お伝えしたいことは「運命は改善できる」ということです。
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06/28
古鏡
       澤谷 鑛

 道元禅師の『正法眼蔵』の「古鏡の巻」に載っている禅問答に、南嶽と馬祖の有名な話があります。

 坐禅を十年余りも修行した馬祖の草庵に師の南嶽がやってきました。
「近ごろ何をしておるか?」
「坐禅をしております」
「何のために坐禅をするのか?」
「仏になるためです」

 馬祖の答えを聞くと、南嶽は一片の瓦を拾って石の上で磨きはじめました。

 馬祖は、それを見て聞きました。
「何をしておられるのですか?」
「瓦を磨いておる」
「瓦を磨いて、どうされますか?」
「鏡にするのだ」
「瓦を磨いて、どうして鏡になりますか?」
「それなら、凡夫が坐禅して、どうして仏になることが出来るのか?」

 瓦はいくら磨いても鏡にはなりません。あたりまえのことです。
 瓦を凡夫に置き換え、鏡を仏に置き換えると、凡夫はいくら坐禅しても仏にならない、となります。これもその通りです。
 逆に言えば、仏だからこそ坐禅をすれば仏になる、と言えます。

 道元が比叡山を下りたのは、十五歳の時でした。比叡山にいたのは、わずかに二年でした。ちなみに、法然が三十年、親鸞が二十年、日蓮が十二年、比叡山にはいました。

 道元が、あまりにも短い間しか比叡山にいなかったのは、抱いた疑問に誰も答えてくれなかったからだ、と言われています。
 仏教で教えるとおり、人に「仏性」があるというのなら、磨いても磨かなくても、修行してもしなくても、その「仏性」の値打ちは変わりません。であるならば、磨くという行為は本当に必要なのか? これが若き日の道元の疑問でした。

「仏性」が、磨く時も磨かぬ時も、磨く前も磨いた後も、同じく「仏性」であるのなら、修行とは何か? ということになります。

 修行とは何か? それは鏡を磨いて鏡を現し出すことであり、とりもなおさず仏を磨いて仏とするということです。

 何かを目指しての修行ではなく、ただそのまま修行するのです。
 それが実は、瓦を磨いて鏡とする、ということですが、本当はすべてが鏡そのものであり、瓦などない、ということが解らなければ、瓦を磨いて鏡とするということも、それが実は、鏡を磨いて鏡とすることなのだ、とは解らないことになります。

 瓦は瓦ではなく鏡なのです。人間は瓦ではなく鏡なのです。

 禅のお寺で友人(学生時代)がこんな質問をした、といいます。
「鏡、鏡といいますが、坐禅をすると鏡の世界がみえてくるのでしょうか? 目を瞑りますと真っ暗闇になります。これが瓦の世界なのでしょうか? 鏡の世界って、どんな世界なのですか? どうしたら鏡の世界がみえてくるのですか?」

 和尚は、こういった、といいます。
「それはな、鏡や瓦について、あれこれ思いをめぐらすことではなく、坐禅をやりつづけることじゃよ」

 人間は「仏性」があるのに、なぜ修行せねばならないのか? という道元の疑問の答えは、「修行を離れて仏性はない」というところに結論づけられています。
 それは、行によって冷暖自知するだけでなく、学によって明快に解説されなければならない、ということなのでしょう。

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コメント

FBでの禅問答のお話し面白く拝見しました。
すべて「答処は問処にあり……」で、すべての問題の答えは、問題の中に在る……この方程式こそが、諸問題の解決策のヒント……いわゆる公案です。宗教は心のデザインで、仏教もキリスト教もイスラム教も皆、人間の生き方、ないしは死に方のデザインをしているのではないでしょうか? 人間の現実世界は、神と人間、自然と人間、……など対立的な現象として展開してますが、本来この対立概念は水と波の関係で水を離れて波はなく、波を離れて水はないように本質的には一種の二義性……。そこで、自己同一性という根源に立ち帰るレッスンがザゼンでもあります。こんなところもご一緒に描いていきたいものです。
井上暉堂 [URL] 2016/06/28(火) 08:47 [編集]

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