お伝えしたいことは「運命は改善できる」ということです。
07 * 2017/08 * 09
S M T W T F S
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
--/--
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
06/11
ふんわりとあたたかい雰囲気
       蒲生智衣(養成講座9期生)

はちみつさんの『おばあちゃんとバナナ』。
はちみつさんはいつもふんわりまろやかな文章を書いて、読者をほっこり優しく包んでくださる方です。
そのふんわりなはちみつさんが実は大変な人生を歩んで来られた方だと知って驚きました。
そして、文章の深みやその人自身の奥深さは、一見、ネガティブと見えることを経験されて、そこを越えて来られたから出来て来るものなのなのだと改めて知らされました。

私も5年前に息子を亡くして、つい最近までは、それを人前で話すということができませんでした。と、スカイプ座談会でお話しましたが、つい最近できるようになったのは、この事実を発信することで、息子を亡くしたことの悲しみを越える作業は、亡くしてから数日の間にやってしまいました。……というか、息子によってそうさせられた、と言うのかな。

悲しくて悲しくてあまりに悲しんでいると、その悲しみが怒りに変わることがありますよね。私はその時、息子が居なくなってしまったことを悲しみ過ぎて、自分を責め過ぎて、ついに怒りが出てきたのです。でもその怒りが大きなきっかけになりました。

私は息子にその怒りをぶつけました。もう居ない息子に向かって、
「なぜ死んでしまったんだ! 私が苦しむのを知っていて、どうして居なくなったんだ!」と。すると居ないはずの息子がもっと怒ってこう言ったのです。
「ママ、ぼくは死んだんじゃない。生まれたんだ!」
って。はっとしました。
そうだった。と思いました。

一誠は生まれてきてくれた。私のところに生まれてきてくれた。
あんなに大変な病気をいくつもいくつも抱えて、毎日毎日痛い治療に耐えて耐えて。
でも、ずっと私の側にいてくれた。いつも私を愛して側にいてくれたじゃないか。
私はいったいどこを見ていたんだろうと思いました。
私はいったい何を見ていたんだろう。

ある時、一誠を亡くして喪失感でいっぱいで、自分のあれが悪かった、これが悪かったと、あれが無ければ、これをしていればと自分を責めている時でした。
これも不思議な話なので、どう表現したらよいのか迷うのですが、その時に、ふんわりあたたかい空気、目に見えないものだから空気としか言えないのだけど、今あったものとは完全に違う、あたたかくてやさしいものが私の全身を包んだのです。
あたたかくて、やさしくて、心地よくて、ふんわりしていて、愛されている安心感でいっぱいで、あっと思いました。一誠が私を包んでくれている。と。
きっと「ママ、違うよ。自分を責めるのはやめて。」って言ってくれていると感じました。
やっぱりはっとして、自分を責めるのをやめて、ただ一誠を愛する気持ちにフォーカスする努力をしました。
そして、自分自身を許そうと決めました。

それから人に、よく「どうしてそんな経験をしているのに明るいの?」と言われるようになりました。
「ふつうにしていてすごいね。」と言ってもらえるようになりました。
でも、全部、一誠がそうさせてくれたと思っています。
一誠が私を選んで生まれてきてくれたことを誇りに思っているから、ゆるがないのです。

この時の経験を、私は物語にしました。物語に絵を付けて、絵本にしました。
その絵本はいま出版社をまわっています。今もどこかの出版社で会議にかかっています。
まだ世に出るかどうかわかりませんが、私はきっとこの本は、誰かを励ますと信じています。
なんてことを再認識させてくれるスカイプ座談会でした。
今回も深い学びを、ありがとうございました!!

澤谷 鑛 のカウンセリングは、コチラ…
澤谷 鑛 のセミナー/講演会情報は、コチラ…
コメント

澤谷先生、蒲生さんおはようございます!

朝一番、記事を拝読しようと思ったら私の名前が出て来てビックリ目が覚めました。(笑)
『おばあちゃんとバナナ』を読んで下さり、ありがとうございます(^人^)

蒲生さんは5年前に最愛の息子さんを亡くされたのですね。どんなにか悲しい思いをされたでしょう。
以前、どなたかのブログで読んだんですが…
“人は生まれてくる時に自分の魂が宿る肉体を選んできます。どのような肉体でもって今回の人生を生きるかというのを決めてくるのです。
そしてそのDNAを持つ親を選び、その両親の準備が整うのを天国でずっと待っているのです。障害や病気をもつお子さんは、実は親や周囲の人間に対して無償の愛を教えるためにわざとその不自由な肉体を選んでくるのです。”

ここを読んで思い出したことがありました。
私も幼少時代に大病をして入院・手術をしたんですが、その時、不思議と一番辛く感じていたのは自分の痛みや苦しみではなくて、両親の悲しい顔でした。大人になった今は忘れてしまっていたけど、大病をする事も自分で選んで生まれてきたのかと。

一誠くんもそうなんですね。
本当の勇気をもって肉体を選び、蒲生さんを選んで生まれてきてくれたのですね。

一誠くんと蒲生ご家族の念いが皆様に伝わります様に、お祈り致します☆彡

ありがとうございます(^人^)
はちみつ [URL] 2016/06/11(土) 22:13 [編集]

あたたかくふんわりとやわらかい....

拝読しながら、時間のない世界に迷いこんでいくような気がしました。
 
一誠くんに抱擁されたとお感じになられたのは、蒲生さんが、母としての鋭い感性で、物言わぬ一誠くんの中に感じられたご愛情だったのかもしれません。
 
そしてそのご愛情に、蒲生さんが、包まれたとお感じになることで、
一誠くんのご愛は、世代を遡って蒲生さんを癒し蒲生さんのお母さま、家系の寂しさまでをも癒したのかもしれない。
 
そんなふうに感じられてくるのです。

蒲生さんがお感じになられたその、ぬくもりを、たくさんの方に知っていただきたいですね。(^_^)

 
桜 美穂 [URL] 2016/06/12(日) 22:28 [編集]

管理者にだけ表示を許可する
 

トラックバック
トラックバック URL

Copyright © 2017 絆の法則 ~ 澤谷 鑛 オフィシャルブログ ~.
all rights reserved.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。