お伝えしたいことは「運命は改善できる」ということです。
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04/12
美人薄命の秘密 ~〈みかっちラジオ〉より~【第一回】
         監修・澤谷 鑛 MC・乕澤美香 録音筆者・さくらみるく

乕澤:はい、こんにちは。みかっちです。みかっちラジオ、本日は、カウンセラー・講演家そして作家でもあられます澤谷 鑛 先生をお迎えしています。澤谷先生は、私が初めてカウンセリングを学んだ先生でいらっしゃいまして、文章を書くこともそうですし、人生のあらゆることですよね、様々な可能性に気付かせていただいて、もう一回新たに人生のやる気を取り戻させて頂いた原点になるような先生でいらっしゃいます。何よりも澤谷先生のお話しというのは、とても引きこまれてしまう。面白くって、もう、涙を流して笑ったり泣いたりというような、多分今日も相槌を忘れて黙ってしまうこともあるんじゃないかと思うんですけど。ぜひ、その澤谷先生の講演の魅力みたいなものを感じていただきたいなと思っています。それではどうぞ。

   ☆  ☆  ☆

 まっさらさらのいのちと過去の心
乕澤:はい、それでは今、澤谷先生とスカイプがつながっています。おはようございます。
澤谷:おはようございます。よろしくお願いします。
乕澤:よろしくお願いします。みかっちラジオに来ていただいてありがとうございます。
澤谷:いえいえ、こちらこそお呼びいただき、ありがとうございます。
乕澤:まあ、澤谷先生は私が文章を書き始めた原点っていいますか、澤谷先生が「面白いね」って言ってくださったので調子に乗って(笑)。
澤谷:ああ、そうなんですね(笑)。養成講座に来られたからね。あなたは、確かにあの頃、ものすごく新鮮だったですよね。今がそうじゃない、とは言いませんけど(笑)。まっさらさらのいのちの息吹きがあふれ出ている、っていう感じがしました。初心が燃えるといいますが、表現がみずみずしくて正鵠を得ていました。おそらく、ご本人も意識してないんじゃないかと思うぐらいの、なんて言うのかな、宇宙を飛び回っているような感覚?(笑)
乕澤:うんうん(笑)。
澤谷:読んでいるこちらの方が追いつかないっていうか。
乕澤:ええ~~そんな風に思ってらっしゃったんですね(笑)。
澤谷:反対に、養成講座をやっていると、現実的な、リアルな問題もありますからね。そういう問題になってくると、やはり皆さんギューッと心が凝縮するというか。
乕澤:はい。
澤谷:あれほどの宇宙を飛び回ってたものが、なんか自我の殻の中でぐるぐると回って苦しんでいるみたいなね(笑)。そんなところもなきにしもあらず、という時期もあったような気もしますね。
乕澤:そうですね。双方ありますね。
澤谷:それはまたそれでね、すばらしかったって言うか、すばらしくなるための、ひとつのプロセスだったんだろうな、という風に思うんだけれどもね。
乕澤:はい。
澤谷:まあ、どちらにしろ、人生を生きてる限り、まっさらさらの命を生きるのと、それからやっぱり、過去の心の中に溜め込んだね。
乕澤:ええ。所謂、業。
澤谷:デトックスして生きるっていう、これはやっぱり裏表であって、同時に展開してるっていう、それが見えてこないとね。おそらく人生の要諦っていうか、人生の秘訣みたいなものがこう、つかみにくい、つかめない、っていうことにもなるんじゃないかと思うんですね。

 自分と出会う
乕澤:そうなんです。澤谷先生の「しあわせな人生の実現をサポートする人材養成講座」に三年間お世話になりまして。
澤谷:ああ、そうでしたね。
乕澤:はい、澤谷先生のいちばん最初のご著書が『すべての結果は引き寄せられている~運命を決める「牽引の法則」~』(総合法令出版・2007.7)でしたね。あの出版が澤谷先生の初陣でしたよね。
澤谷:はい。57歳での初陣(笑)。
乕澤:そうでしたね。あの本をきっかけに、セミナーとか、養成講座とか、カウンセリングにもう多くの人が押し寄せたということだったと思うんですけれども。
澤谷:はい。昔の仲間の多大な協力があってね。
乕澤:私も押し寄せたひとりで(笑)、あの本を読ませていただいて澤谷先生にお会いしたくなって、それで京都センチュリーホテルの喫茶室でカウンセリングして頂きました。
澤谷:そうでしたね。娘さんと一緒に来られましたね。
乕澤:はい。そして養成講座に入らせていただいたんですけど、その養成講座の中で、やっぱりブログに文章を書かせるっていうのが、やっぱり澤谷先生のひとつのなんていいますかね、自己を読むというか、いかに表現するかというか。
澤谷:自分と対面するっていうか、出会うというかね。その自分も二つあって、やっぱり自我の殻に閉じこもる自分、あるいは自我そのもの。閉じこもらなくても自我っていうのは、なくちゃならないんで、やっぱり自我意識ってのは、損か得かで動きますからね。
乕澤:はい。
澤谷:すなわち火の中には入っていかない。危ないから。そういうことも大事ですね、人間。人生の中でね。火の中に入るとやっぱり、火傷しちゃうわけだから、そういうことに関しては、そんなところに入るのは損だ。だからそういうところには行かない、得な方を取るっていうのは、それはまたリアルな人生を生きる上で大切なことなんですけどね。
乕澤:はい。
澤谷:だからといって、自分の損得だけで動いていると、どうもねあの人はね、ということになっちゃう(笑)。
乕澤:そうですね。
澤谷:でも、その自分と出会う。文章を書くときの自分と出会う。その自分は、おそらくほんものの自分なんですね。
乕澤:う~ん。ほんもの。

 being・doing・having
澤谷:すなわち、beingである自分が、この肉体という道具をもって、それは客観的な道具なんだけれども、その客観的な道具を動かすのは主観的な道具である心なんですね。だけど、その心を動かすのは言葉であるわけなんですね。言葉で心を動かして、この肉体を動かして、doingって、行動を起こして、行動を起こすとその、havingっていって、お金だとか地位だとか名誉だとか、そういうものが手に入るわけなんだけれども、しかし、そのdoing行動する、having何ものかを得る、というのは、この時空間での表現をすることで、beingとは、存在というか、ほんものの自分というか。だから、doing・havingは、表現・現われで、そのもとのbeingに出会わないとちょっと虚しくなるところがあってね。
乕澤:そのdoing・havingじゃなくて、その奥にあるbeingに出会うためにはどうしたらいいのですか?
澤谷:読売文学賞を受賞された詩人の浅野晃先生に大学・大学院で学びましたが、その浅野先生がね、ある時に女子大に講演会に呼ばれて行くっていうことがあってね。その日は雨が降っていて、それで迎えのタクシーが来たから、先生が濡れてはいけない、と思って、それで僕は傘を差してね。「先生、乗ってください」って言って、先生は「ありがとう」って、タクシーに乗られる時に、ふっと僕の方を向いてね。
乕澤:はい。
澤谷:「澤谷くん、僕は濡れないんだよ」って、こう言われたわけ(笑)。「いや先生、濡れますよ。雨が降っていますから」って言ったら、「濡れるのはね、僕の顔だよ。僕の手だよ。僕のスーツだよ。これ僕のって所有格、僕の持ち物が濡れるわけで」
乕澤:ああ、はい。
澤谷:「でも、僕は濡れないんだよ」といわれる。
乕澤:おお~。
澤谷:「僕は濡れてないけど、僕の持ち物が濡れるんだよ。だから僕の顔が濡れる。僕の頭が濡れる。僕のスーツが濡れる。僕の所有物が濡れる。僕は濡れないんだ」とね。「どういうことですか? それは?」なんて言ったら、それがね「ま、beingっていうことだな」って、さきほど言った存在っていうことね。そんなものは現実的に、行動を起こしたり、名誉や地位やお金を得るっていうような、そんなものじゃない。存在そのものがbeingっていう、それがほんものの自分だ、みたいなことを言われてね、長いことわからなかったんだけど(笑)。道元は「仏向上」といって、「仏」は「ほどけ」た解放されたもので、完成されたものが完成されたままに拡大・向上を遂げるもので、それがこの時空間に表現されると向上一路にあらわれるというのですね。
乕澤:まるでドラマのワンシーンのようですね。こう澤谷先生が傘をさしかけて(笑)。
澤谷:だからそういう風にリアルにしゃべられるわけだけど(笑)。
乕澤:ひとつひとつが、そういう、趣のあるっていうか、信頼関係があったというか、絆を感じますね。
澤谷:そういう風情だとか、つながりとかって、大事なんですよね。
乕澤:はい。

 多角的なつながり
澤谷:そのままほんもの、そのほんものと出会うということなのかな。
乕澤:ほんとにブログに文章を載せて頂いたっていうのが。
澤谷:そうですね。文章ね。
乕澤:やっぱり、自分をとっても見つめるっていうか。自分そのままを表しだす。それで格好つけた文章ていうのは、澤谷先生はスルーするんですね(笑)。私が認知症の母とのやりとりとかを書くと、澤谷先生は「これは面白いね!」っておっしゃるんですね。「これが理を詳しくすることなんだ」といわれたことを今でも覚えています。文章をブログに書くことを通して、本当に変わってきたと思うんです。自分も。
澤谷:そうですね。
乕澤:また、そこに養成講座生の方がこうコメントを付ける。もちろん一般の人もね。
澤谷:ブログに出た場合は、そうですがメーリングリストの場合は、同じ期生がコメントしますけれどもね。
乕澤:はい。そうでしたね。
澤谷:僕のブログっていうのは、僕の文章だけで成り立ってなくて、僕は週に一回ぐらいしか書かなくて、後はみんな養成講座生だとか、養成講座生でなくても、これは面白いと思ったら、一般の人のものも文章を載せたりしますからね。
乕澤:はい。本当に多種多様な方が。
澤谷:そうですね。多角的なのは大いに勉強になりますよね。

澤谷 鑛 のカウンセリングは、コチラ…
澤谷 鑛 のセミナー/講演会情報は、コチラ…
コメント

自分を抱いてあげる
澤谷先生、こんばんは。

自我の殻のカプセルということ。長いこと、その意味はわかりませんでした。

昨日、ふと。

自分は、お母さんに心を開いてほしかったんだ。振り向いてほしかったんだ。

そうしてもらえなくて。他人を使って同じ出来事を引き寄せてたんだと。

人をいっぱい批判して。自分の正論を振り回して疲れはてて。自分は理解されないと思い込んで。

人を信頼できず。
不安で疑って怖がって。
周りみんな敵にまわして。


やっと。自分が自分を抱き寄せてやれました。

他者の氣もちに寄り添うには。まず、自分の氣もちにしっかり寄り添うこと。

やっと、ここからです。
りん [URL] 2016/04/12(火) 00:26 [編集]

母の氣もち
心が大きく変化していきます。
先程のコメントとは正反対の思いが出てきます。

お母さんが、私に心を開いてほしかったということ。

自分の何をそんなに拒絶しているのか。
娘の氣もちがわからない。
一生懸命、あなたのためにやってきたことを、
全部、否定されるような言動をされて辛い。

あなたにかけた愛情を、自分の思い通りじゃないと言わず。素直に受け取って欲しい。

長女であり最初の子であるあなたを。
親が愛してない筈がないのに。
なぜ、その愛を疑うんだろう。

家を出て。母に寄りつかなくなった娘の心に。
母はどんなに痛んだことだろう。

それでも。あなたが幸せでいるなら。
それでいいと。母はずっとゆるしてくれていたんだなと思います。

そうして。折り合いがつくときも。
あなたのいい分に納得した訳ではない。
自分がほんとうに悪かったと思う訳でもない。

ただ、これ以上、あなたと私の折り合いがつかないことで。あなたはあなた自身をボロボロに傷つけてしまうから。

親として、娘が自分をボロボロに傷つけるのを。
止めたいんだと。母が言いました。

母との関係は。以来、良くなりました。
ただ、その母の言葉を。私はほんとうにわかっていた訳ではなかったということ。

いま、母の言葉が。母の愛とともに。
真っ直ぐ入ってきます。

母は私のために。既に折れてくれてました。
あなたが大事だから。あなたを愛しているから。
自分を傷つけるのを止めなさい。

あなたは。折り合いをきちんとつけることに。
こだわり過ぎるんだ。そこに執着し過ぎるんだ。

そうしかできないなら。そういう心だから仕方ないけど。見ていて「きついだろうな。」と思う。

自我の殻というのは。
母の言葉に集約されている氣がします。

愛されてないという思い込み。
寂しいという思い込み。

それは。幻なんだと思いました。
ありがとうございます。

りん [URL] 2016/04/12(火) 19:16 [編集]

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