お伝えしたいことは「運命は改善できる」ということです。
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06/01
わたし(前篇)
       たかまる全

36才で上京した私は、転勤でも再就職でもなかった。
4畳半のアパートからのスタート。

無意識の力とはなんと強いんだろう。
子供時代に、家族3人で暮らした間取りと似ていた。
ただ、あの時より日当たりも良い、風呂もある。
十分だ。

貧乏経験は徳である。
私は、希望に満ちていた。

ここに来る前に過ごした、長野での2年が大きかった。
売上を追いかえる世界から離れて、大自然の中でゆっくりと自分と向き合った。

人生ってこういう時間も必要なんだな。

雄大なアルプスと威厳を放つ八ヶ岳。
そして、澄みっきた空気が私の心を癒してくれた。

一番変わったのは、母との関係だった。
時々掛かってくる母の電話、心配とおせっかい。
ただただ、受容する事ができた。

ある時、母が言った、
「あんたは変わった! ほんとに変わった!」

私が地元を離れるとき、母が焦っているのを感じた。
1階までついて来ようとする母を、
「もう、ここでいいから」
と断ち切った。
4階の踊り場から、愛犬ミクと寂しそうに手をふっていた。
お互いにとって自立の時である。

地元を離れて2年。
心が平安を取り戻しつつあった。
母からの連絡も、雑談や相談が多くなり、最後に、感謝の言葉が出るようになっていた。
そして、私の中から希望があふれてきた。

「よし、東京に行こう。もう一度チャレンジしよう」

私は、未開の地、東京になんのためらいも無く出て行った。
ところが、現実は甘くない。
そう、映画のようにはいかないのである。

経済の不安定さと仕事の不安定さは、容赦なく、私を追い詰めていった。

そんな中、心の世界に関する本を読みあさっていた私は、ある本に惹かれていった。
その本の中に、「ありがとう」を言いつづけると奇跡が起きると書いてあった。
しかも、条件が厳しい。
愚痴、文句、泣き言一切なし。
思ってもダメ。
今では、絶対出来ない私が、なぜかその時は、「やろう」と決意したから不思議だ。

わくわくして始めたそのゲームだったが、楽しさとは裏腹。
理不尽な事が、次々と起きていった。

実践して8ヶ月たった頃、私はボロボロになっていた。

精魂尽き果てた私は、大好きな祖母の声を聴きたくなり、電話した。
プルル~
「あー俺だけど!」
「全ね、元気しとうね!」
その言葉を聞いた瞬間、私の頬から涙がこぼれた。
と同時に、私の中の何かが壊れた。

自分が追いかけたきたものって何だったんだろう。
成功、夢、お金?
大切な人が病気した時、飛んで行く事もできないじゃないか。
側にいてあげる事もできない。
(昨年の夏、肝臓を悪くした祖母は生まれて初めて入院していた)
情けない涙と、申し訳ない涙があふれてきた。
その夜、なぜか、全身が熱くて熱くて仕方がなかった。

朝起きると、私の中から、一切のこだわりが無くなっていた。(つづく)

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コメント

素のまま
たかまるさん、元氣しとうね!(笑)
おばあちゃんは、九州の人ね?

感謝の言葉をいい続けるということ。
愚痴や不満、泣き言一切ダメ!

続けていると、状況ががらがらと崩れていく。
なるほどなぁと思います。

本氣でゆるそうと思うほど、
責める氣もちが止まらなくわいてくる。

感謝しようと本氣で思うと、
感謝できない自分が顕わになってくる。

そういう弱い小さな自分をそのままみていると。
自然と感謝がわいてくるんだねぇ(笑)

きっと。過去の自分を脱ぎ棄てていくときなんでしょうね。

歪められ拡散されてしまったものに対して。
私は。戦わなくていいものと戦ってきてしまいました。

大事なものは。そんなことではないのにね。
なぜ、失ったものを取り返そうとするんだろ?
埋めようとするんだろ?

もう、やめたいやめたいと思っていて。
いつ、やめられるんだろ?と思っていて。

だから。いろいろあったけど。




もう、ええよ。



いろいろあったけど。学べたね。
良かったね。ありがとう。



そこまで来たら。
もう、二度と後戻りしないと思うのよ。


きっと、みんなその自分。
もともと知ってるんだろね。


大切なことは。
自分を大切に思ってくれる人の心を感じることだけでいいんだよね。


ありがとう。

りん [URL] 2016/06/01(水) 14:32 [編集]

お母さん
私ね。母のためにと一生懸命になった時間、
母のためにと一生懸命になった氣もち、

それは、理解され受けとめられることは無かった。
その悲しみが、そのまま再現している。

でもそれは。母にわかってもらいたいのでも、
他人にわかってもらいたいのでもなくて。

自分が自分にわかってもらいたいんだということが。

わかるんだよね。


そのために、人は孤独を選ぶのかもしれない。
自立のときだね。きっと。


前回の記事で書きたくて書けなかったことがひとつ。


依存的で弱い母が嫌だったということ。


私も。依存的で弱い女でした。弱い癖に強がってました。弱い癖に強がると。お母さんみたいになるのかなと思ったんですよね。

いまは。主人も変わり。周りの人も随分変わって。
弱さを出して受けとめてくれる人ができて。

精神がほんとに安定してきました。

お父さんがあんなふうになって。誰も精神的に頼る人がいなくなって。お母さん、寂しかったんだろうね。

ほんとに。頑張ってきたんだね。
お疲れさま。

なんか、言葉をかけることで。
自分を認めてあげられる氣がしました。
ありがとう。

りん [URL] 2016/06/01(水) 14:59 [編集]

わたし
ごめんね。おばあちゃんて。
この間の記事のおばあちゃん??
繋がらなかった。

大好きだったんですね。

おばあちゃんの言葉は、
九州の人の言葉だけど。

九州の人って情に厚い人多くて。
本音で真っ直ぐくる人多くて。

県外に出た人からは。
それが普通と思うと、周りは引くよと。
言われたことありますね(笑)

本当だ。

お父さんとおばあちゃん。
おばあちゃんと息子と孫の全さん。

なんかね。最初の頃の記事だったかな。

息子さんと全さんが重なるという場面あったでしょ?

それに。おばあちゃん眼差しが重なる氣がするよ。
。ほんとに幼~~い頃の全さんが、愛されていたんだなぁ。という感じかな。

幼い頃の私というのも。疑う余地なく愛されていたなぁと思いますよ。父に。母に。

年子の妹がいたから。私はお父さん子で。
父に特に愛されていたと思います。

なぜ、それが闇に隠れてしまったんだろうね。

それは。感受性の物凄く強い私にとっては。
父の怒りや寂しさ。母の怒りや寂しさは。

子どもにとっては抱えきれないとてつもない、
終わりのない闇の沼のように感じていたからかな。

だから。

お父さんなんて大嫌い😭💔
お母さんなんて大嫌い😭💔

ってなっちゃってたのよね。
大好きだったのにね。本当は。

傷つけたことにバカヤローであり。
わかってくれなかったことにバカヤローって。

言いたかったんだ。そうして。
その私を愛して受け入れてくださいって言って。

心が泣いていたんだと思うよ。

そういう本音が出てくるとき。
とっくにわかっていることを素直に話せるとき。

執着を放せるんじゃないかと思うよ。

私は。特定の誰かに向かってしか。
なかなか言葉が出てこなくて。

全さんにこういうコメントを書いてる私が。
いま、癒されていってるなと思うよ。








りん [URL] 2016/06/01(水) 20:55 [編集]

一番難しい事
コメントありがとうございます。

人生で一番難しいことは「ゆるす事」と「ゆるされる事」だと思います。

渦中にいる時は 本当に大変だと思います。

「相手の為に厳しい事を言う」というのは 本来は心を超えた視点に立った人にしか出来ません。

しかし 私たちの多くは未熟ですから 親が子にあなたの為と言って 自身の劣等感を埋めようとしたり 依存させて渇きを埋めようとしたりします。

本人は無自覚だったりします。

私たちの本質が全受容ゆえに 与えられる最高級の試練ですね。

そして、その苦しみが真実へと向わせたりもします。 
ゆるしは「マインドレベルでは決着がつかない」というのが私の論です。

なので、「ゆるせない」というその気持ちを味わっている人を尊重します。

味わいつくして こころが切り替わって行く日がきっと来ると信じています。

嫌な人の事で頭がいっぱいだと 何をしていても楽しめません。

私は秘密の場所(笑)で大きな声を出します。
自然の中を歩きます。

意識が体に移ると氣にならなくなります。
こころの幻想だった事がわかります。

私たちはいつも心の記憶と戦って苦しんでるんですね。

たくさんの氣づきが出てきました。
どうもありがとう。







たかまる全 [URL] 2016/06/01(水) 21:37 [編集]

ホントにそうですね
コメントを書いてる途中にもう一コメント入ってましたね、ありがとうございます。

このブログは 自身のデドックスの為に書いたんですね。で、何編か続いてるんですが、一つだけ読むと初めての人は、ちんぷんかんぷんかもしれません。

まさか、掲載されるとは思わずに・・・
なので、澤谷先生のせいにしようと思います(笑)

りんさんのおっしゃる通りですね。

デドックスが進めば進むほど、忘れていた良い思い出が浮かび上がってくるんですね。

あんなこともあったな、こんなこともあったなって。

でも、心の曇りが消してしまっているんですね。
心の曇り恐るべしですね。

家族全員に対して、まだまだ残っていますので。
これからもデドックスは続きます。

源に向かって一歩一歩ですね。
ありがとうございます。
たかまる全 [URL] 2016/06/01(水) 22:06 [編集]

ゆるすことと、ゆるされること
ゆるすこと。ゆるされること。
全受容のための最大の試練が与えられている。

ほんとにそうだと思えます。

厳しいことをいえるのは。
全さんのいわれるような人と思います。

なぜ、自分が未熟なのに言ったか。
それは。数年前の彼女が。

先生のことしか信頼してなくて。
周りが先生レベルで自分を扱うのが当然で。
そうでない人を法則でぶった切っていて。

未熟などうし切磋琢磨して。
仲間というのが。どういう氣もちを向けているのか。

執着も含めた心であっても。
それを溶かしこめる器になってもらいたかったこと。

関わることによって。必ず良くなるという信念で動いてきて。結果は出たけれど。

向き合った私以外の人とうまくいくようになり。
私を排除する方向に。先生も動いたこと。
友達も。先生の方向に動いたこと。

そんなことがありますが。
そういうことすべてが、ゆるすことと、ゆるされることの最大の試練であり。恩恵だと思います。

長くいるとよくわかりますが。
先生の人生の浄化としても起こっていることで。
過去、何度もそういう役割の人が出ては。
ここを去っていきました。

先生は父親の投影の関係でもあり。
グラデーションの全貌での向き合いであり。

先生との関係にしても実は。
ゆるすこと、ゆるされることの課題が与えられてます。

そうしてその苦しみは。真理への扉を開いてくれてます。

毎回、思いますが。記事の過程に共感しながらコメントを書いていくと。浄化できてる部分と。揺れ動いている部分が。炙り出されてきますね。

「ゆるせない」という過程を責めないということ。

そういう関わりというか、受け止めがあると。
自分もまた、ゆるせない過程の人をゆるせる余裕がでてきますね。

返信のコメントを読ませていただくと。
ほんとに浄化ができてることが伝わってきます。

たくさんの氣づきをありがとうございます。
りん [URL] 2016/06/01(水) 22:35 [編集]

浄化の過程のコメントこそ
取り繕わない浄化の過程のコメントこそ。
こうやって、取り繕わないコメントを書かせてくださる機会を与えてくれてますよね。

向き合った人にも実は。私に対して。

このやろー!! バカヤロー!!
大嫌いだ!あなたなんか!!

それが言えるといいなと思うんですよ。
私は。そっちの方が相手を好きでいられる。

怒ってもいいと。思えないんですよね。

怒らない方が相手を傷つけることが。
わからないのか。

無視する方がダメージが大きいことをわかってやっているのかはわからないけれど。

そういうことも含めて。全部ゆるしていくこと。
そうして。こういう浄化の仕方をしている私が。
ゆるされていること。

そういう珠玉な体験をできてることに感謝なんですよね。関係者全員に感謝なんです。

きっかけがないと。なかなか出てこない言葉があると思います。書きながらどんどんほどけていきます。

ありがとうございます。

りん [URL] 2016/06/01(水) 22:49 [編集]

グスコーブドリの伝記
苦しむ人を変えなくていい。助けなくていい。
これを受け入れることは。思春期以降の自分を全否定して殺すくらいのことと思います。

そうして。そうね。これは。。

親にそれを出せなかった人。
親にそれを出したお姉さんを赦せてない人が。

私を殺したい。排除したいという思いを。
そのまま受け入れてあげることになるかもしれないと思う。勝ちたいからね。お姉さんに。

赦したくないし。同じ場所にいて欲しくない。
先生も自分を慕ってくれる人が可愛いから。
彼女の思いを実現してあげたいのよね。

潜在意識レベルでそれが伝わってくるから。
自分の存在って。なんなんだろう?と思う。

勝たせてあげたらいいのかもしれない。
私は私で。ここでのことに整理がついたら。
いつ、出ていってもいいという思いで。
コメントを書いているから。

もし、ある日突然、コメントをやめたら。
卒業できたんだな。良かったねと思ってくれたらいいと思う。

宮沢賢治さんがいるでしょ?
パイオニアインディゴといわれているけど。

「グスコーブドリの伝記」というお話があって。
自分と繋がりがあった仲間の命を護るために。

特攻隊のように。飛行機に乗って、命を散らしたお話があるんです。

「みなにデクノボーといわれ。褒められもせず、苦にもされず。そういうものにわたしはなりたい。」

これも凄いと思います。
まっさらな光があって。そこに自分を投げ込めたらいいね(笑) 全部、消えてしまうくらいに。

ありがとうございます。
りん [URL] 2016/06/01(水) 23:19 [編集]

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