お伝えしたいことは「運命は改善できる」ということです。
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04/19
文(あや)
       澤谷 鑛

 若乃花と栃錦の対決で、確か若乃花が負けて、八百長だとは思いませんでしたが、何か情(こころ)が感じられ、そのようなこころくばりなのかな、と子供心に思ったことがありました。昔々のことです。祖父が隣で白黒のTVでしたが観ていたのを覚えています。
 いつだったでしょう。以前、大相撲の大阪場所が中止となり、「八百長は許せない!」と糾弾する人もあれば、「昔からあること!」と擁護する人がいました。そんな中、石原慎太郎東京都知事(当時)の「あんなもの昔から当たり前のこと」という発言はおもしろいものでした。

 作家の曽野綾子さんは、本来道徳性とは無関係の職業というものはこの世にある、と言い、役者も芸者も作家も、そうなのだと言います。そして、こんな話を紹介しています。

 昔、川端康成と近藤啓太郎氏(千葉在住の作家)が、銀座の高級バーの同じ女性をごひいきにしていたことがあったのだそうです。川端康成ほど大家でない近藤氏は、まもなく軍資金が尽きてきたのです。するとこともあろうに、川端康成に「金を少し貸してくれないか」と頼んだと言います。川端康成は、「金がなけりゃ、払わなきゃいいんですよ」と答えたと言います。曽野綾子さんは、つづけてこのように書いています。

【作家の言葉遣いには、つねに「文(あや)」がある。文とは単純ではない仕組みのことだ。あるいは、表現上に織りなされる技巧のことだ。だから川端氏の、金がなければ払わなければいいという一見単純に見える言葉の背後には、実に多くの心理も真理も偽悪的な姿勢も、多重的な計算済みで言い表されている。つまり作家の世界も、誠実とか正直とかいうものとは、全く別の価値観で動いているのだ。】

 もちろん、役者も芸者も作家も、法にふれるようなことをすれば裁かれるほかはありません。芸のためなら、人の心も踏みにじる役者を描いた菊地寛の『藤十郎の恋』には、花があります。
 曽野綾子さんも、
【悪いことは一切しない、芸は下手、花もない役者などどうにもならない。】
【一部の小説家も、痛んだ部分を心に持つ職業人である。正直で正義感があっても、小説が下手なら、その人は「ただのいい人」だろう。】
 と言っています。

 私は、「文」というところから、川端康成の「金がなけりゃ、払わなきゃいいんですよ」という同じ位相に、「飢饉のときほど托鉢をしろ」という仏教の言葉があるようにも思っています。でなければ、文も文ではないでしょう。

 話は変わりますが、連合赤軍のリーダー、死刑囚の永田洋子(ひろこ)が、長年わずらった脳腫瘍のために獄中で65歳で死亡(2011.2.5)しました。
 永田との往復書簡集を出版した作家の瀬戸内寂聴は、この事件については〈生理的な嫌悪を覚える〉としながも、
「私は、洋子さんが、ごく普通の女の子で、頭のいい、素直な、正義感の強い、自分をごまかせない、馬鹿正直な人だと知るようになった」
 と書いています。
 恕のこころから寛恕のこころまでに深化しているようにも思います。それにしても、曽野さんはクリスチャンで、瀬戸内さんは尼僧ですが、共鳴したものを感じます。

「連合赤軍事件」と呼ばれるこの事件を最も鋭く分析したのは、米国の女性社会学者、パトリシア・スタインホフの『死へのイデオロギー』なのだそうです。
 ブルジョア趣味を排除し、それを克服できないものは徹底的に自己批判をしなければならない、と森恒夫(勾留中に自殺)や永田は動きました。スタインホフによると、米国でグループ心理療法として行われている「意識高揚法(コンシャスネス・レイジング)」と同じだと指摘しています。目的は、より強い自己の形成を集団で助けることですが、危険がともなうので熟練した指導者が必要だと言われています。森も永田も指導者としては失格で、「共産主義化」という「死へのイデオロギー」にとりつかれていたからです。

 瀬戸内寂聴への永田洋子の手紙には、
「正直にいって、私は十四名を殺した夢をみません」
 と書かれています。

 イデオロギーが恐ろしいのは、この正義のためには、何をしてもよいというところに行くからです。イデオロギーは、〈観念の体系〉と訳される政治用語ですが、大のイデオロギー嫌いだった作家の司馬遼太郎は、〈正義の体系〉と訳しました。
 永田が瀬戸内に送った手紙のように、正義の体系は冷酷なものです。取り憑かれた死への正義などあってはならないものです。

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コメント

文(あや)
澤谷先生、こんばんは。

私がコメントを書き始めた頃だったか、この「文(あや)」の記事の掲載の前日に、先生はSkypeを入れてくださることがあり。先生の話を受けて。「あなたが、どんなコメントを書くのかを見たい。」と、先生がいわれてましたね。


「無視すればいい。」


先生が指導されるときに放つこの言葉は。
文(あや)だなと感じます。


清濁を超えた部分を計算し尽くしたうえでの意図。


瀬戸内寂聴さんや、曽野綾子さんには。
その心に人間としての情緒があり。


正義感の強い、真面目な融通の効かない普通の女の子と寂聴さんが表現される洋子さんには無いもの。


正確には。無い訳ではなくて。
包み隠されてしまって罪となっているもので。

先生はそれを。
寂聴さんの寛恕の心と仰ったのでしょうか。

1+1=2

それだけではなく。

青森のりんごと、愛媛のみかんを合わせてふたつ。
先生のそんな話を思い出します。



りん [URL] 2016/04/19(火) 00:20 [編集]

りんさん。

学びを深くされていますね。この時期は、新しい養成講座生にも、広く深く学んでほしいので、このようなテーマも取り上げます。
りんさんも長く学んでおられるのですね。
澤谷 鑛 [URL] 2016/04/19(火) 07:01 [編集]

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