書であることを充分承知していないと、この「転機」を生かす(、、、)ことができないものである。】

「奥さん、なんでもいいですから、話してみて下さい。話すということは、放すということにつながりますからね。不幸を握っていては、しあわせはつかめません。不幸は放さないとね。」
「結婚して子供が生まれましてね。娘です。子供の教育のことで、姑と意見が食い違いました。もう30年も前のことです。対立をつづけながら、二人目の子供、やはり娘が生まれました。この頃は嫁姑の喧嘩は日課のようになっていました。辛くてたまらなくて、主人に“お義母さんと別居させてください”と頼んだのですが、主人は、五歳のときに父を亡くし、兄や姉たちは早くから結婚して家を出たので、二十年近く母一人子一人の生活を続けてきたのです。母と別居するなんて“とんでもない”というのです。」
「ご主人の心の中を聞いて、あなたは何を思いましたか?」
「これは“死ぬまで姑とは離れられない”と思いました。“それならいっそのこと自分が死んでしまおうか”と思いました。でも、女の子二人を生んでいるから、“この子たちを置いたまま死ぬのはしのび難い”。では、どうしたらいいか? “お義母さんに死んでもらうほかはない”と考えました。」
「それはまた凄い話ですね。お義母さんを殺されましたか?」
「そんなことはしません。でも、お義母さんが出掛けられるときは、“どうぞ、交通事故にでもあって、帰って来られませんように”と心深く思いました。祈りといってもいいかもしれません。」
「ほ~う。それはまた、どうしてそんなことをされたのですか?」
「お義母さんがいつも“私たちの運命とか境遇は、すべて私たちの心で作られる”といっていたからです。」
「その通りですね。運命とか境遇とかの、この時空間の人生は、心が作り出すのですね。もっと詳しくみてみると心の中の言葉が作るのですね。その言葉に三つあります。口でいう言葉、心で思う言葉、それから“目は口ほどにものをいい”といいますが、態度や行為も言葉なのですね。」
「今ではよくわかるのですが、当時は、自分を守り主張する自己中心でしたから……」
「それから、あなたの運命とか境遇は、どうなりましたか?」
「さきほど主人がいいましたが、次女が意識不明の重態に陥りました」
「ああ、スタンドをかけた自転車が倒れて……」
「お義母さんに何度か聞いたことがあったのですが、相手と和解したら心の法則通り、病気が治ったり、運命が好転する。と。」
「心を変えると世界が変わりますからね。」
「それで、病院から家に電話をして、お義母さんに今までのことをお詫びしました。すると娘は、奇跡的によくなるだろう、と思ったのです。」
「それで、どうなりましたか?」
「次の日の朝、娘は亡くなりました。心の法則をほんとうに理解していなかったのだと思います」(つづく)

澤谷 鑛 のカウンセリングは、コチラ…
澤谷 鑛 のセミナー/講演会情報は、コチラ…
コメント

事故から
なんとも言えない思いで読ませていただきました。前回の記事の、息子の車との接触未遂事故のことが思い出されます。

駆け出しのカウンセラーさんより。
数年にわたる破壊的な波動の毒出しを受け。
(本人は最近、自覚されましたが。)

それを話して対処を求めても。
聞き入れられず。ブログコメントで自分のしていることに気付いていただき。ようやく事態が収束したということ。

それも。自分が引き寄せたこと。

怨んでは解決はできなかったですね。
息子の事故から。和解へと動くことになります。

最初は。いくら話しても良い言葉は出てきませんでしたが。諦めずに話し続けて。相手を関係者をゆるし。また、自分にあった非はひとつずつ認め謝罪していくことで。

相手との状況は。表面的には変わりませんが。
私の心境が大きく変わって来ました。

息子も、事故を引き寄せるようなこともなくなり。
事故の前には。高いところから落ちて頭を強打し。救急車で病院に行く事態にもなりました。

「瓦礫には心がない。」の記事のあたりのことです。

息子は。和解できてない状況を。
どうにかしないといけない背水の陣を引いて。
親の心の在り方を教えてくれました。

幸せになるためには。
怨みを手放し。親の愛に満たされ。
自分が幸せな波動でいること。

いまは。なぜ、そうしないと済まなかったのか。
なぜ、今、そうしないと済まないのかを慮んばかりながら。ゆるすという過程を通ってます。

人をゆるすということは。
人から自分がゆるしてもらうことでもありますよね。

完全でない部分も。自分に厳しく。
問うていくことと思います。
そうして。ちゃんと責めたあとは。
ゆるしてあげることと思いました。

ありがとうございます。

りん [URL] 2016/04/08(金) 01:17 [編集]

りんさん。

「幸せになるためには。
怨みを手放し。親の愛に満たされ。
自分が幸せな波動でいること。」
「人をゆるすということは。
人から自分がゆるしてもらうことでもありますよね。」
と書かれていますね。怨み、憎しみ、怒りなどの感情は、ゆるしにはほど遠いのですが、それらの感情にまつわる罪悪感もともにデトックスしないといけないですね。
澤谷 鑛 [URL] 2016/04/08(金) 06:50 [編集]

罪悪感
罪悪感に関してですが。事態に氣づいて。
「ああ、申し訳なかった。」というエネルギーが、全く伝わって来ず、「ああ、私は、こう思っていたのか。私は、こうしたかったのか。」と。

そっちの方向に行くので。
微妙で複雑な氣もちになってしまうんですよね。

それで。「もうちょっと罪悪感を感じてください。」という言葉をいう心境になるのですよね。

「ああ、申し訳なかった。」と感じる人なら。
「知らずにしていたこと。もう、いいんだよ。」とゆるしは簡単ですが。病気治ったしお互い成長したし良かったね。と簡単に言えるのですが。


罪悪感は感じていて。それを直視できないから。
自分の感情に集中して逃げてるのだとしたら。


それくらい、ほんとうは申し訳なかったと思っているんだという理解をすれば。少しデトックスが進むのかもしれません。



りん [URL] 2016/04/08(金) 07:09 [編集]

りんさん。

その罪悪感は、どこにあるのですかね。そこからの出発ですね。
澤谷 鑛 [URL] 2016/04/08(金) 10:33 [編集]

罪悪感はどこから?
結局は、相手に自分を映してみているので。
もし、自分が自覚なしにそれをやってしまったとしたら。

「ああ、どうしたらいいだろう。悪かった。申し訳なかった。どう謝ったらいいんだろう。」

先延ばしにせず、こちらから正直に思いを伝え。お詫びをできてスッキリすると思います。

結果、相手と和解できてもできなくても。
ちゃんとその行動をとったということで。
自分をゆるしてあげることができます。

罪悪感は。自分にはもともと無いから。
外したくなるのだと思ってます。

罪悪感を感じないのは。
それを悪いと思ってない子どもや。
責任能力のない状態にある人。
罪悪感を抑圧して感じないようにしている人。

悪いと思わないから。そのままにしている。
或いは。直視できないから逃げている。

それは自分の本質ではないから。
気にしなくていい。

責める相手の問題だから自分には関係ない。

いろいろ出てくるとは思うけれど。
要は。投影した自分をゆるしてあげることが出来ればいいだけの話じゃないかなと思います。

本来、罪は無いのですからね。
りん [URL] 2016/04/08(金) 17:39 [編集]

罪悪感を浄化すると
「自分を守り主張する自己中心」ということ。
何があったかを明るみに出す私も自己中心。無視する相手も自己中心。

ほんとに不幸を手放せるなら。
私は。自分の幸せを綴ることができる。

心の法則がほんとにわかるということは。
そこに心がとらわれなくなることであり。

相手がどうあれ状況がどうあれ。
自分が幸せでいられるということ。

自分が幸せでいられるために。
嫌なものを排除し無視してそこに感情を動かさないもあり。

けれど。無視しないといけないもの。
排除しないといけないものがあるなら。
ほんとうには浄化されてないということ。

ほんとうに心を浄化すれば。
排除しないといけないもの。
無視しないといけないもの自体が無くなる。

罪悪感をデトックスすると。
そういうふうになってきて。

こうやって今。話していること自体が。
本質でないものを外しているだけということ。

本質そのものは。

愛されていた。包まれていた。
お父さんお母さんの愛を感じて。


いま、私が満たされて幸せだということを。


感じること。


そうすると。
さっきまで書いてたことそのものが。






どーでもよくなるということ。



何やってるの?という話。







りん [URL] 2016/04/08(金) 19:45 [編集]

体験談が掲載されたということは。
そうすると。相手や状況に自分の顕在意識、或いは潜在意識のデトックスされるべき何かが。

反応して出てきているだけだから。
それはすべて自分の問題。

顕れるということは、いま、消えていってるということ。そこをみれるようになると。
すべてが感謝になるということ。

体験談が掲載されたということは。
そこに行けたんだなと。
お察しいたします。

ありがとうございます。
りん [URL] 2016/04/08(金) 20:14 [編集]

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