お伝えしたいことは「運命は改善できる」ということです。
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07/03
「スカイプ座談会」感想
                桜 美穂(養成講座8期・9期)

他人の文章や言葉が自分を責めているように感じられてつらい。
自分は、いつもそうなのだと語られていた方がおられました。
私も昔はそうだったから、お気持ちがわかる気がします。
そういう恐れを素直に認めて、正直に語るということは、なかなか出来ることではありません。
でも、それが出来ない限りは決してその恐れが消えることは無い。
だから、その方が勇気をもってお気持ちを開示されたこと、開示しようと思える安心できる場に、この方が出会われていることが本当に嬉しく、本当に素晴らしいことだなと感じました。

それぞれの方が感じておられる困難や問題の中に、例外なく、大切なメッセージが隠れている。
そこに気付いて、本当にしあわせになりなさい。
目先の満足や気休めではなく、真実本当にしあわせになりなさい。
人生は、いつもそのように、私たちが本当にいききのびのび生きられるようにと、それだけを願って、招きのメッセージを送ってくるように感じます。
そして、自分ではなかなか気付くことが出来ないそのメッセージに気付けるよう、澤谷先生が、すぱすぱと、参加者さんの気付きの邪魔になっている枝葉を払われる。

他人が悪いとか、自分は被害者だとか、これは、悪いことだとか、ものごとはこうあるべきだとか、信じていることを、否定されることは、ご当人にとっては痛いことだと思いますが、
「いい気持にさせられてもなんの意味も無い。本当のデトックスをしなければ」
と凄腕の外科医さんのように、切って行かれる。
手術時間が長引けば、患者さんの負担が増える。
切り方をひとつ間違えば、急所を切ってしまうから、切る場所は的確に間違いなく、最小限の傷口で済むように、と、どのことにも深く深く配慮をされながら、静かに、でも、鋭く、本当に見事に切られる。
拝聴していて凄いなと感じました。

向き合われているおひとりに語られ、その方の枝葉を払われながら、それを聞いておられる他の方々の中から、落ちて行くべき気付きの邪魔になっているところが浮かび上がってくるような言葉遣いを選ばれて、右にも左にも一ミリたりともずれることなくぱしっとど真ん中を語られる。
命に響かせる、その判断を、瞬間瞬間に行われていることに舌を巻き、唖然としながら拝聴いたしました。

同じ切るにしても、鈍い刃でぎこぎとやられては、たまったものではありません。
そんな切り方をされては、傷口はむちゃくちゃになり、跡も残れば、治りも遅い。苦痛も大変なことになります。
そうならないように切られる。切ることで生かすということを先生はいつも、とても見事になさいます。
それは、ただ、感覚に頼っていればできるというものではなく、先生がいつも、意識的に刃を研ぐ隠れた命がけのご努力を絶え間なく続けておられるからこそ、可能になっているのではないかと、今朝はふと思いました。

凄すぎて、自分の学びにすぐに用いられる次元ではなく、「勉強になりました」と言うと、嘘になるとさえ今は感じますが、目指していきたいところです。
同じことを同じようにできるようになりたい、ということではなく、私は私のやり方を構築していく中で、相手の方のお命を同じように生かせるように、ますます成って行きたい。

先生の養成講座は命を学ぶ場です。
命はコピーされるものではなく、本質は決して変わることも失われることもないままに、無限に発展し様変わりしていくもの。
そうでなければ命ではない。
それをやってみたいと、わくわくするのです。
養成講座の最初頃、人間の本質は水だと、先生がくり返し言われていたお言葉が思い出されます。それは、命の本質でもあるのでしょう。

皆さんと先生のやりとりを伺っていて、目の前で起きるどんなことも、裁かず、ありのままに受け入れて行くこと。
何が起きても、いい。無駄なことなど起きていない。
その時その時、自分をデトックスして行く。
そして、それを、目の前の相手にも許すこと。
自分を信じ、相手を信じて行くこと。
ただただ、安心して、喜び、感謝していればいい。
そうして、無邪気に楽しみながら、無限に生長して行けばいいのだと、ずっと学んできたそうしたことを、改めて深く学ぶことが出来ました。
言葉にすれば、以前から言っていたのと同じことになりますが、深さが、増しました。
同じことを同じように言っていても、螺旋を描くように深まっていく。
昨日よりも今日、今日よりも明日、と、紙一枚の差であっても、深まっていくことができることを心から嬉しく思います。

罪悪感も劣等感もデトックスできたのでしょう。
何を見ても聞いても昔のような恐れも、心の波立ちも無く、すべてが、静かに穏やかに、平和に明るくあたたかくなりました。
目の前で子どもらがけんかしても、昔のように不安に駆られることも無く、ああ、トムとジェリーと同じで、仲良くけんかしてるんだなと、信じて見守ることが出来る。
自分も子どもも誰も彼もなにもかもがみな、仏向上の光の中にいる。
聖書には、
「私たちは、被造物全体が今に至るまで、ともにうめきともに産みの苦しみをしていることを知っています」(ローマ8:22)
という言葉があります。

仏向上の中に含まれるのは、人間だけではない。
私たちひとりひとりと、動植物、土や石ころといったすべての被造物と地球。
それらすべてが、別々の存在ではなく実は、ひとつの体であると言ってもいいほどにひとつながりの存在であり、すべてがみな一緒に、地球ぐるみで進化しようとしている。
私には、そのように感じられてならず、ただただ嬉しくあたたかく、今起きていることと、これから起きてくるであろうことが嬉しくて仕方ないのです。
本質においてはみなが完成されていて、完成されたままに、ますます向上して行こうとしている今に、それを完成させていこうと、今、私たちが置かれている天の摂理に完全な完璧以外の何があるのか。
ただただ、嬉しく、ただただ、感謝で、ただただ、すべてが愛おしい。

今日は、人生最良の日。
明日はもっと、最良の日。
私にとっても、すべての方にとっても。

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