お伝えしたいことは「運命は改善できる」ということです。
10 * 2017/11 * 12
S M T W T F S
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -
--/--
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
07/09
「スカイプ座談会」感想
       ゆかり

澤谷先生、皆様、こんばんは。
スカイプ座談会の感想です。

感想を送るまで、こんなに時間を要するなんて、驚いてます。帰省して2週間、休む隙間なく働ききった感はあったのですが、計画通り+出会った方との最善の時間を過ごせました。
しかし、これほど、からだの回復に時間を要するとは驚きです。スカイプ座談会のデトックスが始まってからの解放のお陰でしょうか、気がつくと眠ってます。心いくまで休める今に感謝です。

スカイプ座談会で、私の怒りの感情が過去の追体験の感情であるとわかってるのに、その感情に心がマックスに囚われていることをお話しました。
その事に対して、澤谷先生が、それは、自己執着心であること。怒りの感情の相手の存在があって、存在を通して、存在と共に、私の心のデトックスが起きているから、その方に感謝ですねとお話ししてくださったとき、私の中で動かなかった感情の変化が起きました。
澤谷先生が、わかりますか? と問われたとき、自己執着心? 疑いながらも、素直に、そうだなぁと思う心が出た後、涙が溢れてきて、心が言葉を発してました。わかりますとこたえました。

涙と共に怒りの感情は消えました。一瞬にして、感謝の気持ちが流れ込み感謝の気持ちで、いっぱいになりました。

座談会に参加できて良かったと思いました。気付きと感情の開放、つまりデトックスが起きたということでしょうか、心軽やかになりました。

座談会の後すぐ、心軽やかでしたので、雨のなか、玄関までの33段の階段のタイル掃除をしました。一枚一枚、タワシで苔を取りながら磨きました。父が作った階段、磨きながら亡き父を感じてました。夕方までかかりましたが、これで、母が苔で滑ることがないなぁと安堵の気持ちから、にんまりしてました。

しかし、この後、無心に頑張る娘の姿に、何かしてあげようと母が思ったのでしょうか、私が、楽しみにやろうとしていた、梅干しの赤紫蘇を揉んで入れて梅干し作りの最後の課程と梅酢作りを、母が何も言わずやってました。
年に一回、3年目で、楽しみにやろうと思ってた私は、やっといたよと言う母に対して、とても激しい怒りの感情が止められなかった。身体はクタクタだから、ありがとうで済んでも良かっただろうにと今は思いますが、その時は違いました。
幼いときも、いつも、何も言わずやってしまう母へ対しての思いが爆発しました。止められなかった。まるで、桜島の噴火です。これも、過去の追体験です。しつこく激しかったです。頭で分析すると、同じとわかっるのですが、心は一瞬では変わらなかった。

自宅に戻ってから、感謝の気持ちへと変わりましたけど、自分でもほとほと参りました。
ここから、怒りの感情とは? と考え始めてしまいました。

私の中に周りの人への愛がとても強くあります。主人だけでなく主人の両親、きょうだい、周りの人、自分の母、兄達、親戚、出会った人達。その大切な人と過ごす限られた時間の中で、今やれることを全てやりたい。今を生ききりたい。それは、自分が持っている全てのスキルと労力と思いを倒れるまで働くそんな動きで過ごしてしまう自分がいます。
娘の死以来、今を生きることを精一杯やりきりたい思いで生きています。ただ、今思うに、若干ストイック過ぎると思えるようになりました。以前と違うのは、オフもできるようになったこと。以前は、オフを知らなかった。だから、必然的に倒れてました(笑)。

母への思いがあって、勝手に一生懸命やって出た安堵感を感じてる中で、出てきた怒りの感情、自分の気持ちにない言葉までを言ってしまう激しい感情に囚われてしまった体験。本末転倒な気分ですよね。しかし、これも、デトックスですね。

スカイプ座談会の後の気付きと開放があった後だけに、なぜ自分はこうなのかと落ち込みました。それ以上に、身体も、疲労で悲鳴をあげていて、ただただ、眠ってました。目覚めれば自分に問い、気がつけば眠るを繰り返してました。

そして、思いました。幸せな環境に身を置かせてもらってるということ。自分の愛をそのまんまの思いを持ってやりきれる環境があること。そして、過去の追体験の感情をデトックスできる関係である二人の存在があること、心から感謝です。

つい何年か前まで、愛がわからなかった私が、自分の中の愛を感じられる、認められる、動けているすごい変化です。だからこそ、わかってほしいと思ってしまう、そして、怒ってしまう。
怒ることは、子供じみて恥ずかしいと思ってました。けれど、怒るくらい、私を理解してほしい強い思いが、愛がそこにあることに気付きました。
怒る人のことをとても愛しているからだとわかりました。私の怒りは、愛からの怒りだと知ったから、責めることを止めました。
相手に対して、自分の中の愛を求めている自分に気付き、相手の自分への愛を感じることが深く出来たので、次から、そこまで怒らないですむと思います。

怒る感情は、自分をわかってほしい、わかってもらってない? わからないの? わかろうとしてくれないの? 拒絶してるの? 無視しないで? 受け止めてほしい。わかってほしいと、ここに戻りました。

恥ずかしいくらい、母に対して怒りました。幼いときの気持ちを大いに添えて、母は、ゴメンねと受け止めてくれてました。そう、受け止めてもらってないと思ってたのは、過去の幼い自分でした。自分がそう思ってるから、寂しくて悲しくて辛くて孤独でした。でも、ずっと自分と向き合い、母と向き合い、沢山気付いて手放してきたからこその今なのだ。

今の私が自分を客観視すると、母は、まるごと受け入れてくれてる。愛されてないと思い込んでた幼い私がやっと理解して消えてくれました。私やっと、ここまで、深いところで理解できました。
そこには、感謝と愛されている受け入れられている安心感がありました。長い旅でした。

一生懸命そのまんまでやりきる行き方は、感情の喜怒哀楽を強く大きく感じるので気付きが大きいです。エネルギーも要りますが、そんな自分で良かったと思います。

そして、よく眠ってますが、色んなことに感謝と緩んでいられる私があることに心から感謝です。こんな緩んでいられる自分になれるとは、緩んでいいんだよと思える自分が、嬉しいです。また、楽に生きられる私になれた気がします。

この心になれました。ありがとうございます。

澤谷 鑛 のカウンセリングは、コチラ…
澤谷 鑛 のセミナー/講演会情報は、コチラ…
コメント

管理者にだけ表示を許可する
 

トラックバック
トラックバック URL

Copyright © 2017 絆の法則 ~ 澤谷 鑛 オフィシャルブログ ~.
all rights reserved.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。