お伝えしたいことは「運命は改善できる」ということです。
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05/07
一番嫌いな人は、自分だった!
         河合早智子(養成講座8期生)

 昨日は、おかしな事がありました。
一週間前に、主人と義母と一緒に植木センターへ買い物に行った時に、義母のシルバーカー(手押し車)を忘れてきてしまったため、昨日、主人と共にそのシルバーカーを取りに行ったのですが、植木を眺めたりソフトクリームを食べたりしているうちに、二人ともシルバーカーのことをすっかり忘れて帰ってきてしまいました。車で片道40分程あるところで、シルバーカーを受け取りに行ったはずが、植木は1本購入したものの、肝心のシルバーカーを忘れてきてしまうなんて……。家へ到着する頃に、はっと気付き、二人で苦笑い。年をとったということなのかも知れないのですが、それにしても、二人して、一番大事な用事を忘れるなんてどうかしている。おかしなことがあるものだと思いました。
しかたがないので、今日の朝、スカイプ座談会が始まる10時までには帰ってこようと、再び車で向かいました。主人は行かないというので、私一人で向かいました。
一人でドライブすることになったとき、私は、前回の座談会で澤谷先生がご指摘くださった私の母に対する思いについて考えてみる良い時間になればと思いました。座談会で、私が、「私は、まだ主人や息子のことを本当には受け入れていない」とお話ししたとき、澤谷先生は「それは、あなたが、あなたのお母さんは、お父さんのことで苦労していたと思っているからですよ。お母さんは、お父さんに対して100パーセントの愛情をもっていて、幸せだったのです。そのことを、あなたが分かったときに、ご主人や息子さんも変わりますよ。」と。普段は、仕事や家事で、なかなかじっくりと考えることができないのですが、一人でドライブ、それも片道40分間という結構長い道のりであることは、そうした母のことをじっくりと考えられそうな気がして、なんだか、わくわくしました。
車を走らせ、しばらく母の思い出をいくつか記憶の中から引っ張り出してみました。何だか無理やりで違和感がありました。どうしたらいいのか、分からなくなりました。その時、ふと、「形からでいい、母に「ありがとう」を言おう」と思って、「ありがとう、ありがとう。お母さん、ありがとうね。」と言いながら運転していました。すると、突然、「お母さんは、生きて、私のこの状況を一緒に見たかったのではないか。私をそばで支えたい、苦しむ私の背中を抱きたいと思っているのではないか。」という思いが湧いてきました。私の母は、亡くなって9年になります。私は、これまで、母は主人の選挙の問題や息子、孫の問題を知らずに亡くなって、よかった。生きていれば、母も辛い思いをしなければならなかったと思ってきました。でも、このとき、それは違うのではないかという気がしたのです。母は、見たくなかったのではなく、私と一緒に味わいたかったのではないかと。そう思ったら、心がじんわりとしてきて、涙がこぼれそうになりましたが、目的地が近くなってきたので、こらえました。
無事にシルバーカーを乗せた帰り道。昨日の座談会で話題になっていた「嫌いな人」が頭をよぎった時、なぜか突然に「私は、私が一番嫌い!」という思いが湧き出してきました。世間体ばかり気にする、自分をよく見せたいと思っている、そのためにごまかすこともある、自分勝手で子どもや主人の気持ちなんて考えずに思い通りにしようとしてきた、人を見下す、人の不幸を期待する……次から次へと自分の嫌いな所が出てきて、その一つ一つを泣きながら声に出して言っていました。私は、今まで、自分の嫌なところに気付きながらも、それを真正面から見ると自分が壊れてしまいそうで、立ち直れないような気がして、見ないように見ないようにしてきました。人からも見破られないように守りの体制になっていたこともあるかも知れません。でも、今日ばかりは、思いっきり、真正面から見て、そんなところのある自分を「私は、私が一番嫌い!」と何度も叫んでいました。「何で私は、こんな心なんだろう!?」と、自問した時、「育ちが原因? 家族が原因? ちがう! 私の心が決めてきたことだ。」と答えが返ってきました。カルマ? 過去世?……知りたい。もっと心の仕組みを知りたい! 今日の座談会では、このことを、ぜひ、お聞きしたいと思いました。まだまだ、分からないことだらけでしたが、何だか心は晴れ晴れとしていました。私の心から黒いような黄色いような怪しげな煙が立ち上っていくイメージが浮かんできました。
自宅へ到着し、10時から座談会スタート。昨日の座談会の感想を澤谷先生が紹介して下さり、そこには「自分を責める」という私にとってのキーワードが! びっくりしました。なんてタイムリーなんでしょう。とは言うものの、やはりまだ分からないことだらけです。
でも一つずつ一つずつ、デトックスをして、すべてよしと思える自分にしたいと改めて思いました。
話が前後しますが、先程の「私と一緒に味わいたかった母」のことですが、私は、「母は、私と苦労を一緒に味わい、助けたかったのではないか。」と思っていましたが、それでは、私が今の自分のことを不幸せだと思っているということになりますね。「主人のことも息子や孫のこともすべて幸せ。その幸せを私と一緒に味わいたかったんだ。」と思える時が、まっさらさらの命と出会えた時なのだと思います。頭ではそう思っても腹の底からその思いが湧きあがってこない私です。でも、今はこれでよし。きっと出会える。そう思います。
今日は、自分を責め倒し、デトックスできた記念日となりました。
ありがとうございました。(2016.4.17)

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コメント

そうなんですよね。
「主人のことも息子のことも孫のこともみんな幸せ。その幸せを一緒に味わいたかったんだ。」

そうなんですよね。きっと。
そういうことなんですよね。

自分が一番嫌いということ。

私も。ひとつに固執し執着する自分が。
自分の視野を狭くしていたことを感じます。

それがわかったとしても。
変わりません。これがなかなか。だから。

笑ってあげるようにします。

自分にしても他人にしても。
嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌ぁ~~い!!!!

と言い尽くすじゃないですか。
だんだん、笑えてくるんですよね。
そういう自分、みっともなくて。

心が変わると現実もほんとに、
どんどん変わってくるのも体感してます。

面白いですよね。





りん [URL] 2016/05/07(土) 00:50 [編集]

ありのままの素の自分は
ありのままの素の自分は。
誰からも理解されないし必要とされない。

この怖れと不安を握ってました。

嫌な氣もちというのは。確かに。
これを感じなくて済むためにあったのかもしれないと思います。

素の自分というのは共感されないと思うのに表現するのは。素の自分を理解され愛されたいと思っていたんだなとわかりました。

そうして。

素の自分は。ちゃんと自分がわかってやれた。
だからもう、淋しくはなくなりました。

\(^o^)/

ありがとうございます❤

りん [URL] 2016/05/07(土) 21:00 [編集]

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